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2・答えを知りたいのなら撃ちなさい


 篠崎の屋敷は不気味なほど静かだった。空き家のように、人の気配がしない。縁側から土足のまま上がり込み、障子が並ぶ板敷きの廊下を足音を立てぬように慎重に進んでいく。

 奥まで行くと、障子が開いていた。十数人が会食したり寝泊まりできるほどの広い和室だ。

 敷居を踏む。

 大きな男の後ろ姿があった。

 龍の掛け軸と、日本刀が二本飾ってある床の間を眺めている。

 二メートルを超える巨体。黒羽二重の紋服に袴を着ていた。

 彼の頭に、リボルバーを向ける。撃鉄をひく音で、顔がこちらに向いた。

 フルフェイスの白い髭を生やした50代ほどの男。顔は青白く、やせ細っている。

「ふむ。客のようですな?」 

「篠崎黒龍か?」

「だとしたらどうするのかね?」

「撃つ」

「ならば、こう言おう。私は篠崎黒龍だ」

「身代わりにでもなる気か?」

「私は篠崎黒龍だ」

「本物だぜ、これは」

「わかっておるよ」

「見張りの一人を殺している」

「わかっておるよ」

「侵入者に気付いてたのか?」

「誰かが来るとは思っていたからね」

「どこまで分かっている?」

「さぁて」

 銃を向けられても動じない。茶飲み仲間が来たかのように、おっとりとしている。

 イメージとは違ったが、その動じない態度で、こいつが篠崎黒龍であると確信した。

「妹はどこだ?」

「はて?」

「赤沢澄佳。まだ十三歳のガキだ。そいつを誘拐したんじゃないのか?」

「はて?」

「惚けるな。あんた、村浪組を襲っただろ?」

「ああ、君は村浪組の組員でしたか、なるほど、なるほど。よくぞここまでやってきました」

「素晴らしいプレゼントをありがとうよ」

「いやいや、村浪組の活躍はこの耳に届いています。あれぐらい安いもんですよ。それで、みなさんはどうなりましたか?」

「死んだ」

「それは素晴らしい!」

 パチパチパチと拍手をする。

「どこがだ! うちの組になんの恨みがあるんだ!」

「恨み? そんなものありません」

「なんだと?」

「私がプレゼントしたのは、村浪組だけじゃありません。1つの組だけなんて不公平ではないですか。みんな仲良くしてほしいですので、他の組のみなさんにもプレゼントを差し上げました」

「まさか……」

「本当ですよ。厚意にさせていただいている全ての組に差し上げました」

「モンスターをか?」

「モンスター? ふむ。まあ、そうともいいますかな」

「どうやって、やったんだ?」

「札束の入ったアタッシュケースを、普通に渡しただけですよ。みなさん、喜んで受け取っていただきました」

「そして、中身は別のものってわけか」

「いえいえ、みなさんが大好きなお金もちゃんといれてありますよ。もちろん本物です。金など、私には紙切れに過ぎません。そんなのに心奪われるとは、人間とは面白い生き物ですな」

「目的はなんだ? いったいどうやったんだ? あの殺しは人間がやるものじゃなかった。いったいどんなモンスターなんだ!」

「ふむ、君はプレゼントがなにか分かってないようだ」

「運良く、その場にいなかったのでね」

「やれやれ、私はサバイバルを生き残った勇者に来て貰いたかったのですが、あなたはそうでなかったのですね。これは残念です」

「なんだと?」

「……ですが、君は一番乗り。期待できるのかもしれません」

「期待って、殺されるのをか?」

「いえいえ、私の目的のために、部下になってほしいのですよ」

「馬鹿か、なるわけないだろ。目的って、すべてのヤクザを滅ぼして、天下を取るつもりなのか?」

「天下? ヤクザのですか? はっはっはっ、そんなの興味ありません」

「じゃあ、なんだ?」

「世界征服です」

 微笑を浮かべた。

「どうやら頭の病気にかかっているようだな。今、治してやるぜ」

 引き金を引いた。まずは一発目。頭ではなく、肩を狙った。

 篠崎は手を素早く動かした。

 当たったはずだが、飄然としている。肩からは血が出ていない。外したか? 篠崎の後ろにある掛け軸をみるが、穴は開いていない。壁にもなかった。空砲だったのか?

「お探しのものは、これですかな?」

 親指と人差し指の間に弾丸があった。それを指で潰した。弾薬の粉がぱらぱらと落ちていった。

「なっ!」

「はっはっはっ、こんなもので私を殺そうだなんて、可愛いところがありますな」

「化け物が」

「さてと、次は私の番ですな」

 パチンと指を鳴らす。

 大きな音。奥にある襖が倒れた。隣の大広間から、うようよと背広を着た男たちが歩いてくる。その数は、ざっと10人を超えている。

「待ちかまえていたってわけですか」

 予想はしていたが、実際にそうなると恐怖心で震えた。

「ご活躍を期待していますよ」

「ふざけんな! 俺が倒すのはおまえだ!」

 拳を、篠崎にぶつける。

「ふんっ」

 腕を取られ、背負い投げをされる。風船のように軽々と投げ飛ばされた。俺は、男たちの近くに倒れた。

 受け身を取ったからダメージはない。急いで立ち上がる。敵の足は遅かった。杖を失った年寄りのように、のろりと歩いてくる。

 目がうつろ。顔が真っ青。頭が重そうに左右に揺らしている。生気がまったく感じられなかった。

 なにかに似ていると思って、すぐに気付いた。門前に立っていた、俺が撃ち殺した見張りだ。あいつがサングラスを外したら、同じような目をしていただろう。

 男たちは、なにやらブツブツと唸っている。

「のーみそ」

「なんだ?」

「ノーミソ食わせろ」

「ノーミソだぁ」

「ノーミソだ」「ノーミソがあるぞ」「ノーミソを食いたい」「ノーミソ」「のーみそぉぉぉーーーーっ!」

 大きな口を開けた。俺に向かって食いつこうとする。

 引き金を引いた。

『アドバイスをしよう。奴を殺すときは脳みそを狙え。そこが奴の弱点だ。迷わずに撃て』

 おやっさんの言葉を思い出し、脳みそのど真ん中を狙った。頭に穴をあけた。そいつは、後ろから倒れていき、ひっくり返った虫のように両手足をのろのろと動かしていく。暫くして、その動きも止まった。

 他の男たちはその様子を見ていたが、動きがなくなると、一斉に顔がこちらを向いた。

「ノーミソぉぉぉーーーっ!」

 確信した。こいつらは人間じゃない。かつては人間で、篠原組のヤクザだったのだろうが、今はそうではない。化け物になってしまった。

 遠慮することはない。したならこっちがやられる。組の仲間のように。これは敵討ちだ。情など消し去れ。

 人間の脳みそが好きであると同時に、自身の脳みそが奴らの弱点だ。俺は、近寄ってくる化け物の頭に銃口を定める。撃つ。脳に当たり、ひとり倒れた。また撃つ。もう一人倒れた。亀のようなのろさなので、面白いように当たってくれる。弱いわけではない。遠くならこっちが有利だが、近づかれたらこっちが不利となる。間合いを取りながら、俺は一発、一発、玉を大事にしながら、引き金を引いていく。

 事務所でなにが起きたのか把握した。兄貴たちは、篠崎のプレゼントによって、このような化け物となり、人間を食うようになった。そして、身体を食われた奴も同じ化け物となり、ノーミソを求めて……と地獄絵図となったのだろう。

 きっとおやっさんは、外に広まらないように、化け物になった部下を殺し、自分もそうならないように自殺したのだ。

「ゾンビか……」

 映画の世界だけの存在と思っていた。

「分かりやすくいえば、そうですな」篠崎は言った。「特別、名称があるわけでもないようですし、ゾンビウィルスとでも名付けましょうか。30%だとこのように、主人の言うことは聞いてくれるものの、思考が働かず、人間の脳みその誘惑に負けてしまうんだそうです。私がほしいのは70%ほどでしょうか。命令に忠実な部下になってくれます」

「他の組の奴らにプレゼントしたのはなんパーセントだ?」

「純度の悪い覚醒剤。偽物に近い粗悪品、といったところです。10%程度じゃないでしょうか。人の言葉は理解できず、脳みそしか興味なくなります。ゾンビに食われてウィルスに感染した人も、そのぐらいのゾンビとなります」

「ここにいる奴らは、一応はおまえの言うことを聞いているということか」

「ええ、主人の私を襲わない知能ぐらいはあります。ああ、人間の時の倍以上の力がありますから、捕まらないよう気をつけたほうがいいと、アドバイスいたします」

「お気遣いありがとよ。嬉しくて涙が出てくるぜ」

「どういたしまして、お礼は身体でいいですよ」

「あいにくホモじゃないんでね。遠慮するわ」

「いやいや、部下になれということですよ。女が欲しいなら、ゾンビの美女でも用意してさしあげます」

「ババアを彼女にしたほうがマシだぜ」

「私が作ったゾンビを次々と倒すご活躍。無傷でうちの部下を全滅させたら、私の闇の力をフルパワー使って、70%のゾンビにしてさしあげましょう」

「0%でも100%でもお断りだ」

「ゾンビになれば、そんな思いを消えてくれますよ」

「ふざけん……」

 カチ。カチ。

 くそっ、弾切れだ。

「さて、頼りになる武器を失いましたが、どうなさるのでしょうか?」

 ゾンビの動きが、二、三割速くなった。両腕を前に伸ばし、「ノーミソくわせろぉぉぉぉーっ!」と叫びながら、俺に向かってくる。

 思考能力はないが、銃に撃たれたら死ぬという知識ぐらいは持っていたようだ。知能は動物並みってところか。

 銃を逆に持った。ブンブン振り回しながら、後ろへ下がっていく。人間相手なら、拳銃を直接ぶつけるのも武器になってくれるが、相手はゾンビだ。威嚇にしかならないし、それもてんで役に立たない。じりじりと間合いが詰められていく。

 背中がぶつかった。

 壁だ。追い詰められた。目の前のゾンビたちが笑ったような気がした。

「ノーミソ食わせろぉぉぉぉぉぉーーーっ!」

 大きく開いたゾンビの口に、銃をくわえさせた。もがく奴の腹に蹴りを入れる。倒れた。その身体を踏んで、ゾンビとゾンビの間を通り抜けた。

 動かなかった。俺のスーツを掴んでいるソンビがいた。すごい力で引っ張られる。素早くスーツを脱いで、そいつの顔にかぶせた。そして蹴る。倒れなかった。視界を塞がれて、もがいている。別のソンビの手がこちらに来る。

 俺は横に飛んだ。畳の上を転がる。篠崎のいる方向に手を伸ばす。狙いは奴じゃない。その奥にあるものだ。

 日本刀。手に取った。ずっしりと重い。

 紋が付いた焦げ茶色の鞘を篠崎に投げた。当たったが、「おっと」とつぶやくだけだった。ダメージはない。

 両手で柄を持ち、勢い任せで日本刀を大振りに振った。

 ゾンビの手が真っ二つになった。

 ありがたいことに本物だ。

 狙いを定めてさらに振った。首が跳ねた。顔が、篠崎の足元に転がっていった。

 キック。

「のーみそぉぉぉーーっ!」

 ゾンビの顔が、大口を開けながらこっちにくる。咄嗟に避けた。後ろにいたゾンビに当たり、ボーリングのように3人倒れていった。

「人の物を盗むなんて、赤沢くんは悪い子ですね」

「ヤクザによい子はいねぇさ」

 ブン、と篠崎に刀を振った。かわした。目に見えぬ素早さだ。人間技じゃない。

 だが。

「ひとつ分かったことがあるぜ」

「なんです?」

「銃の時は手で取っていたが、刀は避けたことだ。手で掴むことができない。つまり刀ならおまえを殺すことができる」

「当たればの話ですよ?」

 ビンゴのようだ。

「当ててみせるさ」

「チャレンジ精神は褒めたいところですが、戦う相手を間違えてはおられませんか?」

 指を向けた。俺ではない。さらに後ろにいる奴だ。

「分かっているさ」

 背中にいるゾンビを斬る。血が出るが、固まりかけたセメントのようにドロっとしている。斬り心地は最悪だ。

「さっき俺の名を言ってたな。なんで知っている?」

「さきほど、妹の赤沢澄佳の名を言っていたじゃないですか。それとも名字の違うご兄妹なのですか?」

「記憶力いいな。ついでに、妹の居場所を教えてくれ」

「こちらが知りたいぐらいですよ」

「なに?」

「赤沢くんは勘違いをなさっているようですね。私は赤沢くんの妹の澄佳さんを誘拐してません、逆です、探しているのですよ」

「つまり妹のことを知っていたと?」

「そうなりますな。まさか探し人でなく、お兄様が来られるとは驚きです」

 驚いた様子もなく、のほほんと言った。

「どういうわけだ? 俺の妹はごく普通の中学生だ。ヤクザや化け物が興味をしめす相手じゃない。それになぜ、俺の組長が、死ぬ間際に、篠崎の屋敷に俺の妹がいると言ったんだ?」

「正確に、そのようにおっしゃったのですかな?」

「篠崎の屋敷。おまえの妹を……だったかな。誘拐したと俺は解釈した」

「ふむ、そうですな。私の推理によりますと……」篠崎は顎髭を撫でる。「ゾンビウィルスをプレゼントしたとき、赤沢澄佳を探しているから、知っていたら教えてほしいと伝えていたからではないでしょうか? まあ、一応、探す約束をしていましたし、連れて来れたらの話ですので、聞いただけの話ですよ」

 それでおやっさんは、その相手が俺の妹だと分かり、そのように伝えたというわけか。

「なぜ探している?」

「はて?」

「とぼけるな」

 篠崎は指を向けた。日本刀をブン回す。一人斬った。さらに一人斬ろうとしたとき、潰されそうな強烈な痛みが右足首を襲った。

「くっ!」

 倒したはずのゾンビが俺を掴んでいた。

 ヘソから下を失い、胴体が半分になった姿のまま、腹ばいで動いていた。

「日本刀の斬れ味に魅了されすぎたようですな。狙うのはノーミソですよ」

「そのようだな」

 ゾンビの頭目掛けて、刀を降ろそうとする。が、身体が動かない。別のゾンビが俺の肩を掴んでいる。そしてさらに別のゾンビが、日本刀を持つ腕を掴む。さらなるゾンビが後ろから抱きついてくる。

 倒れると、次々とソンビが俺の身体を襲ってきた。

 必死で逃れようとするが、身体の方がちぎれそうだ。ロードローラーに身体を潰され、身動き取れなくなったかのようだ。

「のうみそだぁぁぁぁぁぁっ!」

 ゾンビたちの口が開いた。血と臓器とよだれが垂れていく。そして奴らの歯が、俺を噛みつこうとする。

「ジ・エンド。期待できたのですが、ここまでですか。残念なことです」

 バンバン!

 一瞬の光と同時に銃声。

 上に乗っかるゾンビを押した。あっけなくどいてくれた。

 立ち上がった。ゾンビの頭を目掛けて、引き金を引く。倒れた。解放された右手で、日本刀を振り回す。割れた。

 一人、二人、三人、四人、五人。

 撃って、斬って、撃って、斬って。ゾンビが次々と倒れていく。ピクピクと痙攣するゾンビの頭を撃つ。動きが止まり、機能が完全に停止した。

 全滅。

 全部で13人。

 俺は日本刀を畳に挿し、肩で息をする。静寂するなか、周囲を見回す。

 立っているのは篠崎のみ。

 和室の向こうに、ゾンビが隠れていることもなさそうだ。自分の身体を確認する。血の跡があるが、それはゾンビのものだ。ウィルスに感染されてはいないだろう。

 試合終了。俺の勝利だ。

 いや、大ボスが残っているか。

「次はおまえの番だぜ」

 日本刀の先端を篠崎に突き付けた。

「ブラボーッ! ブラボーッ!」

 動じない。篠崎はのんきに拍手をする。

「あのピンチからの大勝利。感動しましたよ。いったいどのようなマジックを使ったのでしょうか?」

「こいつらが、元ヤクザで助かったってだけだ。ズボンの中に硬いもんを見付けた。いちもつって硬さじゃなかった。一か八かでそれを奪って、トリガーらしき部分をひいてみた。持ち主が人間だったころ、これでゾンビかなんかと戦ってたんだろ。すでに発砲が可能な状態になってた。運が良かっただけだ」

 命を救った拳銃を確認する。ダブルアクションオートマチック。SIG P220。自衛隊が使用しているタイプだから、その辺りから流れてきたものだろう。

「いやはや、ブラボーッ、ブラボーッ!」拍手を続ける。「赤沢くんは最高の戦士となるでしょう。私の忠実なシモベとなり、憎き女を倒そうじゃありませんか」

「ふざけるんじゃねぇ!」

 銃を撃った。一発、二発、三発、四発。弾が尽きるまで撃ち続けた。

「おや、蚊に刺されましたかな?」

 ノーダメージ。頭を掻くだけだ。

「化け物が……」

「地上界の人間ごときが、闇の世界の魔物に挑もうなんて無駄なあがきですよ」

「闇だと?」

「なにも知らないようですな。闇の世界、光の世界、伝説の魔法少女、フランジェルカ……そう、赤沢くんのお姉さまが何者であるのか、なにもかも……」

「意味不明だ。俺の姉がなんだというんだ?」

「記憶が封じられて、かわいそうなことです」

「記憶だと?」

「私の相手となるのはあなたの……おや?」

 篠崎は下を向く。

 床が光っている。篠崎を中心にして、魔法陣のような模様がついた円が出来上がっていた。

「動きを封じたわ」

 女の声。

 黒セーラー服に黒タイツを着た、真っ黒な長いストレートの髪に、真っ白い肌をした少女が歩いてくる。燃えるような真っ赤な瞳が、暗闇に潜む獣のように存在感を放っている。日本人じゃないのかもしれない。あるいはハーフ。胸当てに付いた紋章は、妹が通う野乃原中学校のものだ。年は十四歳ほど。同い年ぐらいか。

「斬りなさい」

 俺に命令をする。

「誰だ?」

「斬りなさい」

 それしか言わない。目線は、篠崎の方を向いたままだ。

「これはこれは、お姫様じゃありませんか。どうやって捕らわれの城から抜け出したのですかな?」

「闇の世界の小物界の大物イッヤーソン。あなたのクソ最悪なワル知恵に、ちょっとは惚れそうになったわ」

「お美しき姫様が私ごときの小物に惚れるだなんて、大変恐縮であります」

「惚れたのは0・001%ほど。その残りは、殺したい感情でウズウズしているわ。そこの男。イッヤーソンの動きは封じている。その刀で、さっさと首を切りなさい」

 言われたとおりにした。篠崎の首が飛んでいった。首から血が噴き出し、胴体は後ろに倒れていく。顔がコロコロと転がっていき、暫くして停止した。その目はこちらを向いている。

「赤沢くん、この娘があなたの妹の居場所を知っていますよ、なぜなら……」

 口を動かさず、声が出ていた。

「撃ちなさい。早く」

 奴の言葉を遮って命じた。

「弾切れだ」

「代わりがあるじゃない、ほら」

 篠崎に姫様と言われた少女は、床に落ちている拳銃を足でコツコツと叩く。ゾンビとなったヤクザのコートから落ちたものだろう。

「渡してくれ」

「重いのは持てないの」

「あんたは箸も持てないお姫様なのかい?」

「ええ、今の私には箸だって、鉄球のような重さよ」

「服を着るのも重いだろ。素っ裸になったらどうだい?」

「できればそうしたいけど、男の人の前で裸になってはいけないという知識ぐらいは、私にも持ってるわ」

「誰でも持ってるだろ。最近の若い女は、そうでもないのかねぇ」

 銃を拾った。M1911だった。どっから手に入れたブツなのやら。

「あんたが撃つかい?」

「だから重いのは持てないの。気味悪いから早く殺して」

「お姫様の頼みだ。了解した」

 スライドを後ろに引いて弾を発射させる。

 パン! パン! パン! カチ、カチ……。

 残念。四発目は無かった。

 顔に銃弾の跡ができたが、血は流れていない。足でつついてみる。無反応だ。

「殺したか?」

「中身の人間はね」

 彼女は篠崎の胴体を、首をかしげながら眺めている。

「中身?」

「分からなかった? こいつは肉体を操っていただけ。イッヤーソンが持つ能力よ。本体は、私たちが漫才している間に、さっさと逃げちゃったわ」

「つまりは、篠崎もゾンビだったというわけか。まともに動いていたし、70%とかかね?」

「ゾンビ?」

「こいつらのことだ。それとも別の呼び名があるのか?」

 俺は、銃を携帯しているヤクザのコートをまさぐる。弾を見付けると、空になった弾倉に詰めていく。

「本来は死者を生き返らせる術なの。名称はあるにはあるけど、人間には発せられない言葉よ」

「翻訳すれば?」

「蘇りの奇跡といったところね」

「蘇りったって、ゾンビだろ。嬉しくもねぇな」

「こいつらは失敗作。わざとそうして、人類を滅ぼす兵器として使おうとしているの。一応は主人の言うことを聞いてくれるし、脳みそしか欲しがらないから、人望のないイッヤーソンが、子分を大量生産するのに手っ取り早い方法ね」

「成功したらどうなるんだ?」

「魂が入るわ。体のメンテナンスが必要となるけど、生きている頃と殆ど変わりがなくなる。もちろん、自分の意思を持つし、知能も生前と同じだから、イッヤーソンの命令を聞くこともない。イッヤーソンの目的は兵士の増産。人を生き返らせることじゃないわ」

「そんなの、なんの奴に立つんだ?」

「ゾンビの力がどれだけ強いか、あなたは身をもって経験したんじゃない?」

「馬鹿だし、動きは鈍かったぜ」

「感染し、増殖が可能よ。百や、千もの大軍が襲いかかってきたら、ゾンビとチャンバラしていたあなただって、ひとたまりもないでしょ」

「たしかに、それはやっかいだな」

「質が低ければ低いほど、増殖は簡単にできる。特別なことは必要とせず、人間の体内にゾンビの細菌を入れればいいだけだもの。しかもゾンビは脳みそを求めるから、命令しなくても勝手に襲ってくれる」

「下手すると世界中がゾンビだらけになっちまうな」

「そんなのばっかになったら、イッヤーソンですらコントロールできないでしょうね」

「奴の狙いはなんだ?」

「世界征服なんじゃない」

「どうなったら世界征服といえるんだ?」

「世界征服って言葉の響きが素敵よね」

「そんな理由か? イッヤーソンの頭の中も、ゾンビ並っぽいな」

「そりゃ、闇の世界では下っ端扱いされていた奴だもの。出世できないのが嫌になり、地上界に逃げてきたのが、優秀のはずがないじゃない」

「んなバケモノの入国を、政府は許可したのか?」

「当然、不法よ」

「姫さん、あんたは?」

「ちゃんと闇世界管理組織の許可を貰っているわ」

「つまり、そういう組織があるんだな」

「ええ、数年前までは厳しく取り締まっていたのだけど、最近はザルね。入り放題よ」

「それでご覧の有様ってわけか」

「予算がなくなってどうしようもなくなったって、ボヤいていたわ」

「んで、その闇の管理組織は、この事態をどうしようというんだ?」

「さあね、会ってないから分からないわ」

「それで」俺は弾倉を銃に挿入し、スライドを引いた。「おまえはだれだ?」

 少女に拳銃を向ける。

「ごく普通の中学生」

「ゾンビの死体を見ても、銃を向けられても、一切動じない中学生のどこがごく普通だ?」

「ごく普通でない中学生」

「なにものなのか聞いているんだ。イッヤーソンってバケモノの仲間か?」

「同じ世界の住民ってだけよ。さっきも言ったけど、私は許可を貰って地上界にいるわ。あんなやつと一緒にしないで」

「篠崎だった奴が死ぬ前に、おまえが妹の居場所を知っていると言っていた。それは本当か?」

「あなたの妹?」

「赤沢澄佳」

 少女の首が傾いた。

「ああ、あなた弟なのね」

 首を戻してから言った。

「俺は兄だ」

「弟よ。まさかそっちが先に舞台に上がってくるとわね、予想外だったわ」

「俺に分かるように説明してくれ。人をゾンビにする能力を持つ化け物イッヤーソンは、妹を探している。妹の居場所は、おまえが知っている。それでいいか?」

「間違いがあるわね。イッヤーソンは、人をゾンビする能力を持ってないわ」

「じゃあ、なんだ?」

「その方法を知ったのよ。蘇りの奇跡は、素材さえ集めたら、魔法力のない人間だってできることなの」

「どうやる?」

「説明すると長くなるわよ」

「つまり、おまえはその方法を知っているってわけだ」

 少女は何もいわない。俺は引き金に手を付けた。

「イッヤーソンにゾンビを作る方法を教えたのは、あんただな?」

 撃つ仕草。少女は動じない。俺の目を見続けていた。

「……不本意ながら」

 暫くして答えた。

 ビンゴというわけか。元凶はこの少女だ。

「妹はどこだ? 安全な場所にいるのか? そもそもおまえは何者で、なんの目的があってここに来た? ゾンビが出てきたり、銃が効かない化け物がいたり、現実では考えられないことばかりだ。一体、なにが起こっている?」

「なにも知らないのね。混乱するのも無理はないわ。知りたい? 全てを? いえ、あなたはもう、選択の余地はない。嫌でも知ることとなるでしょうね……」

 少女は数歩あるいて、銃口に自分のあたまを付けた。

「引きなさい」

「なにを言っている?」

「撃ちなさい」

「俺の哲学は、女を傷つけないことだ」

「じゃあ、なぜ銃を向けているの?」

「ただの脅しだ」

「撃っていいの。いいえ、撃ちなさい。それがあなたにとっての、真実の扉を開く鍵だわ。答えを知りたいのなら……」

 少女の両手が、俺の手に触れた。感触がなかった。とても軽い。

「撃ちなさい」

 銃が火を放った。

 少女の姿はなかった。

 その代わりに、ヒラヒラと何かが落ちていった。人の形に切られた白い紙。頭の所には穴が開いていた。

 それを拾った。

 油性マジックのインクのにおいがした。

『神ノ山駅前ホテルアプロディーテ705号室』

 紙にはそう書かれてあった。



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