第12話
「呆れた人ね……」
半ば感心したように、ディアナは呟いてしまった。
見ている内にケイルは、城壁の内側へと消える。潜んでいた影からディアナは姿を現すと、ケイルの後を追って城壁を登って行った。
王宮内に降り立ったケイルは、左右を見る間もなく数人の女騎士に囲まれる。
「何者!」
誰何の声と共に長剣を抜き放つ女騎士達に、ケイルは息を吐いて一歩前に出ていた。
「取り押さえろ」
言うが早いか、女騎士達はケイルに討ちかかっている。
振り落ちてくる長剣を見ることもなくケイルは、足を踏み込んで長剣を持つ手を掴むと身体を廻して、女騎士を背負うように投げ飛ばした。
背中から落ちた女騎士は、呻いて起き上がれずにいる。あっさりと体術で一人を行動不能にしたケイルに、女騎士達の足が止まっていた。
そして、ケイルの腰に吊るされている剣を見て、首を傾げそうになっている。
長剣より細く、細剣よりは太い。見た事もない剣だった。その剣を抜かずに、体術で行動不能にした腕前を警戒したのである。
「あそこにシルビアがいますね」
確認ではなく宣言に聞こえた。
「殿下を狙う者か」
「違います。シルビアに聞き忘れていた事がありましたので、聞きにきたんです」
戸惑いが、女騎士達の間に走る。
同じようにディアナも、頭を抱えたい思いが湧き上がってきた。
「何を考えているのよ。あの人は……」
何度目かはわからない、溜め息をディアナはついてしまう。
新たな足音が近付いてきた。
その人物はケイルの姿を見ると、驚いたように足を止める。
「生きて、いたのか……」
「久しぶりですね。グレイス」
「どうして……そんなにあっけらかんとしている」
唸るように言うグレイスに、ケイルは首を傾げた。
「隊長。この男を知っておられるのですか」
女騎士の一人が尋ねている。
「私が殺した男だ」
「え?」
「なのに、生きている。ふざけた男だ。あの時も言ったが……」
グレイスはケイルを見て、腰を少し落としていた。
「あなたは、危険だ」
「どこがです。わたしはシルビアやあなたに、答えを聞いていません。だから聞きにきたんですよ。さすがに正面からは、無理があるので忍び込みましたが」
「今更、何を答えろと言う! お前達は手をだすな。この男は強い」
後半は配下の女騎士に向けてである。
「簡単ですよ。グレイス」
ケイルは、グレイスを真直ぐ見て尋ねた。
「あなたは、どうしたいんです?」
その問いかけはケイル自身にも問いかけている言葉であり、その答えをケイルはすでに知っていた。
「決まっている! シルビアさまをお守りする! それが私の望みだ!」
銀光のグレイス。その名の通りの凄まじく速い剣速が異名となった事に由来する。
他の追従を許さないはずが、踏み込みでケイルに遅れを取った。
「グッ……」
柄で鳩尾を一撃され、膝を付いたグレイスはケイルを見あげる。
「なぜ、私より……」
「迷いがあるから遅いんですよ」
「あなたは、迷わないとでも言うのか!」
「迷いますよ。ですが、カタナを振るう時は迷いません。迷うぐらいなら、カタナは振るわない」
「やはりあなたは、危険だ……」
「で、どうします。配下を私にかしかけますか」
「止めておこう。無駄に死なせる訳にはいかない」
「よかった。騎士とは言え、女性を戦場でもないところで斬る事は、あまり気持のいい事ではありませんから」
グレイスはゆっくりと立ち上がると、どこか吹っ切れたようなさばさばとした顔だった。
「ケイル。シルビアさまに、お会いになるか」
「そのために来たのですが……」
「案内しよう」
「お願いします。グレイス」
頭を下げるケイルに、グレイスは呆れたように笑ってしまう。
「もっと違う出逢いなら……」
「はい?」
「私は、あなたに惚れていたのかも知れないな」
「へ?」
一瞬、ケイルの動きが完全に止まった。そればかりか、回りの女騎士達の動きまでが凍り付いていた。
「おかしいか?」
「おかしくはありませんが……もったいな事をしたわけですか、わたしは」
「そうだ。残念だろ」
「大いに残念です」
「くっくっく。そう言えるあなただから、危険だと思った」
「そうなんですか。わたしは物凄く損をした気がしてきました」
再び歩き始めたケイルとグレイスである。その後を慌てたように女騎士達が追いかけて行く。
一人頷いたのは、影に潜んでいたディアナである。
グレイスの気持がよく分かるとでも、言いたそうに頷いていた。
惹きつける何かを持っているのに、本人の行動がそれを否定している。いや、ついていけないと思わせてしまうのだ。もしついていける者がいるとしたら、それは策略家ぐらいではないかと思う。
離宮の一室でケイルは、シルビアと再会を果たした。
「生きて……」
「はい、足はちゃんとあります」
「馬鹿! 生きているのなら、なぜ連絡をしなかったの。酷いわ!」
王女である事を、忘れているような感情の表れだった。
「すみません。動けるようになったのは、今日になってからでしたので、連絡が出来なかったんです」
「本当に生きているのね、ケイル」
「はい。危うく死人になりかけましたが、まだ死人ではありません」
ゆっくりとシルビアはケイルに近付くと、壊れ物を触るように頬に触れる。暖かな温もりは確かに、生きてる事に他ならない。
「ケイル。グレイスを許してください。グレイスは……」
ケイルは首を振ってシルビアの言葉を止めた。
「済んだことです。それに、わたしが間抜けだった事です。そして、わたしは生きてます」
「……」
ケイルから少し離れてシルビアは顔を伏せると、力のない声でいう。
「私はやはり無力でした。誰一人として、私の味方にする事が出来ませんでした……」
「それは、おかしいですね」
シルビアの顔が上がって、ケイルを見た。
「グレイスは、味方ではないのですか?」
シルビアの顔が困惑したようになる。それにかまわずケイルは続けていた。
「味方とはいえませんが、敵対しないわたしもいますが?」
「ケイル?」
「あなたを守ろうとする者は、今あなたの傍にいますよ」
「あなたは……」
ケイルが何を言いたいのか、理解したシルビアがケイルに言う。
「味方とは言ってくれないのですか?」
「すみません。わたしはグラディアの人間ではないので、ナセルと戦争になりかけている状況では味方とはいえません」
「それも、そうですね……」
少し肩を落としたシルビアだった。
「シルビア。わたしがあなたに会いに来たのは、聞きたい事があるからです」
シルビアの顔が、ケイルを見る。
「あなたは、どうしたいのです?」
「ナセルとの戦争を止めたい。今のまま戦争になっても、グラディアに勝ち目はない。このままでは、グラディアは滅ぶ……なのに、母である女王も宰相も話を聞いてくれません。グラルに踊らさせている事を見ようともしないのです。私はグラディアが滅ぶのを見たくはない」
「残念ですが、グラディアは滅びます」
「ケイル!」
「ナセルに滅ぼされるか、ゼンアに滅ばされるかの違いでしかありません」
冷たい言葉が、ケイルの口から出てくる。
瞬間的にシルビアはケイルに詰め寄っていた。
「どう言う事ですか!」
「王都より三日ぐらいの場所に、ゼンアの騎士団がいます。グラディアの兵力のほとんどが、ナセルとの国境付近に展開しているこの時期に、です。あなたは、ゼンアの騎士団をグラディアの援軍と見ますか?」
見れるわけがなかった。
援軍などと言う話は一つも出ていない。それ以前に、ゼンアの騎士団がグラディア国内にいる事が信じられなかった。
だから、シルビアだけでなく、グレイスさえもが声も出せずにケイルを見てしまう。二人の顔は信じられないと言っている。
「まさか……」
「残念ながら事実です。三日もすれば、王都近くまで来るでしょう」
動けなくなったシルビアとグレイスに、ケイルは溜め息をついてしまった。
「なにもしないのですか?」
「なにって、何をすればいいの……」
「女王に会いましょう」
「会って、どうすると言うの。母は……私の話など聞いてはくれません」
「だから、見ているだけですか。グラディアが滅ぶのを。グラディアを救いたいと言うのは、口先だけですか」
「違う! 国が滅ぶのを、誰が見たいと思いますか!」
「では、行きましょう」
ケイルはシルビアの手を取ると歩き出した。
「ケ、ケイル……いったい……」
「ここで何を言っても、意味はありません。なら、多くの人がいる前で言うべきです」
「ですが……」
「何もならないかも知れません。でも、何もしなければ、あなたは一生後悔を抱えるはずです。あの時、こうしていれば。と」
「……」
「出来る事をやりましょう。出来ない事は、誰にも出来ないのですから」
シルビアに言いながらもケイルは、自分にも言える事だと思っていた。
師であり父でもあるライに、言われた足りないものが、何かまだわかっていなかった。
だからと言って、ケイルは何もしないよりも、自分にできる事をするべきだと考える。
それが正しい事なのか、間違った事なのかは重要ではない。自分にとって、そうすべき事なら行動する。
それがケイル・シードと言う若者であり、よく分からない人と言われるゆえんだった。




