第25節:復讐の女(後編)
アンティノラⅨはジンが撤退するのを視界マップで確認しながら、A型コピーに対して短剣を振るった。
相手は足でそれを受ける。
脚部に比重が集中しているのを見るに、近接特化……それも蹴り主体の格闘術を使うのは察していた。
「バランスの悪い装殻だ。上半身は然程固くないのだろう?」
「そうだな。だが旧式ごときが、私に一撃を加えられると思うのか?」
A型コピーは軸足を捻り、短剣を弾いた右足で弧を描くように、アンティノラⅨへ向けて上から叩き付ける蹴りを放つ。
猫のように体を沈めてそれをかわしたアンティノラⅨは、そのまま滑るように後ろへと下がった。
下がり際にスラスターを起動した両手の短剣を投擲するが、あっさりと避けられる。
「戦力差は明白……貴様ごときに私を壊すことは出来ん」
「それはどうだろうな。基本性能だけが優劣ではない」
体勢を立て直して再び挑みかかったアンティノラⅨは、新たな短剣を取り出して逆手に構えて踊るような足捌きで見事な剣舞を舞う。
しかしそのことごとくを、相手の足技によって防がれた。
「つまらんな」
A型コピーは呟いて反撃に出て来た。
相手の抉り込むような足刀が、避けられもしないアンティノラⅨの腹を貫く……と見せかけて、アンティノラⅨは避けた。
A型コピーが貫いたのは、光学兵器によって作り出した幻影だ。
「む?」
危険を察したのか、咄嗟に軸足と背中を曲げて体を前に倒したA型コピーの背中を、足元を這うように回り込んでいたアンティノラⅨの刃が撫でた。
浅いな、と内心で呟きながら、アンティノラⅨは無言のまま光学迷彩によって自身をハイド状態にする。
もう少し速さがあれば深く切り込めたのだが。
「小手先ばかりだな」
A型コピーが口にした言葉に、全くもってその通りだと、アンティノラⅨは声に出さずに同意する。
空蝉―――ニーナが得意だった手だが、それなりに効果があるようだ、と思いながら、アンティノラⅨは警戒するA型コピーの傍を離れた。
「限界機動・朧……」
アンティノラⅨの知覚が超加速状態に入る。
同時に、分身が二体出現して、限界機動による加速状態でA型コピーに襲いかかった。
『反応機動』
「分身状態で限界機動だと……?」
攻撃が届くより前に限界機動に突入したA型コピーが、全身から炎を吹き出して分身の攻撃を防御する。
炎を操る伍号タイプ。
黒の伍号よりも速度を重視し、逆に防御力で劣る近接攻撃型で範囲攻撃はない。
母体複製体と呼ばれる特別な個体には恐らく襲来体を作り出す能力があるが、使用の兆候はない。
彼我の戦力差を正確に分析して必要ないと判断している事と、恐らくはエネルギー利用量の関係……伍号装殻は戦闘能力が高い代わりにエネルギーの消費が激しい。
単純に装殻として比較するならば、ビートコアを内蔵している黒の伍号に比べて、稼働時間は短い筈だ。
襲来体のエネルギー源はコアとはまた趣が異なるようだが、やはり無限ではない、そうアンティノラⅨは結論付けた。
その間に、炎をすり抜けて攻撃した分身だが、当然分身は幻影なのでA型コピーに損傷は与えられず、限界機動の解除と同時に消えた。
残ったのは、同時に限界機動を脱した無傷のA型コピー。
「……何の真似だ」
「何の真似と言われてもな。コア出力の関係で実体での限界機動は中々難しくてね。この程度の小細工くらいしか出来ないだけだ」
相手にはこちらの意図がまるで読めていないのだろう。
アンティノラⅨの行動は、まるで無意味な行動のようにA型コピーには見えている筈だ。
「遊んでいるのさ。そもそも、お前は既に積んでいる」
姿を見せたアンティノラⅨは、既にA型コピーの分析を終えていた。
「本来、私の任務は情報収集だ。直接戦闘は極力避けている。黒の伍号を助けたのも、襲来体が再度現れた以上【黒の装殻】を欠くのは現時点では望ましくないと判断したからだ」
アンティノラⅨは、手を上げて合図を送った。
「そして私は、勝算のない戦いはしない」
アンティノラⅨの合図と同時に、道を挟む山肌側と崖側の両方から、A型コピーをブレード・スラスターと狙撃の嵐が襲った。
「ぐっ……! 何だと……!?」
防御の構えを取ったA型コピーに降り注ぐ攻撃の一つ一つは、さほど損傷が与えられる攻撃ではない。
だが、下半身はともかく装甲の薄い敵の上半身は、攻撃が加わるたびに確実に少しずつ損傷している。
「手を緩めるな。敵に遠距離攻撃の手段はない。近づけさえしなければいずれ壊れる」
伏兵ーーー戦闘は事前の準備が全てだと、アンティノラⅨは思っている。
ジンの前に姿を見せた時、アンティノラⅨは既に山側へグリズリア部隊を、崖側の低空にロッカス部隊の展開を終えていた。
敵地での情報収集の為に全員が光学迷彩と熱感妨害能力を備えた斥候部隊である。
「旧式……貴様……!!」
焦りを見せるが、こちらに近づくことも出来ないA型コピーに対し、アンティノラⅨは冷静に言葉を返した。
「戦術、物量、兵站……全ての使い方が話にならなかったな。雑魚呼ばわりされても仕方がない。襲来体を生み、最初から物量を展開していれば勝ち目があったというのに。お前は兵士としてはともかく、指揮官としては三流以下だ」
「ぐぅう……驕るな、ゴミ虫如きが……!」
A型コピーは即座に襲来体を一体自分の間近に生み出してグリズリア側の攻撃への盾として使い捨てると、その隙にアンティノラⅨへ向けて足を踏み出した。
「たかが銃弾と遠隔兵器で、この私が殺しきれると思っていた事を後悔しろ! 出力解放!」
駆け抜けるA型コピーの両足が、炎を纏う。
アンティノラⅨは軽く息を吐き、ぽつりと呟いた。
「限界機動」
『実行』
補助頭脳が要請に応じて、アンティノラⅨを限界機動状態へ突入させる。
彼女は、両手の短剣を投げ放ってA型コピーの両膝、関節可動部の隙間に命中させた。
短剣に仕込んだ指向性爆弾が炸裂し、A型コピーの足を損壊させる。
アンティノラⅨは腰だめに拳を握り込み、体を捻った。
「出力解放」
『実行』
拳が赤熱し、こけるように姿勢を崩したA型コピーがゆっくりと眼前に迫ってくる。
『反応機動』
まるで無意味な限界機動状態へと、A型コピーを突入させる相手の補助頭脳。
補助頭脳も備えられた機構も、所詮は全て装殻者自身をサポートするものに過ぎない。
「限界機動……っ!?」
「相手の言葉を信用するような無能には、どんな高価な装備も宝の持ち腐れだ」
A型コピーの言葉に答えたアンティノラⅨは、弾けるように体を捻った。
「ーーー《黒の打撃》」
A型コピーの鼻先へ叩き込まれた拳は。
相手の勢いすらも巻き込んで頭から首、胸元までを損壊させて、最後に解放されたエネルギーが炸裂した。
『限界機動解除』
アンティノラⅨの補助頭脳が宣言するのと同時に、A型コピーが爆散して砕け散った。
「斥候部隊より本部……黒の伍号を確認。コア・コピーと思しき個体を一体撃破。これより帰還する」
集まって整列したグリズリア・ロッカス混成情報部隊と共に再び隠蔽状態に入ったアンティノラⅨは、淡々と自身の任務を遂行し終えて、小さく呟いた。
「母体と母体複製体は意識を共有している、と言っていたな。……マークに関する一矢は報いた、と満足しておいてやろう」
闇に潜んだ人体改造型の女は、光の下へ現れる事なく、再び闇へと消えた。




