第19節:VSテータ・コピー(中編)
「私の指示に従え、《白の装殻》ども。コア・コピーをさっさと潰すぞ。スミレさんだけでなく、娘に等しいあの小娘まで利用しようとは、全く襲来体というのはどこまでも度し難い」
母体やコア・コピーには、襲来体を生み出す力がある。
兵隊を幾ら潰しても状況が改善しない事は、リリスたちにも理解出来ていた。
「勝算はあるのか?」
ニヒルの力を理解しているミチナリは慎重だった。
しかしカヤは、その問いかけを愚問だと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「アレは捌式のコピーだろう? 多少小娘のインチキで力を増しているようだが、所詮単体だ。やりようは幾らでもある。奴が仮に《黒の装殻》の面々と同等の力を持っていたとしても、こちらにも貴様らを含めて四人、同程度の力を持つ装殻があるだろうが」
カヤの纏う『青蜂』は肆号の地撃形態を模したものだ。
だが、先行試作型である彼女の『青蜂』には防御力を高めた代わりに《ハニー・コム》が搭載されておらず、出力変更もオミットされているものに見えた。
プランKと呼称されるタイプで、本来はこちらの方がワスプ系の正統ともいえる高機動・信頼性重視のシンプルなものだ。
コウから、日本政府の誰かが正規プランよりも気に入って一機渡したと聞いていたが、まさかそれが彼女だったとはリリスは思っていなかった。
カヤの『青蜂』には《ハニー・コム》の代わりに、大太刀と情報統制用と思しき追加システムが登載されているようだったが、特別な何かがあるようには見えない。
それをリリスが指摘する前に、テータ・コピーが口を開いた。
「ナメられたものだ。この状態が私の最大だとでも思っているのか?」
テータ・コピーは大きく両腕を開いて、さらなる変質を開始した。
背部のフェザー・スラスターが二対、髪と一体化して白い光の羽毛を持つ翼のように変わり、一対が体を離れて頭上でそれぞれに半円を描き光の輪となって頭上に浮く。
さらに、別の一対が両腕の刃と融合して、光の刃を持つ羽根を生やした刀身に変化した。
残りのフェザー・スラスター二対はさらに巨大化してテータ・コピーの背中で羽ばたいた。
異形の天使。
その姿を見て、カヤが感心したような声を上げる。
「ほう。猿真似だけが能ではなかったのか」
「ニヒルが取っていた形態は、あくまでも人のままで最大限の能力を発揮する形態……装殻にはその先があるだろう?」
「寄生殻化ね……」
ルナが呻き、さらにエネルギー出力を増したテータ・コピーを睨みつける。
「私には人のままである必要などないからな。これが完全に装殻と人体を融合し、力を振るうのに最適化された形態……ニヒル・パラベラムとでも呼ぶべき姿だ」
「無様、と言わせて貰おうか」
「何?」
カヤが嘲るようなテータ・コピーを逆に言葉で切り捨てると、テータ・コピーはピクリと眉を震わせた。
「貴様ら襲来体には矜持が足らん。装殻も寄生殻も、貴様らが模倣している思考すらも、元は人が生み出したものだ。貴様らは結局、人の力を借りなければ己で進化する事も出来ない、ただの化け物に過ぎん」
「貴様の装殻とて、4番目の使徒装殻をコピーしたものだろう。そもそも、《黒の装殻》どもの始祖たる黒の一号からして、0号の紛い物ではないか。知らぬとは言わせんぞ。まして4番目の使徒は、私と霊号の特質を併せ持つ、歪なハイブリッド・クリーチャー……貴様らの希望の象徴すら、私と変わらぬ〝模造品〟だ」
「くくく……よく回る口だな」
カヤは揺らがなかった。
笑いを納めると、大太刀を流動形状記憶媒体で包んで強化しながらテータ・コピーに突き付け、怒気を含んだ戦意を放つ。
「物真似と継承の区別も付かぬ愚か者が、ハジメさんやケイカを侮辱する事は許さん。彼らは血の滲むような対価を払って己を高め、戦場に立つ勇士だ。貴様ら如きと一緒にするな」
「地上を這い回るゴミが……その大口を後悔しろ! 出力解放!」
『認証』
宙に浮き上がったテータ・コピーの要請に、歪んだ音声が応える。
「コア・サブリミナル! 総員、限界機動」
『補助頭脳連携』
『レディ』
カヤが大太刀の切っ先を掲げると、リリスらの補助頭脳が勝手に反応した。
「―――!」
「な……!」
「どういう事!?」
リリスらの驚きをよそに、装殻が勝手に限界機動状態に移行する。
「《天光翼裂翔》!」
その直前に宣言されたテータ・コピーの出力解放により、鈍い動きでテータ・コピーの両腕に生えた羽が解き放たれて本体から離れる。
その一つ一つが、光の刃を生やした超小型のフェザー・スラスターだ。
「驚いていないで動け! 奴もすぐに限界機動に入るぞ! 散開!」
カヤが地面を蹴るのに一瞬遅れてリリスらもその場を離れると、限界機動に突入した無数のフェザー・スラスターが四人の居た空間を羽虫のような音を立てて貫いた。
「手際が良いな! だが、避けきれるかな!?」
テータ・コピーの言葉に合わせて、フェザー・スラスターはランダムな軌道を描いて四つに別れ、それぞれに迫る。
「ぬぅ……!」
エータが、スラスターの噴射によって砂煙を巻き上げながら後退し、右肩の反応装甲でフェザー・スラスターの群れを受けると、炸裂した装甲片と指向性爆薬が直撃軌道にあった危険な群れを吹き散らした。
「……《緑の分封》」
リリスは、自身が開発しプサイに反映した防御機能によって、ルナごと自分を包み込む防御膜を形成すると、耳障りな音を立てながら膜の表面で砕け、あるいは軌道を逸らして背後へと抜けていくフェザー・スラスターの猛攻を防ぎ切る。
思った通り、小型になった分だけ避けにくいが、ニヒルのフェザー・スラスターに攻撃力は劣るようだ。
そして、カヤは。
「ジャム・ネット」
『命令実行』
彼女の呟きと同時に、彼女に迫るフェザー・スラスターの群れが統制を乱して大きく広がり、直撃軌道から離れた。
「一意専心―――」
カヤはそのまま大太刀を正眼に構えたかと思うと、自分に接触する軌道上に残ったフェザー・スラスターを一太刀で薙ぎ払った。
「遠隔機動兵器に干渉した……?」
「多分、さっきの限界機動も同じ……空間内掌握型の攻性干渉。実現はまだ先だと言われていた、隊長クラスに実装する事で小隊単位での迅速な動きを可能にするシステム―――外部干渉型補助頭脳」
「正解だ」
カヤがリリスの予測を肯定し、限界機動が終わった。
「四国を奪われてからこっち、我々とて手をこまねいていた訳ではない。米国の空戦型や貴様らの遠隔機動兵器は厄介だからな。本来ならば量産した捌式と共に貴様らから徳島を取り戻す為の切り札になる筈だったが、ハジメさんの動きの方が早かったせいで機会を逃した」
惜しげも無く手の内を明かしながら、カヤはテータ・コピーに向き直る。
「さぁ、さっさと奴を砂に戻すぞ。エータの装殻者、貴様は私と前衛、ロッカス二体は後衛だ。全員しくじるなよ!」
「応!」
「偉そうに」
「……でも、強い」
リリスの呟きに、ルナは悔しそうにうなずいた。




