第31節:再来する悪夢
黒殻体を破壊した伍号が、そのまま解殻して自身の作り出した地面のクレーターに倒れ込んだのを、肆号は見ていた。
すぐ傍のシープが人間に戻ったジンに銃口を向けるが、シープは既に一人だ。
参式が即座にシープに挑みかかり、その間にジンを確保した黒の一号は後ろに跳び退さって肆号の横に来て、腕に抱えたジンに声を掛ける。
「……無茶をするな」
「あんたにゃ……言われたくねぇ……」
ジンは意識そのものはあるようで、小さく答える。
『いっつも勝手な事ばっかりして! 死んだらどうする気なの!?』
ケイカが怒っているのは、心配の裏返しだろう。
「ま、無事やしえーんちゃうか?」
『良い訳ないでしょ!?』
肆号があえて呑気に言うと、ケイカにとっては火に油だったようだ。
全く、最初に会った時はこんな短気な女だとは思わなかったのだが。
『……なんかしょーもない事考えてない?』
「まさか」
クソ真面目な性格なのにこういう事だけ勘がいい。
疑いの気配に素知らぬ振りをしながら、肆号はシープに目を向けた。
横で、黒の一号が参式から逃れて再び宙に浮かんだシープに言う。
「……残るはお前一人だ、シープ」
「だから何だってんだァ? ヒャハ、お前らはこれ以上俺に手は出せねェのによォ!」
そう叫んだシープの外殻がぐにゃりと歪み、その中から現れたものに。
肆号を含む【黒の装殻】全員が、動きを止めた。
覗いたのは、小さな丸い球体。
黒い髪の毛が風になびく、それは人の……幼い少年の頭だった。
「さぁ、目ェ覚ませよ!」
シープが指先で額を叩くと、白い肌の少年は眉をしかめてうっすらと目を開けた。
濃紺の瞳が肆号達を見て怯えた色を浮かべ、次いで自分の状況に気付く。
「ひ、え!……むぐぅ!」
「おっと、静かにしろよォ?」
シープが胸元を蠢かせて少年の口を塞ぐと、少年は忙しなく目を動かしながらボロボロと涙を溢れさせた。
『シープ……ッ!』
ケイカが怒りのあまり、怨嗟に似た怒りの声を上げる。
彼女は、以前の襲来体事件の時に少年と同じ立場になった事がある、と聞いた。
襲来体に意識を保ったまま取り込まれ、黒の一号に装殻のカケラを与えられた事で、人と襲来体、そして装殻者の中間的な存在……〝偽る魔性〟となったのだ。
憤るケイカに対し、肆号は声すら出なかった。
少年の年頃は、見る限り小学生にすらなっていない。
怖いやろな、と肆号……ミツキは思った。
そして、参式に聞いた自分の父親の最後を思い浮かべる。
マザーをその身に宿し、最後はマザーに取り込まれながらも、相打ちとなった父親。
ただの人間である点については、ミツキも父親と同じだ。
だがミツキの父、カズキは人体改造型装殻者でも、肆号装着者でもなかった。
しかしミツキには、母親から受け継いだ肆号の名と、ケイカという肆号装殻の力がある。
今の彼は、井塚ミツキではない。
【黒の装殻】の4番目、肆号 である。
彼の父が、ただの人間のままマザーに止めを刺す程の根性を見せたというのなら。
そんな父と母から受け継いだものを持つミツキとケイカが、子ども一人助けられないなどという事が、あって良いはずがない。
「……上等や」
自分の右手首を左手で押さえて、ゴキリ、と鳴らした肆号は。
先程から小賢しい真似しかしない雑魚から、少年を奪い返す決意を固めた。
「やるで。ケイカ」
『当然よ。絶対に取り返してやるんだから!』
ミツキとケイカは、装殻化状態ではお互いの気持ちが分かる状態になっているが、目的が一致している事で、より滑らかに意志の疎通が出来るようになっていた。
黒の一号と言葉を交わすシープを睨み据えた肆号は、自分が飛びかかるタイミングを推し量っていた。
※※※
「人質か……」
「相変わらず下劣な手を使う」
黒の一号と同じ位置に後退した参式が呟くと、黒の一号がぼそりと言った。
かつてのケイカと同じ状況。
相対しているのは当時と同じく、参式と黒の一号。
そしてカズキの代わりに、今回は弐号と、肆号となったミツキと、ケイカ自身がいる。
「ヒャハハ! せっかくの遊びだ、楽しんで行こうやァ!」
シープの、遊び、という言葉の意図を、参式は正確に読み計っていた。
マザー・アナザーと続く一連の襲来体事件は、真打である、黒の一号の対となる存在……界喰使との前哨戦に過ぎない。
マザーの本体と思っていた大阪隕石、そして今回の愛媛隕石すらもが、実態は界喰使のコア・コピーを相手にしているようなものだというのを『黒殻』は推察していた。
襲来体は、一つの意思の元に統一された存在であり、かつて根本だったマザーやアナザーであっても、より上位の存在との繋がりが出来ればその下に統制される。
元人間であるシープやシェイドに関しては、どの程度その『意思』に融和しているのかを量るのは困難だが、支配下に置かれている訳ではないだろう。
「襲来体にとっては遊びかも知れんが……貴様は死ねば消え去る。何故逃げない?」
皮肉と挑発、両方の意図を込めた参式の言葉に、シープはわざとらしい程大仰に、体ごと首を横に傾けた。
「逃げるゥ……? どこにそんな必要があるんだァ!?」
シープは空中でガトリング砲を生成し、両手で構える。
「テメェらは俺に手も足も出せずにこの場で死ぬんだよォォォォッ!!」
叫びと共に解き放たれた無数の弾丸は、おそらくは全てがEg弾なのだろう。
だが、それらの弾丸は弐号の展開した天蓋によって全て防がれ、参式らには届かない。
「……あまり我らをナメない事だ、シープ」
言いながら、黒の一号が天蓋から右へと飛び出し。
「抑えるぞ、本条」
参式は、逆の方向へ向けて駆け出した。
「援護は任せなさいな」
シープに対して胸元の少年を避けてワイヤーブレードを射出する弐号に対して、シープが旋回しながらそれを避ける。
同様に横に向かった黒の一号がスラスターの轟音と共に跳躍して斬殻大刀で斬り掛かるが、シープは腕から伸ばしたヒレでそれを受けた。
「ヒヒヒ、威力がないなぁ!? 人質ごとぶった斬って見ろよォ!」
「……」
黒の一号が刃を引くのと同時に、死角から跳ねた参式はシープに組み付いて、一言だけ呟いた。
「やれ―――ケイカ」
「―――はい!」
参式に応じる声は、シープと参式の、さらに頭上から。
「ギッ……万ケイカ……ッ!?」
「私の名前を呼んだわね!? 《寄生憑依》!」
肆号から『青蜂』に戻ったミツキに抱えられたケイカは。
自分を振り仰いだシープへ向けて、自身の体を流体化させた腕を伸ばして纏わりつかせると、侵食を開始した。
「何ィ……!?」
――――《寄生憑依》。
それは一人で装殻化不可能なケイカが唯一持つ、攻撃性の高い技だ。
装殻する対象へ全力で侵食して相手を寄生殻化するという、一歩間違えば自爆に近い技であり。
襲来体因子を持つ彼女は、襲来体に対してすらそれを可能とする。
「ギィイイイッ!」
「くぅ……ッ!」
シープの意思とケイカの意志が、シープの肉体の主導権を奪い合う。
外からは伺い知れない意識の綱引きは、ケイカに軍配が上がったようだった。
押さえ込んだシープの体から、ずるりと少年の体が吐き出される。
「本条!」
「分かっている」
参式の呼び掛けと同時に、黒の一号が少年の体をシープから引き剥がしてその場を離脱した。
「ミツキ!」
「おお! Veild up!」
「共鳴憑依!」
ケイカが、シープから剥がした腕を元の形に戻して、そのまま差し出されたミツキの腕に叩き付ける。
瞬時に肆号の姿に戻ったミツキは、参式とコア・リンクを形成した。
参式のエネルギーが、即座に充填される。
「限界機動!」
『実行』
補助頭脳が応えると同時に、参式の意識は限界機動領域へと突入した。
「出力解放Lv3/modeβ……《紅の強襲》」
巨殻による出力解放状態のスラスターによるl全力突撃、《紅の進撃》の状態を継続維持する肆号の支援状態でのみ可能なモードへと移行した参式は。
「出力解放……《紅の連撃》」
蹴り離したシープへ即座に追撃を掛けて、両拳による二連撃を叩き込んだ。
「Lv2……《紅の乱撃》」
そのまま地面に叩き伏せられたシープが限界機動へ突入するも、その間に参式は次の連撃を放つ。
蹴り下ろした両膝によってまずその膝を潰し、同時に落下の威力を込めた右ストレートを胸元を叩き潰す勢いで突き落とし、反動で僅かに宙に浮いた状態での顎にねじ込むような左アッパーでシープの下顎をへしゃげさせながら宙へと再び突き上げる。
両足で着地し、腰を深く落とした姿勢になった参式は、そのままさらに、自身の放ちうる最大の威力攻撃……《紅の爆撃》のエネルギーを、右拳ただ一点に込めて。
「Lv5……! 《紅の一撃》ーーー!」
全身で、シープの体を四散させながら、撃ち貫いた。
「ぎゃがはぁぁぁぁ……!」
悲鳴を上げながら弾け飛んだシープの体を、エネルギーの奔流が焼き尽くすのを尻目に、参式は着地する。
背後で赤い閃光が輝いて……参式は、両手で逆十字を切った。




