第12節:敗北の味
「うぉ……!?」
自分に突き付けられた短剣を、ジンは分厚い手甲でなんとか受けた。
金属音と共に、刃と接触した外殻の表面で火花が散る。
即座に相手から放たれたもう一本の追撃も避けきれず肩に当たり、肩の外殻を刃先が僅かに穿った。
「ほう、硬いな」
アンティノラⅨは、言いながらも踊るような連撃を緩めず、変幻自在に操られた双刃が無数の火花を共にジンの外殻を削り始める。
「う、ぐ……」
まるで目が追いつかず、ジンは両手を合わせて脇を締める亀のガードで斬撃の嵐に耐えた。
伍号装殻は最新型の防御重視装殻であり、アンティノラⅨの攻撃では抜けない。
しかし相手はまるで焦る様子もなく、不意にジンの股間を蹴り上げて来た。
思わず腰を引くジンの前で、避けられた蹴り足を高く上げ。
そのまま頭上から下がったジンの後頭頭を踏みつけるように足を振り落として来る。
「ナ、メんな!」
攻撃を予測したジンは、頭をグッと持ち上げて、逆にその足を頭部の一本角で、前に踏み出しながら受けた。
蹴りの衝撃で視界が揺れるが、なんとか踏みとどまるジン。
しかし反撃の余裕はなく、相手はその間に足を引いて姿勢を立て直していた。
「何で、敵に装殻者が……!?」
「答えてやる義理はないな」
ジンがアンティノラⅨと会話する間に、隠れていた米国の部隊が現れる。
そのまま、ジンの背後で展開していた【黒の兵士】と日本政府軍の混成部隊との交戦に入った。
「敵の数が多い! このままじゃ押し込まれる!」
焦った味方の言葉に、ジンは周囲を、跳ね回るように移動し始めたアンティノラⅨに体の正面を向けるように動きながら、通信を本部とニーナへ入れる。
「こちら後方! 敵の伏兵に襲われた! 支援を!」
だが、ほぼ同時に入った通信は望んだものではなく。
『こちら本部! 徳島側より本部に奇襲あり! 救援は出せない!』
『こっちもよん。前線でも相手に増援あり。……エネルギー残量的に、支えられないわねん』
敵へ襲撃を仕掛けたつもりで、待ち伏せされていたのだ。
『なんか嫌な予感がするわね』
出撃前の、ニーナの言葉が頭をよぎる。
『ジン。何かヤバそうな事が起こったら、すぐに逃げるのよん?」
あれは、こういう事だったのだ。
作戦の実行は政府からの命令であり、いかに《黒の装殻》が中核戦力であっても決定を覆すほどの権限はない。
思考が一瞬飛んだジンの隙を見て、アンティノラⅨがするりと近付いてきた。
ジンは反応し切れずに、十分に勢いのついた全力の膝蹴りを腹に叩き込まれて吹き飛ぶ。
「ガ……ッ!」
「弱いな……当時の量産型でも、この程度は避けたぞ」
短剣を握った両手を垂らして、アンティノラⅨは呟いた。
「時間稼ぎはこのくらいで十分だろう。出力解放」
『実行』
体を起こしたジンの頭に、不味い、という思いが湧き上がる。
―――このままでは、自分だけでなく仲間も。
思うのと同時に、通信が入った。
『撤退する。ジン、俺が向かうまで持ち堪えろ』
黒の一号だった。
周囲では、味方の悲鳴。
このままでは、全滅する。
―――俺は。
走馬灯のような一瞬の思考。
戦場で。
仲間も助けられず。
むしろ、自分が人に頼って助けられようとしている。
―――撤退しなければ。
弱すぎてアテにもされず。
―――何が《黒の装殻》だ。
人類最強、最新最後の装殻者の実態は、ただの力を与えられただけの役立たず。
―――このゴミ野郎が………ッ!
自分に対する怒りを、悪罵に変える。
―――ゴミのまんまで終われねぇと思ったから……お前はこの場に居るんだろうが‼
ジンは。
未だ使いこなせず使用を禁止されていた自身の機能を、解放した。
「限界機動……!」
『命令実行』
短剣をエネルギーによって輝かせ、目の前に迫っていたアンティノラⅨの動きがスローモーションのように鈍る。
スラスターと脚力によって全力で横に跳躍したジンは、アンティノラⅨを放って、ほとんど止まっているような米国軍部隊の一つに突っ込んだ。
「《黄の雷撃》!」
周囲を巻き込み、走り抜ける閃光。
翻り様に、別の部隊を雷撃を纏う両拳で全て殴り倒し。
「これ以上、好き勝手にさせてたまるかッ! 連続解放!」
『命令実行.連続解放』
最後の部隊に再び雷撃を放って、ジンは限界機動を終えた。
ーーー出来た。
しかしそれを喜ぶ間も惜しんで、ジンは怒鳴る。
「撤退だ! 下がれ!」
味方に呼び掛けると、敵が一瞬にして消えた事に茫然としていた味方が、慌てて行動を始めた。
「ほう……それが奥の手か。私も欲しいな」
攻撃を避けられたアンティノラⅨは、周囲を眺めて冷静に言う。
「勝負は預けておこう。大勢は決した。この上黒の一号とニーナを同時に相手するのは、無意味だからな」
「待ちやがれ!」
しかしアンティノラⅨは、ジンの呼び掛けには答えずに姿を消した。
―――日米装殻紛争は、この後四国3県を奪われた政府軍が、参式によって持ちこたえていた高知からの《黒の装殻》による奇襲と本土側からの政府軍大部隊による挟撃で愛媛の米国軍を押し込み。
介入してきた多国籍企業国家『トリプルクローバー』に徳島を、米国に愛媛を与えた状態での停戦条約を締結するまで続く事になった。




