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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第2章 ともに歩は 飛龍の騎士
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第3話


 ナセル王国とグラディア王国の国境から離れること数日。

 街道沿いの街ティラメルに、ケイル達三人はいた。当初、どことなく遠慮していた三人だったが、数日の旅がケイルを同行者として受け入れていた。


「ケイルは、こうした旅をするのは始めてなの?」


 宿に落ち着いた時、シルビアはケイルに尋ねる。


「女性二人と旅をするのは、初めてですよ。それに旅と言っても、わたしの場合は近場が多かったですね」

「そうなのですか? 旅慣れているように思えたものですから」

「そうですね。慣れていると言えば、慣れているのかも知れませんね。単独行動が多かった事も事実ですし……それより気になっているのですが……」


 宿自体がざわざわとしている。

 いや、街そのものが穏やかとは言いがたい空気を纏っている事に、ケイルはティラメルに入った時から気になっていた。


「どう言う事なのでしょうね。この空気は?」

「さあ、何かあったのでしょう」

「あんたら、旅人かい?」


 宿の女主人がいつの間にか、傍に立っている。


「ええ、そうですが……」

「悪い事は言わない。早めに部屋に引き上げた方がいい」


 そう言う女主人の目は、シルビアとグレイスに向いていた。


「えっと、つまり。若い女性はいない方がいいと?」

「さあね」


 肩を竦める女主人に、ケイルは少し考えてから尋ねる。


「流れ者が多くなっているんですか、この街に」

「いいや。流れ者じゃなく、兵隊がね」


 溜め息が女主人の口から洩れてくる。


「まったく困った事さ。女王さまの命令かも知れないけど、あんな兵隊をのさばらせておくなんて、街にはいい迷惑さ」

「旅人にも嬉しくない事ですね、それは」


 同意するように頷いたケイルは、テーブルの上の食べ物を指差して尋ねる。


「初めて口にしますが、美味しいですね。何と言う食べ物なのですか?」

「フィイゲさ。この辺りじゃ家庭料理の代表見たいなもんさ。フィイゲを知らないとは、お客さん、どこから来たんだい?」

「ああ、ナセルからですよ」


 言った途端に女主人の顔が引き攣っていた。同時に酒場の空気までもが凍りつく。


「ん?」


 酒場の空気に気が付いたケイルの首が傾いた。

 向かいで片手を顔を押さえるグレイスと、困ったような顔になっていたシルビアである。


「えっと、わたしは何か変な事を言いましたか?」

「馬鹿か、おまえは!」


 グレイスにしては珍しく叫んでいた。


「ここがどこか、理解していないのか! しかも、この辺りに兵が来ている事は、ナセルと事を構えるかも知れないと言う事だ!」

「なるほどですね。戦争になるかも知れない相手の国から来たのなら、警戒をすると言う事ですか」

「おまえ、旅慣れているとか言ってなかったか」

「まあ、そうですが。困りましたね」

「何を困る」

「わたしがナセルで生まれたのは確かな事ですし、どこの生まれかと聞かれたら、ナセルとしか答えようがないのですが……」

「お……まえ……何を……聞いていた……」


 搾り出すような声が、グレイスの口から漏れてくる。


「グレイス。ケイルはわかっていて言っているわ。それに、間者ならわざわざナセルから来た、とは言わないわ」


 シルビアは笑って言った。

 それはグレイスだけに言っているのではなく、酒場にいる客全てに向けて言っている事に、ケイルは気がついていた。余計ないざこざを起こさない為なのだが、無理ではないかと思う。

 旅の道ずれの二人は、美しく存在感がありすぎた。

 目立たないようにしていても、二人の持つ空気と言うか、纏う雰囲気と言うべきか。とにかく普通以上に人目を引くのである。

 幸い、ここは酒場である。

 ケイルは席を立つと、酒場の中を見渡して言った。


「女主人。みなさんに、エールを。わたしの奢りです」


 気前良さは酒場では好まれると、知っていなければ言えない言葉である。そして、ケイルは片目をつぶって見せた。


「まあ、口止め料ってことで」

「安いぞ」

「では、もう一杯。いかがです?」

「遠慮なくもらう」


 再び酒場は、とりとめのない喧騒に包まれて行く。

 が、長くは続かなかった。

 粗雑に扉が開かれ兵士が数人入ってくると、ざわめいていた酒場が静かになり、兵士と顔を合わせないように誰もが下を向く。

 酒場を見渡していた兵士達の顔が、口笛でも吹きそうに変わった。

 にやにやした笑みを顔に張り付けて、ケイル達のテーブルに近付くと女主人の顔が、言わない事じゃないと、言いたそうになっていた。

 テーブルに片手を着いて、代表格らしい体格の良い兵士が言う。


「見かけない顔だな。不審者として拘束する」

「なんの嫌疑があって、ですか?」


 ゆっくりと立ち上がったケイルの顔には、笑みが浮かんでいた。


「我々は国境を守る任についている。不審者を拘束して、尋問する事も職務だ」


 兵士も身体を起こしている。


「国境から離れていますよ、ここは」

「国境を越えて国内まで入り込むやからもいる。最近はおまえ達のように、旅人に紛れる者が多くなっている」

「建前は、どうでもいいですよ。はっきり言ったらどうです。わたしの連れが目当てだと」

「何を勘違いしている。我々は……」

「やめなさい。そんな下卑た顔では、何を言っても無駄です」


 ケイルの声は穏やかではあったが、話す内容は辛辣だった。まるで挑発しているようにしか見えない。

 酒場は水を打ったように静まり返っていた。途中でグレイスが動きかけたが、テーブルの下でシルビアに止められる。


「やれやれ、若造はすぐ調子に乗る。少し痛い目に会わなければ、世間というものがわからないらしいな」


 男は首を振ると腰の長剣を引き抜いて、反対の手の平の上で跳ねさせた。

 それをケイルはぽかんと見てしまう。

 ケイルの態度を、怯えたと勘違いした男が言った。


「痛い目に会いたくはないだろう。まあ、若者に礼儀を教えるのも、年長者の務めでもあるから教えてやろう。なに、死なない程度にしておいてやる」

「シルビア……」

「なんですか?」

「これがグラディアの兵ですか……」


 呆れたような声質で、ケイルは呟いてしまう。


「全て、とは言いませんが。こういう兵はどこにでもいるはずです」

「そうですか……表に行きましょう。酒場に迷惑はかけられません」


 兵士達が笑う。


「てめぇの心配をしな!」


 言葉と共に兵士の一人が長剣を振りかぶる。

 大振りで隙だらけの動きだった。

 兵としても練度の低さが窺えるほど稚拙であるが、剣を手にした事の無い者であれば、それだけでも十分恐怖を与えられるはずだ。

 ケイルの右足が一歩前に出ると、左手で鞘ごと長剣を突き出していた。

 長剣を振り上げた男の鳩尾に、ケイルの長剣の柄が吸い込まれて兵士は声もなく白目を剥いて、前のめりに崩れ落ちる。


「き、きさま!」


 その兵士の顎に、引き戻したケイルの長剣の鞘が逆手で振り抜かれた。


「がぁ……」


 呻いて顎を押さえる兵士の後頭部に、容赦なくケイルは長剣の鞘を打ち落としている。

 瞬く間に二人を悶絶させたケイルは、相手に立ち直る時を与えずに、残る三人に襲い掛かった。

 抵抗される事も、反撃を受ける事も頭になかった兵士が、本気で迎え撃つ用意ができるはずもなく、反射的に長剣を構えるだけに留まった。


「遅い」


 言葉と共に構えた長剣を払われた兵士は、ケイルの体当たりを受けて隣の兵士を巻き込んで床に倒れ込んだ。

 起き上がろうともがく二人の兵士を、鞘で悶絶させたケイルは、残る一人の足を鞘で払って、怯んだところを一気に距離を詰めていた。

 目の前にケイルの姿を見た兵士の顔に怯えが走る。反対に表情も変えずに、ケイルは剣の柄を兵士の鳩尾に打ち付けていた。

 ケイルは奥歯を噛み締める。長剣を握る手にも力が入っていた。

 静まり返った酒場で、近寄りがたい気配を纏わせたケイルは、恐怖を与えるものがある。

 誰もが固唾を呑んで動く事が出来なかった。

 ケイルの左手が温かいのもに包まれる。優しく添えられるように重ねられた手は、シルビアである。


「未熟ですね、あなたも」


 ゆっくりとケイルは、シルビアを見た。


「剣は力で……守る事も奪う事もできます……」

「そうですね」

「そして、怖い物です……」

「だから、抜かなかった」

「無闇に抜く物ではありません」


 大きく息を吐くとケイルは、シルビアに頭を下げる。


「すみません。目立たない方が良かったのに、目立つ事をしてしまいました。あなたの言う通り、わたしはまだまだ未熟です……」


 シルビアはケイルが、内に抱えている焦りと言うものがあると感じていた。自分とは違うものではあるが、似ている事でもあるのではなかいと思えた。


「お客さん達、今すぐここを出た方がいい」


 酒場の女主人が声をかけてくる。


「そのようですね。これ以上は迷惑になりますね」


 息を吐いてケイルは女主人に頭を下げていた。その肩をグレイスは、軽く叩いている。


「何事なのか、説明が欲しいのだが?」


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