第4節:ガンベイル・ティターンズ
コウ達が、【黒殻】と対面を終えた数日後。
フラスコルシティ港湾に大量の物資が運び込まれ、海上と地下研究所を繋ぐパイプラインを通じて幾らかの物資が移動してきた。
「……ガンベイル?」
人手不足を理由に搬入チェックに駆り出されていたコウは、示されるデータと名称から、それが《白の装殻》のオリジナル・ガンベイルと見て、首を傾げた。
同時に通信が入り、コウが出ると相手はルナだった。
『北野コウ? 何であんたが?』
少し言葉に棘があるのは、コウに殺されかけたからだろう。
あれ以降特に話もしていないので、親しくなる事もなかった。
「人手が足りないんだよ。これ、運び込んで調整するの?」
流れ作業を滞らせたくないコウは、とりあえず必要な事を聞いた。
『勿論、するわよ。ハンガーある?』
「広いからスペースの空きはあるけど、装殻ハンガーしかない。専用ハンガーじゃないとこれ、吊るせないよね」
『準備しときなさいよ』
「来る事も知らなかったのに、無茶言うなよ」
舌打ちするルナに、特に気にも止めずにコウが返すと。
「なんや、あいつらここに来るんかいな」
同じようにこき使われているミツキがそれを聞いて近づいて来る。
彼は主に作業用装殻で肉体労働をしていた。
『そりゃ、来るでしょ! 何? 最後なのに私たちを除け者にするつもり?』
コウを介してミツキの声も聞いたらしいルナが言うと、ミツキは見えもしないのに肩を竦めた。
「そんなつもりはあれへんけど。ここ『黒殻』の基地やし」
『同じ所にいた方が効率が良いでしょ。ガンベイルの改修、そっちから提供された巨殻とサイクロプスの技術を使ってるから、疑問点を開発者に直接訊きたいし」
ちなみに、巨殻の開発者はハジメとニーナ、サイクロプスはヤヨイの手によるものだ。
あれ程敵視していた相手だと言うのに、研究に関しては特に話をするのにわだかまりはないらしい。
「俺と同じ匂いがする……」
『は?』
「あー、まぁ、ルナとかリリスさんはコウ系統かもせーへんな」
『何の話よ?』
コウの言いたい事を即座に察するミツキに、会話に置いてけぼりのルナが問い掛けるが。
「まぁ、どーでもえーけど、とりあえずどうするん? 俺そろそろ休憩したいんやけど」
「専用ハンガーも船から降ろすんだろ? どれ位掛かる?」
『十分も掛らないわよ。こっちのは吸着式のカプセルタイプだから』
「ミツキ。残念ながら休憩は1時間後だ」
「うげぇ」
脱着と搬入の時間を逆算したコウの言葉に、ミツキが嫌そうな声を上げた。
※※※
基地に降ろされたガンベイルを、データと見比べながら楽しんでいたコウは、疲れた様子のミツキがフラフラと休憩に入るのを見送りながら、現れたルナとリリスに言った。
「凄いね。この短期間でこれだけ改修出来るなんて」
「ふん。この私に掛かればこの程度!」
ふふん、と胸を逸らすルナに、横のリリスが相変わらずの無表情で言う。
「コア・コピーにガンベイルを半壊させられたから、組み直しのついで。……相変わらずお行儀の良い改修ばっかりルナがしたがるから、大変だった」
「逆でしょ!? あんたのやり方がピーキー過ぎるんでしょうが! 使う奴の慣れの時間も考えなさいよ! シミュレート不足のぶっつけ本番にする気としか思えなかったわ!」
「装殻者に優し過ぎ。……嫌いじゃないけど」
「あんたは厳し過ぎなの! 最後に動けませんでした、とか、笑えないのよ!」
何だか、ケイカと自分のやり取りを聞いている気がして、コウは少しルナに同情した。
「降ろしたのは『ジンパチ』『ウラノス』『ガイア』『フリード・ハイエンド』2機。それに『ティターンズ』が計12機。間違いない?」
「合ってるわ」
「じゃ、ここにサインして。……このティターンズ12機は誰が使うの?」
ルナに確認サインを求めるコウ、リリスが答えた。
「私と、ルナ」
「遠隔操作で、って事?」
「そう。『ティターンズ』は、『ウラノス』と『ガイア』で統制する、ビット・ガンベイルよ」
「……ああ、コピーベイルドの技術か」
装技研を襲ってきたタランテール00を思い出してコウが納得すると、ルナが頷いた。
「そうよ。アウターベイルとブレード・スラスターの操作方式を組み合わせて、最適化したわ。……もう、PL社は私たちに必要ないから『トリプルクローバー』本社に全て売却して、退職金代わりにこれを作る物資と資金を貰ってね」
ルナとリリスは、上手く《星喰使》を倒せれば、自分たちの世界に戻る。
負ければ、死ぬだけだ。
死ぬのはコウ達も同じだが、コウ達はこの世界で生きて行く。
お互いの最終目的は違うのである。
コウはその事には触れず、話を続けた。
「じゃあ、『ウラノス』と『ガイア』がロッカスタイプか。随分大型化したね」
オリジナル・ガンベイルはそれぞれ全長10メートル近い。元の3倍近いサイズである。
「大気圏外での姿勢制御と機動性を考えるとね……小さすぎても瞬間推力が足りないし、大きすぎると慣性の問題があるしね」
「外形を球体に近づけたら?」
無重力下では一番安定するだろう、というコウの言葉に、ルナは首を横に振った。
「あんまり慣れない形にしちゃうと、戦闘機動で中の奴が上手く扱えないでしょ。圏外戦闘はアナザーと向こうでやり合った時に私達は散々訓練したから、人型に近い方が扱いやすいと思って」
装殻は、人体機能の延長であるために、故意に遮断しない限り神経系と繋がっている。
宇宙服などとは違い、本当に肉体のように扱うものだ。
「そうか……実際に、圏外戦闘の経験自体は?」
「私とルナはニヒルについていった。破壊した母体のコアが地球に抜けて、パイルとやり合った」
「実際、どう?」
コウは、記憶の中でこそ経験があるものの、実際にはゴウキの戦闘センスがコウよりも遥かに突き抜けているので参考にならない。
実感のある人間の意見は貴重だった。
ルナは少し考えてから、言葉を続けた。
「圏外では、地上に比べて、やっぱりかなり『振り回される』わね。勝手が違うのは分かってたんだけど……反応が良すぎる、と思ったわ。特にブレード・スラスターはGの影響も受けないし、すぐにスピンする感じ」
仮想データの共有で、実際に数値と様子を見せて貰ったコウは、摩擦のなさが与える影響の大きさに唸った。
「凄いな……これ、装殻者自身は?」
「慣れの問題だけど、対角噴射がどの程度制御出来るか、よね」
興味を持ち過ぎてブリーフィングに入ってしまった事にコウは気付いたが、この後は仕事もない。
ルナ達が疲れていなければ、このまま付き合って貰う事にする。
仮想データが遠隔兵器から装殻者に切り替わる。
幾つかの制御例を見て、コウは言った。
「然程特殊な感じはしないけど。補助頭脳自体にリアクト・モーションを組み込めば?」
「勿論、その程度はやってるわよ。でも、出力解放や限界機動状態での予期しない動きに、コンマ差がね」
補助頭脳は装殻者に適応してデータを蓄積する。
仮想では上手くいっても、実際の戦闘とは装殻者自身の意識に違いがある為に、追従する対象である装殻者が補助頭脳の最善判断ではなく、その戦闘における最適判断を下した動きをした時に遅れが出るのだ。
限界機動中なら、それは特に顕著なズレに感じられるかも知れない。
「だから、体感が遅れる感じか」
「そ。だから装殻者自身が慣れないといけないのよ」
これは、【黒の装殻】側のデータや訓練内容にフィードバックするべき要素だろう。
後で正式な譲渡をして貰う約束をして、コウは次に移った。
「『ジンパチ』は、グリズリア・エータか?」
仮称:ガンベイル・ザ・サード『ジンパチ』の表記に、まんまだな、とコウは思った。
リリスが、コウの内心を察したのか、次に口を開く。
「ミチナリは突貫野郎だから。参式巨殻が丁度良かった感じ」
「まぁ、参式自体が突撃特化な感じだしね」
「あれは使ってる奴も反則くさいけどね。対アナザー前の仮想戦闘データ見たけど、何なの、アイツ。時空改変なしだと0号のデータに勝率5分5分で勝ってたんだけど?」
花立にも一撃で撃墜された挙げ句に捕まったからか、面白くなさそうにルナが口を曲げる。
コウは、そんなルナに微かに笑った。
「でも、実戦なら100%負けるよ。花立さんは。……あの人、人が殺せないから」
「知ってるわよ。その隙をついてどうにか四国ではやりあってたんだから。それでも、規格外過ぎるのよね」
実際、生身での訓練における花立の勝率は100%だ。
装殻あり、あるいはチーム戦だとニーナに一歩譲るが、そのニーナでも、花立には100%勝てる訳ではない。
「あの人は、本来なら霊号でもおかしくないからね。もしかしたら、俺が生まれてなければ、次の霊号はあの人だったかも知れない」
ゴウキ同様、突き抜けた戦闘力を有していて、誰よりも優しい花立だ。
実際、コウがハジメと共に戦う事を望まなければ、もう一人の人工霊号は彼になる筈だったと聞いている。
コウは頭を振って、ずれた話を元に戻した。
「最後の『フリード・ハイエンド』は、本体は大してイジってないけど」
「ケイタとヒルメは、領域型の装殻使用に特化してるから。逆に圏外戦闘では一番動けるかもね」
全方位をマグネボールで覆う事で、地上でも飛行とは違う空間戦闘を行なっていたパイル……ケイタを思い出して、コウは頷いた。
リリスが嬉しそうに言う。
「『フリード・ハイエンド』の肝は、本体よりも追加武装。腕によりを掛けた」
ミツキの『青蜂』に搭載された《ハニー・コム》の開発者もリリスである。
彼女は、装殻そのものよりも独創性溢れる追加武装の創造に情熱を燃やすタイプらしい。
「エレネット・フリード式のレールガンシステムとマグネボールの複合兵装……これ、兵装同士の干渉は大丈夫なの?」
「基本的には、どれもフリード・コントローラーを使う電磁力制御システムだから、大丈夫。それに、切り替え式。大気圏外なら、理論上亜光速まで加速したまま曲芸機動出来る」
「……ま、実際やったら、亜光速じゃなくてもブラックアウトは間違いないだろうけど。ケイタもこういうの大好きだから。液化とかさ」
「……そんなに難しくはなかったけど」
「危ないか危なくないかで喋りなさいよ! 私がフリード・コントローラーの開発にどれだけ苦労したと思ってんの!?」
「……なんかゴメン」
見たら出来る、を素で実践して来たコウである。
最初のブラストハンドを作った時も、皆からの反応が散々だった事を思い出して少し凹む。
だが、そんなコウの内心は誰にも分からない。
リリスは話を続けた。
「どうせ始まったら母体に一直線に突っ込むだけ。曲芸よりも大事なのは突貫力。ケイタとヒルメに協力して貰って、特攻前のスイング・バイに使う。限界機動して突っ込むより安全」
全員で、ガンピアシングダイヴをする、という事だろう。
実際、あれの速度は限界機動に迫る。
「……準備時間は、後どれくらいあるんだろうね」
コウは、ニーナに一度聞いてみようと思った。




