4、町の中で
湖の先には少年と少女が住んでいたような小さな村や、大きな町がいくつもあります。
その中の一つの町の道を歩いていると、お兄さんが地面に這いつくばって何かを探しています。
「何を探しているの?」
少年が声をかけるとお兄さんが顔を上げます。その瞳は固く閉じられています。
「このあたりで帽子を落としてしまったんだ。このとおり私は目が見えなくてね。どこかに落ちていないだろうか」
少年がお兄さんのすぐ横に落ちていた帽子には靴で踏まれた跡がくっきりとついていました。それをぽんぽんと払い落として差し出すと喜んで受け取ります。
「ありがとう。人間に巨人に人魚かい? 面白い組み合わせの人たちだね」
目が見えないはずのお兄さんの言葉に驚きます。本当は目が見えているんじゃないかと疑っているとお兄さんはなんでもないように笑います。
「私は目が見えない分耳がとってもいいんだ。声の位置で大体の身長も分かるし、水の音も良く聞こえるんだよ。音を出さない帽子の位置は分からなかったけどね」
トロールに担がれた桶の中で人魚がちゃぷんと水を揺らす音もしっかりと聞こえているようです。
お兄さんは帽子をしっかりとかぶり、乱れた髪を整えると、その両脇から細長い耳が飛び出します。
「エルフ?」
少年が口にするとエルフのお兄さんは肯定します。
「他種族と関わらないエルフが何でこんなところにいるのよ」
少女の問いかけにエルフは困ったように笑います。
「このとおり私は目が見えない。それを治すための薬草がこの国にあると聞いてやってきたんだ。この国にしか咲かない花の蜜を集めたもので、保存することができないんだ。だから旅をしてきたのだけれど、春が来なくて困っていたんだよ」
「それなら一緒に行こうよ」
「エルフとの旅も面白かろう」
トロールと人魚が口を出しますが、エルフにはどういうことなのか分かりません。首をかしげていると少年が助け舟を出しました。
「僕たちはこれから冬の女王に春の女王と交替してもらうために塔に向かうんだ。良かったら君も一緒に行かないかい?」
「あたしは嫌よ。エルフなんて気味が悪いわ」
少女は反対します。エルフは悲しい顔をしましたが、怒りはありませんでした。他種族と関わらずにいるエルフを好意的に受け入れてくれる種族はありません。エルフの里からこの国までも旅の途中も、同じような反応をされています。その証拠に、エルフが帽子を落としても、この町の人たちは誰も助けてくれていませんでした。
「大丈夫だよ。彼は目の見えないまま旅をすることを厭わない勇気を持っている。目が見えなくても意地悪をされても笑っていられるんだ」
まだうっすらと靴の跡が残っている帽子を見つめます。
「それに、冬の女王と春の女王を交替させることができたら王様から褒美がもらえるんだ。その薬もすぐに手に入れられるよ」
少年はエルフに手を差し出します。
エルフは旅をして初めて差し出された人間の手に戸惑っていましたが、やがてしっかりとその手を取ります。
「仕方がないわね。あんたが手をつないで歩いてあげるのよ」
少女はエルフの同行を認めました。