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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『最終決戦篇』
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第5節:ニーナの秘密


「《星喰使(オーファン・ウィルス)》の到達は、半月後よん」


 基地内の研究スペース。

 ガラスで仕切られた部屋の一つに居たニーナの元へコウが赴くと、彼女はホロ・スクリーンから顔を上げて答えた。


「……早いのか遅いのか、よく分かりませんね」

「一度ミーティングはするけどねん。ダウンフィールドを十数年間張り続けていたから、その余波がまだ残ってるのよん」


 コウは、減速領域に関する説明を一度、以前にニーナから受けていた。


「ダウンフィールドは、特定領域内に存在する霊子の運動を阻害する、んでしたっけ」

「そう。通常、霊号が加速させ続けて活発化した霊子を、時空改変を応用する事で別の空間にある加速力の低い霊子と入れ換えるの」


 あっさりとニーナは言うが、コウはそれが口で言うほど容易い事ではないと知っている。


「……霊号以外に使用できない筈の時空改変を、限定的に扱えるニーナさんだから、可能なんですよね」

「そうねん」


 ニーナは微笑みながら、目の奥にいつもとは違う色を浮かべる。


「襲来体は、根本的に『霊号の使徒』である装殻者と同質の存在……霊号が存在するから、そこに配されたモノよ。霊号が、加速させて世界に振り撒き続け、増大させ続ける霊子を、吸収して抑制するモノ。故に、活発化した霊子の密度が高い霊号の近くで、襲来体は最も強大になる。活性化した霊子を吸収すればするほど、それを自分の力に還元して強くなるのよねん」


 四国で幾度か見た思慮深い色合いを浮かべた目は、その頭の中に他者と隔絶する程に優れた頭脳を彼女が有している事を、肌で感じさせるものだった。


「だから、逆に言えば。奴等は、その多大な霊子エネルギーを消費する肉体に見合うだけの霊子エネルギーが無ければ、動く事すら出来なくなるのよん。それが、私が減速領域を張る事を提案して、ハジメが許可した理由。……時空改変による直接干渉は無理でも、地球へ来るためのエネルギーが足りなければ必然、歩みは遅くなる」


 ニーナはそれまでホロ・スクリーンに映していた情報を消し、代わりにコウに宇宙の概略図を示した。

 中央に太陽系があり、その外側に三つの光点が見え、徐々に地球へと近づいて来るのが見える。


「襲来体が自然に宇宙空間で加速し続けるのは抑えきれなくても」


 ニーナと思しき光点が地球の近くに浮かび、地球の周囲と襲来体の周囲に薄い青色のフィルターが掛かった。

 そこから襲来体の軌道に合わせて、光点同士が一直線の青いフィルターで結ばれる。


 宇宙空間では、僅かに軌道がズレるだけで明後日の方向へ飛んでいってしまう為に、襲来体はその霊子エネルギーが薄い軌道を通らざるを得ない。


「奴等と地球の周囲から霊子エネルギーを奪い続ければ、限界機動も空間跳躍も不可能だからねん。マザーが意思だけの存在になり、再び力を蓄える為に外宇宙に移動してくれたのは、嬉しい誤算だったわん」


 そう語るニーナに、ふとコウは疑問をぶつけた。


「……ニーナさんは、何故マザーとゴウキさんの闘争の結末まで知ってるんですか?」


 ニーナは顎に指を当てて足を組み、んー、と天井を見上げてから、悪戯っぽく言った。


「大阪隕石の分体から聞いた、というのは、ナシかしらん?」

「その言い方は、実際は違う、という意味にしか取れません」


 ふふ、と笑い、ニーナはホロ・スクリーンを消した。


「そうねん。……ねぇ、コウくん」

「何ですか」


 ニーナは、静かに言葉を重ねた。




「私は、一部だけだけど、ナンバラ・ゴウキの記憶を持ってる……と、そう言ったら、信じる?」




 コウは、その言葉に目を見開いた。


「それは……本当の、話ですか?」


 コウの言葉に対して、彼女は微笑んだまま首をかしげる。


「私が何故、限定的であっても時空改変を使えるのか……ハジメも、知らない話よ」


 底の読めない彼女の姿に、ゴウキが重なる。

 荒ぶる者、その代名詞のような、たった一度だけ対面して言葉を交わした彼女と、目の前のニーナは似ても似つかない。

 

 普段の態度が明るく破天荒であるという点を除けば、燃え盛る炎のようなゴウキとは違う、静謐な怜悧さを見せる彼女の中に。

 コウは、ゴウキに劣らぬ熱を秘めた青白い炎を見たような気がした。


 ニーナが、コウに対して手を振って、指示を出す。


「丁度良い機会だし、アイリを連れてらっしゃいな。……最後の戦いの前に、あなた達が霊号として役割を果たす為に、伝えておくべき事があるから」


※※※


 アイリを連れて戻ると、ニーナは場所を、研究スペースから訓練場の横にあるシミュレート設備が備えられた部屋へ移動した。

 体をベッドに横たえるタイプの、VR訓練機器の前で、彼女はコウとアイリに向かって口を開いた。


「私はね、コウくん、アイリ。ゴウキが転生する時に、共鳴したの。その時に、記憶と知識を譲渡された」

「何で?」


 コウがよく分からないながらも聞いた事を説明していたアイリは、率直にニーナに訊いた。

 彼女の、いつもと違う雰囲気をアイリも感じているのか、少し口調が硬い。


 ニーナは遠い目をして、アイリの疑問に答えた。


「あの時はまだ、トーガも生まれていなかった。だから私が、ハジメ以外に彼女に最も近しい魂を持つ存在だったからでしょうね」


 天才と呼ばれるだけの頭脳を元々持っていたニーナは、ゴウキの知識と記憶を受け継ぐ事で、さらに常人を超える処理能力を得たのだという。


「……ゴウキさんが、そんな事をした理由については、分かるんですか?」

「正確なところは分からないけど。多分、彼女の布石の一つだったのよ」


 ニーナは、自分の胸に手を当てる。


「私は、貴方達とは違う形のゴウキの後継者よ。ハジメが使徒であり、トーガが次代の霊号の資質を持っていたように。貴方達が転生によって彼らの魂を継いだように、私は、霊号の影響を受けた。その魂の一部を貰い受ける事で、霊号と成れるように、と」


 だが、ハジメは一号装殻を開発した時、自分よりも優れた才能を持つニーナではなく、自身を霊号とした

とニーナは言う。


「私がゴウキに資格者として選ばれたのは、きっとゴウキが、ハジメを戦わせたくはなかったから」


 コウの見せられた記憶の中で、ゴウキは彼に『平和になる生きろ』と言った。

 そして事あるごとにはっきりと、自分にとってハジメ以外はどうでも良い、と、そう言っていた。


「私が選ばれたのは、多分、私がゴウキとは違い、生きる事に価値を見出していなかったからよ。『死んでも良いと思う奴に死んで貰え』、と、もし彼女ならそう言うんじゃないかしら?」


 ゴウキならあり得そうな話で、コウは否定出来なかった。


「でも、当時の私にゴウキの気持ちは理解出来なかった。他の誰を犠牲にしても、ハジメを救いたいと言うその気持ちが。だから私は、最初興味本意で彼に近づいた。……あの時、もしハジメが私を霊号にしようとしたら、私は世界が滅ぼうと、戦う事はなかったでしょうね」

「何故?」

「私が生きる事に価値がないと思っていたのは、自分以外の存在に、価値を見出せなかったからよ」


 それは、ゴウキがかつて抱いていたのと同種の絶望だと、コウには感じられた。


 何故、他人の為に死ななきゃならない、と。

 あんな下らない奴らの為に、と。


 ゴウキが霊号の役目を拒否していたのは、他人に愛想を尽かしていた事の裏返しなのだ。

 ニーナも、生来突き抜けた存在だった。


 天才故に、孤高だったのだろう。


 誰も彼女の理解に追いつかない。

 理解しようともしない。


 そうした苦悩が、きっとあったのだ。


「そんな人生に、私は飽いていたわ」


 ニーナの言葉は静かで、だが強い諦念を秘めていた。

 他人とは違う、というのは、それが強さであれ弱さであれ変わらないのだと、コウは思う。


 非適合者だったコウ自身も、義理の家族がいなければ、そうなっていたかも知れない。

 実験体だったアイリも、マサトや、おやっさん達がいなければ。


 でもね、とニーナは続ける。


「彼を見ているうちに、ハジメには興味を持てた。それはゴウキの記憶のお陰なのかしらね。平凡で、少し他の奴より賢いだけの彼を見る内に、彼の心を知る内に、私は今まで感じた事のなかった感情を覚えたわ」


 愚直な本条ハジメを、ニーナ・ソトニコワはいつの間にか愛していたのだと。


「最初は、ゴウキの記憶のせいかと思った。でも、それはただの切っ掛けだった。特別な事があった訳じゃないのに、彼といると、安らぐようになった自分に気付いた。成人して数年も経った時に、私はようやく……人間になったのよ」


 本来なら幼い頃に、愛された記憶から学ぶはずの想いを、ニーナはハジメから、そしてゴウキの記憶から学んだのだと。


「彼の真っ直ぐさに惹かれたわ。愚かな程に真っ直ぐな彼に。彼は決して、自分の行いを他人の為だとは言わなかったけれど。……惜しげも無く我が身を未来の犠牲にする、彼のような人を、私は他に知らなかった」


 ニーナの表情は、ハジメへの愛情に満ちたものに変わっていた。




「だから協力した。彼の目的の為に。ーーーそれが彼を殺すことになると知っていて、私は霊号になりたいと望む彼を、改造したのよ」




 言葉の裏にある想いを、一切感じさせないニーナは、相変わらず微笑んでいる。

 言葉もないコウに代わって、アイリが首を横に振りながら言う。


「何で、止めなかったの?」

「言ったでしょう? それが、ハジメの望みだからよ。私は、ありのままの彼を、好きになったの。ねじ曲げようとは、思わなかったわ」

「代われるなら、自分が代わろうとは、思わなかったの? ハジメさんの事が好きだったって言うなら」

「そうして、彼に後悔から来る懺悔を貰うの?」


 ニーナは、笑みを消して目を細めた。

 全ての皮を脱ぎ捨てた、その無表情こそが彼女の本当の素顔なのだろう。


 人形のような能面は、普段の豊かな表情よりも、理解しがたい程に魅力的な美しさをニーナに与えていた。


「私は、ハジメから貰うのは愛情が良いわ。後悔に苦しむ彼に支えられながら戦うよりも、愚かな女が一人、自分と同じ存在になったと思われる方が良かった。ただ、それだけの話なの」


 愛を知らなかったニーナは、きっと、初めて知ったその感情を失う事を、狂おしい程に恐れているのだ。

 ニーナは、すぐにいつもの微笑みに表情を戻して話を続ける。


「彼を、愛しているからこそ、改造した。貴方の代わりに私が死ぬ、と言って、ハジメを止める? 私は誰よりも、それこそゴウキよりもハジメを理解しているつもりよ。……彼は自分が死ぬ事、手を汚す事には耐えられても、他人に犠牲を強いる行為をしておいて、最後に自分だけ生き残る事には耐えられない人よ。そうじゃない?」

「……そうですね」


 目的の為に正義を騙る彼は。

 本心では、誰も巻き込みたくはないのだろう。


 コウを、必要だった筈のコウを、最後の最後まで拒否し続けたように。


「大体、彼をコケにするようなカッコ悪い真似をして、彼の中のゴウキを超える事は出来ないでしょう?」

「どういう事?」


 アイリが首を傾げると、ニーナが呆れた顔で肩を竦めた。


「初恋っていうのは、神聖でしょん? 私は,ハジメを信仰しているのかと自分で勘違いする事がある位だもの。ハジメにとって、ゴウキがそうだったと、私は思うわ。……だから、私は最後まで側に居て、彼を助けるの。それは、ナンバラ・ゴウキには絶対に出来ない事でしょう?」


 ニーナは、いつもの顔で胸を張る。


「私は勝つわよん! ハジメの愛情を、私が独占したいと思うのは、当然よねん? 今の恋人は私なんだから!」

「勝ち負けの問題なの?」


 逆に呆れた顔をするアイリに、ニーナは、ぐ、と拳を握る。


「恋は戦いよん!」

「……そんなに肩肘張らなくても、ハジメさんはニーナさんの事が好きだと思うけど」

「私は欲張りなのよん。それに、今はハジメが生き残る可能性もある。その時に私が生きていたら、結婚よん! 結局、キョウスケの親は見つからなかったから、私たちが引き取る事になったしねん」

「そうなんですか?」


 最終決戦で保護したという少年は、今はこの基地にいるとは聞いていたが。


「一応、シープに取り込まれていたし、監視の意味もあるけどねん。でも、あの子は可愛いわ。だから、ハジメにお願いしたのよん。生き残ったら、一緒に育てましょう、って」


 晴れやかに笑ったニーナは、無駄話はおしまい、と言った。


「ナンバラ・ゴウキがこの力を私に与えた目的とは違ってしまったけれど、私が時空改変を理解しているお陰で、貴方たちの最後の悪戯を事前シミュレーションを出来るのは僥倖よねん。ぶっつけ本番よりは、少しはマシでしょう?」


 ニーナは、コウとアイリに指を突きつけた。


「貴方たちがいるから、ハジメがまだ救えると、思う事が出来る。シミュレーターに入りなさいな。私がダウンフィールドを貼り続けていた時の認識と、力の扱い方を叩き込む。……世界そのものに干渉するアカシック・リーディングによって私に見えるものは、通常の時空改変とはケタが違うわよ」


 ぽんぽん、とシミュレータを叩くニーナの顔は、もう完全にいつも通りで。

 ハジメとジンの戦闘で壊れた装殻を徹夜修理した時と、同じ顔をしていた。


「……アイリ」

「うん。嫌な予感しかしないね」

「失礼ねん。手助けよん、手助け!」


 ウキウキと準備するニーナに、イヤイヤながらにコウとアイリは従った。

 シミュレータにそれぞれ横たわると、コンソールに立ったニーナが言う。


「始めるわよん。……貴方たちが最後に見るべきものが、そこにあるわ」


 

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