第11節:アンティノラⅨ
「一週間、か……短いのか長いのか分かんねぇな」
【アパッチ】の構成員と【黒殻】の技術者が襲来体捕食システムの設置をするのを見守りながら、ジンは呟いた。
それは彼らの敵である、アナザー率いる襲来体がこちらを襲うと言った期限だった。
準備がきちんと間に合うかどうかは微妙なラインだ。PL社の力は大きいが、奴らが襲撃を口にしてから既に四日が経過している。
四国の3エリアに住む一般人の避難は始まっているが、肝心の戦場になる旧愛媛エリアまでは手が及ばない。
一般人の被害はなるべく減らしたいジンとしては焦れる話だが、どうしようもなかった。
「米国の協力は望めない、だろうな。折衝に当たってるPL社とミカミがどこまで頑張ってくれるか……ん?」
ふとジンは、視界に投影した地図と目の前の光景を知っているような気がして、周囲を見回した。
「ここは、あの時の……?」
ジンは、苦い記憶を思い出して顔をしかめた。
もっとも、ジンには苦くない記憶の方が少なかったりするので、あまり過去を思い出したくはなかった。
しかしこの場の記憶は特に強い。
日米装殻紛争の際、彼が《黒の装殻》として初出撃し、そして初めての敗北を喫した場所だった。
※※※
遠くで、爆撃や銃撃の音が響き始めた。
伍号になったばかりのジンは、押し込まれそうだった香川戦線にいた。
黒の一号と弐号が最前線に赴き、まだ実戦経験の足りなかったジンは後詰を任されていたのだ。
遠くで、『アカシック・システム』を搭載した羽衣により巨大な空中兵器となった弐号が絶え間ない砲撃で敵に弾幕を撒いているのが見える。
黒の一号は、その足元で暴れ回っているのだろう。
「化け物どもめ……」
ジンは、伍号装殻を纏った状態で吐き捨てた。
一人で別戦線を支えている参式や肆号といい、彼らといい、その戦闘力はあり得ないほどに高い。
カオリとの最後の一騎打ち、その際に彼女の《焔の蹴撃》を真似た技、《黄の蹴撃》を放ち、辛くも引き分けたジンは。
その最後のトライアルバトルを見ていたハジメによって、黒の伍号に選ばれた。
『納得出来ません!』
そう抗議したカオリに対して、ハジメは冷酷に告げた。
『お前では足りない。俺を殺しうる心臓核は俺への憎しみが最も強い者に与えられるべきものだ。戦闘技術はお前の方が上だが、伍号に相応しいのは、ジンだ』
ハジメは、カオリに容赦がなかった。
しかし、ジンは。
「本当に、何で俺だったんだ?」
彼らの真の戦闘力を初めて目の当たりにした時と同じ疑問を、また呟く。
どう考えても、彼らに近いのはトライアルバトルで終始ジンを圧倒し続けたカオリの方だった。
ジンは、自分が最強に近い装殻を与えられた理由を自分が弱いからなのではないか、と思い始めていた。
黒の一号が暴走した時に、殺す為の心臓核。
彼は実際に、殺される気などさらさらないのではないか、という疑いが、ジンの胸には燻っていた。
だからこそ、決して黒の一号を殺せないくらい弱い自分に、与えられたのではないか、と。
『ジン、そっちに行ったわよん。四人、私達の妨害を抜けたわん』
彼の思考を中断させたのは、いつでも変わらない、ニーナの軽い口調の通信だった。
「……了解」
ジンはぼそっと応えて、敵の反応を探る。
強化スーツを纏ってはいるものの、当然、装殻者ではない白人の一個小隊が現れたのを見て、ジンは出力解放を投げた。
「《黄の雷撃》」!」
雷撃を操る伍号装殻がジンの声に反応して無差別の雷撃を周囲に放ち、白人部隊を焼き焦がす。
だが、他の面々に比べてその攻撃の威力は明らかに弱かった。
「くそっ!」
ジンは吐き捨てた。
心臓核の出力を扱い切れていないジンは、自分が落ちこぼれだと思っていた。
「今に見てろ……絶対に使いこなして、あんたを殺してやるぞ、黒の一号……」
だが、ジンはそこで、先に自分が殺される心配をするハメになった。
『警告.正体不明』
補助頭脳が言い、視界のAR地形情報に上空からエネルギー体が接近しているのが表示される。
「上!? うぉ!」
飛び退いたジンの頭上で、超高々度から降って来た何かが割れ、次いで落下傘が展開。
それも即座に切り離され、降って来たものは。
「なん……黒の一号!?」
そこに現れたのは、ジンの見慣れた姿だった。
艶消黒色の外殻に、赤い双眼。
だが姿こそ似通っているものの、それは彼の知る黒の一号よりも尖った印象の装殻者で、両手に装殻短剣を一本ずつ握っていた。
「貴様が報告にあった五番目か。少し相手をしてもらおう!」
黒の一号に似た見覚えのない装殻者は、踊るような足取りでジンに襲いかかった。
「ぐ、てめぇ、何なんだ!? 《黒の装殻》か!?」
「貴様らと一緒にするな。私はアンティノラⅨ。米国の人体改造型装殻者だ」




