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黒の一号・終章  作者: 凡仙狼のpeco
『愛媛隕石篇』
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第10節:怒りの源


「……以上が、協力して欲しい事の概要です。何か、質問はありますか?」


 ジンは、【アパッチ】本部へ訪ね、キタツとブリーフィングを行なっていた。


「いや、ないよ。黒の一号はやっぱり凄いね、ジン君。私たちの問題も解決し、こんなものまで作り出す。偉大な人だ」

「……」


 そう、静かに笑うキタツに、ジンは複雑な想いを抱いた。

 装殻不良から解放された彼の素顔を見るのは初めてだ。


 苦労した中年の容貌は想像通りなようでもあり、人相が少し悪いように見えるのは想像と違うような気もする。


 【アパッチ】を組織し、ずっと維持し続けていた彼から、ジンはカオリが死んだ話を聞いていた。

 別の協力者であった青年とシェイドも姿を消したらしい。


「君が《黒の装殻(シェルベイル)》の一人であった事も、驚いたがね」

「俺自身も驚いてます」


 やはり、昔の知り合いに会うとジンには自嘲しか浮かんでこなかった。


「ナマズくんはどうしたのかね?」

「とっくにくたばりました。あいつは、人を殺し過ぎた。ハジメさんに始末されましたよ」

「そうか……」


 昔の知り合いがことごとく居なくなっていく。

 業の深い連中ばかりだったから、仕方がないのかも知れないが。


 ジンは失う事に慣れている自分に気付き、自分が守りたいものが何なのかを自問し続けていた。

 ニーナの言葉も、未だに引っかかっている。


「では、また来ます。【アパッチ】の設置には、俺が同行する事になってるんで」

「ああ、わざわざありがとう。引き止めて悪かったね。……敬語を使う君は、中々新鮮だ」


 最後に茶目っ気を見せるキタツに、ジンはちらりと笑みを見せた。


「あの頃から、少しは成長してる。そう信じたいんですけどね……」


 そう言って、ジンはその場を後にした。


※※※


 結局、アクセサリー探しは徒労に終わった。


 疲れて寝ぐらへ帰ると、ナマズの姿がまた見えない。

 ジンに殴られた怪我はまだまだ治らないだろうに、きっと逃げるように出掛けたのだろう。


 もしかしたら、憂さ晴らしに行ったのか。


「ッ……あの野郎……」


 怒りが再燃し、ジンは寝ぐらを後にして今度はナマズを探し始めた。

 その途中で、この辺りでは見覚えのない男に出会う。


 これといった特徴のない、黒づくめの服装の男だ。


 服装にも目立った汚れがなく、スラムに縁がありそうな感じにも見えない。

 何気なく胸元を見やり、ジンは思わず足を止めた。


 逆十字(アンチクロス) のネックレス。


「それ……」


 思わず呟くと、男はこちらを見た。

 サングラスに隠された目の色は見えないが、若そうに感じられる。


「何か用か?」


 低く、静かな声音。

 長身で、明らかにならず者のジンに対して、怯えた様子もない。


「ヤガミの……露天商のトコでネックレスを買ったの、あんたか?」


 ジンの問いかけに少し黙ってから、黒づくめの男が逆に問い掛ける。


「そうだ。これについて、何か知っている事があれば教えて欲しい」

「何でだよ?」


 反射的に、ジンは黒づくめの男を睨みつけていた。

 だが、彼は喧嘩腰の口調に気を害した様子もなく口を開く。


「これは、俺がある女の子に贈り物としてプレゼントしたものだ。欲しいとねだられてな。……それが、露店で売られていた理由が知りたい」


 ジンは。

 その言葉に、喉の奥に何か塊を呑んだような息苦しさを覚えた。


 答えを伝えるのは簡単だ。

 だが、伝えるべきその一文字は、酷く重かった。


「……死んだよ。死体は、俺が弔った」


 ジンの答えに。

 黒づくめの男は、静かに頷いた。


「だろうな。そうだろうと、思っていた」


 男の言葉には、苦い響きが混じっている。


「ハジメ。対象が動きそうよん。……あらん? その子は?」


 二人の間に、微妙にいたたまれない空気が流れたところで。

 音もなく現れたのは、金髪蒼眼の白人の女だった。


 えらく美人で、扇情的な格好をしている。

 こちらもこの物騒な場所にいながら、気負った様子がなかった。


「あの子を殺した奴の、おそらくは知り合いだ」

「決めつけんなよ」


 ジンの反論に、黒づくめの男は踵を返しながら言う。


「どちらでも構わない。ついて来ない方が良い」

「何でだよ?」

「きっと君にとっては気分の良くない事が、これから起こるからよん」


 その言葉に。

 ジンは、声を低くした。


「……殺すのかよ」


 二人は答えずに、闇の中に歩き去る。

 ジンは、しばらくその場に立ち尽くしていたが。


 響いてきた女の悲鳴に、くそ、と吐き捨ててから駆け出した。


 声の方角を頼りに現場についたジンは、そこに三人の装殻者の姿を見た。


 一人は黒い初期型で、モ一人は少しタイプの違う一つ目(モノクル)の装殻者。

 最後の一人はジンの見慣れた、あだ名の由来になったナマズに似たのっぺりとした外殻を纏う、友人。


「ナマズッ!」


 声を上げると、二人の装殻者に前後を挟まれたナマズが、安堵したような声を上げた。


「ジ、ジジ、ジィン!! 助けて! ここ、こいつら、いきなり絡んできて!」

「いきなりじゃねぇだろ? てめぇ、何してやがった」

「! ……な、何もしてねぇ!」

「嘘つけ! じゃあ、さっきの悲鳴は何なんだ!? あぁ!?」


 ジンの詰問に、おどおどと頭をさ迷わせたのが答えのようなものだったが。

 ナマズは、それでも否定した。


「しし、知らねぇ! 助けてくれよぉ! ジ、ジンは俺を見捨てねぇだろ!? そうだろぉ!?」


 二人の装殻者は、そんなジンとナマズのやり取りを黙って見ていた。

 ジンは、ナマズの命乞いに、二人へと目を向ける。


「ッ……なぁ、あんたら」

「悪いが」


 黒い装殻者……恐らく、先ほどの黒づくめの男が、ジンの言葉を遮る。


「見逃すつもりはない」

「そうじゃねぇ。殺さねぇっつーんなら、止めねぇ。だが、殺さないでくれ」

「ジン!?」

「てめぇは黙ってろ!」


 ジンには分かっていた。

 彼の技量や装殻では、装殻者どちらか片方であったところで、相手にもならないだろう。


 それほどの隔たりを、見るだけで感じさせる二人だった。

 だが、格下のジンの提案を、黒い装殻者は聞く気があるようだった。


「一生を、椅子に縛り付けられたまま過ごすような生き方でも良いのか?」

「それでも構わねぇ。生きてさえいれば」


 ナマズは、殺し過ぎた。

 いつかこうなると、ジンも思っていた。


 それが今だっただけだ。

 こうなる前にナマズを止められなかった、ジンにも責任がある。


 しかしジンの、彼の命だけでも繋ごうとする説得を拒否したのは、ナマズ自身だった。


「いいいい、いヤダァ! そそ、そんなのゴメンだ! 俺は、俺はああ、あいつらとは違うんだッ! お、俺は特別なんだぁァッ! どど、どいつもこいつも好き勝手生きてんじゃねーか!! 俺も、俺も好きに生きて何が悪いんだよぉ!!」


 ナマズは、追加装殻(アームドシェル)とすら呼べないチャチなナイフを振りかざすと、黒い装殻者に向かって走り抜けた。

 ジンが止める間も無く、逆手に握ったナイフを叩きつけるように振り下ろして……刃が、相手の外殻すら傷つけられないまま折れる。


「ふぇ!? ふひぇ!?」


 避けもせずに刃を受け、狼狽えるナマズの首を無造作に掴み上げた黒い装殻者は、ナマズの体を横の壁に叩きつけた。

 コンクリートで出来た壁が陥没し、ナマズがめり込む。


「ぐゲェッ! やァ、やめで! だすげてェ!!」

「……お前の望んだ、選択だ」


 黒い装殻者が、ナマズを押さえつけているのとは逆の拳を握り締め。


「やめろ! 装殻展かーーー」

「残念だけど」


 先ほどとは違う、冷たい女の声音が耳元で聞こえ。

 ジンが装殻を展開する前に、ジンの腹で何かが爆発したような衝撃が走った。


「ぐ、ご……!?」

「あなたも。この場に来ることを自分で選択したのよ」


 めり込んだのは、一つ目の装殻者の膝だった。

 腹から走った衝撃により体をくの字に折って動けなくなったジンの首を、一つ目の装殻者は押さえつけた。


「これ以上、邪魔はしないでねん」

「や、や、め……」


 かすれた声を漏らすジンが、必死で頭を上げると。


「だ、だずげ、だずげぇえええええええ!!!」

「ーーー己の欲望に従じる者は、己に罰を与える覚悟を持て」

 

 泣き叫ぶナマズの心臓を。

 黒い装殻者の振るった拳が貫き、突き抜けて。




 ナマズを、その腕で壁へと磔にした。





「ーーー! ーーーッ!」


 両手足を極限まで強ばらせて声すらなく痙攣するナマズと黒い装殻者の腕の間から、大量の血が噴き出して黒い装殻者に降り掛かり……不意に、ナマズの体から力が抜けた。

 

「が、あああああッ!! 殺しやがったなァッ!? ちきしょうッ!!」


 ジンの頭の中が灼けつくような怒りに染まり、無理矢理一つ目の装殻者を振りほどく。

 彼女は、あっさりと手を放した。


 まだ、腹のダメージは消えていない。

 ジンは震える足を叱咤して、耳元でガンガン響く心臓の音に顔を歪めて耐えながら。

 霞む視界で、それでも黒い装殻者を睨みつける。


「殺さなくても、良かっただろうがァ”!! テメェ等の実力なら、暴れようが何しようが、どうにでもなったんじゃねぇのか!! 何で殺しやがったァッ!!」


 黒い装殻者は。

 ナマズを放り出しながら、その罵倒を平然と受け流した。


「不自由な生を望まなかったのは、彼自身だ。君の好意を無にしたのも」

「だからって殺すのが正しいってのか!? 正しかったってのかよぉ!?」

「では、彼を見逃し続けるのは正しいのかしら?」

 

 一つ目の装殻者が、ジンに問いかけた。


「そして他人を殺し続ける彼を、見逃し、止める事が出来なかった、君は正しいの?」

「……ッ! それでも、あいつは、ナマズはなァ!! 俺にとって、大切な奴だった! 小せぇ頃から、一緒に生きて来た、大事な奴だったんだッ!!」

「ハジメにとっては、彼に殺された女の子の方が大切だった。何故止めなかったの? なら君が彼を殺されたくなかったように、大切な子を殺されたくなかった、ハジメの気持ちはどうなるのかしら?」


 一つ目の装殻者は、むしろ優し気なほどに柔らかい声音でジンに告げる。


「あなたの為に、我慢しろと?」

「ぐ、お、おおおおォォ……!!」


 ジンにだって分かっている。

 黒い装殻者の選択は、誰に聞いても、当然の選択だと答えるだろう。


「それでも、それでもなァ!! 納得出来るかどうかとは、別なんだよォ!!」

「別に納得してもらう必要はない」


 黒い装殻者は解殻し、黒づくめの青年の姿に戻った。


「君の大切な彼の名は、ナマズと言うんだな……」

「だったら、何だっつーんだァ!?」


 ジンはダメージから回復し、黒づくめの男に挑みかかって胸ぐらを掴み上げた。

 

「俺はテメェを許さねぇ!! テメェは正しいかもしれねぇ、だがな!!」


 黒づくめの男は、静かにジンを見返している。


「俺は絶対、テメェを殺す!! それが嫌なら、今すぐに俺も殺してみせろ!! 俺は、決して恨みを忘れねぇからなァ!!」

「……好きなだけ恨め。俺は、正しい人間ではない」


 ぐ、と胸ぐらを掴むジンの腕を握りしめてあっさりと引き剥がした。

 信じられない膂力だ。


 細身に見えるその体のどこにそんな力があるのか。

 そう疑問に思うジンに、黒づくめの男は、ジンの腕を握っているのと逆の手でサングラスを外し、言う。


「我は、最初の人体改造型。従うものは、己の心」


 サングラスを仕舞った男は、さらにまだ襟を掴んでいたジンの、逆の手を引き剥がし。


「律に背き、権を拒み、力を以て望みを通す」


 ジンの握った両手を返して手を離し、体を捻って踏み込むと。

 右の張り手で胸元を、左の掌でジンの頭を掴んで地面に叩き伏せた。


「我は〝正義を騙る修羅〟ーーー名を、黒の一号」


 黒の一号。

 その名だけが、気絶しかけたジンの脳裏に焼き付く。


「テメェが……そうか、テメェが」


 本条ハジメ。

 救国の英雄。

 装殻の開発者。

 

 そんな表面的な情報に。


 黒づくめの男。

 ナマズを殺しやがった殺人者。


 ジンの、個人的な恨みと目の前の男の容姿が、具体的な形となって重なる。


「殺せよ」

「あらん、そんなもったいない事しないわよね、ハジメ」

 

 だんだんぼやけて行く視界の中に、解殻した扇情的な金髪の女の姿が映り込む。 


「この子、連れていきましょ? 中々気概があるわん」


 ーーー冗談じゃねぇ。


 そう、心の中で呟いたのを最後に。

 ジンの意識が、途絶えた。


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