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29・おめでとう。あなたはコテンパーンを倒した初めての人間よ

「澄佳は?」

 ハッと、美桜は辺りを見回す。

 澄佳は無茶はしない。言いつけをよく守り、俺の傍から離れなかった。後ろから付いてきているのを、何度も確認してきたし、ついさっきまでいたはずだ。

 なのに、少し目を離した隙にいなくなっていた。

「澄佳、どこだっ!」

 返事はなかった。

 ノーミソ、ノーミソと、もはやトラウマになりつつある、ゾンビのうなりが返ってくるのみだ。

 いや、音がする。

 澄佳でもゾンビではない。ヘリコプターが羽ばたく音。AH―1Sのコブラが近づいてきていた。迷彩の塗装で自衛隊機だと分かる。

 コブラがやってくる方向の下。ゾンビの群れから少し離れた場所で、機動隊と自衛隊が、ずらっと横一列に並んでいた。

 全員、両手にライフル銃を構えて、俺たちに銃口を向けていた。

「赤沢くん、聞こえていますか!」

 スキッド部に安直に取り付けたスピーカーから男の声が聞こえた。三田村さんだ。ヘリコプターの騒音で聞き取りにくかったが、言っていることは理解できる。

「援護します! 顔をねらいますから、体を低くしてください! 射撃用意!」

 隊員は、狙いを定める。三田村さんの合図で、一斉に撃ってくるようだ。立ったままでは、こちらの脳みそも危険だ。周囲を見まわし、隠れ場所を探す。

「あそこは?」

 指摘の所に、陥没した大きな窪みがあった。人が余裕で隠れられるほどの深さだ。ここからでは、中がどうなっているか分からないが、確認する時間はない。

「飛び込むぞ!」

 美桜を持ち上げた。加速する。

「撃て!」

 飛び込んだ。

 瞬時に、何十発もの銃声が鳴った。

 間一髪だったと、ほっと息をつこうとしたとき、

「うわぁ、こっちこんといてー」

 クッションのような柔らかい物体で、グイグイと押された。敵かと、短剣を突き刺そうとするものの、相手が誰なのか分かって、すぐに消した。

「澄佳、私よ」

「え? あ、美桜ちゃん? お兄ちゃんもや、よかったでー」

 凹みの下は、澄佳の他に、一体のゾンビが俯せに倒れていた。体は動かないようだが、顔を上げて、俺たちのことを見ている。

 短剣で顔を伏せてやった。

 抜いたときに、「撃てっ!」の合図と、射撃音が再び響いた。

「先にいってしもうたと、心配したで」

「澄佳。なんでこんなところにいるの?」

「うー、すってんころりん、落ちたんや」

 急斜面になっていると気づかず、踏み外して、すっ転んだようだ。

「急にいなくなるんだもの、心配したわ」

「助けてーって、呼んだんやけどな。ここじゃあ、聞こえもせん」

 屈めば体が隠れるぐらいの深さだ。立ち上がれば、胸から上の部分が見えるはずだが、ゾンビが一緒だから、近寄らせないようにするので精一杯だったのだろう。

 さらに銃声がした。

 上をみると、コブラが通り過ぎるところだった。ぐるっとこちらに戻って、逆方向に通り過ぎていった。着地しようとしなかった。イザとなれば、左右に設置されたミサイルを発射するつもりなのだろう。

「うるさいなー」澄佳が耳を押さえる。「さっきから、なんの音なん?」

「三田村さんが来てな。ゾンビを撃っているんだ」

「最初からそれをしろって話よ」

「勝手にゾンビの軍隊に突っ込んだ俺たちが悪い」

 機動隊は、見張り役というだけでなく、この為に待機していたのだろう。遅れて自衛隊がやってきて、俺たちが突撃している情報を得た三田村さんがコブラでかけつけた。そして、予定よりも早くに攻撃を開始することとなった。

 流れ弾を警戒しながら、慎重に、目元まで顔をあげた。

 数多くのゾンビが倒れていたが、まだ、生きている数の方が多い。数十もの新鮮な脳みその匂いに釣られて、射撃を続ける奴らの方へと、ぞろぞろと歩いていた。銃の音が鳴り響くたびに、バタバタと頭蓋骨に穴を開けたゾンビが倒れていく。近付いてくるにつれ、隊員たちの動揺が見えるように、命中率が下がっていた。

「あいつらは?」

「いない」

 狼谷会の連中は、自衛隊が攻撃をするチャンスに、神社にたどり着いたようだ。どこを見回してもいなかったし、間違われて撃たれた死体もなかった。

「行ってしまったのね。ここ以上に危険だというのに、無謀もいいところよ」

 鳥居の周辺の木が揺れていた。

 そこだけが強風で煽られているかのようだ。獣のような大きなものが、のっそりと動いた気配がした。暫くすると、何本かの木が倒れた。ドシンと、コブラの騒音に負けない足音が聞こえた。ドシン。またした。

 十メートル近くある、巨大な物体が動いている。

「なんだあれは?」

 神社だった。歩いている。側面に黒い腕が生えていて、鳥居の柱を両手でつかんだ。額束の中心からスパッと割れて、二本の槍に変化した。

 ジャンプする。

 空高く飛んで、隊員たちの前に着地した。地響きで何人もの人が転び、下にいたゾンビを踏みつぶす。

 二本の足、二本の腕、正面には目と口が付いている。記号を描いて、黒く塗りつぶしたような、単純な顔をしていた。

「コテンパーンっ!」

 美桜が叫んだ。

「そんな、ありえない。まさかっ!」

 何かに気づいたようだ。驚きの顔を隠せないでいる。

「撃てっ!」

 闇の力に憑依された神社に向かって、一斉に射撃した。オンボロの神殿に、次々と穴が開けられていく。罰当たりなことだが、相手はコテンパーン。闇世界の怪物だ。容赦なく、撃ち続けていた。

 攻撃がやんだ。立ちこめる煙が薄らいでいった。やったか、という声が聞こえる。

 だが、コテンパーンは何も無かったように佇んでいるだけだ。銃弾の跡は、自然と修復されていき、数秒で元通りになった。

「無駄よ。コテンパーンは光の力がなければ倒せない」

「魔法少女じゃなきゃ駄目ってことか?」

「光の力が備わった武器なら、多分」

 確証はないが、いけるそうだ。姉貴から貰った短剣がある。これで急所を狙うしかない。

 コテンパーンの半月の形をした目が、コブラに向いた。ローターの音が不愉快だったようで、ハエを叩くように槍をブンブンと振り回す。コブラは上空し、スレスレの所で避けた。槍の攻撃から逃れるため、距離をとっていくが、ぐるっとUターンをして、武装されたガトリング砲を連射する。機動隊、自衛隊も、続けて攻撃を開始した。

 弾が切れるまで撃ち続けるつもりのようだ。攻撃がやむことがなかった。コテンパーンの体に小さな穴が次々と増えていくが、子どもたちの張り手を受ける相撲取りのように、デンと突っ立ったままだ。ダメージを食らっている様子はなかった。

「ゴデン、パァァーンっ!」

 コテンパーンの口が動いて、自己紹介するように、しわがれた、低い声を出した。空気を吸い込むように、口が丸くなる。

「逃げてっ! 攻撃がくるわっ!」

 美桜の悲鳴に近い叫びは、鳴り止まない銃声によってかき消された。

 コテンパーンは口を大きく開いた。どす黒いビームが発射される。逃げられない。一瞬で地面が吹き飛んだ。

 多くの隊員が犠牲となり、無事だった者も、ゾンビの餌となっていく。

「ゴデン、パァァァァーーーン!」

 コブラに向けてビームを出した。キャノピーの上部が吹っ飛び、メインローターの一部が破損し、テイルブームから後ろを破壊された。コブラは、不安定な動きをし、墜落しそうになりながらも、ミサイルランチャーを飛ばした。

 二発。コテンパーンに命中、爆発した。さすがにダメージがあったか、後ろに下がっていくも、倒れるまでは至らない。

「ゴデン……」

 さらにビームを出そうとするべく、口を丸くしていった。

「バァァーーーンっ!」

 澄佳が前にいた。

「どえりゃーっ!」

 シールドを作って、コテンパーンの攻撃を防いだ。ビームがやんだ。俺は走った。短剣を使いたくても距離が足りない。日本刀を振り下ろした。向拝柱がスパッと斬れる。一部を傷つけただけで、致命傷には至らなかったが、コテンパーンは微かな悲鳴を洩らした。

 仕返しとばかりに、コテンパーンは、槍をぶつけた。

「くっ!」

 避けきれなかった。手に当たった。美桜がかけてくれた魔法が効いたようだ。骨が折れたような痛みが直ぐに消えた。

 コテンパーンは、俺の脳天を目掛けて、勢いよく槍を下ろした。澄佳がシールドを真上に出して、俺を守った。三秒経つ前に、落とした村雨を拾い、澄佳を抱えて、横にジャンプする。肩から地面に倒れる。コテンパーンが持つ、もう片方の槍が、頭の上にあった。太陽で眩しく光っている。それが振り下ろされる前に、倒れた体勢のまま、強引に飛び上がって腕を斬った。

 槍とともに、イッヤーソンの腕は落ちていくが、地面に衝突する前に、煙のように消えていった。

「飛び降りなさい! なにやってんの!」

 コブラが、コテンパーンに特攻しようとしていた。

「しょうがないわね」

 美桜は走った。小声でまじないの言葉を唱えながら、人差し指で様々な形を作っていく。走りながら、体が浮き上がった。透明の階段を作ったのか、段差を上がっていくような感じだった。コテンパーンに体当たりしようとするコブラに近付くと、両手を上げて「飛べっ!」と叫んだ。

 瞬時に、操縦席にいた二人の人間が、真上に飛んでいった。コブラは、一気に下降し、コテンパーンの正面に突っ込んだ。

 ひとたまりもなかった。木造の建築がバラバラとなり、内部の神体もろども破壊された。コテンパーンの体は仰向けに倒れるも、突き破ったコブラを両手でがっちりと掴む。合体するつもりなのか、その状態で、失った体を修復していこうとする。

 俺はコテンパーンの上に飛び乗った。目と目の間のちょっと上の部分、人間でいう額の所に、黒々とした炎が入った球体が埋められてあった。その部分を力一杯に短剣を突き刺した。

「コテンパァァァーーーーーーンっ!」

 球体が割れて、中から黒い光が飛び散った。コテンパーンの正体は粒ほどの小さな生き物の集合体のようだ。丸くて黒いものがピョンピョンと飛んでいき、タバコの煙のようにゆらりと消滅していった。

 足場が崩れた。生命を失った神社は粉々に倒壊した。

「おめでとう。あなたはコテンパーンを倒した初めての人間よ」

「それは違う。奴を倒したのはコブラに乗っていた二人だ。その代わり、何十億もの金を失ったけどな」

「なにが?」

「あのヘリはそれだけするんだよ」

「ただの物じゃない。命にはかえられないわ」

「世の中、そう思わない連中もいるんでね」

 三田村さんは、澄佳に手当を受けていた。頭を軽く打ったぐらいで、命に別状はなさそうだ。澄佳となにか喋っていて、笑みを見せている。

 もう一人のパイロットは大した怪我でなかったようで、治療を受けることなく、さっさとゾンビ退治に参加していた。

 生き残った隊員たちは銃器を手にし、少なくなってきたゾンビの後始末をしている。手助けする必要はなさそうだ。

「三田村さんは、姫さんの魔法でピョーンと飛んで、あの高さから落ちたんだろ。どうやって助かったんだ?」

「澄佳のスミカオーラルリングでね。あれを上に出して、クッション代わりに使ったの」

「なるほど」

 澄佳にそのような機転が利くとは思えない。美桜がジェスチャーで指示をしたのだろう。

「死に損なってしまいました」

 俺の顔を見るなり、三田村さんは、照れくさそうに笑った。

「それでいいのよ。人は弱い存在であっても、無駄に死ぬことはない。あなたを失うと、悲しむ人が多いわ」

「それは犠牲になった隊員にも言えることです。優秀な人、ばかりでした」それなのに、自分のような年寄りが生き延びてしまったと、涙ぐんだ目をとざし、小さく首を横に振った。「失って嬉しい人なんていません」

「例外はいる。イッヤーソンだ」

「倒しに行くんですね?」

「ああ」

 迷い無く頷いた。

「響歌ちゃんからの伝言があります。人質を救出したら、急いで逃げなさい。イッヤーソンは私たちが一気に倒す、とのことです」

「学校をドッカーンとやっちゃうわけ?」

「そうなりますな」

 家の中にいる一匹のネズミを駆除するために、爆弾で家もろども爆破するようなものだ。

「得策とは言えないわね」

「しょうがありません。これ以上、犠牲者を増やさないためです」

 あの二人を戦わせたくない、自分たちでなんとか片を付けたい気持ちがあったのだろう。結局、魔法少女の力に頼らざる得ないことに、悔しそうにしている。

「それでも得策とは言えないわ。イッヤーソンは、その行動が来ることも予測していた。だからこそ……」

 美桜はこっちを向いた。

「コテンパーンは、イッヤーソンしか呼び出すことができないの。それも短時間しかいられない。私たちが来ることを予想して、前もってあの神社をコテンパーンにしていたところで、とっくのとうに、時間切れで消滅していたわ」

「どういうことだ?」

「私たちは大きなミスをしたの。イッヤーソンはネットでパフォーマンスをしていた組長じゃない。狼谷会の中の誰かよ」


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