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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第2章 ともに歩は 飛龍の騎士
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第11話


 オディス家の屋敷の門で、ケイルはシーリィとテイガンを前にして頭を下げていた。


「お世話になりました。この数日は、私にとって十分な休養になったようです」

「それはよかったです」

「剣は必要ないのかな。必要なら、すぐにでも用意するが?」

「わたしに必要な剣は、ここでは手に入りませんから」


 笑って首を振るケイルである。


「また、会えますか」

「会えるでしょう」

「本当に?」

「間違いなく」


 確信を持って答えるケイルに、シーリィも笑って頷いていた。


「私も、そう思います」


 その時は、と言う言葉はお互いに不要だった。

 頭をもう一度下げてから、ケイルは二人から離れて行く。

 その後姿を見送ったシーリィは、楽しそうな顔だった。不思議の思ったテイガンが尋ねていた。


「行かせて良かったのですか?」

「私に止めておく術はありません」

「口説き落とせなかった。と言う事ですか」

「どうでしょうね」


 微笑んでシーリィはテイガンを振り返る。


「シーリィ、さま?」

「テイガン。国を捨ててもいいかな?」

「は?」


 慌てたようなテイガンに、シーリィは声を上げて楽しそうに笑い出した。








 一方、ケイルはオディス家を後にして、王都の雑踏に紛れて酒場を探していた。武器を手に入れるためと、自分の見知った事を整理する為である。

 ナセルを離れる前に、サラに言われた事を思いしていた。

 必要がなかったら思い出さなかったのであって、忘れていたわけではない。必要にならない方がいいのだが、今の自分の状況では、そうも言っていられなかった。

 そこは王都の中心であり、多くの店が並ぶ一角に宿と酒場を合わせたところである。

 昼前の閑散とした店内に足を踏み入れたケイルは、宿の女主人に近付いていた。


「泊まりかい、お客さん」


 あいその良い笑顔で尋ねてくる女主人に、ケイルは答えていた。


「違います。レイスを注文しにきました」

「なんだい、それは? そんな物は、うちにはおいていないけどね」

「おかしいですね。黒いレイスをおいていると、聞いていたのですが……」

「誰から、そんな事を聞いたんだい、お客さん」

「叔母と呼ぶと、怒る叔母です」


 溜め息が女主人の口から出てくる。


「こっちにきな」


 女主人は階段脇の扉を開けると、ケイルに顎をしゃくって中に入るように促していた。黙ってケイルは、扉をくぐる。


「で、何が要るんだい?」


 中に入ると、女主人は温和な顔から険のある顔に変わっていた。


「カタナを一振り。用意してもらえますか?」

「他には?」

「カタナの柄を一つ」

「柄?」

「ええ、柄です」

「本当に、それだけでいいのかい?」

「ええ。その二つだけです」

「やれやれ……」


 呆れたような声が、女主人の口から出ている。


「変ですか?」

「いいや。まあ確かにあんたは、あの二人に良く似ている。受け継ぐべき事は、受け継いでいる。まったく、あたしらを上手く使おうとはしない。あくまであたしらに負担になりようもしない頼み事しかしてこない……おかしな一族だよ。シードは」

「利用されたいんですか?」

「お断りだね。あたしらはあたしらさ」


 と、ここで女主人は、ケイルに尋ねていた。


「あんたは、あたしらの事をどう聞いていたんだい?」

「困った事があれば、答えてくれる一族と聞いていましたが……それが?」


 女主人は顔を押さえて笑い出す。


「で、あんたの困った事は、カタナが手に入るかどうかかい?」

「そうですが、おかしな事ですか?」

「いいや。おかしくはないさ。うちの娘達が居ない時でよかった」

「?」

「あたしらを利用するわけでもなく、小さな事ばかり頼みに来る。ああ、もう。あんたらシード一族は、手を貸したくなるような者ばかりだ」

「それは光栄な事ですが。なぜ娘さん達が居ない時でよかったんですか?」

「あんた。気が付いていないのかい?」

「なにがです?」


 首を傾げるケイルである。


「あんた、独り身だろ?」


 頷く事で肯定したケイルだった。


「うちの娘達は、あんたのような男を気に入りやすいのさ」

「はぁ?」


 よくわからなかった、と言ってよかった。


「まあ、二、三日ほど待っておくれ。今、カタナは手元にはない」

「それは、おかしいですね」

「おかしい?」

「ええ。あなた方は、シード一族を知っています。用意していない方が変ですよ。それに、そうでなければ叔母は、あなた方を頼れとはいいません」

「母さん。もったいぶらないでいいよ」


 若い女性の声が割り込んでくる。

 振り返ると、入ってきた扉を開けた若い女性が、カタナを携えていた。


「ディアナ」

「シードの騎士さまが、必要なんでしょ」


 はいと、携えていたカタナをディアナは、ケイルに差し出している。


「ありがとう。助かります」

「礼を言われる事でもないけど……」


 少し驚いたようなディアナだった。


「騎士さま。昼は食べた?」

「まだですが、騎士さまは止めてください。私はケイルと言います」

「んじゃ、ケイル。軽い物を作るから食べて」


 あっさりとディアナは、ケイルを呼び捨てにしていた。

 軽い言葉ではあったが、そこには親愛の情が見えている。それがケイルには不思議に思えた。


「で、ケイルはこの後、どうするの?」


 軽い食事が終った後で、ディアナは尋ねている。その顔が興味深々としている事に、ケイルは苦笑らしきものを浮かべていた。


「王宮に乗り込もうかと、思っています」


 ぽかんとした顔がケイルを見返してくる。ディアナだけではなく、女主人までもが同じような顔をしていた。

 なにか信じられない事を、耳にしたというような顔である。


「ん?」

「……死にたいの、騎士さま?」

「死ぬ気はまったくありませんが」

「穏やかではなく、力づくで乗り込む気なら、死ぬわよ」

「そうなんですか?」

「そうなんですか……って、騎士さま。簡単に王宮に入れるようなら、その国は滅ぶわよ」

「では、大丈夫ですね。グラディアは滅んでいますから」


 自分の推測が当っていれば、グラディアは滅ぶしかないとケイルは思っていた。ゼンアに滅ぼされるか、ナセルに滅ぼされるかのどちらかになる。

 一つだけ引っ掛かっている事はあるが、それは今の流れからは、何の影響もない事だった。しいて言えば、ケイル自信が気になっている事である。

 口元を持ち上げるだけの笑みと静かな瞳が、ディアナと女主人の背筋に寒気を走らせた。


「ああ、そうでした。一つ、教えて欲しいのですが、シルビア王女が監禁、あるいは軟禁されている場所はわかりませんか?」

「わかりませんかって、騎士さま……」


 こめかみを押さえたディアナだった。


「わかりませんか」


 あえてケイルは繰り返している。


「わかるわよ。西の離宮に軟禁状態になっているわ。王女が王宮に戻って三日、他の者との接触はない」

「そうですか。助かります」


 話がかみ合わないような気がするディアナである。

 ケイルは王宮に乗り込む事を前提に話をしているから、話がかみ合わないのだとディアナは気が付く。

こう言う者は、えてして譲らないと知っていたディアナは、溜め息をついていた。


「いいわ。あたしが守ってあげる」

「ディアナ!」


 女主人が諌めるように名を呼ぶと、ディアナは女主人を振り返って、ケイルに指を突きつけて言う。


「この人が、諦めると思う?」

「……」


 答える必要の無い問いかけだった。


「こんなおかしな人は見た事がないわ。だから、あたしも行く。このまま死なれても、目覚めが悪くなるだけよ。まして、この人はシードの人だから」

「遠慮します。わたしは自分の事でいっぱいです。あなたを護りきる自信がありません」


 きっぱりとケイルは断わったはずだった。


「気にしなくていいわ。あなたの横に立つ訳ではないから。それに、あたしはあたしで勝手に動くから。騎士さまは、好きに動けばいいわ」

「えーと……」

「知らないの。影に潜む者が王宮にはいるのよ。騎士さまでは対処できない。影は影にまかせればいいのよ」


 やっとケイルは気が付く。

 ディアナの物腰というか、気配というか。それとも足運びとでも言えばいいのか。それはオディス家にいたテイガンと同種のものだった。

 同時に思い出していた。

 それが肝心な事であると分かってしまう。シーリィの矛盾も理解できた。だからシーリィを救いたいと、思ってしまう。

 自分自身さえ、ままならない思いを抱えているにもかかわらず、何とかしたいと考えてしまった。傲慢と言えるかも知れないが、それでもとケイルは思うのである。


「そう言う事ですか……」

「そう言う事よ、騎士さま」


 ケイルの言葉を勘違いしたまま、笑って答えるディアナである。


「では、わたしは行きます」

「生きて、また来なよ。今度は客として」

「わかりました。その時は二人です」

「ほう」


 楽しそうな笑みを浮かべる女主人である。


 カタナを携えたケイルは、宿から出ると王宮へ向かい正面から横に、王宮の周りを歩き始めた。一周する前に立ち止まり、城壁を見つめる。


《もう少し左の城壁が登りやすいわよ》


 姿が見えずに声だけが聞こえてきた。


「凄い技ですね」

《それほどでも。あたし達なら登れるけど、騎士さまには無理かな》


 試すような笑いを含む声に、ケイルは笑みを浮かべる。


「問題はありませんよ。木登りは得意ですから。それよりも人に見られないかが、問題ですね」

《言うわね、騎士さま。そうね。今より左に二十歩ほど行ってごらん》


 いわれるままにケイルは、左に二十歩移動した。


「なるほど」


 納得してしまった。

 城壁のへこみになっている所で、近くにはりっぱな大樹がある。これならへこみが陰となって、見つかる可能性は低いはずだ。


「登った先は、どのあたりになりますか?」

《目の前が離宮よ》

「それは助かります。迷ったら面倒ですから」

《……》


 呆れたような気配が流れて来ると、ケイルは肩を竦めて歩き出す。

 そして、城壁に手を掛けると、感覚を確かめてから一気に登り始めた。城壁の僅かな出っ張りに手をかけ、僅かな窪みに足をかけて身体を持ち上げて行く。


「呆れた人ね……」



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