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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第1章 ともに歩は 漆黒の騎士
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第13話 銀月の刃

「『銀月の乙女』女神にでも祈るか」


 笑いを含んだオストーの声が愚かに思えた。


「何の力も無い者が、銀月の女神に祈る事はない。女神は答えるものでもなく、崇めるだけのもの。心のよりどころになる存在。奇跡に頼る事などない」


 ゆっくりとフィアンナはオストーに顔を向ける。


(ファニ。あなたが救ってくれた命だけど、ここで散らす事を許して……)


 長剣を奪い血路を開く、力の及ぶ限り戦って見せようと思うと笑みが浮かんできた。

かつてファニが見せてくれたように。


「フィー!」


 動きかけたフィアンナが止まった。

 ライの叫びは、オストー達の動きを一瞬だけ止める。

 振り返ったオストーが見たのは二十人ほどの騎士と、その先頭で駆けている夜色の髪と瞳の男だった。


「ライ……?」


 かすかな呟きがフィアンナの口から漏れる。

 カタナを抜いて駆けて来る姿が……違っていた。

全身に纏う気配が冷え冷えとしたものである。


 喜びよりも恐怖を感じた。


 カタナの一振りでオストー配下の騎士が三人打倒され、大地が爆ぜる。何が起こったのか誰にも解らず、オストー配下の騎士達はライから距離を開けてしまった。

 そこにライとともに現れた騎士達が追いつく。


「フィアンナ! 無事か!」


 ケイオスがいる。その隣には長剣を携えた騎士装束のクリスティがいる事に、フイアンナは驚いていた。


「フィアンナさま!」


 ロンバルとエンパートが声を揃えて呼ぶ。

 驚いたのはオストーも同じだった。

 王子と王女が揃って姿を見せた事が、何よりも今この場にいる事が信じられない。自分達以外は誰にも知られていないはずだった。その自信があったのである。


「オストー。フィアンナを、『銀月の乙女』を返してもらうぞ」

「違いますよ。王子」


 冷淡な笑みを浮かべたライだった。


「ナセルにもフィーを渡しませんよ」


 敵と味方がライを挟んで対峙している状況だった。それは、ライを恐れて遠巻きに囲っているようにも見える。


「断わる。今のあなたはいや。リソリア城攻防戦のあなたはどこに行った」


 フィアンナがライを見ていた。


「『私の騎士』と呼んだあなたはどこにいる!」


 悲しく思ってしまう。

愛しているからこそ、そう思うのだと知っていた。


「答えろ! 異邦人ライ・シード!」


 叫んだフイアンナの首にオストーが長剣を当てていた。


「乙女の命が惜しければ、剣を捨てて投降しろ」


 ケイオス達が動けなくなった中で、ライは一歩足を前に踏み出す。

 長剣を突き付けられている事など気にせず、怒ったような悲しいような顔で真っ直ぐに自分を見てくるフイアンナに、冷徹な怒りは失せた。

こんな顔をさせたくないと思う。


月並みだが微笑んで欲しいと心から思った。


 その顔に浮かぶのは、先ほどとは違う冷淡な笑みではなかった。不敵、そう言っていいほどの笑みである。


「フィー」


 呼びかける声も違っていた。優しい呼びかけ。


「わたしは、ここにいます」


 カタナを携えたまま、さらにライが一歩踏み出した。

 ライの顔に浮かぶ笑みと踏み出す姿は、リソリア城で見た姿である。それは戦う事を止めないと言う意思の表れでもあった。

 その姿こそが、フイアンナの求めるライである。


 口元が綻んできた。

言葉は自然と口から出る。


「ライ。私の命を差し上げましょう」


 フイアンナの言葉を聞いたライの笑みが、より深いものに変わった。


 カタナを鞘に納めて剣帯ごと腰から抜き取る。


「ライ!」


 ここまできて投降するのかと、何のために民まで手に掛けたのか、フイアンナを救うためではなかったのかとケイオスは怒りを覚えた。

クリスティやエンパート、そしてロンバルまでもが怒りを覚える。


 剣帯に付けていた長剣の柄ほどの物を、ライは左手で抜き取って剣帯を投げ捨てた。

 その様子に今度は、同行した騎士達の口から唸り声が洩れ始める。誰もがライの行動に怒りを覚えていた。

 口元に笑みを浮かべたまま、静かな声でライが言う。


「人外を封滅するシムラ一族が一人……」


 同時に左手が水平に持ち上がった。


「シドウの当主、漆黒の騎士ライ」


 それは名乗り。


 ライの笑み苦笑に加わった。


 不満だらけで反発したかった一族だが、この地で生きて行くのに必要な事を学べた。

 思い出す。

一族に伝わる言葉、ただ集中する事に必要な言葉だと思っていた。

 それが大事な言葉だとは思わなかった自分である。

 思い出せばよく分かった。


 だから、言葉とともに思いを載せる。


 護るために。


 戦うために。


 生きるために。


「深く強く思いを載せ一点に。さすれば全てを打ち砕く刃、いずる」


 ライの持つ左手の長剣の柄の先に白銀の刃が現れた。


 それは細身で少し反りがあり、下弦の銀月を思わせる刀身を持つカタナである。


(こう言う事だったのか……)


 白銀の刃にライは納得していた。

今の今まで具現できるとは思わなかったのである。


水平にあったカタナが上へと移動していった。

 声も無く全員の眼がカタナを見ている。

 ライの左足が踏み込まれると同時にカタナが振り下ろされた。正面にいたオストー配下の騎士が、声も無く崩れ落ちると同時に足元の大地が裂ける。

 その時には、敵の中でカタナを振るっていた。


「なんだ……これは……」


 震えそうになる声を押し殺す事しかできなかった。

 オストー配下の騎士達が、信じられない顔のまま次々と打倒されて行く。

ケイオス達ナセルの騎士は動けないまま、それを見てしまっていた。

 剣を打ち砕く剛の剣を持つ者もいるが、ライの振るう剣はそんな次元ではない。剣さえも斬ってしまうのだ。

 受け止めようにも、剣ごと切り伏せられれば受ける意味はない。避けるしかないが、避けるよりもライの踏み込みは早かった。

五十人いようと、なすすべがなければ一方的になる。


 配下全てを打倒したライが、ゆっくりと祭壇の上に上がってきた。それをオストーは、信じられない思いで見てしまう。


「あなたは間違えた……」


 ライの強さに、少し呆れてしまった。そして『私の騎士』と呼べる事を誇らしく思う。


「私の騎士を侮った……」

「ばかな……こんな事が……こんな事で……」


 王国の宝とも言うべき『銀月の乙女』を人質に取れば、誰も動けないとオストーは思っていたのである。ケイオス達ナセルの騎士達は、思った通りに動けなかった。

ただ一人、眼の前の夜色の髪と瞳の男だけが違っていたのである。


「私を人質としてあつかわずに命を奪うべきだった」


フィアンナの静かな瞳が、オストーに終わりだと告げていた。


「今ここで死ぬのと責め苦を受けて死ぬのと、どちらがいいですか」


 カタナをオストーに突きつけたライである。


「フィーを道連れにとは思わない事です。あなたが動くよりも、わたしの方が早いですよ」


 あれほどの事を見せ付けられれば、無駄な事だと悟るには十分だった。たった一人の男のために、長く待った時が無に返した。

 オストーは長剣を持つ手を翻すと、自分の胸に長剣を埋める。


「バケモノめ……」


 崩れ落ちて行くオストーの最後の言葉に、ライは苦笑した。


「その通り、でしょうね……」


 ライの手からカタナが消える。


「フィー……」


 ゆっくりとライは、フィアンナに身体を向けていた。


「お願いがあります」

「なんでしょう」


 微笑むライにフィアンナは首を傾げる。


「倒れますので抱き止めてください」


 フィアンナの眼が丸くなった途端に、ライは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。その時にはフィアンナが、ライを腕の中に入れている。


「本当に倒れますか、あなたは……」


 笑みがこぼれてくるのが止められなかった。


 ライの身体を横たえたフイアンナは、膝の上にライの頭を乗せると、まだ動けないままのケイオス達ナセルの騎士に顔を向ける。


「ケイオスさま、クリスティさま。それに騎士の方々、私を救いに来てくださってありがとうございます」


 頭を下げるフイアンナに、ナセル騎士達の口から一様に安堵したような吐息が出ていた。

 ケイオスとクリスティの二人は、騎士達に指示を出した後でフィアンナに近づいてく。当然のようについて行くのは、エンパートとロンバル、そしてクリスティに感銘を受けて従った二人の騎士団長ハーベイとガーランだった。


「フイアンナ……」


 ケイオスは信じられないまま、フィアンナに膝枕されたライを見下ろす。


「この男は、この小城にいた者全てを、老若男女問わずに手を掛けさせた」


 フィアンナの顔が驚きに染まった。


「騎士達に重い物を背負わせてしまった。王子でありながら、止められなかった俺の責だ。俺は……」


 苦い吐息が出る。


「昨夜の内に、この男を殺しておくべきだった」

「そり通りです、ケイオスさま」


 同意して頷くフィアンナは、ケイオスを見上げた。


「そして、私も連れ攫われる前に、この首を落とすべきでした」

「フィアンナ!」

「ケイオスさま。私に覚悟がなかったばかりに今回の事となりました。覚悟があれば、このような事にはなりません。それは疑いようのない事実です」

「フィー、違うわ。誰もあなたに死んで欲しいとは思ってはいないわ」


 クリスティが首を振っている。


「漆黒の騎士に言われたわ。大事な友なら人任せにせず自分で動けと。だから私はここにいるのよ。私が望んで行動した結果は、私が受けるべき事よ」


 フィアンナも首を振っていた。


「クリスティさま。私が『銀月の乙女』である事は、間違いのない事実です。私は私の運命を受け入れます」


 ほっとした空気を壊す声が聞こえた。


「必要ありません」


 ライが目を開けている。

 ゆっくりと上体を起こして立ち上がったライは、フィアンナに片手を差し出した。ライの手を取ってフィアンナも立ち上がる。


「今、わたしの手を取ったのは、あなたの意思ですか。それとも、私の手を取る事が運命だったのですか」

「私の意志です」

「運命なんて、そんなものですよ。フィー、あなたが生きてきた上での選択は、運命などと言うもので選択されたわけではありません。全て自分の意思で、その時々を選択してきたはずです」

「運命を信じませんか?」

「自分を否定するのなら信じますよ」


 肩を竦めるライに、フィアンナはくすりと笑っていた。


「あなたはどこの生まれですか?」

「ここではない事は確かです。いつかわたしは……」

「消えてしまいますか?」

「たぶん、そう思いますね」

「本当に?」


 問い返すフィアンナに、ライは再び肩を竦める。


「実を言うとわかりません」


 ふとフィアンナの顔が真剣になった。


「あなたは怖い方です」

「そうですか?」

「そう答えられる事がです」


 二人の会話を聞いているケイオス達には意味が解らなかった。


「褒美は必要でしょうか?」


 ギョッとしたのはエンパートとロンバルである。ライが口を開く前に叫んでいた。


「フィアンナさま! お止め下さい!」


 フイアンナは一度、エンパートとロンバルに目を向けてからライに視線を戻す。


「必要でしょうか?」


 重ねて尋ねてくるフィアンナにライは、笑って首を振っていた。


「もう、いただきました。わたしにとっては、ここで生きる意味になるほどのものです」

「そうですか?」

「そうです」


 頷いたライにフィアンナは笑顔を向ける。


「では、帰りましょう」

「帰る、か。いい言葉ですね」


 微笑むライにフイアンナの首が傾いた。


「異邦人であるわたしです。どこに行くにも『帰る』と言う言葉は、使う事が無いと思っていました」

「これからは帰る場所はあります。あなたが間違えなければ、いつでも帰ってこられます」


 私の元にとは、口に出さなかったフィアンナである。口にしなくてもライは理解していると思っていた。だから、今ここにいるのだと思う。


「ライ、おまえは何者だ」


 硬い声で割り込んできたのはケイオスである。他の面々も少し固い顔をしていた。


「王女の言う漆黒の騎士です」

「そうじゃない!」


 ライの口から吐息が出る。


「不安、ですか。ケイオス王子」

「ああ、そうだ」


 認める事はかなり抵抗があった。しかし、間近で見たライの姿は、ケイオスに不安をもたらすものである。


「おまえがただの騎士なら、俺はそんな事は思わない。だが、おまえは、おまえの強さは異質だ」

「困りましたね。どう言えば納得されますか」


 首を傾げながらライはケイオスを見てしまった。

 ケイオスも、何を聞いても納得はできないだろうと知っている。だが、問わずにはいられない心境だった。

 ケイオスさまと、フィアンナが笑いながら言う。


「ライは、ライ・シードです」

「フィアンナ?」


 意味がわからずに、ケイオスはフィアンナを見た。


「『私の騎士』と呼ぶ漆黒の騎士でもあります。そして……」


 フイアンナはライに笑いかける。


「ただのライです」

「そうです。あなたがただのフィアンナ・バーネットであるように、わたしもただのライ・シドウです」


 より意味が解らなくなったケイオスの首が傾げられた。クリスティは、ため息のようなものをついて提案する。


「お兄さま、後にしましょう。ライが何者であっても、今はナセルから離れる事はないはずですから。それよりも今回の事の結末を、お父さまにどのようにお知らせするのかを考えていた方がよいと思います。それに騎士達も休息は必要なはずです」

「その通りだな。王都へ帰ってからゆっくりと、じっくりと話を聞く時間を作ってやる。逃げるなよ、ライ」

「逃げませんよ。逃げるぐらいなら、わたしはここにいません」


 ため息のような声がライの口から出ていた。

オストーの配下の騎士二百、小城に集まっていた民六百、その全てが討たれた。その死者達全ては、近くの丘に埋葬されたのである。

 この一件の事を報告するにしても、国の重臣達の前では話す事は出来ないとケイオスは思っていた。それは参加した騎士隊長が全員思っていた事である。

なぜなら、ライの強固な意志により民を手に掛けさせた事で、重臣達から必ずライを処刑せよとの声が出てくる事になるからだった。国王と王妃であっても、その声を無視する事はできないだろう。

そして、それはナセルの滅亡を意味するのではないかと、この一件に参加したケイオス達は感じていたのだった。

間近で見せ付けられたライの異質までの強さは畏怖でしかない。




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