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32・人と魔法少女、共に戦う時代がやってきたのかもね

「こっちよ」

 美桜が先導し、俺と澄佳で生徒たちを守っていく。

 突いた。ゾンビの胸を貫通する。斜め上に斬ったら、内臓とドロッとした血が出てきた。

「ひぃっ!」

 背中から悲鳴が聞こえた。おぞましい光景に、耐え切れなくなって、喉から発してしまった。

「吐いていいが、気絶すんじゃねぇぞ。見たくないなら、目をつぶっていろ」

「が、がんばります。あ、いえ、がんばってください」

「おう」

 場違いに感じるエールに、良い具合に緊張がほぐれた。

「俺も戦います。なにか武器ないですか?」

 樋村が近寄ってきた。澄佳が戦っているから自分もと思ったようだ。断ろうとしたが、返って無茶なことをしでかして、足を引っ張りそうだ。俺が、樋村の立場だったら、絶対にそうなっていた。

 リボルバーを持つゾンビの腕を切った。地面に落ちた銃を、彼に向けて蹴った。

「拾え」

 言うとおりにした。

「俺、銃を使ったことないです」

「ある中学生がいるほうがビックリだ」

「それも、そうですね」

 微笑を浮かべてから、銃口をゾンビに向ける。

「慎重にやれ。頭の中心を狙うんだ」

「はい」

 引き金を引いた。カチ。弾は出ない。「ハンマー」と俺が口にして気がついた。樋村は、親指で起こして、もう一度狙いを定めて、引き金を引いた。

 一人、倒れた。

 想像以上の銃の衝撃にビックリするが、俺でもやれると自信を持って、次のターゲットを狙おうとする。

「やめろ」それを俺は止めた。「弾の追加はないんだ。これ以上は撃つな。よほどの時に使え。おまえの仕事は、ゾンビを倒すんじゃなく、仲間を守ることだ。それだけを考えて行動しろ」

「分かりました。その通りですね」

 礼儀正しいし、判断力のある男だ。悪くない。

 さぞ、女にモテることだろう。

「澄佳のお兄さんですね」

 肩が触れあう距離にきたとき、澄佳に聞こえないよう、小声で呟いた。

「知ってるのか?」

「かっこいい兄がいるって、聞いています」

「それは違うな」ゾンビの血が顔に付着したので、スーツの袖で拭いた。「姉貴の影に隠れた、哀れな弟だ」

 出入り口は、手を伸ばせば届きそうなほど近くにあるのに、そこに中々たどり着くことができない。わらわら向かってくるゾンビから、十三人もの生徒を守りながらだ。一気に書き抜ければ、何人もの犠牲が出てしまう。だからと、慎重に進んだところで、ゾンビに追いつかれてアウトとなる。

 どうにもならない。走れば30秒で一周できる体育館のフロアが、こんなに広いのかと驚くぐらいだ。

「あっ」

 澄佳が転んだ。

 前方でシールドを続けざまに出すことで、ゾンビを押し出していたが、勢いを付けすぎて、足をすべらしてしまった。

 顔を上げた先。ゾンビが見下ろしていた。

「澄佳っ!」

 樋村が走った。俺と澄佳よりも素早かった。彼は澄佳を抱きしめて、勢いよく転がっていく。

 絶叫がした。澄佳のシールドを失ったことで、ゾンビが前にやってきた。樋村は、澄佳を胸に抱き寄せたまま、拳銃を撃った。

 四発で弾切れ。どれも脳みそに命中しなかった。

「澄佳っ!」

 二人はゾンビに取り囲まれてしまった。樋村は足を挫いたようだ。起き上がろうとして、激痛にしゃがみこんだ。

 澄佳を守りながら、ズルズルと尻餅をついて後退りしていく。

「くそっ!」

 対処しきれない。自分の周りにいるゾンビを片付けるので精一杯だ。助けたくても動けなかった。ゾンビはさらに増えているので、斬るのが追いつかない。

「逃げろっ! なにをしている、さっさと逃げろっ!」

 叫ぶしかなかった。生徒の何人かが逃げていくも、バラバラになっていた。連携が取れておらず、いいカモになっている。

 ゾンビが、男子生徒の腕を掴んだ。

「いただきまーす」

 引っ張って、生徒の肉に食いつこうとする。

 唐突に、ゾンビの体が吹き飛んだ。

 ジャンプキック。さらにキックが入った。すぐさまパンチをし、もう一体のゾンビの顔面を砕いた。ゾンビは綺麗にKOされていった。

 複数のゾンビを相手に、ジャブを連打する。すべて頭を狙っていた。そのすべてに、ダメージを与えていた。

 握り拳を作って、ハンマーのように振り落としていく。鉄球の衝撃を食らったかのように、頭蓋骨を粉々になっていく。

 素手の攻撃なのに、とてつもないパワーだった。

 人だ。自衛隊の迷彩服を着た女性。連獅子の毛振りのように長い髪が舞った。

「お、ま、た、せ」

 ニッと笑う。姉貴だった。

「赤沢先生!」

「お姉ちゃん!」

「やっほー、みんな、元気にしてたかな」

 ブイとピースする。ピースを返したのは澄佳だけだ。

「姉貴、なにやってるんだ」

「助けに来たに決まってんじゃん。魔法少女は来るなといったけど、赤沢菜穂香は来るななんて言ってなかったでしょ?」

 ゾンビが反撃するべき、頭突きをしてきた。姉貴は、上体を下げて避けると、そのまま掌底突きで顎を打ち込んだ。ひるんだところを、くるりと体勢を変えて、回し蹴りをする。

 ドサッと倒れると、「ねっ」とウィンクする。

 変身しなくても、相当な戦闘力だ。

「ならば、もっと早くに来てくれ」

「これでも早くに来た方だって」ゾンビにワンツーパンチを浴びせる。「来る途中にいたゾンビをやっつけながら来たんだもん。さすがのあたしも疲れたわ。明日は筋肉痛間違いなし、つーか、手が痛すぎてふくれちゃいそうだわ」

 手の平を振って、痛そうな仕草する。

「んでさ、あんたたち」

 バッと、生徒たちのほうを振り向いた。彼らは全員、姉貴を見て呆気としていた。

「なにをクズクズしてるのかな? 早く逃げるよ。あなたたち運動部でしょ。しゃきっとしなさい、こんなときに鳩が豆をつまんだ……だっけ? そういう顔してどうすんの」

「その、体が動かなく……」

 て……と女生徒が呟いた。

「情けないわねぇ。こっちはゾンビを倒さなきゃならないけど、あなたたちは逃げるだけじゃない。とってもイージー、簡単でしょ。野乃原中学の運動部の底力を見せなさい!」

「はい!」

 言っていることは無茶苦茶でも説得力があった。姉貴の一喝にビックリとして、生徒たちは呪いが解けたように立ち上がる。

「樋村先輩たてるか?」

「……なんとかな」

 澄佳は、足を挫いた樋村に肩を貸す。美桜は、そんな二人をじっと見ている。

「走れっ!」

 陸上競技のスタート音のように、生徒たちは一斉に走った。ゾンビが来る。それを姉貴が、キックで飛ばした。「ほらほら、キーンといきなさい!」と、走れない生徒の背中をグイグイ押していった。

「鏡明、ゾンビを引きつけるよ。あたしの背中になりなさい」

「うぃ」

「返事ははい!」

「へぃへぃ」

「そーゆうところ、昔っから変ってないんだから」

 俺はいつまでも、姉貴に素直にならない弟だ。

 姉貴は、ゾンビの前にくる。

「こっちこっち、あたしの肉はうんまいぞー」

 生徒を追いかけようとするゾンビを誘導させる。

「いただきまーす!」ピッチングフォームのように、体重を右拳に集中させて、大きく振りかぶる。「めっしあっがれーっ!」

 ストレートパンチを食らわせた。重いパンチだ。気持ちよくノックアウトされる。

「さすがは、百メートルを八秒で走る女だ」

「ごめん嘘ついた。七秒なのよね」

「サバを読む理由がどこにある?」

「いやぁ、あまりバケモノと思われたくないし」

「バケモンだろ」

「失礼ね、あたしほどの美女はいないっていうのに」

「そうだな」

「へっへー、ついにあんたもお姉さんの美しさを認めざる得なくなったのね」

「姉貴、美しいぜ。惚れちまいそうだ」

「うわ、やめて、ゾッとしたわ」

 下らないやりとりをしつつも、俺は姉の背中をキープし、ゾンビたちを斬っていく。

 一人、二人、三人。勢いをつける。

 背中を気にせずに済むのは楽だった。姉貴も同じように思ってくれるとありがたい。

 拳銃をこちらに向けているゾンビがいた。引き金を引く前に、姉貴が前蹴りで銃を飛ばす。

 俺は、そいつの首を斬り落とした。

「やるじゃない」

「姉貴には敵わないさ」

 俺の背中と、姉の背中が合わさった。さすがに疲労はあるようで、肩で息をしている。

 ゾンビは俺たちの周りを囲んでいく。

「へっ」

 その光景に、俺と姉貴は同時に笑った。

「鏡明、怪我したらしょうちしないんだからね」

「姉ちゃんこそな」

「姉ちゃんねぇ」

 突撃した。

 形なんか気にしなかった。人間相手なら、力任せの攻撃は、ど素人でない限りは返り討ちに遭ってしまう。だが、相手はゾンビだ。数も多い。型にとらわれていたら、緊急時にマニュアルを意識して、咄嗟の対応ができなくなるようなものだ。間合いと、姉の位置を意識しながら、己の腕と、体力を信じて、がむしゃらに日本刀を振り回していく。

 背中から、ゾンビをKOする打撃音が立て続けに聞こえてくる。姉貴は計算して、殴っているのではなく、本能で動いている感じだ。格闘を学んでいるわけではない。魔法少女の経験こそ、全てだ。

「はぁ」再び俺の背中に体を寄せて、一呼吸をついた。姉の汗のにおいを感じた。悪い心地はしない。むしろ対等であることに、嬉しくなってくる。「まさか、弟と戦う日がくるとはねぇ」

「響歌さんと比べたら、役立たずだけどな」

「人間の状態での戦いなら、あんたの方が楽かもね」

 嬉しいことを言ってくれる。

「鏡明!」

 ゾンビの手が目の前にあった。打ち込まれる前に、上体を後ろに動かし、なんとかかわした。

 ハイキック。かまいたちが起きそうな風が来た。ゾンビが数メートル先まで飛んだ。

「すげぇ力だな」

 これほど頼もしい助っ人はいない。俺のほうが足を引っ張ってるぐらいだ。

「あたしって、魔法使うよりも、肉弾戦の方が得意なのよね」

「良く分かる」

「響歌が言ってた。これは人間たちの戦いであって、私たち魔法少女は見守っていくべきなんだって。たしかにあたしたちは引退の身よ。魔法少女っていったって十年前の話、もう少女って年じゃなくなっている。だけど、光の国が封印されている今、後継者はいなくなってしまっている。今回のように闇世界の新たな魔物が平和を脅かしてきたら、人間の力でやっつけるしかないのは分かっている。それをあたしは止めないし、止めることだってできない。でもね、見守るだけなんて、絶対に嫌。あたしたち魔法少女が救ったこの世界。新たな敵が現われたなら、戦ってやる。何度でもね。たとえ、お婆さんになったとしても、敵がくるたびに戦ってやるわよ」

「その時は一人じゃない。俺も戦ってやるさ」

 魔法少女に守られてばかりの人生なんて、俺はご免だ。行く先が地獄となろうとも、俺は戦っていきたい。

「人と魔法少女、共に戦う時代がやってきたのかもね」

 新しい時代の幕開けってところか。

「だとしても、次はない方がいいけどな」

「それは同意」

 姉貴は、休むことなくパンチを連打する。次々とゾンビを潰していく。突然、バランスを崩した。足首を捕まれていた。びくともしない。逆の足で、踏みつぶした。くちゃっと不愉快な感覚がしたようで、「うげぇ!」とと声をあげる。

「よしよし。全員、脱出できたわね」

 生徒たちの姿はなかった。無事に出られたようだ。

 ホッとしかけたとき、外から悲鳴が聞えた。



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