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近くて遠い

作者: 楽部

 妻のことを想う。病を長くは引きずらなかった彼女。出会ってから、七年になった。三年越しの想いを受け止めてくれた時の彼女は三十半ば。私はまだ、二十代だった。


 彼女の魅力。すらりとした立ち姿。年上の女性の落ち着いた雰囲気、知的で品があって、そこにかわいらしさも見えて。私は、すぐに好きになってしまった。


「ごめんなさいね」


 最初はやんわりと断られた。理由を尋ねると、彼女は一人で居たいのだと言う。軽くいなされたのか、あしらわれたのか。その後の見かける機会、確かに、彼女はだいたい一人だった。見つめているだけでは向こうは気付かない。誘って、ようやく食事に付いて、買い物に付き添って。とりあえず、私を嫌いではなさそうで安心。友達としてならよいのかと。でも、その位置では物足りなかった。だから、いつからか、私は毎回、帰り際に求愛を訴えるようになっていた。


「またね」


 彼女はそれを挨拶にして返していた。終わりを意味しない、曖昧に捉えられる表現。拒絶でないから関係は続く。私にそれ以上の権利はなかった。いつまでだろうと待つつもり。私はおさなかった。


 その変化は唐突に訪れた。理由は分からなかった。いつもの帰る道すがら、私の言葉は普段と同じ。しかし、彼女の方は違っていた。


「こんなわたしでよかったら」


 とくに彼女に尋ねはしなかった。とにかく、私は事実を確定させた。これで、彼女と一緒になれる。幸せな気分で溢れ、彼女も幸せにしたいと思った。


 三年を過ぎた結婚生活。子供は出来なかったが、仲はよかったと思う。およそ、私は妻の傍に居た。妻はそんな私を鬱陶しがることなく、穏やかに眺める。そんな距離感の日々。私はそれで満ち足りていた。


「ありがとう」


 病に気弱になった妻は、そういった言葉が多くなっていた。痩せていく、失われていく。つらそうで、つらい。無力な私はそこに居ることしか出来ず。何をしてあげられただろう。妻の最期は、眠るようだった。


 しばらくして、手紙が見つかった。封筒の差出人のところには妻の名前、見覚えのある優しい字。宛名はなかった。少し迷った後、それを開く。文は独白のようだった。


『わたしは彼のことがそれほど、好きというわけではなかった。彼がわたしをそんなにも好きというなら、してあげてもいいのかな。それが、結婚の理由。でも、今となっては悪いことをしたなと思う。彼には、とても大事にしてもらったから』


 私は細かく折り畳んで、役に立たなかった御守りの中にしまった。


 それは、今日も私とともにある。離れることはない。彼女はいつも、こんなにも近い。

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