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ともに歩は 漆黒の騎士~フリオニア大陸物語  クナーセル編~  作者: 樹 雅
第1章 ともに歩は 漆黒の騎士
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第12話 殲滅戦


日の出とともに野営地を後にしたのは、ケイオスが率いる騎士隊である。

野営地に集まったのは、飛龍騎士三十、騎士五百だった。誰一人として王都へ戻る事もせずに、全騎士が覚悟を決めたような顔でオストー公爵の小城へ向かった。

 公爵の小城を攻めるに当たって、ライが指示した事は多くはない。

 飛龍騎士隊全騎で一気に城内へ降り立ち、城門を開けて騎士隊を城内へ引き入れる。あとは、全てを滅ぼして行くだけだと指示していた。

 その際、フィアンナの安全は考慮しなくてもいい。なぜなら『銀月の乙女』を攫った者達は、フィアンナを自分達の目的のために贄とするはずだからだと、言い含めていた。

 野営地から離れて行く騎士隊を見送ったライは振り返る。


そこに三十騎の飛龍騎士が立っていた。


 誰もが無言でライを見つめている。

 苦々しい思いが篭っている事は知っていた。何も思わなければ騎士の誇りと言うものは、安ぽいものにしかならない。

 誇りと矜持があるからこそ、ライを苦々しく思うのだ。

 どんな大義名分があろうとも、女子供を手に掛ける事は誇りを貶める事にしかならない。

 その事さえライは理解していた。それでも実行なければならない。女子供まで手に掛ける事は殺戮者にしかならないが、今後の事を考えるとどうしても必要な事だった。


「全騎、騎乗。オストー公爵の小城を殲滅する」


 落とすとは言わずに殲滅すると言うライの言葉に、飛龍騎士達は奥歯を噛み締める。


 ただ一人、ロンバルは表情を消し去って自分の飛龍の背に落ち着いていた。ロンバルの行動により、飛龍騎士も一人また一人と飛龍の背に上がっていく。

 ライは宣言した後、飛龍騎士達を見ていなかった。エンダルアの背のライの口元には笑みが浮かんでいる。


「エンダルア。行きましょう」


 飛龍はライの言葉を受けて、空へと舞い上がって行った。そして、三十騎の飛龍も次々に飛び立って行く。



 オストー公爵の小城には多くの者が集っていた。

 老若男女と、みなが嬉しそうな顔をしている。長く隠れていた年月が報われると思っていた。

 公爵の領地には、古くから信仰されてきた神がいる。


『エランダ』


 と言う名の大地母神とされる神だった。豊穣を約束し人々に恵みをもたらす、と伝えられている。

が、いつしか信仰は薄れ大地の恵みを受けられなくなり、人々の心から忘れられたのだった。それでも大地母神エランダを信仰する者達が、公爵領に集まったのである。

 忘れられた神への信仰は、表へ出る事もなく長い年月が過ぎてきた。オストー公爵家は、古くからこの地に住まう一族であり、大地母神エランダを信仰する神官とも言える一族である。

 神官一族には、大地母神エランダ復活に関して伝えられる一文があった。



『神に祝福されし乙女

 我が血となり肉となる

 神に祝福されし乙女

 捧ぐは我が衣

 衣を持ちし時

 我は息吹を戻す   』



 長い間、公爵家で論議をもたらした一文である。

 当然のように調べるだけ調べられたが、どう解釈すれば良いのか意見の分かれるところでもあった。

 正反対の解釈は、歓迎される方が正しいと思われるものも事実だった。人は歓迎したくない事は認めないものである。

 

 結果的に。


『神の祝印を持つ女性を大地母神エランダに捧げよ』


 と言う事が正しいと解釈されたのである。

 しかし、実際問題として、神の祝印を持つ女性がいるかどうかと言う事が、問題として残ってしまう事になった。

昔の文献にはクナーセルの地以外では、そう言った女性がいたと残っている。が、今の世には、まだそういった女性はいないと言う事はわかっていた。


 それがひっくり返ったのは、一月半前のリソリア城攻防戦の後の事である。

 どんな偶然が働いたのか、攻防戦の時にリソリア城にいたオストー公爵家の使用人が、飛龍騎士でありバーネット伯爵家の娘でもあるフィアンナが、銀月の女神に祝福された娘である事を目にしてしまった。

 使用人はすぐにオストー公爵へ報告をする事となる。主が神の祝印を持つ娘を捜していた事は知っていたからだった。

 報告を受けた公爵は、すぐにでも行動に移したかったが、長く待っていた時を焦って無駄にしては意味がないと思い、機会を待つ事にしたのである。

 伯爵家の身辺を調べ、襲撃の機会があるかどうかを探した。そして、襲撃にもっとも適した時が来ると、時をおかずに実行したのである。

 オストー公爵の手の者でも、手だれを二十人向かわせた。相手は奇妙な異国者一人である。決して後れを取る事はないと思っていた。

『銀月の乙女』を連れて帰ったのは十人、残りの十人がその異国者一人に倒されたと知った時、オストー公爵は相手の力量を見誤っていたと実感する。

が、襲撃がオストー公爵の命である事はまだ知られていないはずだった。調べが付いた時には、誰も手出しが出来ないようになっている事が、公爵に安心感をもたらせていたのである。

 襲撃の日の夕刻に、フィアンナを城内へ入れて城の一室に軟禁状態にしていた。復活の儀式の準備が終るまでは、快適に過ごしてもらおうとしていたのである。

 大地母神エランダの信者達には、昨日の内に神の復活を知らせ、夜も明けぬ内から信者が集まり始めていた。信者が集まった所で、城門を閉めて余分な者が入り込めないようにしたのである。関係のない者に邪魔をされたくはなかった。

 オストーにとって今日ほど晴れがましい日はない。


 もうすぐ神が復活し、神の代弁者となれる。


 ナセルなど、どうでも良くなっていた。小国の公爵ではなく、クナーセルの王にも匹敵する力を得られる。それがオストーの機嫌を良くさせていた。

 フィアンナを軟禁している部屋に訪れた時も、オストーは満面の笑みを浮かべていたのである。


「ご機嫌いかがかな?」

「何の冗談です?」

「何か当家の者が失礼を働きましたか、乙女どの」

「あなたが何のために私を攫ってきたのか、聞かせて欲しいものです」


 取り乱したりもせずに、静かにオストーに問いかけていた。


「すぐにわかる。すぐにな」

「そうですか。それでは私を、今すぐに開放する事を要求します」

「できぬ相談ではあるな。それに、乙女どのがここにいる事は誰も知らぬ」


 笑みがフィアンナの顔に浮かぶ。


「本当にそう思っているのですか。私の居場所を誰も知らないとでも、思っていますか」


 不思議とフィアンナには確信があった。

 ライがここに来ると思えてならない。いや、ライだけではないと思っていた。必ず多くの者を引き連れて現れるはずだった。

 フィアンナの言葉にも、オストーは満面の笑みで答える。


「わかったとしても遅すぎる。我らには今日一日あれば事足りること。今日が過ぎれば、ナセル一国、いやクナーセル全土が相手でも我らには敵わぬからな」

「夢を見られるのはご自由ですが、不可能な事を口にされても意味はありません」

「そう思うのなら、そう思っておるがいい」


 扉が叩かれてオストーの息子が、四人の騎士を引き連れて姿を見せた。


「父上。儀式の準備が整いました」

「では、乙女どの。来てもらおう」


 四人の騎士が長剣を拭いてフィアンナに立つように促す。


「必要はありません。ここで抵抗しても、意味が無い事は理解しています」


 凛とした言葉は、騎士達に長剣を退かせる力があった。が、主の許しもなく剣を退く事はできずに、四人の騎士はオストーを見てしまう。

 軽く頷く事でオストーは、四人の騎士に剣を退かせた。

 オストーの後をついて行きながらフィアンナは、儀式と言う言葉について考えを巡らせる。神に祝福された乙女を必要とする儀式、それは一つの事しか思いつけなかった。

 オストーは知られていないと思っているが、フィアンナはオストー公爵の一族が古い神を信仰する者達である事を知っている。

 フイアンナに銀月の祝印が現れた事を知ったバーネット伯爵が、時をかけて他家の動向を調べ始めていたのだ。それは今も続いている。

 二十年近くの他家の動向が、バーネット伯爵家には積み重ねられていた。それは全てフィアンナを護るためでもある。

 その他家に関する動向を、フィアンナは四年前から目にしていた。


「……にえ、か……」


 笑ってしまうほど迷信的な事である。

 他教の巫女とも言える者を、贄として信仰する神に捧げる。それにより何らかの力を得ると言う、まったくばかばかしいものだった。

 何の力も持たない巫女ではあるが、騎士としての鍛錬は積んできている。機会を待ち、反撃する事はできるはずだ。儀式とやらの最中であれば、隙の一つも出てくる事を知っていた。

 ライが早いか、自分が早いかだけの違いでしかない。

 大人しく贄になるほど、フィアンナは無能な騎士ではなかった。そして『銀月の乙女』としても、大人しく贄に甘んじるわけには行かなかった。



 フィアンナが小城の地下へと足を踏み入れた頃、地上では小城の中庭に飛龍が舞い降り始める。

 中庭にいた者達が慌てて避難し、公爵の配下の騎士達が慌てて飛んできた。


「何事です!」


 叫んで近付いてくる騎士達を、飛龍の背から滑り降りたライが無言で切り捨てる。


「なっ、何を!」


 慌てる騎士達が長剣を抜くよりも早く、ライのカタナが騎士達に襲い掛かった。

 ライだけではない。

 中庭に降り立った飛龍の背から滑り降りた飛龍騎士達も、無言で長剣を抜き放って中庭にいる者達に襲い掛かっていた。

 問答無用の殺戮に、城壁の上にいた公爵配下の騎士達が、この行いは騎士にあるまじき行為と応戦すべく中庭に向かう。

 公爵配下の騎士は小城に二百ほどいた。五十ほどが公爵とともに地下へ向かい、残る百五十ほどの者が地上にいたのである。

 飛龍騎士と言えど相手は三十余り、まして飛龍を上空に待機させ徒での戦闘を行っている。地上戦なら十分に余裕をもって戦えると思っていた。

 が、閉じていたはずの城門が開けられ、騎馬隊が突入して所構わずに手当たりしだいと言えるほど、城内にいる者達を手に掛け始めると、公爵配下の騎士達は何がなんだか分からなくなる。


 敵襲とは思えなかった。


 飛龍騎士を擁しているのは、ナセル王国だけである事は誰もが知っている。味方が味方を襲撃している事に、公爵配下の騎士達に戸惑いが生まれた。

 そして、襲撃する飛龍騎士達も突入してきた騎士達も、誰も彼もが固い顔のまま無言だった事がおかしく思える。

 さらにはケイオス王子、クリスティ王女の姿まで眼にした時には、混乱に拍車がかかってしまった。


「ケイオスさま! 何の咎があり民を殺めるのですか!」


 叫ぶ騎士にケイオスは、無言で近づき一刀の元に切り捨てる。


「ご乱心なされたか! 王子!」


 その騎士の胸に矢が突き刺さった。

 信じられないように刺さる矢を見て騎士は顔を上げる。その先には、馬上で弓を構えたまま青白い顔をしたクリスティがいた。

 眼を見張り弓を持つ手を震わせながら、クリスティは唇を噛み締める。叫びだしたい衝動を必死で押さえつけていた。

 命を奪う事が、こんなにも恐ろしい事だと初めて知る。殺されるよりも恐ろしい事だと思った。

 震える腕を押さえて、ゆっくりと下ろさせたのは騎士団長のハーベイである。何も言わずに、クリスティに目礼をして馬から降りるように指示していた。

 この襲撃に参加した全騎士は、口を開けば呪詛の言葉か、自分を罵倒する言葉しか出てこない事を知っている。中には泣き出す者も出てくるはずだった。だから、誰も口を開かなかったのである。

 本当にこんな事が必要なのか、クリスティは今更ながらに疑問に思っていた。


 それは城内を制圧していくうちに膨れ上がっていく。


「東塔、制圧しました」

「フィアンナは?」

「おりません」


 城内の広間で報告を聞くたびに言い知れない恐怖が湧き上がっていた。

 西塔、南塔、北塔、制圧される場所が増えていくが、フィアンナは発見されず、さらに小城の一階、二階とほぼ全てを制圧してもフイアンナが発見されないとなると、ケイオスさえもが顔色を変え始める。


「ライ!」


 ほとんど悲鳴に近いケイオスの叫びに、ライは平然としていた。


「王子、どんな城にも抜け道があると思いましたが。違いますか?」


 虚を突かれたようにケイオスが押し黙る。


「あるいは、地下のような所。ありませんか?」


 ライが平然としているように見えるのは、上辺だけと思い知った。

 底冷えするような寒気が、背筋を這い上がってくるのを感じてしまう。

 徹底的に冷めた瞳、感情さえ忘れたような顔、それがケイオスを見返していた。

 上擦りそうになる声を必死で押さえつけて、ケイオスは短く答える。


「ある」

「捜して下さい」


 これが人に出来る顔なのか、これが人の出す声なのか。言い知れない恐怖しか感じる事ができなかった。

そして、後にも先にもケイオスが、ライのこの顔を見る事は二度と無かったのである。

 ほどなくして地下への抜け道が見つかった。


 一番初めに足を踏み入れたのはライである。抜け道の前に集まった者がライの姿を見て道を開けたのだった。

先に行くライを追いかけようとしたケイオスの足が止まる。


「二十人ほど付いて来い。後の者は死者を葬れ」


 偽善かもしれないが、死者をそのままにしておく事はできなかった。特に今回は、民にさえ手に掛けたのである。言い訳も弁解もするべきはなく、どんな処遇にも甘んじて受けなければと覚悟を決めていた。

 ライの後を追う者は、集まった騎士達の中では、隊長格の者がほとんどである。この結末を見届けなければならないと思っていた。



 地下に連れて行かれたフィアンナは、おとなしくオストーに従って機会を窺っていたが、一段高くなっている場所に作られた祭壇と思える場所に立った時、時期を逸脱した事を知ることとなった。

 二重円の間に、理解できない紋様が書き込まれている。何かを示す文様と言うのは判るが、何を示すのかはわからなかった。

 その二重円の真ん中に鉄の柱が立っている。


 そして、祭壇の奥に巨大な像が見えた。


 右手に持つものは大鎌であり、左手は楕円の盾に添えられている。女性の姿を象っているが、それは猛々しさしか感じられなかった。

 初めて見る異教の神の姿に、フィアンナは神々しさよりも、おぞましさしか感じられない。


「我らが神。大地母神エランダ、大地を育み我らに恵みをもたらす神」


 恍惚としたオストーの言葉さえ耳に入らないように、フィアンナは巨大な女神像を見上げていた。


 やはり違うと感じた。

 これは神などではない。

 これは人を惑わすものだ。


 銀月の祝印を持ち、一度も女神に祈った事の無いフィアンナではあったが、目の前の女神像は大地母神などではない事はわかる。

 大地を育み、恵みをもたらす女神が、大鎌や盾を持つ事は無いはずだ。大鎌や盾は、恵みを現すものではない。むしろ傷つける武器である。


「『銀月の乙女』女神にでも祈るか」


 笑いを含んだオストーの声が愚かに思えた。


「何の力も無い者が、銀月の女神に祈る事はない。女神は答えるものでもなく、崇めるだけのもの。心のよりどころになる存在。奇跡に頼る事などない」


 ゆっくりとフィアンナはオストーに顔を向ける。


(ファニ。あなたが救ってくれた命だけど、ここで散らす事を許して……)


 長剣を奪い血路を開く、力の及ぶ限り戦って見せようと思うと笑みが浮かんできた。

かつてファニが見せてくれたように。


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