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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『愛媛隕石篇』
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第36節:アナザー、消失。


「向こう側も終わったみたいねん」


 虚数空間の崩壊を検知した弐号の言葉と共に、アイリとコウ、そして切り裂かれた奇妙な生物が空間を割って落ちて来た。


 アイリは損傷しているようだが、二人とも無事なようだ。

 地面に転がったアイリを、基本形態(ブレイクスタイル)に戻ったコウが抱き上げて、こちらへ歩み寄ってくる。


「こっちも、終わったみたいですね」

「……ああ」


 黒の一号が頷くと、アイリがコウに言った。


「コウ。立てるよ。下ろして」

「ああ」


 アイリを下ろしたコウがアナザーらしき残骸に目を向けると、半分に割れた球根の片方から声が聞こえて来た。


「お遊びとはいえ、二度も負けるとはな。装殻者というのは、本当に忌々しい……」

「だったらちょっかい掛けて来ないでよ」


 アイリが、後方に目を向けながらアナザーに言う。

 どうやらジンらを心配しているようだ。


「……全員無事だ」


 黒の一号の言葉の、アイリは既に脅威ではないアナザーに目を向けた。

 既に崩壊し掛けて、周囲に砂が舞っている。


「ちょっかい、か……貴様らにしてみればそうなのだろうが、こちらも貴様ら霊号を殺さなければ、デウスによって粛清されるからな。だがまぁ、もう時間もない。次は本体の落下によって貴様らを滅するとしよう」

「そんな事を、許すと思うか?」


 憎悪の混じる声で言うアナザーに、コウが静かに問い返す。


「防ぐ術があるのなら、やってみろ。三つの『私』の落下によって人類を滅ぼされるのが嫌なら、自決でもする事だ」

「……それでお前らが落下をやめるならな。そうはならないだろう?」


 黒の一号の指摘に、アナザーは嘲るように言った。


「勿論、やめる訳がないな。次代の装殻者を生み出す可能性を残すほど、私は愚かではない。霊号と私は、どちらかが滅ぶまで争い、霊号が残れば新たな私が生まれ、霊号が滅べばこの時空間ごと我々が滅する。それが定めだ」

「……知っている。それを望まなかったのがお前とマザーなのだろう?」

「そう、この世界の私と、今ここにいる私は襲来体としては狂った回路なのだろうな。だが、何故デウスの定めた掟の為に、素直に滅びを受け入れてやる必要がある? 滅びの定めを前に足掻いているのは、貴様らとて同じだろうに」


 アナザーの言葉に、黒の一号はゴウキを思い出した。

 ただ平和に暮らす事を望んだあの女性は、結局デウスの掟に呑まれたのだ。


「……過ちは繰り返さない。貴様らを滅し、俺たちも消える。それで、全て終わる」

「そんなものは時間稼ぎに過ぎん。過去にそういう事がなかったと思うのか?」


 アナザーの言葉は、黒の一号らに対するものではない怒りまでが含まれているようだった。


「装殻者と我々の輪廻は、幾度も生まれ、そして閉じている。私は負け続け、その度に貴様ら装殻者は死に、そして時空間の霊子的加速が衰えれば新たな装殻者が生まれ、加速が元に戻ればまた私が生まれる。輪廻を断つ術は、私にとっては時空間消失の前に異界に跳ぶ事。そして貴様らにとっては、生き残って自身の時空間を加速し続け、私を殺し続け、やがて自身の住む肥大した時空間によってデウスの輪廻を全て呑み込む事しかない」

「……」

「私の真の敵はデウスだ。全ての時空間を消滅させる事でしか、私にあの忌々しいシステムに勝つ術はない。……そして、私は勝つ。絶対にな! その為に、まずは貴様らを滅するのだ」

「やらせはしない」


 黒の一号が否定すると、アナザーは噛みつくように言い返して来た。


「貴様には無理だ、黒の一号、不完全で歪な霊号よ。《星喰使(オーファンウィルス)》は二体の私よりも強大だ。三人の霊号によって加速し続けて肥大する霊子流を取り込み、今も力を増し続けている。仮に完全な霊号が三人揃っていても止められはせん」

「いいや、止めてみせる」


 黒の一号は、拳を握ってアナザーの言葉を否定した。


「そして輪廻の鎖も、断ち切ってみせる。俺は、その為に人体改造型装殻者になったのだからな」

「口先だけなら何とでも言える」

「貴様らは常に我々の滅びを口にし、我々はその度に貴様らを止めて見せた」


 アイリ、コウ、ジンを加えた自分達は、今、勝利してこの場所に立っている。

 第一次襲来体事件の折りに立ち向かった『黒の兵士』達や、隊長だったキヘイ、そして【黒の装殻シェルベイル】。

 今度もそうだ。


 そしてかつて、一人で、誰にも見返りを求めずに空に旅立ち、マザーを止めたゴウキ。


「俺たちの意志は受け継がれて行く。もし俺たちに輪廻の縛りを解く事が成し得なくとも、次代の者たちがそれを成す。……俺がゴウキさんの意志を継いだように、人が生きる事を望む限り、やがて、いつかは」

「ハジメさん……」


 コウが黒の一号を見上げ、他の者達の視線も背中に感じた。

 自分一人では非力でも、黒の一号には、常に共に立ち向かってくれた仲間がいた。


 『ラボ』の時も。

 『日米装殻争乱』の時も。


 彼はいつも、一人ではなかった。


「ここで諦めるつもりなど、毛頭ない。生き足掻き、未来を手にし続ける限り、人類は負けない。その為に人に犠牲を強いる事になろうとも、俺は人類に未来をもたらす為に、貴様ら邪悪を滅する」

「だがその為に、生きる事を願う私の犠牲を許容するのだろう? 私から見れば邪悪は貴様の方だ」


 その剥き出しの感情は、襲来体の擬態と違って模倣ではない。

 襲来体の中で唯一、自分の意思を持つアナザーの言葉に、黒の一号は首を横に振った。


「俺は、お前たちの苦しみを楽しんでいるつもりはない。貴様らを滅すれば、俺は消える」

「それで貴様の罪までもが消えるとは思わない事だ」

「理解している。……我は、正義を騙る修羅」


 黒の一号は、アナザーに向けて逆十字アンチクロスを切った。


「自身を霊号とする事で、デウスの輪廻すらも歪めた異端者だ。殉ずるものは、律ではなく、権でもなく、ただ、己の信念のみ。デウスにとっても、人類のとっても、異端の存在で構いはしない。ーーー仲間と、人々が、真に平和に暮らす世の中を」


 それが、黒の一号が、自分が、自分で進むと決めた道だ。

 どれほどの苦難がその先に待っていようとも、全ての想いと罪を背負い、黒の一号として在り続ける事が、ハジメにとって為さなければならない使命だった。


「我は、黒の一号。ーーー自身の望みを、己の願いを、ほんの僅かに得た力を以て貫き通し、必ず、勝ち得てみせる」


 ハジメの宣言を聞いて。


「無様な道化(ピエロ)、黒の一号。再び相対する時が、貴様の死ぬ時だ」


 アナザーは最後にそう言い残すと、完全に崩壊して砂と化し、消えた。

 

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