第14話 エピローグ
撤収の指示を出していたケイオスにライは近づいていた。
「どうした?」
振り返りもせずに尋ねるケイオスにライは言う。
「王子。今回の事で『銀月の乙女』の事は、他国に知れ渡る事になります」
「そうだな。もう、隠しておく事はできないだろう。ナセルにとって厳しい戦いが待っていると言うことだ」
「では王子。噂を一つ流してください」
「噂?」
ケイオスはライを振り返っていた。
「『銀月の乙女』はいないとでも流せと?」
いいえ、とライは首を振っている。
「この顛末をそのまま流してください。『銀月の乙女』を奪ったオストーの民全てを、夜色の髪と瞳の騎士が殺戮したと」
「なに?」
「隠さなくてもいいのです。そのままを伝えればね」
笑うライにケイオスは、ライの真意に気がついた。考えられない事ではない。
「まさか……そのためか。そのために民まで手に掛けさせたのか」
「王子も聡明です」
それが何よりの答えだった。
ケイオスが気づいた事、それは。
『銀月の乙女』には情け容赦ない護り手がいる。奪うつもりなら覚悟を決めて奪いにこい。
そう他国へ知らしめる事で、他国の侵攻を牽制させることである。
噂が真実であるかどうかを確認できない限りは、ナセル王国への侵攻は大きな不安を残すことになり、二の足を踏むことになるだろう。それが、ナセル王国にとっていくばくかの時間的な余裕を生むことになる。
「ライ。おまえはフィアンナに『私の騎士』と呼ばれたな」
確認するようにケイオスはライを見た。
「おまえは『銀月の乙女』を護るためであれば、命を捨てられるか?」
「捨てませんよ。わたしはフィーと生きたいのです。死んでは何もなりませんから」
笑って答えるライは、飛龍エンダルアの隣に立つフィアンナに視線を向ける。
「それに帰る場所ができましたから……」
呟いたライをフィアンナが呼んでいた。
ゆったりと空を翔る飛龍エンダルアの背で、フィアンナはライの胸に背中を預けている。
「ライ……愛しています……」
呟く言葉は風に消えた。
「フィー……」
ライの頭がフィアンナの肩に乗る。
「……愛しています……」
微笑がフィアンナの顔に浮かんだ。
(はい。知っていました……)
フイアンナの右手が上がってライの頭に回る。
飛龍は風に乗り翼を広げて空を翔る。
こののち、畏怖の名とともに漆黒の騎士ライの名は、クナーセル全土に伝わり始める。
ナセル王国が大国に呑み込まれる事もなく存続できたのは、ケイオス王子と付き従う騎士達の働きが大きかった。その影でケイオス王子の力となったのは、『漆黒の騎士』とも『黒衣の騎士』とも呼ばれたライ達である。
そして、飛龍アーデルハイドを駆る漆黒の衣を纏う騎士は、飛龍エンダルアを駆る銀月の乙女の隣に最後までともにいた。
これで異世界に迷い込んだライの一番初めの物語は終わります…




