序章:黒の弐号
「ハァイ、ハジメ。久しぶりねん☆」
明るい口調と共に。
ハジメとコウのいる墓地に舞い降りたのは、美しい金髪の白人女性だった。
スタイルは完璧。
非の打ち所のない、空色の瞳を持つ美貌に淡い微笑みを浮かべて。
天女のように、彼女は、ふわり、と降臨した。
その体は透けている。
彼女は、ホログラフによる映像のようだ。
ニーナ・ソトニコワ。
宙に浮かぶ彼女を見上げる、目の前のハジメがどんな表情をしているのかは、サングラスの奥に隠されて見えない。
「準備が、整った」
「そうみたいねん。彼が〝生まれ変わり〟さん?」
邪気のない様子で小首を傾げる彼女に、目を向けられたコウは頭を下げる。
「北野コウです」
彼女は一つうなずくと、ハジメに目を向けた。
「思った以上に早かったわねん」
「ああ。いつ戻れる?」
「そうねん。明日中には。送られた座標でいいのかしらん?」
「ああ、待っている。……ようやくだ」
「そうねん。一人ぼっちは辛かったし、戻ったらお酒の一つでも飲ませてくれる? 愛でてくれても良いのよん?」
笑みの種類を期待に満ちたものに変えて言う彼女に、ハジメは眉根を寄せた。
「……極上のウィスキーを用意している」
「ああん、相変わらずツレないわねん。……また後でねん?」
「ああ」
ニーナは、ごく短い言葉をハジメと交わして、姿を消した。
「ハジメさん。彼女が?」
「そう。二番目の、そして最後の《黒の装殻》」
コウの問いかけに、ハジメは彼女の、装殻者としての名を口にする。
「〝天女の爪牙〟―――黒の弐号だ」
※※※
かつて、英雄と呼ばれた男がいた。
異形の化け物《寄生殻》を使い、人類を混乱の渦へと叩き落とした悪の組織を、たった一人で壊滅させた男。
名は、黒の一号。
しかし世間の認識とは違い、実際には、彼は仲間と共に組織を壊滅させた。
その人数は三人。
この時、それが表沙汰になる事はなかった。
後に、宇宙より来訪した異質な生命体《襲来体》が大阪に落下。
彼らの侵攻の際、人類にその存在を確認されたもう一人の人体改造型装殻者は、黒の弐号と呼ばれ。
その事件の際に生まれた参式、そして肆号と共に黒の一号を助け、敵の長である襲来体母体を封印する。
彼らは人々より《黒の装殻》と総称され、その名声はさらに高まった。
二度の脅威に晒された事で疲弊した日本の復興の為、黒の一号は自身の力を再現したものを『装殻』という強化外殻として普及させる。
その力を我が物にしようとした米国の侵攻……『日米装殻争乱』と呼ばれる、四国を舞台とした戦いを経て。
黒の伍号・大甲をも加えて人類最強と謳われた《黒の装殻》は。
同時に、その人体改造技術の独占と秘匿により人類から追われる事となる。
やがて黒の一号は協力者と共に【黒殻】を設立し、その総帥となった。
そして人類最悪のテロリストと呼ばれるようになった黒の一号は、日本海沿岸に位置する現在の日本の第二中枢都市『フラスコル・シティ』にて一つの殺人事件を起こす。
その事件で、黒の零号と呼ばれる存在を仲間として得た彼は、復活した襲来体母体の撃退、異界より現れた同一存在《白の装殻》との闘争と和解をもって、今に至る。
【黒殻】の真の目的は、未だ遠い宇宙に居る真の襲来体……《星喰使》の殲滅。
その準備を整える間、たった一人《星喰使》の侵攻を抑えていた黒の弐号を。
彼は、《星喰使》の先遣隊である異界母体を撃退する為に、呼び戻す。
今、《黒の装殻》の集結を以て。
彼が立てた『黒殻計画』が、その全容を現した。
アナザー、そして《星喰使》との、避けられぬ死闘を見据えながら。
黒の一号は、己に架せられた使命を全うする為に動き出したのだった……。