3、湖で
森を抜けると大きな湖がありました。
湖は凍って分厚い氷が張っています。
その湖の端で、長い髪の女の子が声を枯らして歌っていました。
「どうしてそんな声になってまで歌を歌っているの?」
少年は声をかけました。女の子は驚きながら答えます。
「春が来なくて湖の氷が全部凍ってしまったのじゃ。泳ぐことが出来ない妾は歌うことしかできないのじゃ」
そう答える女の子に足はなく、魚の鱗と尾ひれがついています。
女の子は人魚だったのです。
「他の人魚はどうしたんだい?」
「おらぬ。遠い昔にはたくさんの仲間がいたそうじゃが、皆広い海へ旅立ったという。ここには妾とばば様の2人だけじゃったが、そのばば様も亡くなられた。それ以来妾は1人じゃ」
人魚は悲しそうに答えます。
「君は海へ行かないの?」
「1人で寂しくないの?」
少年とトロールが尋ねます。特にトロールは、1人になって寂しくて泣いていた自分と人魚の姿を重ねたのです。
「妾はここが好きじゃ。ばば様より海の素晴らしさは聞き及んでおるが、生まれ育ったこの場所が何より愛しい。1人でいることは寂しいが、それでも妾はここで生きていくと決めたのじゃ」
そう語る人魚の目は力強く、誇らしげに見えます。
「でもその干からびた尾っぽでどう生きていくのよ?」
少女が言うように、人魚の尾は水に浸かることが出来ずに今にも干からびてしまいそうです。それは大変だと優しいトロールは自分の水筒から飲み水を人魚の尾に降りかけます。僅かな水分でしたが、少しだけ潤いを取り戻しました。
「ありがとう。優しいトロールなのじゃな。じゃがその娘の言うとおり、このまま春が来なければ、妾は干からびて死んでしまうじゃろう。それもまた、妾の運命。悲しいが、受け入れよう。最後に主らに会えてよかった。妾の歌を聞いてくれるものがいてよかったのじゃ」
全てを諦めたように微笑む人魚の肩を少年はつかんでこう言いました。
「僕たちはこれから冬の女王に春の女王と交替してもらうために塔に向かうんだ。良かったら君も一緒に行かないかい?」
きらきらと目を輝かせています。人魚は驚いて声も出ません。
「何を言っているの? その子は人魚よ。歩けないわ」
少女が即座に反対します。
「大丈夫。僕がおぶってあげるよ」
「人魚には水が必要よ。干からびちゃうわ」
「オイラが汲んでくるよ」
トロールも人魚が一緒に来ることに賛成します。今も大きな両手で一生懸命氷を溶かして何とか人魚の尾に水を与えようと頑張っています。
なおも渋る少女に少年は語ります。
「彼女は強い。たった一人になっても好きな場所に居続け、それを好きって誇りを持っていえる強さを持っている。だから旅をしても大丈夫だよ」
少年の言葉に人魚は驚きます。強いなんて言われたことは無かったのです。
「それに、冬の女王と春の女王を交替させることが出来たら、王様から褒美をもらうことが出来るんだ。他の人魚を呼び戻すことだってできるよ」
にっこりと笑顔で差し出された手を人魚はじっと見つめます。
「無理にこの場所に来てもらわなくてもよいのじゃが、妾の愛するこの場所を好きになってくれる仲間がいるといいのう」
このままここにいても干からびて死んでしまいます。人魚は少年の手を取りました。
「仕方がないわね。あたしは手伝わないからね」
少女は人魚の同行を渋々認めました。
しかしながら少年が人魚を背負うと尾が乾いてしまうので、桶の中に水を入れてトロールが担いでいくことになりました。この案を出したのは他でもない少女でした。
力持ちのトロールは桶を軽々と持ち上げ、人魚はお返しに癒しの歌を歌ってくれました。