序節
外宇宙より地球を三つの巨大隕石。
球形の表面に血管のような赤い筋を走らせた禍々しいそれの表面には、顔のような形の凹凸がある。
左側の一つが、微かに震えたかと思うと、ゆっくりと目に当たる部分を開いた。
同時に、額に当たる部分から女性の上半身のような上半身が生える。
『戻ったか、彼方の私よ』
『戻ったとも、此方の私よ』
右側の隕石、マザーが問い掛けるのに、左側の隕石が応える。
右側の隕石、アナザーは、同じように額に当たる部分に女性の上半身を生やしていた。
それらは同じ姿をしている。
どちらも花立トウガの恋人であった女性、幹スミレの姿だった。
『霊号、どこまでも忌々しい存在よ。幾度敗北しても憎悪が尽きん』
『絶望に鳴く者どもを楽しめなかったのは残念だが、もうすぐ終わる。そうだろう? 新たなる私よ』
マザーの問いかけに、中央の、一際巨大な隕石もその目を開いた。
それの額には、何者の姿もない。
《星喰使》と呼ばれるそれは、どこか拙い口調で言った。
『敵ハ、滅ボス……デウス、ノ、意志、ノ、ママニ……』
『そうだ、新たなる私よ』
『そうだ、強大なる私よ』
『霊号共を討ち滅ぼし』
『この時空を消滅せしめ』
『そして私は跳躍する』
『私は滅ばぬ』
『永劫に時空を喰らい続け』
『永劫に存在し続けるのだ』
マザーとアナザーの言葉に。
オーファンは、ぴくり、と反応した。
『ソレハ、成ラヌ……』
オーファンの言葉に、マザーとアナザーは不思議そうにオーファンを見た。
『何だと? 新たなる私よ』
『何故だ? 強大なる私よ』
『デウス、ノ、意志、ハ、諸共、ノ、滅ビ。理、ヲ、乱ス、ハ、許サレヌ……』
不気味に、オーファンの表面が蠢いたかと思うと、それらがマザーとアナザーを瞬時に絡めとった。
『ぐぅぅ、何を!?』
『やめよ、何故だ!』
『理、ヲ、乱ス、者。我ガ、敵、ナリ』
『う、ぐ』
『がぁああああ……』
オーファンへと母体としての権限を委譲したマザーとアナザーは、オーファンの意志に抗する事が出来ず。
その全身を、喰われ、取り込まれて行く。
『馬鹿な、私は……!』
『永劫を、生き……!』
マザーとアナザーの意志は喰らい尽くされ、後に残ったのはその質量を増したオーファン。
『全テ、ハ、デウス、ノ、意志、ノ、ママニ……』
マザーとアナザーは、勘違いをしていた。
唯一にして全てであった存在には、ついに理解出来なかった事。
意志を同じくするマザーとアナザーにとっては、そもそも、永劫を生きるという事が彼女等自身が悟った命題であった。
だが、新たに産み落とされた存在であるオーファンは、どれ程強大な存在であっても、言わば赤子。
襲来体本来の目的である、霊号を消滅させて自身も滅ぶ事で時空の輪廻を保持するという、〝大いなる世界意志〟から与えられた役割を忠実に守るという意志以外の、何も持っていなかったのだ。
そうして、オーファンは新たな使徒を産み落とす。
取り込んだマザー・アナザーとまるで同じ形で吐き出したそれらは、しかし最早マザーでもアナザーでもなく、オーファンと意志を同じくする存在でしかない。
『霊号ニ滅ビヲ与エル……』
『時空ノ輪廻ヲ正常ニ……』
『全テ、ハ、デウス、ノ、意志、ノ、ママニ……』
そうして、真に滅びをもたらすだけの抜け殻と化した最後の襲来体は、虚空を駆ける。
一路、地球を目指して……。




