第21話
「ビイザ将軍にお話があります。取り継いでください」
白旗も無くグラディア王都から来た男女に、戸惑いがゼンア騎士団の中で起こる。ざわめきの中、奥からビイザがその姿を見せた。
「何の用だ」
「降伏勧告にまいりました。ビイザ将軍が無能者でなければ、受け入れて頂けると思っております」
「言ってくれるものだな、小娘」
「まだ、わたしを小娘と、侮りますか。ビイザ将軍」
シーリィの声質が変わる。硬質な男の声のようだった。
「小娘……」
言いかけたビイザは気が付く。この瞳と声に覚えがある。
「おまえは……」
「ケイル・シードがグラディアに来た事で、ゼンアの計略は失敗に終りました。ビイザ将軍、グラディアの城門が落とされた時点で、その事に気が付くべきでしたね。そして、交渉など受けずに、撤退をするべきでした」
シーリィは城壁の傍で、くつろいでいるような飛龍達を見てからビイザに言った。
「ナセルの飛龍騎士が、グラディア王都の城壁の前にいる限り、ゼンア騎士団が攻城戦を仕掛ける機会はありませんよ」
ビイザは奥歯を噛み締める。全てシーリィの言う通りだと、今の状況では納得するしかなかった。
言われなくとも、飛龍が現れた事で騎士達は動揺している。今は抑えられているが、いつまで続くか分からなかった。
「二日もすれば、ナセルの銀月の騎士団が到着する事でしょう。そうなれば、退路を絶たれて撤退もままならなくなります」
ビイザが懸念していた事を、シーリィは口にする。
「シーリィ。なぜ、二日と思ったのですか?」
ケイルが口を挟んでいた。
「ケイル。銀月の騎士団は、飛龍隊と騎馬隊で構成されている事は、誰でも知っている事です。その進軍速度が異様に速いと言う事も。飛龍隊が先行して撹乱と足止めをして、騎馬隊が後背を突き崩す。わかっていても、防ぐ事は難しい戦術です」
溜め息のようなものが、シーリィの口から洩れている。
「他国に伝わる『漆黒に騎士』とも『黒衣の騎士』と呼ばれる騎士は、夜色の髪と瞳を持つ二人の騎士の事でしょう。たぶん、ケイルのお父さまが『漆黒の騎士』と呼ばれる人で、飛龍騎士隊を率いているはず。もう一人『黒衣の騎士』と呼ばれる人が騎馬隊を率いているのでしょう」
違いますかと、シーリィはケイルを見た。
「やはり、あなたは頭のいい女性です。二人いるとは、思っていない国が多いですから。それにしても、良くわかりましたね」
「単純な事なのよ。二通りの呼び名、噂が一定していない事、物静かで柔らかい口調と激しく雑な言葉使い。反する噂が聞こえてきたから。一人とはどうしても思えなかった」
「きさまは、キリアか!」
洞察力と推測の鋭さが、ビイザに思い出させた。
「祖国を裏切り、祖国の騎士を数多く死なせたのか!」
一瞬にしてビイザが激怒して、腰の長剣を引き抜く。対したのはケイルである。
カタナを引き抜いて、ビイザを牽制してするために動いていた。
「よくもたばかってくれたものだ。裏切り者め」
瞬間、討ちかかってくるビイザの長剣をケイルが受け止める。
「小僧が!」
ビイザの剣は剛の剣と言えた。討ちかかる剣の重みは、ケイルのカタナを押し込んでいく。
「ぐっ……」
押されたケイルは、長剣を横に流していた。流された長剣をビイザは、回してさらに討ちかかっている。
一振りごとに、重くなって行く事にケイルは舌を巻く思いである。
「将軍!」
突然戦闘を始めたビイザに、周りにいた騎士達が長剣を引きぬいている。
「逃すな! 裏切り者だ!」
ビイザの檄が飛ぶと、さらにケイルを囲む騎士の数が増して行く。
「ケイル! 飛龍を!」
「だめです!」
反射的にケイルは叫んでいる。ゼンアを撤退させるには、飛龍を使わない方がいいと思っていた。
この場は自分だけの力で、切り抜けないとならないと直感的に理解する。
「できるか……」
思わず口から出ていた。
出来なければ、死ぬのは自分だけでない、シーリィも一緒に死ぬ事になる。知らずと負けられないと言う思いは強くなっていた。
ケイル達の窮地を見て取ったフィゲルが、単騎駆けで城門から飛び出している。
「ライ!」
「まだ、だめです。ケイルにとっては、ここが正念場のはずです」
拳を握るライは、フィアンナを見て言う。
ビイザに押されるケイルは、ひとまずビイザをいなしてからシーリィに向かう騎士に向かった。
受けたカタナが中ほどから折れ飛ぶ。
ビイザの剛剣を受け続けたカタナが、耐えきれなかった。好機と誰もが思う中、シーリィは笑っている。その笑みはケイルに対しての、絶大なる信頼の表れだった。
折れたカタナでも、戦えない事はないとケイルは知っている。間合いが届かなければ、届くまで踏み込んでいけばいい事だ。
その通りに、ケイルは踏み込んで行く。
その動きにゼンア騎士達が翻弄された。
ケイルは一時も足を止めずに動き回る事で、ゼンア騎士の追撃をかわしていた。元々、一対多の戦闘に慣れていたケイルにとって、間合いが短くなったとしても、その分踏み込んで行けばいい事だと思っている。
が、途中から無いはずの切っ先で、ゼンア騎士達の長剣を受け流していた。
「これは……まさか……」
ケイル自身も驚いていた。
「そう、言う事か……」
ケイルは足を止める。
シーリィをその背に護り、笑みを浮かべてビイザを見ていた。折れたカタナを投げ捨て、カタナの柄を握る。
『深く強く思いを載せ一点に。さすれば全てを打ち砕く刃、いずる』
言葉は、心の奥底に刻みつけられていた。
『其の銘はミカズキ』
右手に握る柄から、いつのまにか白銀の刃が伸びている。
ケイルの足が一歩踏み込まれ、カタナが振り下ろされた。目の前で楯を掲げたゼンア騎士が、盾ごと左腕を切り飛ばされる。
さらにケイルが、ゼンア騎士達へ踏み込んでカタナを振ると、受け止める事も出来ずに切り伏せられて行く。
盾さえ、剣さえも切り裂くカタナ。
銘を『ミカズキ』と言う。
ケイルは、恐ろしさを感じていた。これは人の振るう剣ではない。これは飛龍さえ葬るものだと分かった。
盾でも防げないカタナに、ゼンア騎士達は動きを止めていた。ゼンア騎士が動きを止めた事で、ケイルも立ち止まってミカズキの切っ先を下げる。
ケイルの前に、ビイザは怯えと悔しさが同居した顔で立っていた。
「どうします。ビイザ将軍」
自身の怖さに、声が震えそうになるケイルである。この力は、無闇に振るうべきものではない事だけは理解していた。
「今のわたしなら、飛龍とわたしなら一万の軍勢など蹴散らせますよ」
その通りだとビイザは、納得してしまう。防ぎようが無い剣を振るう者と、脅威たる飛龍。一方的な戦闘になる事は、誰にでも理解出来る事だ。
奥歯を噛み締めたビイザは、長剣を投げ捨てると言う。
「投降しよう」
その言葉で、まわりの騎士達も長剣を投げ捨てていた。
「ありがとうございます。ビイザ将軍」
ほっとしたように、シーリィは息をついていた。
「では、将軍。速やかに陣を引き払って撤退してください」
「なに?」
「聞こえませんでしたか? 速やかに撤退してください。グラディアは、追撃する事はないでしょう。また、ナセルの飛龍騎士達もこの場より動かしません」
「情けをかける。と言う事か」
「違います。グラディアが篭城戦をおこなった事で、ゼンアの計画は失敗に終りました。これ以上の損失は不要です」
シーリィはケイルを振り返ると続けていた。
「これで、いいですね。ケイル」
「ええ。わたし達の目的はゼンア騎士団の殲滅ではなく、撤退ですから」
「ケイル?」
どこかぎこちなさを感じさせるケイルに、シーリィは首を傾げそうになる。
「なんでもありません」
「そうですか……」
今は問い質すべきではないと、シーリィは理解した。
「ビイザ将軍。騎士団を撤退させるのに、一日の猶予を差し上げます。その間に撤退を始めてください」
無言で見てくるビイザに、シーリィは言う。
「あと一日で、銀月の騎士団がここに到着するはずです。そうなれば撤退どころではなくなりますので」
ではと、シーリィはビイザに頭を下げると、ケイルを促して背を向けた。
馬に乗り、王都へ戻って行くシーリィとケイルを見送っていたビイザは、騎士団の陣を振り返ると命令を下した。
「全軍、撤退する」
速やかにその命令は、ゼンア騎士団に浸透して行くと、騎士達は陣払いを始める。




