31・こんなときに下ネタはやめて
体育館は、鉄骨鉄筋コンクリート構造の、なんの変哲のない施設だ。姉貴が中学の頃に、巨大な竜巻が発生して、屋根が吹っ飛んだことがある。
あの当時、タワーが折れ曲がったり、山にクレーターが出来上がったり、不思議な現象が頻繁に起きていた。
今にして思えば、闇世界の魔物と魔法少女の戦いによって起こったものなのだろう。
体育館は、俺が入学した頃には、すでに新築されていた。そのときは真っ白だった壁も、十年もの月日を得て、汚れが目立つようになっている。
さきほどの爆発によって、横側の壁に真っ黒い焦げ跡が出来ていた。中心にある鉄製の引き戸は、元の色が分からないほど黒々としている。爆弾の衝撃に耐えたが、扉を支えるレールが壊れて、グラグラの状態だ。
力を込めてキックすると、あっけなく倒れた。手前にいたゾンビが、潰されていった。
下敷きになったゾンビの脳みそを潰す勢いで踏んづける。体育館内のゾンビは、反応が鈍いだけあって、俺たちに気付いていない。遠くで物音がしたように、気に掛けていなかった。
俺は、ノーミソだぁと反応を示す前に、通行の邪魔をするゾンビを連続で斬っていった。
「ゾンビは任せろ。二人は人質だ」
「了解したでー」
ゾンビは、ネットの中継で見たときよりも少ない数だ。館内を見回しても、狼谷敬司の姿はない。奴が多くのゾンビを引き連れて、別の場所に移動したのだろう。
減っているとはいえ、ゾ数は五十以上いる。銃やナイフの武器を持っているゾンビもいた。
俺一人では処理しきれない数だ。
囲まれないように、壁越しで移動する。近付いてくるゾンビを始末しながら、澄佳たちに道を作っていく。
「銃」
指摘する先に、ショットガンを持つゾンビがいた。
銃口はこっちを向いている。
「澄佳っ!」
「おいさっさー」
バァンと発砲音が響いた。弾丸は、澄佳のシールドを大きく外れ、左側にいるゾンビの脇腹に穴をあけた。
「まあ、ゾンビだしね」
命中率は最悪だ。どこへ飛んでくるか分からない。
ショットガンをぶっ放したゾンビは、当たらなかったことを不思議がって、銃口をのぞき込んでいる。俺はそいつの前にきて、引き金を引いてやった。
頭の半分が吹っ飛んだ。
ショットガンを引ったくる。
SPAS12。セミオートとポンプアクションを切り替えられるタイプで、フォアエンドはオート側になっている。
俺はこちらにくるゾンビに向けて引き金を引いた。
頭が破裂した。快感を覚える破壊力だ。
澄佳たちの所に退りながら、もう一発お見舞いした。肩に当った。もう一発。
カチッ。
残念、二発で弾切れになった。
ショットガンを投げた。よろめいたゾンビを、村雨で真っ二つにした。
「来たわ」
「ちぃっ」
飛び上がった。二人の前にいるゾンビの首をはねた。
「次」
美桜は後ろを指す。
その方向へ力任せに村雨を振った。肩から腰を貫いた。さらに三人のゾンビが近付いてくる。俺はバックしながら、そいつらに日本刀を振っていく。肉体の限界を無視する激しい動きだ。段々と、呼吸が乱れてくる。
「みんな、助けにきたでー」
人質の数は十三人。
ありがたいことに、一人も欠けていなかった。彼らの周りは、楕円形の魔法陣が刻まれてあり、うっすらと光を発している。
これが人質を守り、閉じ込めてもいる、束縛の結界のようだ。
ゾンビは結界内に入ることができない。複数のゾンビが、魔法陣の前で足ふみをしている。
そいつらを一人一人、丁重に倒していく。
「澄佳、無事だったのかっ!」
呼び捨てだった。
前髪がツンツン立ったスパイキーショートの男子生徒は、牢獄で恋人と再会したように、結界の壁に両手をつける。身長が百八十センチ以上ある、中々のイケメンだ。
中学時代「女の子だったらよかったのに」と言われていたほど、かわいい系だった俺としたら、うらやましい限りだ。
「樋村先輩」
澄佳は、戸惑った表情を浮かべた。一瞬だ。その感情を打ち消すように、にっこりとした。
「無事や、無事や、みんなを助けにこれるぐらいに無事なんや」
この樋村先輩が、澄佳の好きな男というわけか。姉貴が中学生のときに惚れていた男と似たタイプであることに、血は同じものを選ぶものなのかと思った。
「結界を解除するわ。樋村先輩、感動の再会は後にして、後ろにさがって」
「ああ、小麦さんもありがとう」
美桜には名前にさん付け。
それだけで、澄佳との距離が分かる。
彼がリーダーなのだろう。他の生徒たちに下がるよう指示をすると、全員、言うとおりにした。
「え? これ消しちゃうの?」
体育座りで丸まっていた女生徒の顔が上がる。泣きじゃくった跡のある目は、大きくなっていた。
「当たり前でしょ。そうしなければ、助けられないもの」
美桜の言葉に、死の宣告をうけたような顔をする。
「やだ。ここにいる。ここなら、この気味の悪いの、襲ってこないもの。私、この場から離れたくない!」
同じ気持ちの生徒たちがいるのは、周囲の反応からよく分かった。助けを待っていたとはいえ、やってきたのは男が一人と、少女が二人。しかも、自分の学校の女生徒なのだ。こいつらで大丈夫なのかと不安がっている。
「あなたたち、死にたいわけ?」
「死にたくない!」
別の生徒が叫んだ。
「ならば言うとおりにしなさい。私たちは助けにきたのよ。残りたきゃ勝手にしろだけど、生きて帰れる可能性はゼロよ」
「でも、これがあれば」
結界の中なら安全と思っているようだ。
「不可能よ。結界は、あなたたちの死を遅らせているだけに過ぎない。それに、あなたたちが居たら親玉をドカーンと倒すことができないの。早くここから脱出して、安全な場所に避難するべきなの」
「でもっ!」
「安心しろ、俺が守る!」
ゾンビを斬りながら、俺は叫んだ。早くしなければ、ここにいるゾンビの全てと相手をしなくてはならなくなる。
「でもっ!」
「迷っている時間はないわ」
「でもっ!」
「解除っ!」
でもでもでもの連続で苛立った美桜が、唐突に結界を消した。
女子たちから悲鳴があがった。
「行きましょう。死ぬも生きるも、あなた次第よ」
ゾンビの目がこちらをむいた。さらに大きな悲鳴をあがった。
「走れ!」
俺は、しゃがんだままの女生徒を引っ張る。
「だめ、動けない!」
へなへなと座り込む。
「こんなのやだ、お母さん!」
へたり込んでいるのは一人じゃない。何人もいる。一人の赤ん坊が泣いたら、他の赤ん坊まで泣き出したようなものだ。鼓膜が破けそうな阿鼻叫喚とした響きが、体育館をこだまさせる。
その叫びで、奥にいるゾンビたちが、俺たちの存在に気付いた。ご馳走を奪うべく、こちらへと歩いてくる。
「みんなー、早くにげるんやー」
「やれやれ、最近の子どもは、気が弱くてしょうがないわ」
「普通はこんなものだ」
これは現実だ。
スクリーンでホラー映画を見ているのとは違う。人を食う化け物を目の前にして、冷静になれるほうがおかしい。
怯えて当然だ。
「ひぃっ!」
生徒の一人が、ゾンビと向き合っていた。驚愕のあまり、足がガタガタと震えている。
「食われたいか! 早く逃げろっ!」
目先のゾンビに手一杯で、駆け付ける余裕がなかった。澄佳も同じ状況だ。
いただきまーすと、口を開いた時に、樋村が胴体を掴んで体ごと引っ張った。
「あ、た、助かった……」
「口よりも足を動かせ、おまえのサッカー部1の俊足はどこにいった!」
樋村が、力づくで連れて行こうとする。
「待って、わたし、立てない……」
地面が濡れていた。恐怖のあまり尿を漏らしている。
「キンタマついてる野郎ども! 腰が抜けてる女を立たせろ! 早く!」
「は、はいっ!」
俺が叫ぶと、言われた通りにする。全員がダメなわけではない。気力のある生徒たちもいる。そいつらで、恐怖で動かなくなっている奴らを、立たせていく。
「ごめん、わたし、汚い……」
生きるか死ぬかの時なのに羞恥心はあるようだ。漏らしたことを恥ずかしがっている。
「そんなのいいから……」
「さっさと連れて行け! お礼に、童貞でもやればいい!」
「はい! あ、いや、そのはい、というのはそういう意味じゃなくて」
「その元気があれば大丈夫だ。下半身はまだ元気にするんじゃないぞ」
「こんなときに下ネタはやめて」
美桜の侮蔑したツッコミに、俺は笑った。
「背中にいろ。決して離れるなよ」
「はい!」
何人かが元気のいい返事をした。




