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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『愛媛隕石篇』
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第37節:銀の死神


 シープ、そしてアナザーが消えて残った一人に、黒の一号は目を向けた。

 黙って黒の一号とアナザーのやり取りを聞いていた彼に、黒の一号は声を掛ける。


「……我々と共に、戦う気は無いか、ミスター・サイクロン」


 あえて、彼がかつて敵対者だった時に名乗った名前で呼び掛けると、彼は緑の双眼を持つ銀のフルフェイスに包まれた頭を、黒の一号に向けた。


「共に、か……それは何の冗談だ?」

「本気で言っている。お前も滅びを望まないのならば、《星喰使》の殲滅は絶対だ。それ程の力を持ったまま、我々に自分の運命を委ねるほど、俺たちを信頼してはいないだろう?」


 アンティノラⅦ改は、喉を鳴らした。


「その通りだ。だが、断る」

「何故だ?」


 アンティノラⅦ改は、ゆっくりと地面から引き抜いて再び手にしていた大鎌を持ち上げた。


「俺が何故、足手まとい共に手を貸してやる必要がある? 勘違いをしているようだが、俺がこの場に現れたのは……害虫共と、貴様らを、始末する為だ!」


 瞬時に目の前に現れたアンティノラⅦ改が振るう大鎌を受け止めたのは、コウだった。


「ミスター・サイクロン……俺はお前に、姉さんを殺された恨みを、忘れてはいない……」


 そのままコウが拳を振るうと、アンティノラⅦ改は飛び退いた。


「姉、か。黒の零号が、あの時のガキだったとはな」

「俺は、力を得た。お前が俺たちに敵対すると言うのなら」


 ゆらりと殺気を揺らめかせるコウの肩を、黒の一号は掴んだ。


「ハジメさん?」

「……俺が、やる」

「でも」


 黒の一号はコウに対してゆっくりと首を横に振り、前に出た。


「俺たちに敵対するのは、『アパッチ』を守り切れなかったからか?」

「そう……貴様らは俺に提示した条件を守れなかった。『アパッチ』を見捨てずに、解除薬をもたらしたが、使うべき者が死んでは約束を守ったとは言えん。そうだろう?」

「居場所だったか?」

「勘違いするな。『アパッチ』は、俺にとって賭けのコインに過ぎん。換金出来れば不要になる、その程度のものだ」


 アンティノラⅦ改は、どこまでも利己的だった。


「貴様らは、この場では害虫共に勝った。だが、先制打を貰っていた。俺という毒を解毒し切れなかったのは見通しの甘い貴様の落ち度だ、黒の一号。……潔く受け入れろ」

「《星喰使》はどうするつもりだ?」


 アンティノラⅦ改は、肩に大鎌を担いで、首を傾ける。


「お前らが俺に始末されるなら、相手もその程度だろう? 貴様らを殺し尽くした後に、俺が始末しておいてやろう。その後の事は、俺の知った事でもない」


 黒の一号は、その傲岸なまでの自信が嫌いではなかった。

 かつて卑劣な手を使い黒の一号を陥れた彼は、しかし自身の手を汚す事も、自分自身が傷つく事すらも厭いはしない存在だった。


 信じるものは己のみ、という信念を貫き通し、他者に構わないだけだ。

 黒の一号自身の業によって生まれた存在、アンティノラⅦ改。


 黒の一号とは、決して相容れない。

 だが、貫くべき信念を貫き通す者であるというその一点だけは、黒の一号と変わらない。


「始めるぞ。リベンジマッチだ。―――もう一度、俺を殺せるものなら殺してみせろ!」


 アンティノラⅦ改が再び跳ねるのと同時に、黒の一号も足を踏み出した。

 鎌を振るうアンティノラⅦ改の懐に潜り込もうとするが、振り抜いた鎌の柄尻で続く連撃を放たれて黒の一号は肩を打たれる。


出力変更オーダー……銃撃形態ガンジャケット

実行レディ


 瞬時に形態を変更した黒の一号は、背後のアンティノラⅦ改に向けて後ろ手に右手の散弾銃を放った。

 散弾が当たった音はしない。

 

 補助頭脳の予測によって頭上を振り仰いだ黒の一号の目に、銀の蝙蝠翼を備えたアンティノラⅦ改の姿が浮かんでいるのが見える。


「貴様の芸を真似してみたが、どうだ?」


 そのまま体ごと急降下して来て振り落とされた刃を躱し、黒の一号は左手の機関銃を連射した。

 しかし再び上昇して旋回するアンティノラⅦ改を捉える事は出来なかった。


「ドラクル……!」

「そういう事だーーー《半月の刃サークルフルブレイク)》」


 大鎌を投げ放ちながら、鎌と挟み撃ちにするように向かって来るアンティノラⅦ改に、黒の一号は再び形態を変える。


「―――剣撃形態スラッシュスタイル!」

実行レディ


 大きく腰を落とした黒の一号は、上半身を捻って腰の斬殻刀に手を掛けた。


出力解放アビリティオーダー……《黒の反撃バックブレイク》」


 瞬転、迫って来る刃とアンティノラⅦ改の顔を薙ぎ払う軌道で刃を走らせた黒の一号に。


限界機動ブレイクアップ……」


 アンティノラⅦ改の姿が呟きと共に掻き消え、銀の大鎌のみを弾き飛ばした黒の一号は、そのまま背後から凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 

「ッ……! 《黒の衝撃コンバットブレイク》!」

限界機動ブレイクアップ


 息を詰まらせながらも命じる黒の一号に、補助頭脳が彼を限界機動状態に突入させると、肉体の支配権が一時的に補助頭脳に移行する。

 補助頭脳は、正確にアンティノラⅦ改の居場所を把握しており、超加速状態に入ると同時に黒の一号の体を伏せさせた。

 

 アンティノラⅦ改の拳が耳元を行き過ぎる瞬間に、不快な振動を感じる。

 相手は、ドラクルの寄生殻能力だった超音波攻撃を、共鳴振動として拳に纏わせているのだ。


 先程も感じた、圧倒的戦闘センスによる応用能力。

 

 補助頭脳はそのままアンティノラⅦ改への攻撃を行わず、出力解放のエネルギーを破壊された背部スラスターと外殻の修復に回し、黒の一号を限界機動状態から離脱させた。

 経験を蓄積し、ゴウキによってさらなる戦闘技術を与えられた補助頭脳は、ともすれば黒の一号本人よりも戦闘に長けた存在だ。


「休んでいる暇はないぞ」


 アンティノラⅦ改は止まらない。

 飛翔の勢いを殺しもしないまま着地し、地面から何かを生み出してそれを押し潰しながら無理矢理勢いを殺すと、反転して何かを振るった。


 鞭だ。

 

 カメレオンの舌のように一直線に顔に向かってくるそれを上体を背後に反らして躱した黒の一号が目を戻すと、アンティノラⅦ改の周囲に、かつて対峙したウォーヘッドと呼ばれる不完全な寄生殻の姿が四つあった。

 ウォーヘッドは即座に変化し、アンティノラⅦ改と変わらない姿になると、本物のアンティノラⅦ改と連携しながらこちらへ向かって来る。


「襲来体、か」


 黒の一号はもう一本斬殻刀を生成して、本物より幾分動きの鈍いアンティノラ・コピーに刃を振るう。


出力解放(アビリティオーダー)……《黒の斬撃(スラッシュブレイク)》」


 限界機動状態への突入から両刃を円を描くように振るって四体を一気に屠ると、アンティノラⅦ改へ目を向けた。

 アンティノラⅦ改はまだ遠い。


警告(ワーニング)


 補助頭脳が告げるのと前後して、頭に衝撃が走った。

 視界が揺れ、意識の吹き飛びかけた黒の一号だが、姿勢を崩しながらも剣を振るうと硬い手応えがあった。


 側頭部への掌底を放った手はそのままに、その伏兵は逆の手で黒の一号の刃を受けていた。

 そのまま、腕に食い込んだ刃を巻き込むように黒の一号は剣をもぎ取られる。


「……アヌビス」

「姉さん……!?」

 

 ジャッカルの頭をした装殻を纏う、女性体型の装殻者の姿に、黒の一号だけでなくコウまでもが声を上げる。


「こういう芸当も出来る。貴様らには有効な手段だろう?」

「アンティノラⅦ……!」


 黒の一号は呻きながら腕の傷を放置したまま放たれたアヌビスの蹴りを受けると、その胸元に逆の剣で刺突を繰り出した。

 突き刺さる刃の隙間から血は漏れず、代わりに人ではない硬い手応えと共にアヌビスが砂に還る。


 襲来体の擬態だ。


「お前は……!」

「この程度の事で頭に血を昇らせるから、貴様らは敵に付け入られる」


 アンティノラⅦが振るった鞭を断ち切ろうと剣を鞭の軌道に合わせて振るった黒の一号だが、アンティノラⅦ改は既に鞭から手を離しており、刃に鞭が絡みつく。


「そして冷静な判断力を失う」


 使えなくなった剣から手を離した黒の一号に対し、肉薄したアンティノラⅦ改は腕を振り上げて両手を絡ませると、その腕が熊のように肥大化し、黒の一号に叩き付けられた。


「グゥ……! 突撃形態(チャージジャケット)!」

実行(レディ)


 黒の一号は重みのある一撃に声を漏らしながらも、そのまま押し潰そうとする腕を、一番突撃力に優れた形態に変化する事で押し返す。

 

「「限界機動(ブレイクアップ)!」」


 宣言は全く同時。


「貴様には、既に俺に対するアドバンテージはない」


 既に装置に頼らなくとも限界機動が可能となっているアンティノラⅦ改は、両腕を瞬時に元に戻して、黒の一号が放った拳を真っ向から拳によって受けた。

 

「成長の止まっているお前では、襲来体の能力を得た俺には勝てん」


 打ち合わせているのと逆の手にアサルトライフルを生み出したアンティノラⅦ改は、銃口を黒の一号の腹に

向けてフルオートで連射した。

 腹の外殻にヒビを入れられて体を折る黒の一号、アンティノラⅦ改はそのままアサルトライフルを振りかぶって叩き付ける。


 地に伏せた黒の一号は、地面を抉って砂を掴みながら横に転がり、アンティノラⅦ改の目を狙って土を放り投げた。


「……味な真似を」

「泥臭い戦い方は得意でな」


 人間は、目をやられれば反射的に庇う。

 例え傷付かなくても、装殻者である以上人間であり、自然に身に付いた反応まではどうする事も出来ない。


 その間に姿勢を立て直した黒の一号は、残り少ないエネルギーを拳に込めた。


出力解放(アビリティオーダー)……《黒の突撃(チャージブレイク)》」


 先程と違い、十分な突撃力を持った拳撃には流石に対応出来なかったアンティノラⅦ改が、それでも腕の防御の上から拳を受けて吹き飛んだ。


「……これでも、今の俺を殺すには至らない」


 吹き飛んで仰向けに地面を滑ったアンティノラⅦ改が肩で息をする黒の一号に言いながら起き上がる。

 両腕の外殻をひび割れさせながらも、彼の本体は無事だった。


解殻(シェルオーバー)


 一号装殻が、補助頭脳の音声と共に解除される。

 生身に戻ったハジメを見て、アンティノラⅦ改は息を吐いた。


「つまらんな。同程度の力を得れば、貴様などその程度か」

「……」


 銀の大鎌を生成し、アンティノラⅦ改が殺気を放つ。


「これで、終わりにしてやろう」


 アンティノラⅦ改は、跳躍した。

 大鎌の刃が白色に輝き、鋭く黒の一号目掛けて振り落とされる。


出力解放(アビリティオーダー)……《偃月の刃(スラッシャブルブレイク)》」


 黒の一号には、既に避けるだけの体力もない。


「止めろッ! 決着はついただろうが!」


 振り下ろされる鎌とハジメの間に、コウが割り込んで来た。

 交差した両腕に、鎌の先端が触れ……。



 そのまま、砕けて砂と化した。



「え……?」


 まるでダメージがなかったのが不思議だったのだろう、コウが呆けたような声を上げる。


「また、邪魔をするのは貴様か」


 苛立ったように言うアンティノラⅦ改に、 ハジメはコウに目を向ける。

 アヌビスが死んだ時に、未覚醒だったコウの声によって止められた事を言っているのだろう。


「コウ。お前の言う通り、決着はついた。退いてくれ」


 戸惑ったようなコウが黒の一号と砕けた鎌の柄を握り締めるアンティノラⅦ改を交互に見比べて、体を横に退かす。


「……お前の勝ちだ、アンティノラⅦ」

「どこがだ」


 忌々しそうに鎌の柄を投げ捨てたアンティノラⅦの体から、サラサラと砂が溢れ始めていた。


「一体、何が?」

「アンティノラⅦ改の今の体は、シープ同様に襲来体……おそらくはコア・コピーのようなものだ。シープを殺した事で、ただ邪魔をしなかった時と違い、明確に離反したと《星喰使》が判断したんだろう」

「そう、時間切れだ。もう少しで殺してやれたんだがな」

「……知っていたんだろう?」

「自分の体の事だからな。貴様らと違って、俺は馬鹿じゃない」

「じゃあ、ハジメさんは分かってたんですか?」

「気付いたのは戦闘中だ。アンティノラⅦ改は、幾度か使うべき場面で限界機動をせずに変態を行い、限界機動の間も空いていた。……体の霊子結合が弱まっていたせいで、多用出来なかったんだろう」

「見抜いて、その後は時間稼ぎか」

「いいや、全力だった。……全力で勝ちに行って、この樣だ」


 ハジメが、生身になった自分を見下ろして苦笑すると、アンティノラⅦ改は銀の頭部外殻の下で奥歯を噛み締めたようだった。

 ギリ、と音が鳴り、彼がハジメの腕を指差す。


「わざとだろうが。本気で、気付いていないと思っているのか?」


 アンティノラⅦ改の言葉に、コウがハジメの腕を見る。

 肘下から拳に掛けてのみ、部分装殻状態で展開された一号装殻を。

 

「最後のカウンターで、殺す気だったんだろうが」

「気付いていて乗ったんだろう?」


 ハジメは、最後まで勝つ気だった。

 望みを叶えるまでは、相打ちも負けも望まない。


 お互いにギリギリだった。


「勝ちは譲ってやる。早くやれ」


 自分の左胸を叩くと、それだけでアンティノラⅦ改の右腕が崩れ落ちた。


「……良いのか?」

「害虫ごときに殺されてやる気はない」


 ハジメは頷くと、補助頭脳に命じた。


出力解放(アビリティオーダー)

実行(レディ)


 拳にエネルギーが供給され、ハジメの拳が輝いた。


「親玉は、きっちり始末しろ。貴様は、俺を二度も殺したんだからな」

「ああ……」


 突っ立ったままこちらを見据えるアンティノラⅦ改に、ハジメは極限まで体を捻り、残った力を全て注いで。



「眠れ、ミスター・サイクロン。ーーー《黒の慈悲(ハートブレイク)》」

救済を(エイメン)


 ハジメの拳が、真っ直ぐにアンティノラⅦ改の胸を貫き。

 宿敵は、砂に還った。

 

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