第17節:動き出した襲来体
四国において、愛媛隕石落下をもって始まった『第三次襲来体殲滅戦』は、動員人数こそ第二次殲滅戦以上であったものの、直接戦闘を行う者があまりにも少ない中で始まった。
自身の支配領となっている愛媛に残った人間達を食い荒らし、同時に徳島、香川、高知へ進行……四国全域を戦場と化して人類殲滅の足掛かりとする。
そんな目論見を持っていたであろうアナザーの思惑は、最初の段階でつまづく事になった。
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「愛媛に散らした分身たちの一部が、消えていっているな。ネズミが入り込んだか」
米国軍日本支部総督府で狩りの状況を見ていた彼女は、ぽつりと言葉を漏らした。
腕には大きく紫のスミレの花弁を象ったタトゥを刻んでおり、胸元と背中が大きく開いた紫のパーティードレスにファーを纏っている。
彼女は、花立トウガの恋人であり既に他界している女性……幹スミレの顔をしていた。
総督席に座る彼女は、アナザーと呼ばれる、襲来体の長である。
「他の各エリアに向かったモノ共も、何故かエリアラインでほぼ消滅しています。こちらは戦闘の痕跡すらない事が多いですね」
シープと名乗る黒スーツの男も、総督席の脇に立って淡々と告げた。
癖毛の髪に柔和な表情の彼は、襲来体によって蘇生させられた、人体改造型装殻者の一人だ。
「奴等だと思うか?」
「ほぼ間違いなく」
シープの答えに、アナザーは不敵に笑う。
「どうせ、入り込んだネズミは《白の装殻》か《黒の装殻》の連中だろう。元々、分身どもでは相手をする事自体が難しい」
「では放置しますか?」
「ただ放置しているのではつまらんだろう? 私を傷付けた分くらいは、少し苦労して貰わんとな」
声音に微かに怒りを滲ませて、アナザーは表情を消した。
「『私』を幾つかの場所に向かわせる。エリアラインでの戦闘の痕跡がある辺りと、愛媛内の交戦区域へ」
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徳島エリアライン周辺―――。
繁みを掻き分けてぞろぞろと現れた襲来体の群れ、その視界の先にぽつんと黒い円柱が立っていた。
敵性生物ではなくコア反応もないそれを、襲来体は気に止めずに先へと向かう。
が、一定範囲に襲来体が足を踏み入れた瞬間『それ』は動きを見せた。
硬質に見える表面を波打たせたかと思うと一気に膨れ上がって周囲を半球状に覆い尽くした円柱は、現れた襲来体を全て呑み込む。
しばらく半球状に展開したままその場に留まり、やがて徐々に収縮して、僅かに質量を増やした状態で元の円柱形に戻った。
呑み込まれた襲来体は円柱の質量に変換され、周囲は再び静寂に包まれる。
そんな光景が、愛媛を囲うエリアラインのそこかしこで現れては消えていた。
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「作戦は順調かしらねん」
『アカシック・システム』搭載の羽衣―――専用拡張装殻を纏って対空しているニーナは、衛星マップを見ながら呟いた。
高知の一部と香川・徳島のエリアラインに配置された襲来体駆除システムの統括と索敵が、彼女に与えられた任務の一つだった。
襲来体駆除システムは、かつて大阪隕石襲来体の長だったマザーを封印するのに使用していたのと同一のシステムだ。
襲来体の固有霊子周波に反応して喰らう自動防衛システムは、実のところ流動形状記憶媒体と人体の融和現象の応用である。
駆除システムは、霊子周波が違う存在をエラーとして弾く為に常時展開していても実害はないのだが、展開時には周囲に人がいると外縁に衝突する危険がある。
その為、封印装置と違って作動に際してセーフティが設置されており、駆除システムのサーチ報告を受けて衛生写真で周囲の状況を見ながらそれを適宜解除するのが、ニーナだ。
一つ一つは簡単だが、その円柱の総数は1600本。
本来なら、全て管理するには情報統制技術のある装殻者が20人は必要なクラスの展開規模だ。
それを、ニーナは一人で担いながら、彼女自身は愛媛エリアの中に入り込んでいた。
しかも。
『ニーナ姉ぇ。こっちの襲来体はあらかた片付けたぞ』
ジンの報告に、彼女は視界投影されているパネルの一つをピックアップした。
そこには、常時リンク状態の伍号装殻の情報が詳細に記載されている。
一瞥しただけで情報を把握してから、ニーナは指示を出した。
「一度後退しましょっか。代わりにミッツんとケイカを向かわせるから、ジンはコウ君とリンクして補給を受けて。楽なのは分かるけど、領域型の出力解放はほどほどになさいな。エネルギー消費が激しいわよん」
『……了解』
「さ、私たちもそろそろ先へ進みましょうか」
呻くようにジンが応えて通信が切れると、次にニーナは護衛として彼女の周りに対空しているアイリとコウに言った。
そんなニーナに、アイリが問いかける。
『やっぱり、後方に下がった方が良いんじゃないの?』
『俺もそう思うんですが』
コウも重ねるのに、ニーナは微笑んだ。
「あらん。十分後方にいるじゃないのん?」
『いや、ここ最前線だからね!?』
『前線指揮の立ち位置を後方とは言わないですよ……』
「仲間外れはナシよん☆ 私も《黒の装殻》で、襲来体には因縁があるんだから」
そう。ニーナは、駆除システムの統制と同時に愛媛エリアに入り込んだ《黒の装殻》たちの指揮を並行しているのだ。
並大抵の処理能力では確実にパンクするが、ニーナは並大抵ではなかった。
智謀の弐号。
戦闘能力も高いが、彼女の強さはその頭脳にある。
脳の情報処理速度が、ずば抜けて速いのだ。
知能指数と呼ばれる値が取り沙汰されて久しいが、そこから派生した実務偏差と呼ばれるカテゴリで、彼女の脳の情報処理速度は常人の数十倍。
その頭脳をもって一号装殻の開発に携わり、後の装殻者たちのコア……装殻コアの原型理論を立ててこれを開発し、巨殻と独立型拡張装殻をハジメと共に共同開発した彼女は、まぎれもなく天才だった。
『ニーナが居なければ、一号装殻の開発は五年以上遅れていた。『アカシック・システム』は実用化しなかっただろう』とは、ハジメの言である。
ケイカの発展させた『青蜂』とは別系統の情報処理特化装殻『クルアン』は、ニーナの弐号装殻を基礎としている。
故に高性能ではあるが扱いづらい……本来の弐号装殻は、ニーナ・ソトニコワという破格の処理能力を持つ人物に合わせた『規格外品』だから、というのが、その理由だった。
彼女の示すルート上の襲来体は、彼女の指揮下にある四人の《黒の装殻》によって確実に駆逐されていた。
『ジンさんが戻るなら、俺たちのどっちかが前に出た方が良いんじゃないですか?』
コウの言葉に、ニーナは首を横に振る。
「ダメよん。まだ、コア・コピーもアナザーも出て来ていないわ。特にアナザーの時空改変は、あなた達と私、それにハジメくらいしか対応出来ないんだから。それも私とハジメじゃ足止めくらいにしかならない……あなた達がやるしかないのよん」
『はい……』
『歯痒いなぁ……』
「我慢も作戦の内よん。それに、出番は遠くない。ーーーどちらの結果でも、今日中に決着はつく」
襲来体の駆逐は《黒の装殻》の総意だが、本来なら必要のない行程だ。
真っ直ぐにアナザーを潰す方が早い。
それでも、アナザーを殺す前に少しでも人々の被害を減らしたいと考える皆の甘さが、ニーナは嫌いではない。
「《白の装殻》はどんな状況かしらねん?」
ぽつりと呟くニーナに、再度ジンから通信が入る。
それは、事態の急変を告げる報告だった。
『ニーナ姉ぇ! 出たぜ! ―――コア・コピーだ!』




