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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『愛媛隕石篇』
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第33節:根性の差


 突然の乱入者は、黒の一号にとって必然とも意外とも言える相手だった。

 

「そこで見ていろ、黒の一号。奴には、俺が引導を渡してやる」

「……聞けない話だ」


 大鎌を地に這うような姿勢で構えたアンティノラⅦ改に対して、黒の一号は伍号シープに目を戻しながら、静かに反論した。


「あの肉体は、ジンの物。俺達で取り返す」

「俺が奴を殺す前に取り戻せると思うのか? 出来るならやってみせるがいい」


 アンティノラⅦ改と黒の一号は、伍号シープを中心に衛星のように周囲を回り始めた。

 伍号シープは両腕を二人に向けてその場で回転しながら、電撃を放つ。


「裏切り者が一人増えたところで、同じなんだよォ! 《黒の雷鳴(イヴィルボルト)》!」


 伍号シープの掌から極太の雷砲が二条、黒の一号とアンティノラⅦ改それぞれに向けて発射されるが。


「ーーー《黒の天蓋(キャノピースフィア)》」

「ふん」


 黒の一号を襲う雷砲は弐号が遠隔展開した断絶空間によって遮断され、アンティノラⅦ改は大鎌を地面に突き立てて避雷針にすると、自身は上空へ跳び上がった。


「ーーー《黒の突撃(チャージブレイク)》」


 そのまま真っ直ぐに突っ込んだ黒の一号が、エネルギーと突撃の勢いを乗せた右の拳を放ち。


「《半月の鎚(スマッシュフルブレイク)》ーーー」


 アンティノラⅦ改が、伍号シープの頭上から、重力とスラスターの勢いにエネルギーを集中した膝を叩き落とす。


限界機動(ブレイクアップ)!」


 二種類の出力解放を、伍号シープは超加速によって迎え撃ち、黒の一号が腕を掴まれたと思った瞬間に投げ飛ばされる。

 空中で姿勢を整えながら目を向けると、アンティノラⅦ改の技は地面に突き刺さり、伍号シープは離脱していた。


「……大口を叩いていても、真っ向から出力解放を受け続けられる程の強度はないんだろう?」


 ヒュォ、と自分で巻き上げた砂埃を纏いながら、アンティノラⅦ改は超加速状態を離脱した伍号シープに襲い掛かる。

 右の掌底から左の蹴り下ろし。

 返す体で肘を立てての左こめかみ撃ちを放ったかと思えば、時間差で切り返した左足を跳ね上げる。

 防戦一方の伍号シープが間に合わない速度で連撃を繰り出したアンティノラⅦ改の蹴りが、ついに相手の脇腹を捉えた。


「ぐ……!」

「どうした、歯応えがないな」

「調子に……!」

「乗っていると、本気で思ってるのか?」


 アンティノラⅦ改は、自分の蹴り足を掴んだ伍号シープに対して、背部スラスターを使ってノーモーションで頭突きを放つ。


「ギッ……!」

「無様に抵抗せずに、さっさと離せ」


 仰け反った伍号シープの腕から左足を引き抜いたアンティノラⅦ改は、さらに追撃の膝を叩き込む。

 伍号シープが吹き飛ぶのを見ながら、黒の一号は思った。


 ーーー圧倒的な強さだ、と。

 襲来体として蘇ったからだろう、以前戦った時に比べて装殻性能が格段に増しているせいで、装殻者としてではなく、シェイドという人物が持つ驚異的な戦闘能力が遺憾無く発揮されている。


 今のアンティノラⅦ改は、下手をすれば完璧なコンディションの参式に並ぶ、と黒の一号は判断した。

 参式が戦闘で損耗するのは、基本的に彼の戦闘目的が『防衛』だからである。


 彼本人が一切の気兼ねをせずに戦っていると思っていても、彼が戦う時、後ろには必ず仲間がいる。

 それは参式、花立トウガの『力』にもなるが、彼ほど突き抜けた存在にとっては枷にもなり得る『力』なのだ。


 もし参式がたった一人、仲間もなく戦い続ける存在だったら。

 恐らくは、今の彼のようだったに違いない。


名も無き幽鬼(シャムシェイド)〟ーーーアンティノラⅦ改。


 彼が伍号シープを抑えている間に体勢を立て直した黒の一号は、吹き飛んだ伍号シープに対して愚直に突撃した。


 彼には、参式やアンティノラⅦ改に及ぶ戦闘センスはない。

 零号・零式と違ってまともに時空改変(レコードブレイク)を扱えず、そもそも極限機動アクセル・ブレイクアップ)どころか反応機動(アップライド)すら出来ない。

 肆号程に熟達したエネルギー操作技術すらなく、弐号程の戦略的思考すらもない。


 彼らに勝るものと言えば、コアの瞬間のエネルギー供給量と装殻対する理解、そして、人体改造型としてのキャリア程度だ。


 そのコアを活かした戦闘も長引けばオーバーヒート。

 キャリア自体も、補助頭脳があってこそ。


 自分だけではまともに装殻化した肉体を動かす事すら出来ない黒の一号にとって、どんな戦闘も常に厳しかった。

 それでも戦い抜いて来たのは……戦い抜いてこれたのは。

 自分が諦めれば全てが終わる事を理解していた事と、何より、仲間の存在があったからだ。


「……ジン。俺は必ず、お前を取り戻す」


 支えがなければ何も出来ない自分でも、装殻操作の経験だけは誰よりもある。

 常人の域を超えない拳打を、最早半身と言えるほど滑らかに応えてくれる補助頭脳が、スラスターによって鋭い一撃へと変える。


 その拳を肩口の分厚い外殻で受けた伍号シープに、続けて左の掌底を胸元へと回し撃つ。

 ぐらりと傾いだ伍号シープは、しかし反撃の為にわざと上体を倒したようで、右のハイキックを黒の一号に向けて放つ。

 

 補助頭脳が表示した予測ラインに合わせて首を傾けてそれを躱した黒の一号は、そのまま左掌底を伍号シープの胸元に付けたまま押し込むように自分ごと地面に転がした。

 直後に、黒の一号ごと伍号シープを巻き込む軌道で横一線に払われた銀の刃が頭上を行き過ぎる。


「邪魔をするな……」

「言っただろう。殺させはしない」


 表示された俯瞰マップで背後からの一撃がある事を伝えてくれた補助頭脳に内心で礼を述べながら、黒の一号は跳ね上がって背中を押しつけるようにアンティノラⅦ改を伍号シープから引き剥がし。


「―――やれ、ニーナ」


 装殻者として最初に相棒になった弐号に対して、黒の一号は呟いた。


※※※


極限知覚(アカシックドライヴ)―――」


 黒の一号が合図をすると同時に、弐号は冷徹に自身の作り出した『アカシック・システム』を起動した。


 霊号のみに使用可能な、時空改変(レコードブレイク)を、擬似的・限定的に使用可能にするそのシステムは、起動時に他の一切の行動が出来なくなるほど多大なコア・エネルギーを消費する。

 

 限定的に使用可能になるのは、世界の情報を読み取る力だ。

 世界そのものを構成する霊子の運動を全て見通すかのような莫大な情報量を、規格外の処理能力を持つ弐号が霊子演算機たる『アカシック・システム』の補助を受けて始めて可能となる超越知覚。


 その知覚領域は、霊号を遥かに凌駕する。

 《極限知覚》の技能が可能とするのは、完全に近い現状把握と、ほんの些細な霊子干渉。

 だが今は、本当に些細で良い。


 ジンの魂の在処を把握した弐号は、ジンの意識に干渉してコアと接続し、補助頭脳とジンに一言、黒の一号の指示を伝える。


「極限機動よ、ジン。―――やられっぱなしで、終わらないわよねん?」

 

※※※


「お……オオオッ!」


 コアとの接続と同時に極限機動に―――時空改変を除けば世界最速にして最高度の危険性を持つ限界機動状態に突入したジンは。

 意識の加速について来れないシープから肉体の主導権を取り戻して、真上に、全力で跳躍した。


 そのまま、出来る限りの速度で上昇していく。


『む、ちゃくちゃだァアアアア!?」

「チキンレースだ、害虫野郎……どっちが先に魂が崩壊(くたばる)かのな!!」


 極限状態での加速は、霊子還元一歩手前である。

 先にヘタれた方が死ぬ、根性だけが試される、シンプルでジン好みの勝負だ。


「がぁ……!」

「ぐぅ、ギギギ……!」


 ミシミシと音を立てて、霊子的結合の薄くなった肉体と魂が崩壊するのをジンが支え続け、シープもジンのもたらす加速に耐える。

 飛行型でないスラスターが過大出力によって機能停止する前に、シープが、自分の中からズルリと剥がれ落ちる感覚を覚えた。


「こ、こんなモン付き合ってられるかッ! 頭おかしいんじゃねェのかテメェ!!」

「今頃気付いたのかよ。遅ぇな」


 眼下を見下ろすと、剥がれ落ちたシープが頭と触手だけの姿で落下していくのが見える。


「お前の負けだ、シープ。どっちにしろくたばるなら、可能性に賭けりゃ良かったのにな。……しぶとかったが、無様に生き足掻く事を見下し続けたのが、お前の敗因だよ」


 極限機動を終えたジンの目に、地上から同時に飛び上がった黒の一号とアンティノラⅦ改の姿が映る。


「「出力解放(アビリティオーダー)ーーー」」

実行(レディ)』『認証(インストール)


 赤と銀、二種類の光が輝き、 最早抵抗する術のないシープへと迫る。


「ぎ、ヒィイイイイイッ! ややややメェエエエエエエッ!! たすけッーーー!」


 そんな、触手を蠢かせて無様な声を最後に。


「《破壊の拳(ナックルフルブレイク)》ーーー」

「ーーー《黒の拳打(ナックルブレイク)》」


 二つの拳が、シープの顔を挟み潰すように叩き込まれ……シープは、弾けるように砕け散って、砂粒へと還った。


「ざまぁみやがれ」


 親指を下に向けるが、極限機動をこの短時間の間に三回やったのは流石に堪えた。

 最早指一本動かせずに、ぐらり、と解殻しながら落下するジンを、弐号がハンガー・ワイヤーを射出して搦め取り、受け止めてくれる。


良くやったわ(マラヂェッツ)、ジン」

「屁でもねェよ……」


 最後の最後まで、強がりを口にしたジンは、そのまま引きずり込まれるように気絶した。

 

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