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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『愛媛隕石篇』
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第38節:束の間の休息


 アナザー殲滅戦を終えて帰還した《黒の装殻(シェルベイル)》の面々とアイリは、満身創痍だった。


 そのままジンとアイリ、ハジメは装技研の医務室に入院、ミツキとケイカも安静を言い渡されていた。

 無事だったのはコウ自身とニーナだけだが、花立は無事ではないものの、特に左腕以外の負傷もなく並外れた頑強さを示していた。


 医務室で再び集った面々の中には、おやっさんとアヤの姿もあり、それなりに賑やかだ。

 比較的怪我の軽かった《白の装殻(クルセイダー)》の面々とヤヨイ、シノ、カヤ、そしてかつての『黒の兵士(シェルアシスト)』の面々は、一度順番に面会には訪れたものの、すぐに米国側と協力して事後処理を行いに行っている為に不在だった。


 全員が揃ったら医務室には入りきらない人数でもあるが。


「トーガは多分、人間じゃないわねん」


 そんな中、様式美よん、と言いながらリンゴを剥くニーナがいつものスーツ姿に三角巾で腕を吊った花立に言うと、彼は鼻を鳴らした。


「他の連中の鍛え方が足りんだけだ」

「いや絶対ぇ違う! 無事な方がおかしいだろどう考えても!」

「ジンさんと一緒に一番寝込んでてもおかしないレベルで攻撃を受けとったやん!」

「これでも僕、頑張ったんだけどなぁ……」

「うぅ……」


 ジン、ミツキ、アイリ、ケイカの順でそれぞれに言うが、花立は冷めた目を向けるだけだった。


「大体、ここまでやられた原因は、ジンが油断したせいだろう」

「はぁ!? ちょっと待てよ、そもそも花立さんがあの触手野郎をきっちり仕留めときゃ済んだ話だろ!?」

「どっちもどっちねん」

「お前さんらは、全然成長しねぇなぁ」


 責任をなすりつけ合う花立とジンの横でニーナとおやっさんが突っ込み、次にミツキとケイカが目配せし合う。


「あの野郎、ゴキブリ並みのしぶとさやったからな……」

「シェイドがいなかったら、下手したら詰んでたしね」

「そう言えばあの人、結局何がしたかったんだろうね?」


 シェイド、の名前に、アイリが反応した。

 

「多分、決着を付けたかったんじゃないかな……」


 コウが言うと、室内の面々が一斉にこちらに視線を向けてきた。


「ハジメさんと? ……そんな殊勝な人だった?」


 戸惑ったようなアヤの声に、コウは頷く。


「生き返った後、あの人は結局俺たちの害になるような事はしなかったしね。ハジメさんにフラスコルシティで負けた後、別に生き返る事なんか望んでなかったんだと思う」


 彼はどこまでも利己的だったが、優れた頭脳と卓越した技量を持つ人物だった。

 黒の一号を追い詰め、フラスコルシティの裏社会でのし上がった手腕を見ても、善悪を問わないなら傑物だったとすら言える。


「どっちにしたって死ぬんなら、と、あの人は思ったんじゃないかな」


 最後の最後、望まない余生を得て、自分の意志によらない死を決定付けられた彼に残されていたのは、敵として対峙した黒の一号だけだったのだと、コウは思う。


 だから再びの決着を望んだ。

 《黒の装殻》と同等の力を得た彼が選んだのは、黒の一号、本条ハジメとの闘争の中での死だった。


「その気持ちは……理解出来るかも知れない」


 コウに賛同したのはアイリだった。

 死を受け入れなければならない、と、霊号の真実を知った時には、コウも考えたし、アイリも考えたのだろう。


 何処で死ぬべきなのか。

 そういう定めを持てば、自ずと自分の大切なものに目を向けなければならない。

 彼が本当に望んだものが何だったのか、コウは遂に知る事はなかったが。


「姉さんを殺したあの人を、許す事は出来ないけど。案外、本当に望んでいた事は平凡な事だったのかも知れないよ」


 世界を救えるだけの力を与えられたコウの望みが、ただ家族を守れる事だったように。

 ハジメが世界から追われる人間となった最初の理由が、ゴウキの意志を継ぐ事だったように。

 そして人類と相容れないマザーやアナザーの望みですら、ただ生きる事であるように。


 どれほど凶悪と言われる存在であろうとも、その行動の最初にある理由なんて、きっとちっぽけなものなのだ。


「そういえばハジメ、お前あのキョウスケって子はどうするんだ?」

 

 おやっさんが黙って話を聞いていたハジメに水を向けると、ハジメは静かに答えた。

 結局あの後、親や親類などを愛媛内の生き残りに聞いて回ったがキョウスケが何処から来たのかは分からないままだった。


 彼自身の話から親が軍属である事は分かったが、彼は父と母の名前を言えなかったのだ。

 知性に遅れがある様子ではなく、検査の結果、ショックによって部分的な記憶障害を起こしている可能性があるらしい。


「……身体的に異常はないが、襲来体因子に一度侵食を受けた場合、どんな副作用があるか未知数な部分もある。ユナと共に連れて行く」


 『黒殻』の面々は、一般構成員まで含めて希望者以外の全員が装技研を引き払う事が決まっていた。

 『青蜂』の完成とミツキが肆号装殻者となった事で、もうこの地に用はなくなったからだ。


 たった数ヶ月だが濃密な時間を過ごした場所だ。

 離れるのは寂しいと思っていたが、ハジメが『黒殻』の目的を最終フェイズに移行するという宣言を行い、《黒の装殻(シェルベイル)》、そして《白の装殻(クルセイダー)》は今度は宇宙(そら)へと向かう事になる。


 その為に向かう先は、まだコウは知らされていない。


「さ、リンゴが剥けたわよん」


 ニーナの言葉に目を向けると、幾つ剥いたのか山盛りのリンゴに爪楊枝が大量に刺さっていた。


「まずは総帥からねん。ハジメ、あーん」


 ニーナが一つをハジメの口元に持って行くと、ハジメは特に抵抗する様子も見せないままそれを食んだ。


「……美味い」

「でしょん?」


 その様子を、コウ含む面々は何とも言えない気持ちで見つめた。


「堂々とイチャつきよって……」

「こちとら独り身だぞ……」

「お前さんらはまだ若いから良いじゃねぇか。俺なんざハジメに良いようにこき使われて気がつきゃこの歳だぞ」

 

 そんなミツキ、ジン、おやっさんの野郎衆の嘆きに、花立が溜息を吐く。


「別にどうでも良いだろう」

「そりゃ花立くんはどうでも良いだろうよ。スミレも居たし、シノもカヤも君に夢中だしな」

「ハァ!? あの美人の双子さん、どっちも花立さん狙いなんかよ! うらやま!」

「……ミツキ?」

「あ……」


 ミツキに告白されたとヤヨイに暴露されたケイカが冷たい目でミツキを見ると、ミツキが狼狽える。


「おーおー、脈ありで羨ましいねホント。相手がケイカさんじゃなきゃな」

「ジン、喧嘩売ってるの!?」

「そんなつもりは全くねーっすよ?」


 ジンの冷やかしに、ケイカがますます顔を真っ赤にして二人が喧嘩を始める。

 その横で、アイリがコウにこっそりと囁いてきた。


「……僕って、ジンに脈なしと思われてるのかな」


 恋愛どころか家族以外の女性と交流する事すら、アイリに出会うまでなかったコウに分かるはずもない。


「さぁ。どうなんだ、アヤ」

「そこで私に振る? まぁ、ジンさんは散々、アイリさんを振り回してたみたいだし、直接告白もされてないんでしょ? 脈以前の問題じゃないの?」


 アヤが何故かコウをちらちらと見ながらそう言うが、視線の意味がわからずコウは首を傾げた。


「告白……はされたよーなされてないよーな」

「いつ?」

「えっと……ほら、ジンがハジメさんに突っかかった時にさ……」


 何故か顔を赤らめているアイリに、コウは、ああ、と思い出す。


「そう言えば、アイリが死ぬのが嫌だって言って突っかかったんだっけ」

「初めて聞いた……いやそれ、完全に告白と同じじゃない?」


 わきゃわきゃと盛り上がり始めた女性二人は放っておいて、コウはハジメに問いかけた。


「結局、俺たちはこの後、何処へ向かうんですか?」


 コウの問いかけに、珍しくハジメは笑みを浮かべる。


「全ての始まりの場所だ。ゴウキさんが空に立ち、かつて『ラボ』の本拠地があった地……」


 そのハジメの言葉を、ニーナが引き継いだ。


「そして今は、『黒殻』の秘密基地がある場所よん」

「……いや、結局何処なんです?」

「君は、そこをよく知っている。俺が、君と出会った地でもあるからな」


 言われて、コウは目を見開いた。


「え……」

「そう。俺たちがこれから向かうのは、現在の日本の首都である人口半島……」


 ハジメは。

 コウが二度と足を踏み入れることはないと思っていた場所の名を、告げた。


「ーーーフラスコル・シティだ」


 

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