第2節:弐号誕生
かつて存在した、『飛来鉱石研究所』第2支部を襲撃した黒の一号は。
その、戦闘訓練所だった部屋で。
「終わりだ……出力解放」
『実行』
コアからエネルギーを引き出して、拳に込めた。
「―――《黒の打撃》」
彼は容赦無く目の前の装殻者に拳を撃ち放って、その胸板を貫く。
「ぐぁああ……!!」
黒の一号が、断末魔の叫びを上げる装殻者から腕を引き抜いて飛び退くと、エネルギーが炸裂して装殻者が爆散した。
「お前の名は忘れない。……アンティノラNo.3、市東アズマ」
殺した装殻者の名を呟き、研究施設の最奥へ向かおうとする黒の一号に。
「あらん。まさかNo.3が負けちゃうなんてねん」
声を掛けながら姿を見せた、その黒い装殻者は。
今倒したNo.3同様、彼自身に酷似していた。
全体的に彼より細身で、体のラインは女性的な印象。
左腕に、短いブレードを備えた追加装殻を付けている。
全身を走るのは、鮮やかな出力供給線。
顔を覆うのは、一ツ目タイプの頭部外殻。
胸元には、『Ⅱ』の刻印。
彼女が、アンティノラNo.2なのだろう。
黒の一号は、その声に聞き覚えがあった。
「……ニーナ」
「そうよん。どう、驚いた? 時間が掛かったけど、あなたを再現出来たからねん」
彼女は軽く言いながら、腰に左手を当てて右手を胸に這わせる。
「……何故」
「それは愚問よねん?」
彼女は。
軽く両腕を広げて、体に力を込め。
「私を捨てた愛しい人に―――復讐する為よん!」
アンティノラNo.2となった女性は、彼に向かって跳んだ。
黒の一号は、放たれた蹴りを両手を交差して受ける。
No.3よりも強烈な一撃に、彼の纏う外殻が軋んだ。
「……馬鹿な事を」
「そう思うなら、一緒に連れて行くべきだったわねん!」
蹴り足をたわめて脚部スラスターを吹かし、宙返りして遠く離れる彼女に。
ハジメは、即座に追撃を仕掛けた。
「あらん? 動揺もしないで素早い対応ねん?」
弐号は空中で姿勢を整えると、腕のブレードを射出した。
「……敵になったなら、容赦はしない。例えお前が相手でも、だ」
その一撃は、避けるまでもなく黒の一号の体を逸れて彼の後方へと飛び。
「出来るかしらん? それに、先に敵になったのはハジメでしょん?」
黒の一号は、ブレードが細いワイヤーで弐号の腕と繋がっているのを見て、咄嗟に身を沈ませた。
ブレードが、備えられたスラスターにより円の軌道を描いて、直前まで黒の一号の首があった空間を細いワイヤーで締め上げる。
反応が一瞬でも遅れていれば、首を刈られるところだった。
「流石ねん! 一人でラボに逆らうだけの事はあるわん!」
ブレードを回収しながら悠々と着地した彼女は、手を振り上げてから正面へ向ける。
すると、部屋の中に仕掛けられていた設置型遠隔射撃兵器が出現し、一斉に黒の一号へと射撃を開始した。
その弾幕を躱しながら跳躍した黒の一号は、壁を蹴って弐号へと肉迫する。
しかし。
「……!?」
黒の一号の拳が、弐号の体をすり抜けた。
弾幕に体を叩かれながら床を転がった黒の一号は、壁を背に、身を小さく屈めて周囲を伺う。
「やっぱり、弾丸くらいじゃ外殻を抜けないわねん」
言いながら、弾幕の届かない部屋の角の空間を揺らがせて、弐号が姿を見せた。
「……光学迷彩か」
「そうよん。ホログラフと迷彩による隠密戦闘。単純なハジメには効果的でしょん!?」
駆け出した弐号は体を横に振ると、二体に分身して左右に展開し、床をブレードの刃先で撫でながら黒の一号に迫る。
「熱源反応探知……」
『実行.左方向』
補助頭脳によって即座に本体を看破した黒の一号が、真正面から分身ではない方へ足を踏み出すと。
その足元で、電磁地雷が起動した。
全身を走り抜ける高圧電流に、黒の一号の動きが止まり。
「顔がお留守よん☆」
弐号の言葉と共に、膝蹴りが叩き込まれた。
吹き飛んだ黒の一号に、分身が体当たりする。
ホログラフ映像に実体はない、が。
不意に掻き消えた映像に隠されていた極小誘導推進弾が、黒の一号を直撃して爆発した。
「ぐぅ……!」
「これでもダメなのん? 呆れるくらい頑丈ねん」
外殻が僅かに溶けている程度の損傷しかない黒の一号を見て、弐号は再び分身した。
今度は、両方に熱源反応。
「熱源反応くらい、幾らでも騙す手段はあるのよん? ……もう少し、頭を使いなさい」
「―――出力解放」
『実行』
迫り来る二体を見据えながら、エネルギーを拳に込めた黒の一号は。
「―――《黒の打撃》」
大きく体を捻りながら、一纏めに分身と本体を薙ぎ払う軌道で拳を振り抜いた。
手応えは、ない。
どちらも分身―――そう気付いて踏み留まる黒の一号だったが。
「それじゃ遅いのよん」
留まろうと踏み下ろした足の下に、地雷が二つ、滑り込んだ。
かちり、と音を立てて作動した地雷は。
凄まじい噴煙を吹き出して、黒の一号の視界を塞いだ。
「ハジメ。先を読めない人間は、戦場では生き残れないわよん? じゃーねん♪」
その段になって、ようやく。
黒の一号は、弐号の目的が最初から戦闘ではなく逃走にあったのだと気付く。
噴煙が建物の強制排気装置によって晴れた後、そこには誰の姿もなかった。
―――この日から。
自らを実験台とした、『人体改造計画』の主任責任者であり、彼の恋人でもあった女性は。
彼と、同じ存在となった。
その事実に関する、自身の心情を押し殺した黒の一号は。
自分の足元に、目を向けた。