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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『愛媛隕石篇』
14/58

第13節:曲げれないもの。


「……なぁ、ハジメさん」


 かつての日米装殻紛争の思い出を語り、ジンはハジメに目を向けた。

 二人が居るのは、一昨日の昼間ニーナらと模擬戦を行ったグラウンドだ。


 時刻は深夜。

 ジン自身も何でそんな話をしたのかは分からないが、ハジメは黙って聞いていた。


 何を考えているのか。

 ジンにはいつも、ハジメの気持ちが、考えが分からなかった。


 本条ハジメは迷わない。

 目的のためなら人を殺す事すらまるで躊躇わないのに、殺した相手の事を全員、覚えている、と言っていた。


 どうしたらそんな風に、強い心を持ち続け、しかし罪悪感に潰される事もなく在り続けられるのか。

 滅ぼすべき邪悪にすら、ほんの僅かであっても慈悲を示す。


 だからニーナも、花立も、ケイカも……そしてコウやミツキ、アイリすらも、黒の一号を疑わない。


 彼のその場の行動に、疑問を感じる事はあっても。

 彼に根差す想いを信じている。


 自分達が寄せる信頼に対する裏切りを、本条ハジメという男は決してしないのだ、と。

 ジンだけが違う。


 彼だけが常にハジメを疑っている。

 ジンはハジメに救われたのではなく、親友を殺された。


 殺された恨みを、仕方がないと思っていても忘れられない。

 黒の一号に従う者の中で、ジンだけが異質なのだ。


「なぁ、ハジメさん。俺は考えた。ずっと考え続けてた。あんたが正しいのかどうか、それを常にあんたを見ながら自分の心に問い続けていた」


 ジンは、静かに佇むハジメを見据えながら、拳を握り締める。


「あんたは正しい。人類を救う事を考え、常にその為に行動する。だから、あんたの正しさを理解する者は何も言わない。でもな」


 ジンは、ゆっくりと両手を持ち上げた。

 腰には既に、ベルトタイプの、三つの黄のブースト・コアが埋まった装殻具を身に付けている。


「敵を潰しているだけで済んでいる間は、それでも良かった。だが、味方に犠牲を強いる事を是とした時点で、やっぱり俺は、あんたを許容出来ねぇ」


 それがジンの定めた、本条ハジメ……黒の一号の正しさを許容するラインだった。

 ハジメ、コウ、それにーーーアイリ。


「なぁ。俺はアイリに惚れてる。自分でも理由はわかんねぇけど、あいつを失いたくないと思っている。装殻者の宿命にケリを付ける事よりも、襲来体と装殻者の輪廻とやらを断ち切る事よりも……あいつに生きていて欲しいと、願っている俺がいるんだ」


 ジンは左腕を横に、右腕を縦にがっちりと組み、天に突き立つ逆十字(アンチクロス)を描く。


「あんたは俺の心に対して間違った選択をした。不良装殻者(ベイルダー)を救ったように、コウとアイリを救う方法があったなら、俺はあんたに忠実なままで居ただろう。だが……あんたは救えないと言った。なら、俺のあんたに対する忠誠も、ここで終わりだ」


 ジンは、全てに別れを告げる言葉を吐き出した。

 ハジメを殺せば、ほんの数日後に迫った襲来体の侵攻をなんとか防ごうと頑張っている者達は、ジンの事を恨むだろう。


 もしかしたら、彼が生きていて欲しいと願ったアイリも、彼を殺す為に現れるかもしれない。


 それでもなお、ジンは、己の心に従う道を選んだ。

 本条ハジメの教えの通りに。


「……装殻展開!」

命令実行(ゲットコネクト)


 ジンの装殻が展開する。

 漆黒の、胸郭と肩が膨れ上がった、一本角の強靭な外殻が形成され。


 バチバチと、両腕で雷撃が弾ける。


雷殻形成(ボルトアップ)!」


 さらに、コア出力を増して形成される金色の縁取りがジンの外殻をさらに強大なものにした。


「俺は〝憤怒の雷神〟黒の伍号・大甲(ビートコア)……ご大層な名前を与えられた、あんた自身の生み出した、あんたを殺す装殻者だ」

「ーーーその形態になれる、という事は、お前の行動を、他の誰かが許容したか」

「ああ。だが、彼らは中立だ。俺に付いた訳じゃない」

「そうか……なら、良い」


 ハジメは、右手で逆十字(アンチクロス)の軌跡を描くと、両手を腰の脇で握りしめた。


「ーーー纏身(テンシン)

実行(レディ)


 ハジメの要請に彼の補助頭脳が答え、ハジメも艶消黒色の外殻を纏う。

 赤き双眼の装殻者、黒の一号。


「良いだろう、ジン。我は〝正義を騙る修羅〟黒の一号。ーーー力を以て、望みを通す」

「言い訳しねぇのか?」

「何に対する言い訳だ? お前の怒りを、伍号として相応しいと選択したのは俺自身だ。その怒りが、俺の行動を間違っていたというのなら、受け入れるだけだ」


 黒の一号が放つ重圧は、敵として正面から受けると並大抵のものではなかった。

 型遅れの、旧い装殻……しかしその装殻を身に纏うのは、百戦錬磨の修羅なのだ。


 それでも、気後れはしない。

 ジンは、最初から黒の一号と敵対する事を念頭に置いて、黒の伍号として生きて来たのだから。


「……強纏身」

実行(レディ).第三制限解放(フルメタルジャケット)


 黒の一号の肉体がさらに鎧われ、大型のスラスターとブーストコアが黒の一号をより強大な存在にする。


「流石だよ、ハジメさん。……だが、俺を相手に易々と生き残れるとは、思うな」

「当然、理解している。だが敵対するなら、容赦はしない」

「俺は強くなった。あんたの望み通りにな!」


 ジンは、地面を蹴る。


 人類の未来よりも、ただ一人、愛する女を生かす為。

 最も尊敬し、最も憎む男を、殺す為に。


※※※


「あれは……ジンさんと、ハジメさん?」


 その日。

 たまたまコウは、装技研で残業していた。


 PL社のトップ、《白の装殻(クルセイダー)》の装殻開発担当であるルナとリリスから、ガンベイルの改案について意見を求められ、業務後に検討していたのだ。

 帰ろうとした矢先にエネルギー反応を察知した。


 何故か、嫌な予感がした。

 このシチュエーションには覚えがある。


 以前、蜂型寄生殻となった男が、Ex.gを奪おうとした時にも、コウは似たような状況に居たのだ。


 向かった先で。


 ジンとハジメが激突していた。

 二人が放つ殺気と、繰り出す攻撃はどう見ても訓練ではない。


「何で二人が……纏身!」

要請実行(オールレディ)


 両手で斜めの逆十字(アンチクロス)を描いて外殻を纏ったコウは、二人を止めようと駆け出そうとして。

 そこに、別の人影が立ち塞がる。


「花立さん……?」

「悪いが、邪魔はして欲しくない」


 紅黒色の装殻を纏い、マッシブな威容を持つ参式(ザ・サード)となった花立トウガが、低い声で告げた。


「一体、どういう事なんです?」


 コウの厳しい声に、花立は少し困った様子で首を傾げると、コウの背後に目を向けた。


「……どう説明すればいい」

「そうねん。必要な儀式、ってところかしらね」


 聞こえた声に振り向くと、こちらも弐号装殻を纏ったニーナが腕組みして壁に背中を預けていた。

 彼女の語る状況説明に、コウは困惑する。


「ジンさんが? それに……その件については」

「ええ、きちんと私たちも分かっているわん。……でも、それでも必要なのよ。ジンが自分に決着を付ける為に、どうしても、必要な事なの」


 ニーナの声音は、時折見せる知性に満ちた声で。

 彼女は、黒の一号に襲い掛かるジンを心配しているようだった。


「あの子はね。不器用なの。真っ直ぐで、曲がれない。決めた事を曲げさせようと思うなら、一度好きにやらせてあげないといけないのよ」

 

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