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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『愛媛隕石篇』
2/58

第1節:ニーナの帰還

 その日は快晴だった。

 遠く見える波から届く海風は、潮の匂いを含んで心地いい。


 彼らは、装殻技術研究所、通称:装技研(ソウギケン)の屋上ヘリポートで彼女の帰還を待っていた。


「ニーナか……」


 その中で、銀縁眼鏡にスーツをぴしっと着こなし、髪をオールバックに纏めた長身の青年ーーー参式(ザ・サード)である花立(ハナダテ)トウガは、渋い顔をしていた。


「何かあるんですか?」

「いや……」

「トウガは、ニーナさんが苦手だからね」


 コウの問いに言葉を濁す花立に、髪をポニーテールに纏めた、片足が義足の女性……肆号(ヨンゴウ)の前・装殻者である井塚ヤヨイが、笑みを含んだ声音で答えてくれる。

 花立は、ますます渋面になった。

 

「あの人は、俺が酒に弱いと知ってるくせに呑ますから嫌なんだ」

「トウガさん、潰れるまで呑まされるからな。俺は嫌いじゃないけど。あの人楽しいし」


 ラフな格好に髪を逆立ててピアスをした、こちらも背の高い伍号装殻者、茂見ジンが言う。

 花立が鋭い印象のビジネスマンのような印象なのに対し、彼は粗野な雰囲気のモデルのように見えた。


「どんな人なん? コウ、会ったんやろ?」

「少しだけね。……ん、なんか軽そうな人、だったよ」


 丸い鼻に細い目の愛嬌のある顔立ちをした現・肆号装殻者、井塚ミツキの問いかけに、コウは思ったままを口にする。

 

「軽いん?」

「うん。ミツキと気が合うんじゃないかな」

「どーゆー意味や」

「そのままの意味でしょ」


 コウとミツキのやり取りに口を挟んだのは、もう一人の肆号、(ヨロズ)ケイカ。


 自身の肉体を操作して装殻化する、〝生きている装殻〟とも呼べるその女性は、人間の姿をしている時はショートヘアにカーディガン姿の、小柄で清楚な女性だ。

 今日はフレアスカートを履いていて、普段の大人びた雰囲気よりも、可愛らしい印象を受ける。


 彼女は続けた。


「ニーナさんの言動や印象に騙されちゃダメよ。あの人ほど頭のキレる人を、私は見たことがないわ」

「俺に最初に目をつけたのもあの人だしなぁ」

「……それに関してだけは、いつもニーナさん唯一の間違いじゃないかと思ってる」

「おい!」

「何よ?」


 睨むジンに、半眼を返すケイカ。

 ちゃらんぽらんな気質のジンに、委員長のような気質のケイカは、反りが合わない。

 ジンがからかうのに、ケイカがムキになるからだ。


「お前さんら、相変わらず仲が良いのか悪いのか分からんなぁ」


 苦笑するのは、白髪混じりの頭をして、くたびれたスーツを着た温和そうな男、鯉幟(コイノボリ)カツヤ。

 通称、おやっさんだ。


 この場で唯一《黒の装殻(シェルベイル)》ではない彼だが、実は最初から黒の一号と共に戦乱を戦い抜いた人物でもある。


 三人のやり取りを見ながら、ミツキが、はーん、と呟いた。



「なるほど……つまり、ケイカと違って猫被りが完璧な人やって事やな?」


 顎を指で撫でながら一人納得するミツキに。

 コウは、それを失言だと思った。


 案の定。


「ミツキ……そんな口の利き方していいの? あの事バラすわよ」

「すんません、勘弁して貰って良いっすか!」

「どの事よ?」


 ケイカの言葉に慌てるミツキに、ジンが悪い顔で質問する。


「いや、何でもな……」

「ああ、ミツキがケイカに告った事?」


 あっさりとヤヨイが事実をバラし、ミツキが耳まで真っ赤になる。


「何でおかんが知っとんねん!? ケイカ、バラしたな!?」

「バラしてないわよ! 濡れ衣だわ!」

「何年あんたの母親やってると思ってんのさ。見りゃ分かるよバカ息子」


 ケイカに噛み付くミツキの頭を、ヤヨイが呆れ顔ではたいた。


「口は災いの元だよ、ミツキ」


 コウが言うと、ミツキは、ぐぬ、と呻いて黙り込んだ。


 コウを含む《黒の装殻(シェルベイル)》全員に、ヤヨイとおやっさんを加えた面々での出迎え。

 その中で、本条ハジメは、一人会話にも加わらず、静かに空を見上げていた。


 黒髪、黒のサングラス、同色のTシャツにジーンズ、胸元に逆十字(アンチクロス)のヘッドを持つネックレスを下げた、これと言った特徴のない青年こそが。

 【黒殻(アンチボディ)】の総帥にして最初の《黒の装殻(シェルベイル)》―――黒の一号。


「そろそろか」


 花立が腕時計を見ながら言うと、ハジメは静かにうなずいた。

 他の面々も会話をやめ、同じように空を見上げる。


 やがて、ぽつん、と黒い点が蒼穹に現れた。

 それは見る見る内にこちらに迫り、赤い熱の尾を引きながらヘリポートへと向かってくる。


 卵のような球形に見えていたそれは……近づくにつれて徐々に輪郭を明確にし。


「デカッ!?」


 ミツキが思わず口にした感想は、コウのものと一緒だった。


 それは、巨大な装殻だった。

 金属質な、青みがかった黒の外殻に精緻な出力供給線(ブルーライン)


 八門の様々な形状の砲塔に無数のタンクとスタビライザーを備えたそれは、優に翼長20メートルはあるだろう。

 だが、スラスターに当たるものは一切見当たらないにも関わらず、それは彼らの頭上で緩やかに停止し、滞空した。


 コウは呟いた。


巨殻(ギガンテス)……?」

「いや、あれはどちらかと言えば、《白の装殻(クルセイダー)》のものに近い」

独立型拡張装殻(ガンベイル)ですか?」


 花立の答えにさらに質問を返すと、今度はハジメが答えた。


「正式には専用拡張装殻(プルメイジ)だな。米国で開発されたアレは、弐号の作ったプルメイジ……アカシック・システム搭載前の、NBSP-02『羽衣』が元になっている」


 ハジメが言うと、『羽衣』と呼ばれた巨大な装殻が前面から展開を始めた。

 折りたたまれるように大きさを縮小したそれは、優美な曲線を描く、その名の通り羽衣のような形状に変わり、それを纏っていた装殻者をさらけ出す。


 さらに、ヘリポートの端に舞い降りた装殻者は解殻して……墓で見た一人の女性が、そこに立っていた。


 金髪蒼眼、美貌のロシア人女性、ニーナ・ソトニコワ。


 〝天女の爪牙〟、黒の弐号だ。


「あらん。懐かしい顔と新しい顔が勢ぞろいねん☆」


 明るく手を振りながらこちらに歩み寄って来る彼女は。

 前を開いたライダースジャケットに、豊満な胸を包むチューブトップと太ももギリギリまでカットしたショートパンツにブーツという、とてつもなく扇情的な格好をしていた。


「相変わらず、破壊力抜群のスタイルだぜ」

「ホンマに……」


 食い入るようにその姿を見つめるジンとミツキの頬を、しかめっ面のケイカが思い切り捻った。


「あんたたちは、ニーナさんの帰還の時くらい真面目に出来ないの!?」

「いってぇ……」

「あだだ! ゴメンて!」

「良いのよん! 楽しそうなコねん? どちら様?」

「新しい肆号装殻者だ。普段はあれだが、ガッツと才能はある。……お疲れ様、ニーナ」


 呆れ顔の花立が言い、ニーナはうなずいた。


「ええ、トーガ。……て事は、彼がケイの新しい相棒(パルトニョール)なのねん?」

「はい。お久しぶりです、ニーナさん」


 ケイカが手を離して嬉しそうに答え、ニーナは改めてミツキを見た。


「もしかして、ミツキ君(マルクーシャ)?」


 ニーナの言葉に、ヤヨイが笑顔を浮かべた。


「ご名答です。流石ですね。戻ってくれて嬉しいです」

「私もまた会えて嬉しいわん。ヤヨイが生んだのに、カズキ(カリー)に顔がそっくりだしねん。それに、マルクーシャには会った事あるじゃないん?」

「え?」

「多分、覚えていないでしょう。あの時、ミツキはまだ……」

「いや……くらしゃにな?」


 記憶を辿るような仕草をしていたミツキが、意味不明な言葉を口にした。


「覚えてるじゃないのん☆ イイコねん!」


 満面の笑みを浮かべたニーナがミツキの頭を小さな子のように撫で、ミツキが恥ずかしさの入り混じった強張った笑みを浮かべる。


「なんか、俺の事を変な呼び方する人に、何回も教え込まれた記憶が……」

「……お前は、子どもに何を言わせてるんだ」


 ハジメが、ため息と共にニーナの肩に手を置いた。


「どういう意味なんです?」

「……Красоточка(クラサーヴィッツァ) Нина(ニーナ)、だろう?」

「あらん、ありがとう!」


 流暢なロシア語で言うハジメに、何故かお礼を言うニーナ。

 混乱して顔を見合わせるミツキとコウに、ハジメが渋面で言った。


「……ロシア語で、可愛いニーナ、という意味だ」


 絶句する二人の肩に手を置いて、喉を鳴らして笑いを堪えたジンが最後に挨拶した。


「お久しぶりっす、ニーナ姉ぇ。呑むんでしょう?」

「当然よん! モチロン、トーガも一緒にねん?」

「……何でだ」


 明らかに嫌がる花立を気にした様子もなく、ニーナは指を立ててウィンクした。


「お前さんは変わらねぇな」


 懐かしそうに言うおやっさんに、ニーナは小首を傾げる。


「そういうカツヤは、老けたわねん」

「ほっとけ。お前らみたいな適合率の高い連中と違って、俺ぁ凡人なんだよ」


 珍しくふて腐れたような顔のおやっさんに、ニーナは、んふふ、と笑う。


「でも、落ち着いてダンディになったわねん。お姉さん、火遊びする気分になっちゃうわん☆」

「……お前さんに手を出したら、ハジメに殺されるだろうが」

「ニーナ。ほどほどにしろ。……今から状況を説明する。時間の猶予はないぞ」


 真剣なハジメの声音に。

 コウが出会ってから初めて、ニーナが真剣な目をした。


 深い知性の色が感じられる顔で、頬にそっと手を当てる。


「……防ぎ切れなくて、悪かったわねん」

「それは良い。本体が現れなかっただけでも、お前は十分役割を果たしてくれた」

「むふん。褒められて悪い気はしないわねん。それじゃ皆、また後でねん!」


 表情を明るいものに戻したニーナは、ハジメと連れ立ってヘリポートを後にした。


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