第26節:Siam Shade
シェイドは、一人、米国駐留軍総司令部がある基地へと向かっていた。
基地の周囲にある居住区には、まるで人の気配がない。
ゴーストタウンのような街中で、不意に微かな音を捉えたシェイドは身を隠した。
音が近づいてくるのに少しだけ目を覗かせると、二つの人影が見えた。
一つは、宙に浮いた追加武装を纏った黒の弐号。
追加武装はラボにいた時に見た『羽衣』と呼ばれるものだ。
もう一つは地を跳ねる、長い触手を肩甲骨から一対生やしたキメラのごとき装殻者。
こちらは見たことがないが、恐らくは肆号と呼ばれる装殻者だろう。
本物か偽物か、判別はつかなかったが、来た方向から襲来体だろうとシェイドは当たりを付ける。
「まぁ、どちらでも構わないがな……」
襲来体と《黒の装殻》、どちらも潰すべき相手である事に変わりはない。
《黒の装殻》らが行動を開始したのに合わせて動き出したシェイドは、既に銀の外殻である『アンティノラ・リビルド』を纏い、道中に出会う襲来体を全て屠りながら進攻し続けていた。
2体のコア・コピーはその相手を見定めに来たのだろうが……。
「貴様らは、人を舐めすぎだ。―――限界機動」
『認証』
補助頭脳が答えるのと同時に超加速状態に入ったシェイドは、全力で跳ねた。
「出力解放……」
遊ぶ気は、さらさらない。
一気に宙に浮く弐号コピーの頭上に達したシェイドは、手に握った鎌にエネルギーを集中し、一刀両断に振り落とした。
「―――《偃月の刃》
鎌の一撃は、反応もさせずに弐号コピーを両断した。
『反応機動』
ゆっくりと弐号コピーが崩れ落ちて行く中で、シェイドの限界機動に反応した肆号コピーも超加速状態に入るが、シェイドはスラスターによる急降下で肆号コピーの真後ろに着地していた。
膝のニーホーンの裏から衝撃吸収剤の白煙が噴き出すと同時に半円を描いて鎌の刃を刈り上げるが、肆号コピーは驚異の反応で体を横にズラした。
コアが存在する筈の心臓部を狙った刃は、肆号コピーの右腕を跳ね飛ばすに留まり、伸ばされた触手がシェイドの首に巻き付く。
「グルルルル……!」
肆号コピーが唸りを上げて振り向きながら横薙ぎに腕を振るうのを、シェイドは鎌の柄で防ぎつつ、肆号コピーの体を駆け上がるように二連脚を見舞う。
そのまま触手を自分の右脚と柄の間に挟んでスラスター全開で後転、首に巻き付いた触手を巻き込んで根元から引き抜いた。
ブチブチと音を立てて触手が千切れるが、痛みすら感じた様子もなく肆号コピーはシェイドの動きに反発するように体を前に丸め。
「ギュガァアアアアオッ!」
咆哮と同時に、肆号コピーの背筋に並ぶ刃のような背びれが爆発的に伸び、長大な刃と化してシェイドを襲った。
一本が空中で逆さの姿勢を取っているシェイドの頬を掠め、もう一本が脇腹を貫く。
だが。
「馬鹿が。貴様と同様、俺も痛みは感じない」
鎌を手放して脇腹を貫いた刃を掴んだシェイドと肆号コピーはほぼ同時に限界機動状態から離脱する。
がしゃがしゃと音を立てて、ようやく弐号コピーが地面に落ちて、そのまま砂と化して消えていく中、シェイドは自身の襲来体としての能力を行使した。
「出て来い、操り人形ども」
地面から、ぼこりと複数の土くれが盛り上がったかと思うと、瞬く間にウォーヘッドと呼ばれる装殻の外見を模した襲来体が現れて、肆号コピーの体を引く崩すように掴んでいく。
ウォーヘッドにしがみつかれた肆号コピーはそれを振り払おうともがくが、片腕ではままならず、両足に力を込めて跳躍しようとする。
「そのまま這いつくばっていろ」
腹から背びれを引き抜いて着地したシェイドは、肆号コピーの背中を踏み付けるように蹴り下ろした。
前のめりに倒れた肆号コピーをウォーヘッド達が完全に拘束し、シェイドは右の拳を握り締める。
「出力解放」
『認証』
シェイドの拳が灼熱を纏い、暴れる肆号コピーを見下ろした。
「無駄な模倣をしたな。どれほど力があろうと、知性のない獣如きに遅れを取る訳がない」
そしてシェイドは、ウォーヘッドごと肆号コピーをその拳で貫いた。
「ーーー《破壊の拳》」
地面にクレーターを作り出す威力で炸裂した出力解放は、跡形もなくウォーヘッド達と肆号コピーを吹き飛ばした。
地面が弾けた砂煙の中から、拳を振り下ろした姿勢で残心したシェイドが現れてゆっくりと身を起こす。
肆号コピーに貫かれた腰の傷は、瞬く間に癒えており、最初とまるで変わらない状態に戻ったシェイドは、地面に突き立つ鎌を引き抜いて歩き出した。
目指すは一路、米国駐留軍基地。
そろそろ、《黒の装殻》らも辿り着いている頃だろう。
「せいぜいやり合っておけ。ーーー貴様らは全員、俺が着いた時点で皆殺しだ」




