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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第2章 ともに歩は 飛龍の騎士
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第12話


「呆れた人ね……」


 半ば感心したように、ディアナは呟いてしまった。

 見ている内にケイルは、城壁の内側へと消える。潜んでいた影からディアナは姿を現すと、ケイルの後を追って城壁を登って行った。

 王宮内に降り立ったケイルは、左右を見る間もなく数人の女騎士に囲まれる。


「何者!」


 誰何の声と共に長剣を抜き放つ女騎士達に、ケイルは息を吐いて一歩前に出ていた。


「取り押さえろ」


 言うが早いか、女騎士達はケイルに討ちかかっている。

 振り落ちてくる長剣を見ることもなくケイルは、足を踏み込んで長剣を持つ手を掴むと身体を廻して、女騎士を背負うように投げ飛ばした。

 背中から落ちた女騎士は、呻いて起き上がれずにいる。あっさりと体術で一人を行動不能にしたケイルに、女騎士達の足が止まっていた。

 そして、ケイルの腰に吊るされている剣を見て、首を傾げそうになっている。

 長剣より細く、細剣よりは太い。見た事もない剣だった。その剣を抜かずに、体術で行動不能にした腕前を警戒したのである。


「あそこにシルビアがいますね」


 確認ではなく宣言に聞こえた。


「殿下を狙う者か」

「違います。シルビアに聞き忘れていた事がありましたので、聞きにきたんです」


 戸惑いが、女騎士達の間に走る。

 同じようにディアナも、頭を抱えたい思いが湧き上がってきた。


「何を考えているのよ。あの人は……」


 何度目かはわからない、溜め息をディアナはついてしまう。

 新たな足音が近付いてきた。

 その人物はケイルの姿を見ると、驚いたように足を止める。


「生きて、いたのか……」

「久しぶりですね。グレイス」

「どうして……そんなにあっけらかんとしている」


 唸るように言うグレイスに、ケイルは首を傾げた。


「隊長。この男を知っておられるのですか」


 女騎士の一人が尋ねている。


「私が殺した男だ」

「え?」

「なのに、生きている。ふざけた男だ。あの時も言ったが……」


 グレイスはケイルを見て、腰を少し落としていた。


「あなたは、危険だ」

「どこがです。わたしはシルビアやあなたに、答えを聞いていません。だから聞きにきたんですよ。さすがに正面からは、無理があるので忍び込みましたが」

「今更、何を答えろと言う! お前達は手をだすな。この男は強い」


 後半は配下の女騎士に向けてである。


「簡単ですよ。グレイス」


 ケイルは、グレイスを真直ぐ見て尋ねた。


「あなたは、どうしたいんです?」


 その問いかけはケイル自身にも問いかけている言葉であり、その答えをケイルはすでに知っていた。


「決まっている! シルビアさまをお守りする! それが私の望みだ!」


 銀光のグレイス。その名の通りの凄まじく速い剣速が異名となった事に由来する。

 他の追従を許さないはずが、踏み込みでケイルに遅れを取った。


「グッ……」


 柄で鳩尾を一撃され、膝を付いたグレイスはケイルを見あげる。


「なぜ、私より……」

「迷いがあるから遅いんですよ」

「あなたは、迷わないとでも言うのか!」

「迷いますよ。ですが、カタナを振るう時は迷いません。迷うぐらいなら、カタナは振るわない」

「やはりあなたは、危険だ……」

「で、どうします。配下を私にかしかけますか」

「止めておこう。無駄に死なせる訳にはいかない」

「よかった。騎士とは言え、女性を戦場でもないところで斬る事は、あまり気持のいい事ではありませんから」


 グレイスはゆっくりと立ち上がると、どこか吹っ切れたようなさばさばとした顔だった。


「ケイル。シルビアさまに、お会いになるか」

「そのために来たのですが……」

「案内しよう」

「お願いします。グレイス」


 頭を下げるケイルに、グレイスは呆れたように笑ってしまう。


「もっと違う出逢いなら……」

「はい?」

「私は、あなたに惚れていたのかも知れないな」

「へ?」


 一瞬、ケイルの動きが完全に止まった。そればかりか、回りの女騎士達の動きまでが凍り付いていた。


「おかしいか?」

「おかしくはありませんが……もったいな事をしたわけですか、わたしは」

「そうだ。残念だろ」

「大いに残念です」

「くっくっく。そう言えるあなただから、危険だと思った」

「そうなんですか。わたしは物凄く損をした気がしてきました」


 再び歩き始めたケイルとグレイスである。その後を慌てたように女騎士達が追いかけて行く。

 一人頷いたのは、影に潜んでいたディアナである。

 グレイスの気持がよく分かるとでも、言いたそうに頷いていた。

 惹きつける何かを持っているのに、本人の行動がそれを否定している。いや、ついていけないと思わせてしまうのだ。もしついていける者がいるとしたら、それは策略家ぐらいではないかと思う。


 離宮の一室でケイルは、シルビアと再会を果たした。


「生きて……」

「はい、足はちゃんとあります」

「馬鹿! 生きているのなら、なぜ連絡をしなかったの。酷いわ!」


 王女である事を、忘れているような感情の表れだった。


「すみません。動けるようになったのは、今日になってからでしたので、連絡が出来なかったんです」

「本当に生きているのね、ケイル」

「はい。危うく死人になりかけましたが、まだ死人ではありません」


 ゆっくりとシルビアはケイルに近付くと、壊れ物を触るように頬に触れる。暖かな温もりは確かに、生きてる事に他ならない。


「ケイル。グレイスを許してください。グレイスは……」


 ケイルは首を振ってシルビアの言葉を止めた。


「済んだことです。それに、わたしが間抜けだった事です。そして、わたしは生きてます」

「……」


 ケイルから少し離れてシルビアは顔を伏せると、力のない声でいう。


「私はやはり無力でした。誰一人として、私の味方にする事が出来ませんでした……」

「それは、おかしいですね」


 シルビアの顔が上がって、ケイルを見た。


「グレイスは、味方ではないのですか?」


 シルビアの顔が困惑したようになる。それにかまわずケイルは続けていた。


「味方とはいえませんが、敵対しないわたしもいますが?」

「ケイル?」

「あなたを守ろうとする者は、今あなたの傍にいますよ」

「あなたは……」


 ケイルが何を言いたいのか、理解したシルビアがケイルに言う。


「味方とは言ってくれないのですか?」

「すみません。わたしはグラディアの人間ではないので、ナセルと戦争になりかけている状況では味方とはいえません」

「それも、そうですね……」


 少し肩を落としたシルビアだった。


「シルビア。わたしがあなたに会いに来たのは、聞きたい事があるからです」


 シルビアの顔が、ケイルを見る。


「あなたは、どうしたいのです?」

「ナセルとの戦争を止めたい。今のまま戦争になっても、グラディアに勝ち目はない。このままでは、グラディアは滅ぶ……なのに、母である女王も宰相も話を聞いてくれません。グラルに踊らさせている事を見ようともしないのです。私はグラディアが滅ぶのを見たくはない」

「残念ですが、グラディアは滅びます」

「ケイル!」

「ナセルに滅ぼされるか、ゼンアに滅ばされるかの違いでしかありません」


 冷たい言葉が、ケイルの口から出てくる。

 瞬間的にシルビアはケイルに詰め寄っていた。


「どう言う事ですか!」

「王都より三日ぐらいの場所に、ゼンアの騎士団がいます。グラディアの兵力のほとんどが、ナセルとの国境付近に展開しているこの時期に、です。あなたは、ゼンアの騎士団をグラディアの援軍と見ますか?」


 見れるわけがなかった。

 援軍などと言う話は一つも出ていない。それ以前に、ゼンアの騎士団がグラディア国内にいる事が信じられなかった。

 だから、シルビアだけでなく、グレイスさえもが声も出せずにケイルを見てしまう。二人の顔は信じられないと言っている。


「まさか……」

「残念ながら事実です。三日もすれば、王都近くまで来るでしょう」


 動けなくなったシルビアとグレイスに、ケイルは溜め息をついてしまった。


「なにもしないのですか?」

「なにって、何をすればいいの……」

「女王に会いましょう」

「会って、どうすると言うの。母は……私の話など聞いてはくれません」

「だから、見ているだけですか。グラディアが滅ぶのを。グラディアを救いたいと言うのは、口先だけですか」

「違う! 国が滅ぶのを、誰が見たいと思いますか!」

「では、行きましょう」


 ケイルはシルビアの手を取ると歩き出した。


「ケ、ケイル……いったい……」

「ここで何を言っても、意味はありません。なら、多くの人がいる前で言うべきです」

「ですが……」

「何もならないかも知れません。でも、何もしなければ、あなたは一生後悔を抱えるはずです。あの時、こうしていれば。と」

「……」

「出来る事をやりましょう。出来ない事は、誰にも出来ないのですから」


 シルビアに言いながらもケイルは、自分にも言える事だと思っていた。

 師であり父でもあるライに、言われた足りないものが、何かまだわかっていなかった。

 だからと言って、ケイルは何もしないよりも、自分にできる事をするべきだと考える。

 それが正しい事なのか、間違った事なのかは重要ではない。自分にとって、そうすべき事なら行動する。

 それがケイル・シードと言う若者であり、よく分からない人と言われるゆえんだった。



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