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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『最終決戦篇』
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第6節:稼働限界


 ―――あり得ない、とアイリは思った。


 2分……たった2分だ。

 その間に、ニーナが仮想データとして作り上げたアカシックリーディングを体験しただけで。


 アイリとコウは、床に倒れ込んだまま動けなくなっていた。


「信じ、られない……」

「根性ないわねん」


 ニーナは少し呆れ顔だ。


「これを……十数年単位で見てたんですか……?」

「連続ではないわよん。でも、最低でも一日置きくらいかしらねん」


 これを丸一日。それも、いつ終わるとも知れないまま。

 考えただけでゾッとする。


 一度に叩き込まれる情報量が、どう考えても人間の限界を越えていた。

 世界の全てを把握する、それも霊子の動きの一粒まで逃さずに。


「ま、あなたたちと私では状況が違うけどねん。アカシック・システムの補助を受けて、必要な情報以外をシャットアウトしてるから……でも、貴方達にアカシック・システムは使えない。理由は分かるでしょう?」

「……霊号だから、ですね」


 アイリの横で、コウは相変わらず倒れたままだが、目だけをニーナに向けて言った。


「霊号装殻は、自身以外の装殻を許容しない……完全に覚醒した時、霊号装殻に取り込まれて再構築された、俺の補助頭脳は残りましたけど」

「マサトそのものだった、生体移植型補助頭脳(インナーベイル)は、僕の中から消えた」

「そう。アカシック・システムの構築理論をあなた達が完璧に理解して構築するか、霊号装殻を純正培養してアカシック・システムを複製する以外に、あなた達にあれを与える方法はないわん」


 霊号装殻の培養は、あの虫のような黒殻(アンチボディ)のように、エネルギーを与えながら少しづつ増殖させる以外の方法はないと、アイリは感覚的に理解していた。

 

「そんな勉強してる時間も、霊号装殻を基礎に作る時間も、ない」


 そもそもアイリには、 勉強したところで理解出来るとは思えなかった。

 勉強は、苦手分野だ。


「そうねん。だからあなた達は、霊号として体で覚えるしか、ないのよん。デウスの目で世界を見て、小さな願いを掠めとる為にね。……やめても、良いのよ? それは絶対に必要な事じゃないからね」


 アイリは、コウの顔を見た。

 コウもこちらを見つめ返してる。


「死ぬほど辛い思いをする事と、実際に死ぬ事なら……」


 ぽつりとコウが言うのに、アイリは不敵に笑んでうなずいた。


「どっちを選ぶかは、決まってるよね」


 辛い思いなんて、今まで散々してきた。

 最後の最後に残った辛い事が、特上にキツイ話でも、その先に良い事が待っているのなら、努力しないという選択肢はなかった。


 アイリは、体に力を込めて立ち上がった。


「続けようよ。全員生きて、平和に過ごす。その為の苦労を惜しむつもりは、僕にはないよ」

「……俺も同じだ」


 ニーナは、そんなコウとアイリを見て、満足そうに頷いた。


※※※


「……だからといって、本当に倒れるまで無茶をするな」


 ハジメの苦い顔を見て、アイリはベッドの上で目を逸らした。


「別にわざとって訳じゃ……ねぇ?」

「うん」


 コウも、首をすくめながらもアイリに同意し、ハジメについて来ていたジンと花立が同時にため息を吐いた。


「こんな忙しい時にまで問題を起こすなと言っているんだ」

「馬鹿か、お前ら」

「室長に怒られるのも久しぶりだね」

「俺はジンさんにだけは言われたくない……」


 アイリはなんとなく懐かしく思って和み、コウは出会った頃よりも豊かになった表情で不貞腐れる。

 それぞれのかつての上司は、同時にアイリとコウの頭をはたいた。


「いったぁ!!」

「〜〜〜!」

「「口答えするな」」

「ま、順当なお怒りやなー。で、当のニーナさんはどこ行ったん?」


 呆れ顔で状況を見ていたミツキが言うと、ケイカが答えた。


「アカシック・システムの調整をすると言って、羽衣に篭ってるわね」

「……逃げたな」


 ハジメが苦い顔をするのに、コウが頭をさする手を止めて、ハジメを真剣な顔で見た。


「ハジメさん」

「何だ」

「俺がニーナさんを訪ねた時に、あの人が見ていたデータの事なんですが」


 ハジメがコウに顔を向けると、コウは言いづらそうに口元を一度舐めてから、ハジメに問いかけた。


「……あれは、ハジメさんのバイタルデータに見えました」


 アイリは、コウが何を言おうとしているのか分からず首を傾げたが、花立だけが眉をひそめたのを目ざとく察していた。

 悪い話なのだろうか。


 そう思いながら、コウが言葉を続けるのを待つ。


「ハジメさんの、一号装殻は」


 コウの真剣な様子に、他の面々も表情を引き締める。

 そして彼は、決定的な一言を口にした。




「……もうすぐ、稼働限界を迎えるんじゃないですか」




 コウの問い掛けに、ミツキとケイカが弾かれたようにハジメを見た。

 ジンは薄々察していたのか、どこか感情を押し込めたような顔で目を伏せ、花立は顔をしかめたまま、やはりハジメに目を向ける。


 アイリには、いつものサングラスをしているハジメの表情が読めなかった。

 コウは、堰が切れたように言葉を口にする。


「きちんと見た訳じゃありません。それでも、あの視覚化されたバイタルデータには、幾つも赤い数字が光っていた。全身、至る所に装殻異常の兆候が。度重なる戦闘で疲弊した体に、外殻のダークマター化という無茶な改造。本来、ハジメさんに適合しない筈の霊号コア。……ハジメさん。貴方は動けるだけで、実際は不良装殻者(ベイルダー)以上の苦痛に、体を苛まれているんじゃないんですか」


 ハジメは何も言わない。

 

「……やはりそうなのか、本条」


 花立が、ハジメに問い掛けた。


「おかしいと思っていた。いつも問題が起こる場所に先回りしていたお前が、フラスコルシティの一件以来、常に後手に回っていた」


 ジンも、花立の言葉を受けて情報を重ねる。


「いつも本部にいなかったハジメさんが、ここ最近滞在頻度が上がっていたのも、ゴウキさんが出て来た時に部屋に篭りきりだったのも、体調不良のせいか」


 アイリは、肯定も否定もしないハジメを見据えた。


「……そんな体で、戦えるの?」


 《星喰使(オーファンウィルス)》と呼ばれる母体は、これまでとは比較にならない力を持つ襲来体だ。

 そんな体で、対抗できるのか。


「……稼働限界が近いのは」


 ハジメは、ようやく口を開いた。


「大阪隕石の襲来体が動き出す前から分かっていた事だ。問題はない」

「いや、ない訳ないやん!?」


 ミツキが、噛みつくようにハジメに怒鳴る。


「装殻状態で稼働限界が来たら……!」


 不良装殻者が最後にどうなるのか、を、アイリはシェイドに攫われた時に見ていた。

 キタツというあの老人は、寝たきりのまま動けなくなっていたのだ。


 コアが、一号装殻の停止によって動かなくなれば、人体改造型となり真性霊号に限りなく近い存在となっているハジメの肉体も、同時に死を迎えてもおかしくない。


「《星喰使(オーファンウィルス)》を倒すまで保てば良い。後一度だけ纏身し、黒殻と共鳴する事が出来れば。……その後は、元々死ぬつもりだった身だ」


 ケイカが、その言葉に反射的に声を上げた。


「でも、助かるかも知れないのに!」


 全員が生きて助かる……その為に、アイリとコウはニーナの特訓を受け入れたのだ。

 だが、それを行う前に、ハジメが死んでしまったら、助ける方法はなくなる。


「助かるよりも前に、この場にたどり着く事が重要だった。だから、お前たちに頑張って貰った」


 ハジメは、まるで変わらない声音で言い返した。


「大阪隕石の時も、《白の装殻》の時も、アナザーの時も。俺はギリギリまで動かなかった。……ここまで辿り着けたのは、お前たちが居たからだ」


 意外な事に、ハジメはアイリを含めた《黒の装殻》の面々を見回して、微笑んだ。


「感謝している。俺について来てくれた事も……ゴウキさんの願いを継いで、俺が巻き込んでしまった者たちを助けようとしてくれる、コウとアイリにも」


 アイリには。

 ハジメの言葉が、自分自身を含んでいないように感じられた。


「どちらにしろ、もう、引き返す道はない。俺は、《星喰使》を滅ぼし、人類を生き延びさせる」

「ハジメさんは」


 コウが、踵を返して立ち去ろうとするハジメの背中に声を掛けた。


「それで良いんですか」

「……ああ」

「ニーナさんはどうするんです」


 コウの言葉に、ハジメは躊躇いなく答えた。


「ニーナ自身が望んだ事だ。……いずれ死ぬ事を知りながら、俺について来た」

「俺は、ハジメさん自身の気持ちを聞いているんです」


 ハジメは、真剣な目で彼を見つめるコウに背を向けたまま、天井を仰いだ。


「……コウ。君は強くなったな」

「ええ。ハジメさんと、そしてゴウキさんのお陰で。俺は、全員を救います。だから約束して下さい。……俺が、答えを見つけた時みたいに」


 コウは、ハジメを責めているのではなかった。


「俺は必ず、全員を生き残らせてみせます。だから、その時が来るまで死なない、と。約束して下さい」

「……努力はしよう」


 ハジメは、明言を避けてその場を後にした。


「事が終わり、それでも俺が生きているのなら。……その時は、俺がデウスの審判を免れた、という事だろうからな」

 

 

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