第一章 先生の頼み(4)
今までの静寂が嘘のような喧騒が僕を待ち構えていた。
「ノックアウト・ナイト」は僕が通うあの喫茶店とは比較できないほど繁盛していた。店の雰囲気、流れるBGM、人口密度のどれを取ってもあの喫茶店は遠く及ばないだろう。客達もまた、店に合った年齢層で服装も皆一様に派手だった。
僕は、なぜここに連れて来られたのだろう。
「デイム君、どうした?早く進みたまえ」
僕は学校に通った六年間で初めて、オーファ・レスフィという人物に疑念をおぼえた。この店と僕の知るオーファ先生とはどうしても結び付かない。
先生は僕の横を通過して店の奥へと入っていった。先生の引きずる左足が突然
恐怖の塊のように思えてきた。
先生は店の奥で酒を飲んでいた。こういう液体のことを「琥珀色に輝く」と表現するのだろうか。僕には酒のことはまるで分からなかった。
「デイム君も何か頼まないか?酒は無理でもジュースならあるぞ」
僕はひとまず胸をなでおろしてオレンジジュースを注文した。先生は、僕に酒のもつ大人の味を知って欲しかったわけではないらしい。僕は、いつ先生の左足を蹴り飛ばそうかと構えていたのだが、その必要がないことを悟った。しかし、そうなるとますます先生が僕をここに連れてきた訳が謎めいてきた。
「先生。どうしてここへ?」
先生は僕の質問が聞こえなかったかのように酒を嚥下していた。僕は少し語気を強めてもう一度聞いた。
先生はようやくグラスを置き、僕を見下ろした。店の照明が反射して先生の表情は判別できなかったが、大事な話がようやく始まる気がした。
「うむ。今日は君に頼みがあって来た」
僕はしばらく中空を睨んでいた。先生が僕に頼むとは、どういうことだろう。
「君も知っているだろうが、先月大陸の北方で7年間続いた戦争が終わった。1つの国家が滅んだ。この国にも少なからず影響はあった」
その話なら、僕も嫌というほど聞いていた。敗戦し、滅亡の一途をたどったベルクライム公国と貿易を行っていた我らがゼムラー王国は終戦後、戦勝国のトルスト帝国から統治監察官なる者を派遣され、緩やかな内政干渉を受けていた。講和条約においてその期間は3ヶ月とはされているが、王国にとって内政干渉ほどの屈辱はないだろう。王国新聞は連日その話題であふれ、コラムも作られたようだ。
「そしてこの度、宮殿から学校長あてに一通の手紙が届いた。剣士養成専門学校から生徒を2名派遣せよ、とのことらしい。そこで教師による会議の結果、本校からデイム・クリストフと―――」
先生の言葉が店の天井の辺りを舞っていた。あらゆることが嘘のようだった。剣士養成専門学校から生徒を派遣、その一人が僕、これは何なのだ。
「ちょうど、来週から夏休みだ。そこで、デイム君には王都に行ってもらいたい。気負うことはないよ。単純なおつかいだと考えればいいさ」
もはや冗談で済む話ではなかった。僕は何かしでかしたのだろうか。それで学校側は僕を切り捨てようとして国王からのお達しに僕を巻き込んだのではないだろうか。
いつの間にか運ばれてきていたオレンジジュースのグラスが結露し、照明を受けて妖しく煌めいていた。
相方のUが投稿を始めたみたいです。
今後ともU&龍をよろしくお願いいたします。
ではでは