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雨の妖精

作者: 藤原愁憂花

雨の降る夕方のことであった。傘の無い学校からの帰り道に、私は遊具の無いベンチと砂場とだけが一際目立つ公園にて、不思議なオーラを持った幼い少女を発見した。

少女は小さな白いワンピースを雨に濡らして、砂場で唯茫然と突っ立っていた。その光景が余りにも不思議なオーラを醸し出していた為に、私は衝動的に公園に入って少女に話しかけた。

「何をしているの?」

少女は私が話しかけるまで、私の存在に気づかなかったらしい。少女は軽く驚いて、小さくて愛らしい瞳を真ん丸にして、私に対して呟いた。

「私は雨の妖精なの。」

モンシロチョウのように軽やかだったであろうワンピースが、雨にびっしょりと濡れて、重たい水滴に頭を垂らした鈴蘭の花を連想させた。ワンピースから出る手足は、白くて嫋やかに見えて、それこそ、一輪の花をイメージさせた。そのイメージが、先程の少女の幻想的な発言を、少し私にとって現実的なものしたのかも知れない。

「君は雨の妖精なのかい?」

「そう。私は雨の妖精よ。雨が降り出してから雨が止むまで、私はこうやって立っていられるの。」

私は愛おしい幼稚加減に、目と口と心とをにっこりとさせた。

「雨が降り止んだら君はどうなるの?」

少女は悲しげに、硝子玉のように透き通った目を、濡れて色の濃くなった砂場に向けて寂しそうに呟いた。

「消えてなくなっちゃうの。」

私は、少女の余りにもシリアスな発言に少し驚いた。そして、悪戯気に笑って見せて、少女の顔をまじまじと見つめた。

「雨が止むまで、僕が付き合って上げるよ。」

「雨は直に上がるわ。上空に浮かぶ雨雲も、風に流されてここから離れた所まで行ってしまうの。」

「雨が止めば君は消えてしまうんだね?」

「ええ、そうよ。遠すぎるお空には手が届かないから、風にさすらう雨雲は、どうしようもないんだもの。こっちまで戻すことはできないの。」

少女は寂しそうに、青さの無い雨の降る夕方時の空に散らばった灰色の雲を見つめて、少女までもが、上空に散らばっている雨雲のように思えた。

「君は消えるのが怖くないのかい?」

「何にも感じないわ。気がつけばここに立っていて、私には過去も無ければ思い出も無くて、唯こうして時間が立っていくだけなのよ。後は雨が止むのを待つだけだから。大切な人もいないのに、この場所に執着する必要もないんだから。」

「物寂しいね。」

少女は濡れた砂利を見つめて、その重苦しさに溜息をつくかのように言葉を発した。

「うん。」

私は信じてもいない幻想的な世界感に酔いしれてしまっていた。そして、少女の持つ物寂しさを取り除いてあげたいと思ったのだった。

「大切にしないといけないよ。この一瞬を、君が存在することのできる雨の降っているこの時間を、君は大切にしないといけないよ。」

少女は、私が思いも寄らない言葉を発したせいか、私に目を大きく開いた顔を向けて、少し目を足下に向けた後、くすっと笑った。

「私の心には茫然とした心持ちの感覚があるだけ。あなたと違って、過去の記録も無ければ未来の予想図も夢も望みも無いの。そんな私の空っぽな心で、何かを大切に思うだなんて無理じゃないかしら?」

私は映画の俳優を気取ったかのような格好をつけて少女に語った。

「じゃあ、今を見つめてごらん。たくさんの雨粒が落ちている今を良く見つめるんだ。君の心が空っぽだからこそ、君にはこの今が美しく見えるんじゃないかな?今降っている雨は、君にとって気怠いものでも退屈なものでもないんだ。君にとっては、最初で最後の愛しい新鮮な雨なんだ。」

少女は笑顔になっていた。その笑顔と同時に雨は弱まってきて、雲に隠れていた太陽が少女の顔に光を指していた。

「心には瞳があるのね。きっと誰しもがその人自身の心の瞳を持っているのよ。視覚だけでは分からない美しさがたくさんあるの。私、今、雨の一粒一粒がとっても綺麗に見える。あなたはどう?」

「今日の雨は綺麗だよ。こんな風に思うのっていつ以来だろう。きっと、時間と共に変わっていく感覚が、心に靄を作っていたのかも知れない。僕等人間は、現在の繋がっていない時間空間の中で生きてしまっているのかも知れないね。」

少女が微笑んで、「ありがとう」と言霊を風に乗せた瞬間に、雨は止んで少女は消えていった。

少女が消えてから私は、きっと架かるであろう虹を、濡れたベンチに腰掛けて、ベンチに染み込んだ雨の冷たさも気にしないままに、空に目をやって待ち焦がれていた。

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