第7話 バーネット家
ナセル王国の王都は二重の城壁に囲まれた城塞都市だった。
王城を中心に城壁があり、外側に街が作られ、さらにその外側に城壁が作られている。上空から見て取ったライは、なるほどと納得していた。
リソリア城とその周辺の街とは違うのである。国王が住むのであれば、守りやすいように都市を作るのは当たり前の事だ。
王都に帰還した飛龍騎士達に休暇を与えたフィアンナは、そのままライを連れて自宅へと向かう。
連れて行かれたのは、どう見ても貴族の館としか見えない立派な造りの屋敷だった。
「えっと、フィー。もしかしなくても、貴族の令嬢?」
「はい、そうです。バーネット伯爵家の娘ですが?」
「フィー……」
力のない声がフィアンナを呼んでいる。
振り返ったフィアンナが驚くような顔がそこにあった。情けないような、困ったような顔のライである。
「どうなされたのです。どこかお加減でも良くないのですか」
初めて見るライの顔に、フィアンナが慌てて手を引っ張って屋敷へと向かった。
「そうではないのです。貴族に対する言葉をわたしは知りません。それに、マナーさえ知らないのです」
ぴたりとフィアンナの足が止まる。
「そのような事を気になさるとは知りませんでした」
ケイオスに対した時のことを思い出して言った。
「あなたのご家族を怒らせてしまうと思いますよ」
「やはり、ご自覚はおありですね。でも、あなたは変われますか? 借りてきた猫のように出来るのでしょうか?」
無理だと思うフィアンナは、首を傾げていた。
「無理ですよ。変える気もないですから」
「では、あなたはあなたらしくされた方がよろしいですよ。父や母を怒らせても、あなたはあなたでしょう」
笑って言うフィアンナではあったが、屋敷へ入った途端に固まってしまう。
婚礼前の若い娘が、若い男性を連れて帰った事で屋敷が悲鳴に包まれた。さらに連れ帰った男性の容姿は、見るからに不審者と言える見た事もないような者である。慌てて執事と女中頭が主と奥方に報告に走った。
普段は物静かなバーネット伯爵家が、喧騒に包まれたのは、この時が最初で最後である。
それほど、バーネット伯爵家にとっては異常な事だった。
あっという間にフィアンナと離されてしまったライは、屋敷の一室に軟禁された状態になってしまう。部屋の扉の前には女中が二人、長い棒を持ってライを睨み付けるように立っていた。抜け出そうと思えば簡単に出来るが、フィアンナの実家でそんな行動を取るわけには行かない。
しばらくそのままであったが、やがて執事が現れてライに付いて来るように告げる。
通された部屋は屋敷の客間らしく、豪華な調度品が置かれていた。
そこに、初老の男女とフィアンナよりも年上の若い男女、そしてドレスに着替えたと言うか、着替えさせられたフィアンナがいる。
淡い紫色を基調としたドレスは、フィアンナの銀髪に良く似合っていた。
少し瞳を和ませたライは、微笑んでしまう。
「良くお似合いですよ、フィー」
「そう、ですか……」
珍しく力のない声だった。
「どうしました?」
「ドレスは着慣れていませんので……」
「そうなのですか。それでもわたしは、あなたのドレス姿を見られて嬉しく思いますよ」
少々呆気にとられてライとフィアンナを見ていた者達である。ライは意識的にフィアンナ以外の者に眼を向けなかった。
「私もライに、この姿を見せる事になるとは思ってもいませんでした」
「そうですか?」
「はい。飛龍騎士ですので、動きやすい騎士装束をいつもは身に付けています。さすがにドレスでは飛龍に騎乗はできませんので、普段はドレスを身に付ける事はないのです」
「それは、そうですね」
納得したようにライは頷いている。
周りを無視したような二人の会話に、待ったをかけたのは、部屋にいた初老の男である。
「いいかげんにせんか! 貴様は何者だ!」
怒鳴った途端にフィアンナが慌てた。
「だめです、お父さま。名乗ってください」
「名乗れだと。フィアンナ、そのふざけた男はおまえの何だ!」
指を突きつけて怒鳴るフィアンナの父親に、ライはゆっくりと振り向く。
「お父さま。お願いです、名乗ってください」
どうなるか判っていたフィアンナが、父親に重ねて頼んでいた。
「フィアンナ、黙っていろ!」
ライがゆらりと動く。
目の前にある長椅子に腰を降ろして足を組んでいた。背もたれに背を預けたその態度は、尊大にしか見えない。
フィアンナの父親が、怒鳴り始めてからライは無言だった。
「誰が座って良いと言った!」
「フィー、悪いな」
そう言ったライの声が違っている。
「仕方がありません。それがあなたですから」
ため息混じりのフィアンナだった。
「何を言っている」
「なに、簡単な事だ。礼儀知らずには、礼儀を尽くさないと言っているだけだ」
ライが見ているのは、フィアンナの父親だけである。
「どっちが礼儀知らずだ!」
「おまえだ」
男を連れて帰っただけでも腹立たしいのに、その男は尊大な態度で礼儀をわきまえない言動をする。父として、また伯爵としても決して許せるようなものではなかった。
ぽんと手を打ったのは若い娘である。
「ねえ、少しいいかしら」
問いかけてくる若い娘にライは顔を向けた。
「初めまして、私はフィーの姉でバーバラと言うの」
言葉と同時にバーバラは軽く頭を下げている。笑顔になったライは、立ち上がって一礼をしていた。
「初めまして。わたしはライ・シドウ。フィーに命を救われました。フィーの姉上にお会い出来て嬉しく思います」
父親に対する態度とは正反対の柔らかい口調である。バーバラの顔が納得したようになった。そして、笑って言う。
「そう言う事だったの」
「バーバラ! 何がそう言う事だ。黙っていろ!」
怒鳴る父親にライが顔を向けた途端、一瞬だけ父親の動きが止まった。
「うるさいぞ。おまえ」
首をかしげてバーバラとライを見ていた若い男が、まさかと言うような顔になる。
「えっと、キミ」
ライの注意を促して続けた。
「初めましてだ。俺はフィーの兄ジェイス。近衛騎士団第三軍を預かっている」
軽く頭を下げるジェイスに、ライも軽く頭を下げていた。
「初めまして、ライ・シドウです。フィーの兄上が軍団長とは知りませんでした。わたしは異邦人です」
初老の女性はニッコリと笑ってしまう。ここまでくれは、判らない訳がなかった。
「異邦の方。私はエンア。フィアンナの母です」
ライの顔に微笑が浮かぶ。
「初めまして、三度名乗ります。ライ・シドウです、バーネット伯爵夫人。お会いできて光栄です」
「どうぞ、お掛けなさいな」
「ありがとうございます」
礼を言ってライは、長椅子に腰を降ろした。今度はゆったりと、くつろいだように楽にしている。
「異邦の方。とても変わった考えをお持ちですね」
「そうでもありません。これはわたし個人が幼い時より教え込まれてきた事です」
「それだと困った事が起こるのでは?」
「仕方がありません。それがわたしですし、人として最低限の礼節だと思っていますから」
「きさまぁ!」
「さっきからうるさいぞ、おまえ。怒鳴るぐらいなら、部屋から出て行け」
「出て行けだとぉ、出て行くのはおまえだ!」
怒鳴る父親にフィアンナは、ため息を付いてライの隣りに腰を降ろした。
「ライ。疲れませんか?」
「疲れますよ」
吐息のような言葉だった。
「まったく、めんどくさい。いいかげんにして欲しいですね」
「では、止めてはいかがです?」
「それができれば、こうはなりませんよ」
「それもそうですね」
「何を和んでいる!」
再びライは立ち上がる。
「伯爵夫人。暴言を吐く事を先に詫びる」
視線はフィアンナの父親に向けたままだった。
「貴族だから敬え。年上だから敬意を払え。そんなふざけた事を抜かす奴に、礼節など必要ない。払う敬意もない。おまえも、たかが伯爵だろう」
暴言どころではない、ライの言葉は侮蔑になる。
「きさま、伯爵家を愚弄するかっ!」
「礼節を知らない者が伯爵とは笑わせる」
「まだ言うかっ!」
怒鳴る伯爵を奥方が一言で止めた。
「あなた」
力のある声に伯爵が押し黙った。
「お解かりになりませんか? なぜ異邦の方にそこまで言われるのかを」
これにはライが驚く。思わずエンアを見て頭を下げた。
「伯爵夫人。重ねてお詫びいたします。申し訳ありません」
「私に詫びるのですか?」
「もちろんです。本来なら、叩き出されても文句が言えないほどの暴言を、わたしは吐いています。それにもかかわらず、伯爵夫人はわたしを叩き出すどころか、ご主人を諌めておいでです」
「自覚はおありですか」
「はい。そうでなければ、暴言など吐く事はできませんので。フィーが優しいのは伯爵夫人の教えの賜物でしょう。わたしは貴族と言う方が、これほど寛大な心を持っているとは知りませんでした。その事も含めて、伯爵夫人にはお詫びします」
「あなたは、そう言う方でしたか」
笑って頷くライに、エンアの口からに吐息のようなものが出る。
「あなた。名乗ってくださいませ」
「おまえまで……」
「いつまで続けるおつもりです。名乗れば終りますわ」
「……マック・バーネット。これでいいのか!」
唸るようにマックはライを睨んでいた。
「四度も名乗らせるな。ライ・シドウだ」
「ぐっう……」
「やれやれですよ。これでやっと話ができます」
「それで、異邦の方」
「伯爵夫人。わたしの事はライと呼んでください。その方が慣れていますので」
「わたしもライと呼んで良いかしら?」
尋ねたのはバーバラだった。
「どうぞ。と言いたいのですが、若い女性が男性を名だけで呼ぶ事に、特別な意味があるのでしたら止めてください」
「特別といえば特別だけど、だめ?」
苦笑のような微笑を浮かべたライである。
「貴女のような美しい方に言われるのは嬉しい事ですが、醜聞になりますので止めていた方が良いと思います」
「あなたとの醜聞なら、私は構わないけど」
「バーバラ」
嗜めるようなエンアだった。
チロリと舌を出したバーバラは笑っている。
「話を戻しましょう」
ライは笑って話を進める事にしていた。
フィアンナと飛龍エンダルアに命を救われた事、成り行きでリソリア城攻防戦に参加した事。そして、行く場所の無い自分をフィアンナが自宅に連れてきた事である。
「わたしはこの地で生まれ育った者ではありません。わたしにとって、この国や他の国々の事は初めて目にし、耳にするものです」
一つ息をついてしまった。
「わたしは行く場所も無ければ、帰る場所もありません。成り行きでこの国に来て、成り行きでここにいます」
「異邦の方。一つだけ尋ねておきたいのですが……」
「どうぞ」
「フィアンナの事は、どこまで知っておられます?」
ため息が出る。
ドレス姿のフィアンナの額には、額飾りが無かった。美しい文様が見えるままにしている。その事を尋ねられているのだと判ってしまった。
「『銀月の乙女』……の事ですか」
少し眼を見張るフィアンナの家族を尻目に、ライは再びため息を付いてしまう。
「名だけしか知りません」
ぽかんとした顔に変ってしまった事に、ライは苦笑するしかなかった。
「フィーはフィーです。わたしにとっては、違う名を持っていたとしても、何が変わるわけではありません」
「判りました、異邦の方。当家の客人として逗留してください」
当の伯爵では無く、奥方のエンアがライに答えていた。バーネット家の力関係がよく判る見本でもあった。
「ありがとうございます。なにせ、身一つでここに来たものですから、放り出されると行く当てもなく、野宿するしかなくなりますので」
こうしてライは、バーネット伯爵家の客人になったのである。
主人であるバーネット伯爵にとっては、腸が煮えくり返るような思いがあったが、奥方や息子達に逆らえるはずも無く認めるしかない。
客人となったライと顔を合わせないようにしていたのはバーネット伯爵だけで、夫人や息子達はライとよく顔を合わせていた。
特に兄のジェイスは軍団長でもあり、変った剣の使い手であるライに手合わせを申し込むのである。軍団長の職務はどうしたと、言いたくなるほど頻繁に顔を出すものだから、ライも困り果ててしまう。
そのライを救ったと言うか、なんと言うか。
ジェイスの相手を逃れた事は確かなのだが、ジェイスとは違った意味で頭を抱えたくなるような事を行ったのは、他ならぬ姉のバーバラだった。
あちらの伯爵家、こちらの子爵家と引張りまわされ、貴族の令嬢が集まるお茶会へと顔を出す羽目になったのである。さらに、その合間を縫ってジェイスは現れ、近衛騎士団へと連れて行くのだった。
だめだと思ったライは、エンア夫人に泣きついてしまう。
「お二人を止めてください。わたしには苦痛でしかありません」
「異邦の方。私はあなたに感謝します。家に寄りつりかなったジェイスまでもが、頻繁に家に戻ってくる。これほど嬉しい事はありません」
嬉しそうに笑うエンア夫人に、ライは何も言えなくなってしまう。
結局。フィアンナが飛龍騎士隊の隊舎へ連れて行く事で難を逃れることになった。
リソリア城攻防戦で見せたライの態度を気に入らないと思いつつも、飛龍騎士達はライの強さと激しさを間近に見てしまっている。そのため、諦め半分で受け入れたのだった。
飛龍エンダルアの背に幾度か乗って、空を翔る楽しさを感じ始めたライにフィアンナは言う。
「ライ。飛龍を持たれませんか?」
エンダルアの鼻先に触れながら、フィアンナはライに笑いかけていた。
「飛龍を、ですか?」
エンダルアを見てしまったライである。
「ええ。そうすれば、いつでも空を翔られますよ」
「それは楽しいかも知れませんが……」
「この国には飛龍の住まう地があります。私がエンダルアと出逢ったのも、その地です」
「そこに行けば飛龍を持てるのですか?」
笑ってフィアンナは首を振った。
「行くだけであれば、誰でも行く事は出来ます。肝心なのは、飛龍に力を示して認められなければならないと言う事です。飛龍も背を預ける相手を選ぶのです」
「認められなければ、どうなりますか?」
あまり考えたくは無い事ではあったが、あるていどの想像は付く。
「運が悪ければ命を落とします」
あっさりと言うフィアンナに、ライはやはりとため息を付いた。
「一つだけ教えておいておきましょう」
フィアンナがエンダルアを一度見上げてから、ライに視線を戻した。
「私たち飛龍騎士が――飛龍騎士を目指す者達もですが――一番初めに教わる言葉があります」
微笑むフィアンナと、真っ直ぐに顔を向けるエンダルアに、ライは不思議な絆のようなものを感じてしまう。
「飛龍は騎士とともにある。心の奥底で繋がる絆を持てば、騎士は飛龍となる」
「良く分かりませんが……」
「意味を考えても理解できないものです。心で感じる事ができなければ、この言葉は何の意味はありません」
「難しいですね」
腕を組んでしまうライに、フィアンナは目を丸くしてしまった。
「それが分かるだけでも、大したものです。多くの者は、言葉の意味を考えてしまいますから」
「そうなのですか?」
尋ねてくるライにフアンナは、はいと頷いてエンダルアを見上げる。
「エンダルアも、そう思うのね」
フィアンナの顔が笑顔に変った。
「それでは大丈夫ですね」
それは会話をしているようにしか見えない。信じられない思いが湧き上がるはずなのだが、ライは逆になるほどと納得してしまう。
「フィー、エンダルア」
ライが声をかけると、同時にライを見た。
思わずため息が出そうになるライである。
「昔話……いえ、違いますね。わたしの国に伝わる物語の中には人の言葉を理解し、人の言葉を話す龍の物語があります。おとぎ話みたいなものですが……」
「そうですか」
「フィーには、エンダルアの声が聞こえるのですね」
「少し違います。エンダルアの声が聞こえるのではなく、心が届くのです」
フィアンナは微笑んでいた。
「飛龍を持たない者には分からない感覚ですね、それは」
「はい、そうです。どんなに言葉で伝えても、飛龍と心を通わせられなければ、理解は出来ません」
「そう、でしょうね……」
ライはエンダルアを見上げてしまう。
真っ直ぐに見てくるエンダルアの瞳は、知的で恐ろしさを感じさせなかった。
可笑しなものだと思う。
飛龍のような生き物が生きているのに、魔法と呼ばれるような不思議な力が存在しなかった。龍と魔法は一揃いと思っていたのである。
ライが飛龍を見て驚かなかったのは、人外の者の存在を知っていたからだった。元々、人外の者や人にあらざる物を封じ滅する事を、生業としてきた一族の一人である。そのために学んだのが剣技だった。それが役に立つとは、思ってもいなかった事である。
人の言葉を話す人外の者にも出会った事もあり、飛龍を見たぐらいでは、驚くような事ではなかった。
と、フィアンナが驚いたようにエンダルアを見上げる。
「エンダルア……」
飛龍の名を呟いてしまうフィアンナに、何だろうとライは首を傾げてしまった。
「ライ!」
呼ぶ声に振り返ると、少女を連れたケイオスが近付いて来る。
「王宮に来ているのにもかかわらず、俺に顔を見せないとはどういう了見だ?」
「わたしが簡単に会いに行くようでは、王子の顔を潰す事になりますよ」
「ほう、なぜだ?」
「どこの馬の骨とも知れないような者と、気軽に会うようでは王子が軽んじられる事になります。とりあえず、わたしは王子の顔を潰す気は、まったくありませんので」
「なかなか、殊勝な心がけだな」
「王子。顔を潰すつもりなら、わたしは徹底的にやりますよ。それこそ、王子であろうが王さまであろうが、相手を気にする事はまったくありません。ところで、わたしに何か用ですか?」
先に進まないと思ったライは、用向きを尋ねていた。
「妹を紹介しておこうと思ってな」
そう言うとケイオスは隣の少女を見る。
「この男がライ・シード。よく分からない奴だ」
「酷くないですか?」
「どこがだ。で、妹のクリスティだ」
「クリスティよ。異国の方」
本来あるべきではないが、クリスティは先に名乗っていた。ケイオスに言い含められていたと想像がついたライは、頭を下げている。
「先に名乗らせてしまった非礼をお許し下さい。ライ・シドウです、クリスティ王女」
「ちょっと待て。おまえ、俺の時と全然態度が違うぞ」
「それはそうです。女性に暴言など言いたくはありません」
ライは、何を当たり前の事をと言うようにケイオスを見ていた。
「おまえ、男と女で態度を変えるか」
「王子は違うのですか?」
反対に問い返されたケイオスが言葉に詰まる。
「同じ事です」
「まあいい。で、もう一つ。今夜の戦勝会には、おまえも出ろ」
「はぁ?」
「はぁ、じゃない。夕刻にはエンパートも登城する」
「待ってください。なぜわたしが出なくてはならないのです?」
「恩賞と功績を称えるからな。今回の一番の功労者はおまえだ。主役がいなくては話にはならんだろう」
「王子。わたしの功績は、王子に対する暴言で相殺になったはずですが」
「あの場はな。それでも、一番の功労者がおまえである事は間違いない」
「王子の配下が納得しませんよ」
「俺やエンパート、それにフィアンナまでが、父王に進言しているからな。父王は、おまえにも恩賞を与えるべきだと考えている」
「どうあっても、わたしに出ろと?」
物凄く嫌そうなライに、ケイオスは笑っていた。
「どうした?」
「苦手なんです。堅苦しい事は」
「着飾ったご婦人が多く来るぞ。おまえを見初めるご婦人も出てくるかもな」
楽しそうに笑うケイオスと、ため息をついたライである。
「王子。ただでさえわたしの容姿は物珍しいはずです。見世物になってしまうのは間違いありませんよ」
「それは言えるわ」
頷いたクリスティだった。
「それだけではありません。絶対に王さまに無礼をはたらいてしまいます」
「おう。自覚があるのなら、気をつけてくれ」
「王子……」
頭を抱えたくなったライである。
まあとケイオスは笑った。
「腹が立つような奴は、遠慮なくやり込めてしまえばいい」
「戦勝会を潰しても良いのですか?」
「腹が立つような奴を、おまえがそのままにするか?」
「何を叩きつけているのです」
「別に叩きつけてはいないぞ」
実に楽しそうなケイオスに、クリスティの眼が丸くなった。
兄のこの物言いと態度は、よほど気に入った者にしか見せない。この異国の男を兄が気に入っていると言う事に他ならないのだ。
「それにな。俺が何もしなくても、揉め事は向こうからやってくる」
「何ですか、それは」
「出れば分かる。出ればな」
ケイオスの態度に引っ掛かるものを感じたライは、王子と呼んでフィアンナ達から離れて行く。
「何を企んでいるのです?」
「何も企んではない」
「王子。わたしは利用されるのは御免ですよ」
「俺のために利用する気はない。それこそ、そんな事をすればおまえが、どんな態度を取るのかは理解しているつもりだ。ただ、おまえを見ると揉め事は起こるだろうな」
「楽しんでいませんか?」
「楽しみにしている」
笑うケイオスにライは、ため息しか出なかった。