第34節:花の母体
「……ここは?」
「時空改変によって形成された空間だな」
ただひたすら平坦な茶色の地平線が広がり、太陽も雲もない黒色の空が広がるその場所は、不思議に明るい。
零式・正戸アイリの疑問に応えた黒の零号・北野コウは、宙の一点に座す相手を見据えた。
「一人で、俺たちを相手にする気か?」
「事情は貴様らとこちらで同じだと思うがな。時空改変を行う霊号に対するのは、本体に近しい能力を持つ私のみ」
悠然と微笑むアナザーに対して、コウの横に立つアイリが両腕の刃を構える。
二対の両翼を持つ優美な白銀の装殻を纏うアイリは、コウと共にほんの数日ではあるがトレーニングを行い、マサトの補助なしでも以前と同等以上の戦闘を行える程度には自身の練度を高めていた。
コウ自身も、ゴウキの戦闘を見て霊子力の扱いを学んだ結果、参式に劣らぬ領域に自らの戦闘力を高めている。
真の装殻者である霊号二人を相手取る事に、まるで危機感を覚えていないアナザーの言葉に、コウも拳を構えながら疑問を口にした。
「本体に近しい……?」
「そうとも。以前言っただろう? 私と、こちら側の私がこの世界に同時に存在する事により生まれた第3の私、《星喰使》こそが今の私の本体だ。弐号に邪魔をされて大阪と愛媛の欠片以外はこの星にまだ到達していないが、数十キロサイズに及ぶ三つの本体がこの世界に到達すれば その衝突の破壊力のみで人類を滅ぼし尽くす事も可能……私がこの場にいるのは、貴様らを殺して人類に絶望を与え、楽しむ為のお遊びに過ぎんのだと」
言葉と共に、アナザーは襲来体の本性を現した。
悪魔の翼の、紫の大理石のような外殻。
両手に握るガン・トンファーに、以前はなかった薔薇の蔓のような、短い刃を生やした触手が腰に幾つも巻き付いている。
「始めよう。ラスト・ターンだ」
アナザーが、腰の蔓から刃を撒き散らすように弾けさせると同時に、コウとアイリは駆け出した。
「「強纏身!」」
言葉と同時に、二人の姿が変わる。
アイリは背中のスラスターとは別に、背部の空中に日輪のようなリング にフェザー・スラスターが備わった兵装を現出させ、両手のスタッグ・バイトからもう一本刃が生え、スタッグバイトが二つ、両腕に現れた白の零式の強襲形態に。
コウは以前と同様、龍の両翼と角、尾を備えた強襲形態・飛翔に、破殻鎚砲と爆轟銃剣を左右の手に握った状態で。
「せいっ!」
アイリが気合と共に両腕を振るって、飛来した刃を叩き落としながら真っ直ぐ突っ込むのを横目に、コウは横に回り込みながら飛翔して砲塔形態で構えたハンマーから砲弾を撃ち放つ。
アナザーが地に足を付けると同時に、アイリの攻撃がアナザーを襲う。
袈裟斬りの一撃をガン・トンファーで受けると、続け様に撫で上げる一撃を流体化してすり抜ける。
「回れ、スタッグバイト!」
ギャルルルル、と音を立ててドリルのように回転し始めたスタッグバイトでガン・トンファーの防御を弾いたアイリは、流体化したアナザーの体を弾き飛ばしてアナザーの体を抉る斬痕を刻んだ。
「やるな。だが遅いぞ?」
溶け崩れたアナザーの腰から、いつの間にか地面に向かって蔓が伸びて突き刺さっている。
その先端がアイリの周囲にボコリと地面を割って出現すると、花弁が開くようにそれぞれの触手の先端にアナザーの上半身が咲いた。
「……ッ! 悪趣味!」
『何の話だ?』
それぞれの上半身が同じ言葉を発しながら一斉にガン・トンファーを撃ち放つのを。
「《天使の環》!」
アイリは、背中に備えたリングをフェザー・スラスターごと回転させながら背面からの銃撃を防ぎ、前面からの攻撃は回転する両腕のスタッグ・バイトで迎撃する。
その間に、コウは出力解放の準備を終えていた。
「時空改変―――《黒の大群》」
真の装殻者の異能を以て発動した出力開放は、背中の龍翼から解きはなたれた無数の龍刃を空間跳躍させて、ゼロ・タイムでアナザーの蔓と、そこから生えた数体の上半身を切り刻む。
切り刻むという『結果』のみを引き起こすその技は、回避不可能の絶死の攻撃……の筈だったが。
「ふふ、装殻者との戦闘には、私に一日の長がある」
コウの背後から聞こえたアナザーの声と同時に、頭部に衝撃が走った。
「コウ!」
アイリの声に応える間もなく、左に吹き飛びながらも背中の尾を操ったコウは、声がした方に刺突を繰り出した。
何かを貫く手応えがあったが、コウは途絶えない殺気から相手にダメージがない事を察して、さらに右手に握った爆轟銃剣を振るう。
甲高い音と共に何かに衝突する爆轟銃剣に目を向けると、胸を尾に貫かれながらもガン・トンファーを振るったアナザーの上半身があった。
コウの背後にも、地面の下から蔓を伸ばしていたのだ。
爆轟銃剣が衝突したのは、アナザーのガン・トンファーだった。
アナザーはそのまま、再び上半身を引っ込めて蔓を地面に沈み込ませる。
「厄介だね」
空間跳躍でコウの横に転移したアイリに、コウは頷いた。
「ああ。多分、本体は地面の下だ。表層に出ている蔓を幾ら相手にしても無駄だろう」
相手の姿が見えない状況では、限界機動も意味がない。
アナザーは、以前の不意打ちの時と違い準備を万端に整えている。
そうなると、装殻者となって初めて戦闘するコウやアイリよりも、0式だったマサトと戦った経験を持つアナザーの方が有利だった。
「どうする?」
「地面から引きずり出すか、地面ごと吹き飛ばすしかないだろうな」
幸い、相手は地面の中、空中への攻撃手段はない、と空に跳んだコウとアイリに。
「無駄な事だ」
アナザーの声が聞こえて、空が歪んだ。
波打つような空の、漆黒のオーロラの隙間から現れたモノに、コウは息を呑む。
「まさか……」
アイリも呻き、呆然と空を見上げる。
現れたのは、飛行型襲来体。
一体一体は、今のコウ達の相手ではない。
だが、その数が問題だった。
虚数空間の空を埋め尽くすような、イナゴの大群のような無数の襲来体が、一斉に、コウ達に襲い掛かって来た。




