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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第1章 ともに歩は 漆黒の騎士
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第1話 異邦人

 それに気が付いたのは、まったくの偶然だった。


 付き従う二十騎余りの飛龍騎士達の先頭を駆って、上空へと顔を上げた時に眼の端に捉えたのである。始めは黒い点にしか見えずに目を細めてしまった。

 近付くにつれ、それが落ちてくる人であることが見て取れた。


「エンダルア!」


 フィアンナは、驚くよりも乗騎の飛龍に声をかける。

 飛龍はフィアンナの意を受けて、力強く翼を打ち振るい上空へと翔け昇って行く。


「フィアンナさま!」


 従う飛龍騎士の一人が静止の叫びを上げた。

 フィアンナは答えずに、落ちてくる人影に向けて猛然と飛龍を接近させる。

 黒い髪の若い男、すれ違う時にそれだけを確認した。すぐに飛龍を反転させて、黒髪の男の後を追って降下して行く。

 落ちて行く者を下から救い上げるのは無理な事だった。落ちて行く者と同じ速さで降下して、捕まえた所で降下を止めなければ救う事はできないと知っていた。

 黒髪の男をフィアンナは、腕の中に抱き込むとすぐに飛龍の名を叫んでいた。


「エンダルア!」


 同時にやるべき事を意識する。

 それだけで飛龍はフィアンナの意を汲み取って、降下速度を落とすために畳んでいた翼を広げて上体を少し持ち上げた。


「ぐっ……」


 腕の中の男の重みが急激に増し、フィアンナは取り落とすまいと、より強く男を抱きしめる。

 飛龍はそのまま降下し続け、やがて地面に舞い降りていた。


「よくやったわ、エンダルア」


 フィアンナは、無事に地面に降り立った飛龍をねぎらってから、腕の中の男に視線を移していた。

 ぐったりと力が抜け切っているようではあったが、抱き止める腕を通して男の体つきが、良く鍛えられているものと判る。

 自分と近い年、二十代前半にも見えるが、顔つきは若い年にしては精悍だった。

 黒髪と思えた髪も日に当る髪の色は、少し蒼を帯びたものだと気が付いてしまう。


「それにしても、私が男性を腕に抱くとは……」


 苦笑交じりに呟いてしまっていた。


「フィアンナさま!」


 追従していた飛龍騎士達が次々に地上へ舞い降りて来る。

 いったい何があったのかと不思議そうだった。

 代表格の初老の騎士が、すぐに飛龍の背から滑り降りてフィアンナに近付いてくる。


「何かございましたか?」

「人が落ちてきました」


 そう答えてからフィアンナは視線を落とした。

 一瞬、初老の騎士の顔が呆けたようになる。

 フィアンナの腕の中で若い男がぐったりとしていた。

 それたけでは初老の騎士も驚きはしないが、男性に視線を落とすフィアンナの口元が少し綻んでいる事が信じられなかったのである。

 この事に驚かない者は、フィアンナを知る者の中にはいないはずだ。

 気を取り直すように初老の騎士は首を振る。


「フィアンナさま。その者をこちらへ」

「ロンバル、頼めますか?」

「もちろんです。このまま放り出すわけには行かないでしょう。手当てが必要であれば、手当てをしましょう」


 若い男の詮索は後にするしかなかった。


 意識を失っている者に尋ねる事はできない。意識が戻らなければ、なんともしようがない事は子供でも知っている事だ。


「ゼア、野営の準備。セティア、クーゼ、警戒に」


 ロンバルの指示で騎士達が動き始める。

 男が意識を取り戻しても、移動はもう出来ないと見越しての事だった。

 夜でも飛龍は飛ぶことはできるが、先行する飛龍との距離が判断できなければ、衝突の危険がある。

 さらには灯りもない場所で、足元の見えない大地に降り立つ危険は犯せなかった。


 結局、男が意識を取り戻したのは、日も暮れて夕餉の準備を始めたころである。

 男が薄っすらと目を開けた事に気が付いたのは、それまで傍に付いていたフィアンナだった。

 男の容姿が自分達とは違う事が、腕の中に入れた時から気になっていたのである。

 男の夜色の瞳が、不思議そうにフィアンナを見返してきた。


「気が付きましたか?」


 信じられないほど優しい声が出てしまった事に、フィアンナは驚いてしまう。


「ここは天国ですか?」


 少し低めの声が男の口から漏れてきた。


「いいえ、違います。あなた生きています」


 目をしばたいた男はフィアンナを見たあとで、上体を起こして周りを見渡している。

 少し離れた所に三つほど薪があり、その周りに腰を降ろした男女が見えた。

 ゆっくりと男の顔がフィアンナに向く。


「ここはどこです?」


 戸惑ったような男の顔にフィアンナは首を傾げた。

 フィアンナが答える前に、気が付いたロンバルが近付いて来る。

軽鎧を身に纏い、腰に長剣を吊るしたロンバルに、男の顔がさらに困惑したようになった。


「おお、気が付いたのか。おぬし、フィアンナさまに良く礼を言うのだぞ」

「礼?」

「おぬし、覚えてはおらんのか」


 首を傾げる男に、ロンバルの目が驚いたように丸くなる。


「落ちて来たおぬしを救ったのは、フィアンナさまだ」

「私だけではないわ。エンダルアがいたから、助ける事ができました」

「エンダルア?」


 不思議そうな男にフィアンナは苦笑を浮かべていた。


「意識を失っていたようですので、覚えていないのは無理の無い事だと思います。あなたは、空から降って来たように落ちていました。私が気付けたのは偶然です」


 フィアンナは男に笑いかける。


「名乗ってはいませんでしたね。私はフィアンナ、フィアンナ・バーネット。飛龍騎士隊の長を勤めています。こちらは、副官ロンバル・グラント」

「わたしはライ・シドウです。バーネットどの」


 名乗られたら名乗り返すのが礼儀、反射的にライは答えていた。


「ライシードですね」

「あ、いや。ライが名です。シドウが家名」

「そうですか。では、ライ。私の事は、フィーと呼んでください。親しい方はみな、そう呼びますので」

「フィアンナさま!」


 叱責を含む声がロンバルの口から出る。


「いいのです。ロンバル」


 フィアンナは、夜色の髪と瞳を持つライに、そう呼んで欲しいと思っていた。惹かれているわけではないが、この男を離すなと直感が告げている。


 親しい者がれば、そう簡単には離れられなくなると思っていた。


 この時点では、ライはまだ自分の置かれた状況が判ってはいなかった。死んだものと思っていたから、生きている事に実感が湧かない。

 判っているのは、フィアンナに命を救われた事だけだった。

 そのフィアンナは騎士であり、身分のある令嬢のようである。


「申し訳ありませんが、フィー。もう一人のエンダルアと言う方に、会わせていただけませんか。礼が言いたいので」


 ライの言葉にフィアンナとロンバルの動きが止まった。

 そして、揃ってライに顔を向ける。


「何か変な事を、わたしは言いましたか?」


 そう尋ねてしまう顔がそこにあった。

 ライは、フィアンナが飛龍騎士と言った事を、聞き落としていたのである。


「エンダルアは……」


 言いかけたフィアンナは、ひとつ息を吐いて立ち上がっていた。


「お会わせしますので、ついて来てくれますか?」

「もちろんです」


 頷いたライも立ち上がった。

 そこで再び、フィアンナとロンバルの動きが止まる。

 今度は、ぽかんとライを見上げてしまっていた。


「あの、何か?」


 不思議そうなライに、フィアンナとロンバルの二人は、また揃って首を横に振る。


「こちらへ」


 ライを促してフィアンナは歩き出した。


 後を追って行くライの後ろ姿を見送ったロンバルは、三度首を振ってしまう。

 決して小柄ではない自分よりも、頭一つ背の高い男を初めて目にしたのだった。


 二人は、野営地より少し離れた立ち木の前で立ち止まる。


「エンダルア」


 呼ばれて立ち木の奥から姿を現したものに、今度はライの顔がぽかんとなった。


「初めて目にされますか?」

「えっ? ええ……」


 呟きにも似た声でライは答える。

 それは見上げる所に頭があった。

 特徴的な顔、長い鼻先で頭には二本の短い角があり……。


「私の飛龍エンダルアです」


 まさに物語に出てくる飛龍と呼ばれるものの姿だった。


「まいりましたね……」


 意識せずに呟いてしまう。


「何か?」

「いいえ、何でもありません」


 苦笑が浮かぶライであった。そして、飛龍に向かって頭を下げる。


「ありがとう。わたしを救ってくれた事を感謝します。エンダルア」


 真面目に礼を言うライに、フィアンナの眼が丸くなっていた。


「飛龍に礼を言われる方を初めて見ました」

「あなたは言わないのですか?」

「飛龍騎士は自分の飛龍に対して言います。ですが、飛龍騎士ではない方が、飛龍に礼を言う事はありません」

「わたしを救ってくれた事には代わりはありませんよ。それなら、礼を言うべきでしょう」


 笑って答えるライに、フィアンナは嬉しく思った。


「ありがとう、エンダルア。呼び出してごめんなさい。もう休んで」


 エンダルアは頭を少し下げてから、立ち木の奥へと戻って行く。

 ライとフィアンナは並んで薪へと歩いて戻っていた。


「フィー。わたしはまったく知らない地へ来たようです」


 ライの顔には苦笑らしきものが浮かんでいる。


「知らない地?」

「ええ。わたしはこの国の事も、この国の周りの事も何一つ知りません。自分がどこにいるのかも判りません。よければ教えてください」


 立ち止まったライをフィアンナは見上げてしまった。


「あなたは異国の方なのですか?」

「少し違うと思いますよ。異国なのは確かですが、どちらかと言うと異邦人。そう言った方がいいのかもしれませんね」

「異邦人……ですか……」

「この国の名や近隣の国の名も知りませんから、異国人と言うよりはと思います」


 自分の事を異邦人と言うライを見上げながら、フィアンナは心臓が跳ねるのを自覚する。

 男性とほぼ同じ背丈であるフィアンナは、男性と視線が一緒になる事が多かった。見上げて話すような事は一度も無かったのである。

 その自分よりも頭一つ分背の高いライと話す事は、初めて知る新鮮さがあった。


 夜に見るライの髪と瞳は、まさに夜色とも言える。


 その容姿も自分達とは違い独特なものだった。物珍しい容姿に眼が惹かれると言う事ではないと感じている。何かは解らないが、気になる男性に思えた。


「解りました。私の知っている事でよろしければ教えましょう」

「お願いします」


 軽く頭を下げたライである。






 フリオニア大陸南東部のこの一帯はクナーセルと呼ばれ、大小の国々がある。

 北東部と南部に、広大な国土を持つ二国クロルセルとエスターバがあり、二国と国境を接するセキア、ゼンア、セルアの中堅三国と、その五国に挟まれるように小国が十五ほどあった。クロルセルとエスターバの二国は、クナーセルの覇権を争っていたが度重なる戦争に疲弊し、現在は国力の回復に力を入れ互いに牽制しあっている。


 中堅三国も、小国を自国に併呑すべく画策していたが、表立っての侵略は二大国を刺激するだけと知っていた。表面上は大きな動きはないが、水面下では各国の思惑が蠢いていたのである。

 そして、小国も生き残りをかけて互いに牽制しあっていた。


 その小国の内の一つが、フィアンナの住むナセル王国である。

 クナーセルの西端に位置し、山脈を背に持つ国であり、大地の恵みを受ける地でもあった。また、飛龍の住まう地でもあり、クナーセルでただ一国飛龍騎士を擁する国でもある。


 それゆえ、小国の割には中堅三国と並ぶ豊かさを誇っていた。

 それを狙う国は多くあるが、飛龍騎士を擁する事で他国からも一目置かれ、侵略に二の足を踏むような国である。


 地上戦が主な戦闘になるこの地では、高みから攻撃を行える飛龍騎士は脅威となり、対抗するにしても弓では飛龍の舞う高みへは届かなかった。

 飛龍を擁するナセル王国を自国に取り込めればと思う国は、二大国以外にも多かったのである。


 小国ナセルが豊かで生き残っているのは、ひとえに飛龍騎士の存在とも言えた。

 だが騎士達は、それに甘んじる事も無く生きていた。戦の主が地上戦である事は、誰もが知っているからである。




と言うような話を、フィアンナやロンバルから聞いたライは、やはり首を振っていた。


「まいりました。わたしは故郷へ帰る道が無いようです」

「帰る道が無いとは、どう言う事でしょう」

「今聞いた国々の事は初めて耳にする事ばかりです。どんな偶然が起こったのか判りませんが、わたしはここに落ちて来たのでしょう。つまり、わたしはここで生きていかなければならないと言う事です」

「あなたが落ちて来たのは確かな事ですが……」


 フィアンナが首を傾げる。

 まあとライは笑った。


「言葉が通じる事が一番の幸運でしょう」

「どうしてですか?」

「言葉が通じなければ、その辺で野たれ死ぬしかなくなりますよ」

「そうでしょうか?」


 さらにフィアンナの首が傾く。


「こうして友好的に話す事も出来ませんし、何よりも誤解されるでしょうね」


 自分の容姿の事を言っているのだとフィアンナは思う。

 ライの容姿は不審者といえ、会う者に警戒心を与えるはずだ。意識があるライと出会っていれば、果たしてこうなっていただろうかと思う。


 ライにしても、その言葉がどうして通じるのかわかっていない。

 わかっているのは、自分が異世界と呼ばれる場所に来てしまったと言う事だけだった。

 物語なら、最終的には自分の生きてきた世界に戻れるが、現実はそんなに都合が良い訳ではない。

 この地で骨を埋める覚悟でなければ、生きて行く事はできないと感じていた。

 また、この地に火器と呼ばれる物が無い事は、フィアンナ達を見ればすぐに判る。腰に携えているのは長剣であり、身に纏う物も一目で鎧と判る物だった。


 幸いと言うか、ライは剣を扱える。


 それこそ剣を振るう事を生業としてきたと言えた。この地で生きていくには、それはどうしても必要になる。

 この地では、その相手が人と言う事もフィアンナ達を見ればわかる。

 果たして、人相手に自分が剣を振るう事ができるのか、少しばかり自信がなかったのである。







ではまた、次回をお楽しみに。


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