40・鏡明はほんと大バカものよ
体内にいたイッヤーソンは、背中から出て行った。
「逃がさない!」
その瞬間をフランジェルカは逃さなかった。
姉は下から、響歌さんは上から、赤いオーラと青いオーラでスクリューする拳を、二人同時にイッヤーソンにぶつけた。
「ガディ……ス……さ……ま……」
イッヤーソンは、眩しい光に覆われながら、粉々になっていく。
元通りの空に戻ったときには、跡形もなく消えていた。
「……やったな」
意識が朦朧とするなか、俺は真っ逆さまに落ちていった。
…………っ!
きょ……め……い!
きょう……め……ぃ! きょう……! きょうめい!
鏡明! 鏡明!
声が聞こえる。
俺の名を呼ぶ声だ。ぽつぽつと顔に雨が降ってくる。
その雫は、温かい。
うっすらと目を開ける。滲んだ視界は、俺を抱きしめて、泣きじゃくっている姉ちゃんを映していた。柔らかい感触。涙のシャワーが心地よかった。
「鏡明! バカよ……あんたは、ほんとバカよ……バカなんだから……」
「すみ……か……は?」
かすれた声で言った。
「ここにいるわ」
声がするほうに目を動かす。響歌さんに抱きかかえられた澄佳がいた。
「気絶しているだけ。澄佳は無事よ」
安心させるべく、微笑んだ。
「そっか……よかった……」
「澄佳よりも……自分の心配してよ……ばかぁ……」
涙が止まらなくなっていた。
「姉ちゃん、泣いてた」
「え?」
「俺が、父さんと……母さんを殺したときだ……」
「あんたそれ……」
記憶が戻っていることに、ショックを受けていた。
「それは違う……鏡明は悪くない! なにも悪くないの!」
――鏡明は悪くない! なにも悪くないの!
何かが知らせたのだろう。
修学旅行に行っているはずの姉ちゃんは、あの後すぐに現場に駆け付けた。両親をこの手で殺し、茫然自失の俺を抱きしめて、「殺したのは鏡明じゃない、ガディスの刺客がやったの、鏡明は幻惑を見せられて、そのように誘導されただけだから、自分を責めちゃだめ」と慰めてくれた。
「俺が殺したんだ。俺が弱かったばかりに、そいつにいいようにされてしまった。俺は、姉ちゃんに……迷惑をかけてしまった」
「そんなことない……そんなことない……」
「俺は、その後もいいように扱われた。人質にされて、姉ちゃんを苦しめた。それでも……姉ちゃんは俺を……助けた。響歌さんと力を合わせて、あいつをやっつけた。そして……すべてが終わったとき……姉ちゃんは……泣いた」
俺に両親を殺すように仕向けた魔物を倒した後のことだ。
姉ちゃんはプツンと糸が切れたように大泣きした。響歌さんと抱き合い、頬をくっつけて、子供のように泣きじゃくっていた。
「あの泣き声を……俺は聞いていた。聞いていて俺は……強くなりたい……強くなろうと……誓った」
「鏡明、あんた……」
「俺は……役立たずだ。姉ちゃんに守られるだけだった……それが嫌だった。俺は……強くなりたい……強くなって……姉ちゃんを……この手で……」
――守りたい。
記憶が消されていようが、強くなりたいという思いが強く支配していた。
様々な格闘技を習ったが、型のあるのでは限界を感じた。俺が求めているのはスポーツではない。本気の殺し合いに勝つ力だ。
だからこそ、真っ当でない仕事を選んだ。そうでなければ、強くなれないと思ったから。
「バカよ……鏡明はほんと大バカものよ……」
姉ちゃんは、さらに強く俺を抱きしめる。
でも、結局、俺は強くなれなかった。
どんなに力をつけたところで、人間は人間でしかない。魔法少女の姉ちゃんの代わりになることは不可能だ。
俺は、姉ちゃんの背中にいて、守られた存在のまま、死んでいく運命だった。
「鏡明……しんじゃやだ……あんたがいなくなったら、あたしは……あたしは……」
でも、こんな死に方も悪くない。
姉ちゃんのぬくもりを感じながら死ぬというのも……。
俺らしくていいじゃないかと思いながら、静かに眠りについた。
「感動のシーンを水さすようで申し訳ないのだけど、あなたの弟、死なないわよ」
「え?」
美桜は、心臓を指さした。
「再生の術。そのような黒魔術をかけたから」
バスの中で胸部にキスをしたときの、あれか。
「姉ちゃん」
「な、なによ?」
顔に、ぷにぷにと柔らかいものが当たっている。
「いいおっぱいだ」
「死んでよしっ!」
ゴツン!と強烈なパンチを頭蓋骨に食らって、俺は意識を失った。




