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33・結局は俺たちは、フランジェルカに頼らざる得ないってことか

 そいつはゾンビであって、ゾンビでなかった。

 悲鳴がして、俺たちは即座に駆付ける。体育館を出ると、幅一メートルはある太い柱が二本、通せんぼしていた。唐突に大木が出来上がったのではない。

 足だ。

 校舎の高さまで巨大化した人間が、俺たちを見下ろしている。

 虹彩の色を失い真っ白となった眼球、筋肉が極限まで盛り上がっている。白スーツが裂けて、ほぼ裸となった状態だ。ありがたいことに股間部分は規制が入ったかのように黒ずんでおり、ぶらぶらさせた像さんを拝まずに済んだ。

 狼谷敬司であるのだろう。鬼のような形相をした顔つきは、奴の面影がなんとなくあった。はっきり分かるのは、角刈りの髪ぐらいだ。

「あーらら、コテンパーンじゃなーい。ひさっしぶりに見たわねぇ。元気してた?」

 姉貴は暢気に挨拶するが、うっすらと冷や汗をかいている。

「昨日倒しただろ」

「あれ、一瞬だったし……っと危ないっ!」

 狼谷敬司が拳を振り落ろした。速い。巨大な鉄球が落ちてきたかのようだ。避けるべく体を動かす前に、強い力で後ろに引っ張られた。姉貴だ。地面のアスファルトが砕かれ、破片が飛び散った。

「助かった」

「次くるよ!」

 さらにパンチが飛んでくる。

 姉が、俺を押し倒した。地面に伏せたのを確認してから、自分は頭を下げずに両手でガードを作った。

 ぶつかった。ゴツンと骨が折れたような鈍い音がした。

「ぐあぁぁぁーっ!」

 姉貴は吹き飛ばされた。校舎の壁に体当たりさせる。窓ガラスが割れて、コンクリートに裂け目が出来ていく。

 俺は、日本刀を振った。敬司は、ジャンプして避けた。巨体に似合わない軽々とした身のこなしだ。ジャンプ力が高く、ヒマラヤ杉のてっぺんまで飛んでいく。

 敬司が落ちてくる。足の下に生徒たちがいる。

 踏みつぶす気だ。

「させるかぁぁぁぁーーっ!」

 姉貴がダッシュをし、跳び蹴りを食らわした。

 敬司は前に傾くが、倒れない。姉貴の脚をつかんで、両足で着地する。

 生徒たちは無事だった。

「くそっ、はなせぇぇぇーーっ!」

 姉は、掴まれてない方の足を使って、ガンガン蹴りを入れていく。

 ビクともしなかった。

 敬司は、掴んだ足をブンブンと振って、遠方の山の奥へと力一杯に飛ばしていった。

「赤沢先生っ!」

 姉貴の姿が見えなくなった。

 コテンパーンの拳があがった。生徒たちにむかって、勢いよく振り下ろす。

 衝撃音はなかった。

 拳が浮かんでいる。その手前には澄佳がいた。シールドを出して、みんなのことを守っている。

 俺は、澄佳のシールドの上に乗った。トランポリンのように、体を弾ませてジャンプする。コテンパーンの腕に足を付けると、上に向かって走っていった。

 上腕の肩の近くまでくると、頭を狙って日本刀を振った。

 避けられた。敬司は、一回転ジャンプをして、後ろに下がる。体に似合わぬスピードだ。

 俺は地面に落とされる。

 敬司の足が地に付くと、地面がガンと揺れて、縦揺れの地震が起きる。

「おしかったわね。まあ、当たったとしてもかすり傷程度でしょうけど」

 美桜が、俺の手を引っ張って立たせた。

「倒す方法を教えてくれ」

「教えるまでもないわ」視線を外して、コテンパーンを見る。「これが奴の切り札なのかしら?」

 怪訝とした様子で呟いた。

 コテンパーンの口は開いていた。その奥から光が見えた。

「まずい!」

 逃げろ!と叫ぶ間もなかった。黒々としたエネルギー波が瞬時に飛んでくる。

 無駄だと分かっていようが両手でガードを作った。

 俺たちの前に何かが飛び降りた。光線の前に両手を出すと、真っ白い光の壁ができあがる。

 青く染まったポニーテールの女性。

 響歌さんだ。

 白と青のツートンカラーのドレスで、パラソルのような短い丈のフリルスカートをはいている。ほっそりとした二の腕が露出していて、ムダ毛のない脇のラインがいい感じに見えていた。その左腕には、澄佳にプレゼントした光の輪が何本か、フラフープのように回っている。大きさは大小、様々だ。そのうちの一本は人差し指にあり、くるくると回っていた。

 魔法少女の姿だ。敬司の攻撃を防いだ光の壁が消えると、軽くジャンプをし、両手をあげて、手のひらサイズの太陽のような光の玉を出した。

「メテオシュートっ!」

 叫びながら、バレーボールのスパイクのように、コテンパーンめがけて叩きつけた。

 剛速球。

 敬司は両手でキャッチした。衝撃で、両足が地面にめりこみ、二本の線が引かれていった。

 十メートルほどで体が止まり、勝利の含み笑いをする。

「それはどうかしら」

 含み笑いを返すと、五本の指をクイッと折り曲げた。

 光の玉が爆発した。

 コテンパーンは炎に包まれ、雄叫びをあげた。

「言ったでしょ、教えるまでもないって」

 響歌さんが助けにくると予想していたようだ。美桜は、逃げることなく、泰然として佇んでいる。

「結局は俺たちは、フランジェルカに頼らざる得ないってことか」

「残念ながら、ね」

 コテンパーン化した狼谷敬司は咆哮をあげる。

 闇の光を全身に発して、包み込む炎をかき消した。こんがりと焼けた体はゆだっていた。

 両腕を胸の前でブンブンと回していき、エネルギーのチャージが完了すると、お返しとばかりに口から光線を発した。

「はぁっ!」

 響歌さんの左腕にあるリングが光った。

 腰から斜め上に振って、空のかなたに弾き飛ばした。校舎の一部に当たり、コンクリートの破片がポロポロと落ちてくる。

 生徒たちが、頭を押さえる。

「まいったわね」このまま戦っては、生徒たちが巻き込まれてしまう。「鏡明くん。あいつをどかすから、みんなをその先のグラウンドに連れて行ってくれる?」

 響歌さんがこちらを向いた。

 肌にムーン文字のようなのが刻まれてある。姉貴もそういうものが付いていたし、魔法少女である印なのかもしれない。

「グラウンド?」

「野球のね。ヘリコプターを向かわせているの。そろそろ到着する頃よ」

 野球専用の第二グラウンドは体育館の隣だ。コテンパーンが道を塞いでいる。そいつを、どかしている間に、全員を引き連れて走れということだった。

「分かりました。それと、響歌さん」

「なに?」

「美しいです。結婚してください」

「ふふっ、菜穂香が言った通りのことを言ったわ」

 よろしくたのんだわよとウィンクしてから、響歌さんは敬司の胸へと体当たりをする。

 ぶつかると、敬司は一歩下がった。両手を上げて、子バエを叩くように、響歌さんに掴みかかった。当たらない。パチンと一回、両手を叩く音がした。

 響歌さんは、すでに頭上に飛んでいる。

 両足をくるっと上に回すと、手と手を重ねた。

「シャイニングアルティビーム!」

 光線を発した。必殺技名を叫ぶのは、フランジェルカの時の癖なのかもしれない。

 後頭部が爆発した。髪の毛が、チリチリになる。前屈みとなり倒れかかるも、右足を前に出して、踏ん張った。

「ゴデンパァァァーーーン!」

 鋼鉄の右腕の筋肉をさらに太らせると、後方で宙に浮いている響歌さんにめがけて大きく振った。さらりとかわした。逆の腕も太らせて、大振りで振った。それもかわていく。

「のぁみぞぐうぁぜろがぁーーっ!」

 手と手を重ねて、言葉にならない雄叫びをあげながら、どす黒い光を発した。山をも吹き飛ばしそうな大きさだ。はじけば、俺たちに被害が及ぶと思ったようで、回避せず、両腕でガードした。

 直撃した。

 響歌さんの体が吹き飛んだ。ガードしたままの体制だ。ダメージは大きくない。

 コテンパーンは、響歌さんを追いかけるべく飛び上がった。

 それにより、グラウンドへの通路が開かれた。

「今だっ!」

 俺は、生徒たちに走るよう促した。フランジェスカとコテンパーンの戦いに、我を失ったように観戦していた生徒たちは、ここは現実であることを思い出して、慌てて足を動かしていく。

 グラウンドの二塁ベースの近くに、UH―1Jの多用途ヘリコプターが止まっているのを発見すると、全力で駈けだした。

 グラウンドにいるゾンビは、自衛隊が銃器で倒していた。何人か残っていたが、遠くにいるから、近寄らなければ大丈夫だ。

「百倍返しじああぁぁーーーーっ!」

 魔法少女に変身した姉貴が、落ちていった山の森から飛び上がってくる。跳び蹴りの体勢をつくって、ジェット機のようなスピードで響歌さんを追いかけて高々とジャンプした敬司に突撃した。

 ハイスピードのジャンプキックを食らった敬司は、第二校舎の壁を貫通して、その奥にある体育館の屋根と壁をも破壊する。

 体育館の天井は、隕石が追突したような深い穴ができあがる。

「ちょっと、菜穂香っ!」

「たはは、やりすぎちゃった?」

 被害状況をみて、宙に浮いたまま苦笑を浮かべる。

「やりすぎちゃった? じゃないわよ、バカっ! 生徒たちを怪我させたらどうするの! それに私たちは結界のない状態で戦っているの! 壊れた家を魔法の力で直すことが、できないの! 気をつけなさい!」

「ごめん、ごめん……こんなに、威力あるなんて思ってなくってさ」

 体育館の壁から、コテンパーンの拳が出てきた。

 しぶとい奴だ。体中が傷だらけになっても、動く体力は残っている。

「うわぁっ!」

 傍にいた男子生徒がビックリする。

「速く逃げろ! グラウンドだっ! 休んでいる暇はないぞ!」

 生徒は、アリのように這うようにして走っていく。

「きゃあっ!」

 別の所から悲鳴がした。

 敬司が作った横穴から、体育館のゾンビがわらわらと出てくる。

「ちっ、こんなときに!」

 俺は駆け寄った。女生徒に近付くゾンビを斬っていく。

「急いでにげ……くそっ!」

 敬司が壁をぐーパンチで破壊させながら、のっそりと歩いていた。

 俺たちの通行の邪魔をしていた。

 ぐらっと校舎が傾いた。コンクリートが崩れていき、コテンパーンの下に落ちていった。

「あらら、行けなくなったわね」

 コテンパーンは、瓦礫に埋もれる。通路が塞がれ、先に行けなくなってしまった。

「逆周りだ! 校舎裏から回っていけ!」

「はいっ!」

 残った生徒たちは聞き分けよくしていた。

「澄佳も姫さんもだ! ヘリコプターで逃げろ!」

「う、うん」

 澄佳は、樋村に肩を貸していた。彼の世話をしていて、取り残されていたようだ。

「妹を頼んだ」

 男を見せろと、親指を立てる。

「足手まといになってますけどね」

「ならない方法はただ一つだ。妹を連れて、早く逃げろ。余計なことはするんじゃない。その行動の全てが迷惑になる」

「分かりました」

 苦笑を浮かべる。役に立ちたい。けれど、なにをしても足手まといにしかならない。そのもどかしさを痛感している。

 澄佳に支えられて歩く樋村の背中は寂しげだった。

「きゃあぁぁぁーっ!」

 大きな悲鳴。女生徒が木の陰にいたゾンビに捕まっていた。

 銃声が二発しして、ゾンビが倒れた。

「さっさといきな」

 女の声。生徒は、礼をせずに走っていく。

 良子だ。

 後方に島がいる。彼は、拳銃の弾を詰めている。

「ぶっぶっぶっ、ぶっごろずぅぅーーっ!」

 コテンパーンが、瓦礫から這い上がり、空に向かって絶叫をあげる。

「なんだいあれは?」

 コテンパーンになった自分の旦那を怪訝に眺める。

 俺は、良子の喉元に短剣を突き付けた。島が、俺のこめかみに拳銃を当てる。

「どうしたんだい、一体?」

「イッヤーソンだな」

「なんのことだい?」

「今まで、どこにいた?」

「ダンナを追いかけていたのさ」

「ずっとか?」

「当たり前だろ。見失ったと思ったら、外で大きな音が聞こえてきた。向かってみれば、この有様だよ。あの化け物。うちのダンナなのかい?」

「そうだ、あいつは化け物になった狼谷敬司だ」

「困ったねぇ。片をつけたいのに、あんな怪物、アタシには倒せそうにない」

 良子の足元に水たまりが出来ていた。血だ。破いた着物を包帯代わりに縛って、傷口を塞いでいるが、出血は止まらなかった。

「やられちまったよ。だから、そのドスで殺してくれたって構わないんだ。その前に、ダンナをこの手で殺したかったよ」

 と、良子は笑った。

「おまえじゃないんだな」

 島の方を見る。奴は無言で、俺のこめかみに拳銃を突き付けている。

「あなたたち二人は、ずっと一緒にいたの?」

 美桜が聞いた。

「ああ、島はずっと私を守ってくれたよ」

 無言で島も頷いた。

「どちらかが、黒い光を出さなかった?」

「黒い光?」

「そうよ、誰かが黒い光を出して、樋村陽介を化け物にしたの。かなり大きな力を使うから、一緒にいたなら確実に見ているはず」

 見ていないと、二人とも首を横に振った。庇っているわけでもない。信じてよさそうだ。

「あなたたちじゃなかった。とすると……」

 ハッとして、顔色が変わった。

「そうよ、なんで気付かなかったのっ! 私としたことがっ!」

 美桜は、澄佳が逃げた先を振り向いた。

「澄佳っ! 逃げなさい、早くっ! イッヤーソンの正体はっ!」


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