第二章 同行者と暗殺者(1)
王都ハーペスト郊外。
朝霧の晴れない小道を奇妙な一団が進んでいた。中央には、馬に乗った男がおり、その周囲を20人近くの兵士が固めている。もう随分歩いたのだろう。兵士達の顔には疲弊が漂っていたが、それでも一糸乱れぬ行進は、えも言われぬほど見事だった。
そして、その一団の後ろを、金髪の若い男が徒歩ど追っている。馬の男と言葉を交わしているので部外者ではないようだが、前を行く兵団の厳粛な雰囲気とは対照的な、軽薄で品位の無い小猿のような男だった。
「もうすぐかね」
馬の男が問うと、
「へえ。もうすぐですわ」
小猿男が、外見の印象そのままな受け答えを返した。
馬の男は、不快なものでも見たように猿男から目をそらし、首を傾げつつ進行方向に視線を戻した。
霧がなかなか晴れない。
「少し休まないかね。霧が晴れるのを待とうではないか」
馬の男の提案で、兵士は皆一様に安堵の吐息を漏らした。日々鍛え抜かれているとはいえ、やはりあの行進は身体に相当の影響を及ぼすらしい。
猿男は、そんな兵士達の様子を一瞥して不気味な失笑を漏らし、もともとみすぼらしい衣服がさらに汚れるのも気にせず、地べたに腰を下ろした。視線を下げて蟻の行軍を凝視する姿はあまりに幼稚で、容姿とも相まって滑稽だった。
馬の男は、猿男を完全に無視して兵士達と談笑していた。兵士もそれなりに緊張はしているが、わずかに笑みを浮かべている。
兵士が何かに反応して、声を上げて笑おうとしたその刹那。
重い霧の真っただ中を矢が疾走してきた。その鋭利な先端は、馬の男を狙っている。空気を切り裂く小気味よい音が微かに聞こえた。
その矢は、狙い違わず馬の男の腹部に命中した。こういう時、兵士達は驚くべきほど無力だ。事実、先ほどの行進が嘘のような慌てぶりで為す術がない。それでも勇敢な一部の兵士は、矢が発射されたであろう方向を向いて、射手の正体を暴こうと霧に目を凝らし、また一部の兵士は馬の男の手当てを試みた。
しかし、それ以上矢は飛んではこなかったし、馬の男の様子が好転することもなかった。矢が急所に命中したわけでもないのに、恐ろしいほどの速さで男は虫の息になった。いったいどうしたというのか、誰も分からなかった。
霧はいよいよ晴れないまま、さらに深く濃くなっていく。
剣士養成専門学校は、テーベ大通りからドルスを抜け、わずかな田園地帯を突っ切っていくとその校舎が見えてくる。およそ一世紀前、つまり600年前後に大聖堂を改築して建てられたこの校舎は、周辺の穏やかな景色から圧倒的な排除を受けた壮麗さを誇っていた。
普段であれば、この朝は生徒達で騒がしくなる時間帯であるが、昨日からいわゆる夏休みに入り、今はほぼ閑散としている。ほぼ、というのは僕を含めた王都派遣団の団員と見送りの校長がいるからだ。
結局、ジェイニーは王都へ行かされる羽目になったが、その条件として護衛にオーファ先生がつけられることとなった。ジェイニーは真面目そうでいて、こういう恐ろしい一面ももっていた。顔に、底意地の悪い笑みが浮かんでいるのは、さすがに気のせいだろう。
とはいえ、最も惨めなのは先生だ。自分が護衛をするなど、予想だにしていなかったのだろう。意気消沈というフレーズがあまりに似合っている。
僕達には、一人ずつ馬が与えられた。王国原産のミンゼルという種類らしいが詳しいことは僕には分からない。ただ、毛艶は良く、早く走れそうな良馬であることは見て取れた。
ガノラフ・ノーランディー校長は終始微笑している不思議な老人だった。この校長先生が剣を抜くとどうなるのか、想像もつかない。オーファ先生を慰め、出発を促している。
僕は、ジェイニーと一緒であるという喜びを噛みしめていた。自分の目的が何であるにせよ、その目的が達されるまでは少なくともジェイニーと一緒だ。その喜びは大きい。
まもなく王都派遣団は出発の時を迎える。