第22話 エピローグ
グラディア王都に戻る途中でケイルとシーリィを出迎えたのは、単騎駆けのフィゲルであった。
「生きた心地がしなかったではないか。ケイルどの、シーリィどの」
「すみません。フィゲル将軍」
「まあ、無事なら良い。それで、どうなりました?」
「ゼンア騎士団は、撤退する事になりました」
「そうか、よくやってくれました。改めてお二人には、礼を申し上げる」
馬上でフィゲルは頭を下げていた。
「将軍。礼には及びません。私の招いた事でもありますから」
「わたしは、何もしていませんよ」
二人して首を振っていた。
王都内に戻った時、ケイルは馬から滑り落ちてしまう。
「ケイル!」
「ケイルどの!」
瞬間的にシーリィが、馬から飛び降りていた。少し遅れたフィゲルである。
「ケイル。どうしたの?」
顔を上げるケイルの瞳に怯えがあった。
「どうでしたか?」
そう声をかけてきたのはライである。傍にはフィアンナがいた。
「師匠……わたしは……怖いです……」
昔、初めて師の剣技を目にした時と、初めてカタナを手にした時と、同じ言葉が口から出る。
「覚えておきなさい。今、あなたの心にあるものが『ミカズキ』です」
ケイルは震える身体を押さえつけて、ゆっくりと立ち上がった。その姿を見て、ライは微笑んでいる。
「ケイル。わたしが、あなたに教える最後の事は一つだけです」
シーリィとフィゲルは口を挟めなかった。いや、挟んではいけない何かを、ケイルとライの間に感じていた。
「あなたは、どうしたいのですか?」
はっとケイルはライを見る。
「わたしは……わかりません……」
首を振ってケイルは、自分の手を見ていた。
「伯父上の言うように、思い知りました……『ミカズキ』は、人の振るう剣ではありません。『ミカズキ』は、飛龍さえ葬る剣で……」
「ケイル。それが分かれば十分ですよ」
ケイルが顔を上げると、ライは頷く。
「その怖さを忘れない事です」
「はい」
話が終わったと感じたシーリィが、支えるようにケイルの腕を取っていた。
「大丈夫なの?」
「まだ、衝撃が抜けていないですが……とりあえずは」
シーリィに頷き返してケイルは、ライをみて言う。
「ゼンア騎士団は、撤退を始めます。ゼンア騎士団のビイザ将軍も納得されました」
「でしょうね。今のあなたとレイダールなら、一万程度の騎士団が相手でも、負ける事はありませんから」
「後は、シルビア王女の判断になります」
「ケイル?」
話が見えなかったシルビアが、首を傾げていた。
「グラディアをどうするか、ですよ」
「ナセルに降れ。そう言うの?」
「いいえ」
「ケイル?」
「国に囚われなくとも、グラディアを残す方法もある、と言う事です」
「ひどい人ね。ナセルに降れと言っているのと同じよ」
「すみません……」
「シルビア殿下」
ケイルが頭を下げると、シーリィがシルビアを呼んでいた。
「私がナセルとの交渉を、責任を持って行います」
「元はあなたが、起こした事です。ケイルの奥方でも、その責任は取ってもらうわ」
「心得ています」
「……」
ため息がシルビアの口から洩れてきた。
分かっていた事だが、グラディア王国はなくさなければならない。
今のまま存続できたとしても、すぐにまた同じ事が起きるはずだった。それなら民のためにも、他国にグラディアを高く売りつけなければならない。
そのための交渉に、うってつけの者が目の前にいた。これを幸運と言うべきか、悩むところである。
ゼンア騎士団が撤退を始めた翌日、シグ率いる銀月の騎士団が、グラディア王都に到着した。
すでにゼンア騎士団が撤退した後と知ったシグは、肩を落としていたがケイルの妻であるシーリィに会うと顔を綻ばせる事になった。そんなシグに溜め息をついて首を振ったのはサラである。
銀月の騎士団に遅れる事半日、多少の落伍はあったものの、国境に布陣していたグラディア騎士団が、王都に戻ってきた。王都内の戦闘の跡を見て唸り、撤退したゼンア騎士団に呪詛の言葉を投げつけていたのである。
この後、グラディア王国は他国からの侵攻を、自国だけでは抑えられないと言う名目で、渋々ながらナセル王国へ併合される事となった。
その交渉の席で、シーリィがシルビアの意向を受けて、ナセル王国の交渉団をやりこめて、グラディアに有利になるように交渉を進めたのは言うまでもなかった。
そしてケイルは、銀月の騎士団に復帰する事もなく、新たに編成されたグラディア騎士団の団長に抜擢されたのである。
隣には、剣を振るえない飛龍騎士となったシーリィが常に寄り添っていたのだった。
ライとケイルの物語がクナーセル編第1部になります。そして、第1部はこれで終わりになります。




