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27・お前は男だよ


 晴天。

 からりとした青空は、雲一つなく澄んでいる。孤独の太陽が、まぶしい光で己の存在をアピールしていた。

 その下に、腐食したゾンビたちが、獲物を見つけた獣のようにはしゃいでいる。イッヤーソンから生まれたゾンビたちは、太陽光は弱点でないようで、紫外線をガンガン浴びようとも、へっちゃらに歩いている。

 ミスマッチな光景だ。

「なにやってるんだい。前に進んでないじゃないか」

「やってます! くそっ! どけどけっ!」

 ハンドルを握るヤクザはクラクションを派手に鳴らしながら、力一杯にアクセルを踏んでいく。わらわらとやってくる障害物のおかげで、数センチ進むぐらいだ。

 ゾンビだ。こちらに寄ってくるバスの中に、ピチピチの脳みそがたくさんあることをかぎ付け、嬉々として集まってきていた。

 バスを取り囲んでいく。窓ガラスは、ゾンビの顔、顔、顔、

「ノーミソだぁ」

「食わせろー」

「ノーミソ食いてぇぇぇぇ」

 と唸りながら、ガラスに張り付いて歯を鳴らしていく。

「気味が悪いわ」

 美桜は眉をゆがめて、不快な顔をあらわにする。

「ノーミソ食べたいな。ノーミソ、くわせろやー」

 澄佳は、ゾンビの真似をしていた。

「澄佳、危ないから」

「平気や」

 自身もゾンビだからだろうか。恐怖心が鈍感になっていた。むしろ面白がっている。

 違う世界に行ってしまったようで、兄として悲しい光景だ。

「おっと」

 車体が傾いた。

 両側の座席を掴んだ。転倒しそうな体を支える。美桜は、小さな悲鳴をあげて、澄佳を抱きしめた。

「揺れるなー」

 澄佳の上体は左右に揺れているが、下部は大盤石のように動じなかった。両手は、前の座席を掴んでいるが、それがなくても転ぶことはなさそうだ。

 ゾンビの押しくらまんじゅうに、バスは前に進むどころか、左に、左に、と押されていった。このままだと、畑の中に入り、バスが横転する。

「畜生!」

 組員の一人が、ゾンビに銃口を向ける。

「撃つんじゃない」それを良子が止める。「ガラスが割れたら、そこからゾンビが入ってくるよ」

「限界ですよ! このままじゃ直ぐにっ!」

 ミシミシと、窓が割れそうだ。前扉はゾンビの頭突きによって、大きな凹みができあがっている。もう暫くして、ガラスは粉々になるだろう。

「それでいいんだよ。限界まで耐えるんだ。畜生。もうちょっと、前にいければよかったんだけどねぇ」

 ゾンビの力を侮っていたようだ。このまま全速力で突っ切れば、森の側までは行けると予測していたのだろう。

 車体が横に傾いた。

 元に戻らない。さらに、大きく上がっていく。

「倒れますぜっ」

「しっかりつかまってな! 怪我しても手当はしないよ!」

 スローモーションのようにゆっくりと、スクールバスは畑の中へ倒れていった。

 柔らかな土がクッションとなり、衝撃を弱めてくれる。

 足下に来た窓ガラスの下は、ゾンビがつぶれていた。土に近い色をしているので、ぎょろりとした白い目が不気味に存在感を出している。生きているが、俺たちを攻める力はない。それでも、念を入れたほうがよさそうだ。俺は、短剣を出して、そいつの脳を突き刺した。

 姉貴からもらった武器なだけあり、強い力を入れずともガラスを貫通した。

「大丈夫か?」

 ゾンビの動きが止まったのを確認してから、二人に聞いた。

「頭うってもーたけど、平気や」

 澄佳は自力で立ち上がる。

「これが無事に見える?」

 美桜は、でんぐり返しの状態になっていた。

「色気のねぇケツしてんな」

「心では欲情しているじゃない」

 手を貸して、起きあがらせる。揺れた。足がふらつき、俺の胸に来る。

「お嬢さん、俺と踊りませんか」

「バカ言わないで」

 といいながらも、立っていられないようだ。俺を支えにする。

 バスは、少しずつ回っていた。

 ボディーの向こうから、「のーみそ」「のーみそ」とお経のように呻きが聞こえてくる。

 天井となった右側の窓から、ゾンビが見下ろしていた。数は四人。横転したときに、道連れとなったゾンビだ。バスの上に這い上がるほどの身体能力を持っていないので、これ以上、数は増えないだろう。

「さあ、狼谷会の意地を見せる時だよ。あんたたち、準備はいいかい? ないんなら、死ぬだけだよ」

「姐さん。いつでもオッケーです」

「命を捨てる覚悟です」

「まかせてください」

「必ず仇を討ちましょう」

 狼谷会の連中は武器を構える。

「私はいい家族を持ったね。今しか言う時がない。だから、いわせておくれ。あんたたち、今までほんとにありがとう」

「そんなこと言わんでください」

「俺たちは明日があります。狼谷会を再建し、天下をとりましょう」

「そうだね、そうなるといい」

 良子は寂しく微笑んだ。一人、一人、大切に見回していく。

 最後、島に来ると、引き締まった顔になった。

 島は頷いた。両手には、単発式のグレネードランチャーがあった。コルトM79。真上を向けている。

 銃身の先。

「ぶっ飛しな」

 窓の鍵をつかんで待機する組員が、合図と共に窓を開けた。すぐさま、横にジャンプをし、両耳を塞ぎながら、腹ばいになる。他の組員たちも、巻き込まれないように距離を取っていた。

 開かれた窓から、ゾンビが勢いよく顔をだした。

 瞬間、弾を発射させた。

 ゾンビの顔が破裂し、胴体が吹っ飛んだ。

 組員の一人が窓から飛び上がった。

 近くにいる一体に、サブマシンガンの銃床をぶつける。力はゾンビの方が強い。びくともしなかった。肩を掴まれる。

 苦悶。

 銃声。

 助けるべく、島が窓からライフル銃を撃った。弾丸がゾンビの肩を貫通する。

 後ろに下がった隙に、「くらいやがれええええっ!」と絶叫しながら、サブマシンガンを円を作るようにぐるりと弾が切れるまで撃ち続けた。

 バス上の三体のゾンビは、地面に落ちていく。バスを周んだゾンビたちは、小判が落ちてきたように手を伸ばしていき、撃たれたゾンビを掴むと、わらわらと食い始め「まずい、」「ノーミソじゃない」「ノーミソくわせろ」と絶望していた。

「兄貴。助かりました」

「気をつけろ。力で勝負すんじゃねぇぞ」

「上はもういません。今ならあがっても大丈夫です。けど、周りはゾンビがうじゃうじゃと!」

「けどもクソもねぇ。行くしかねぇんだ」

「よーし、者ども。後に続くよ」

 組員は次々と上がっていった。

 銃声が鳴り響く。新鮮な脳みその匂いに釣られて、バスの上にあがるべく藻掻いているゾンビたちを追い払っていく。

「あんたたちは、どうするんだい?」

 良子が俺たちに聞いた。白鞘を外し、ドスを剥き出しにする。

「決まっているだろ」

 留まっていた所で、無駄死にするだけだ。こいつらと、一緒に行くしかない。

「ダンナを仕留めるのは、私だからね」

 島が、窓から手を伸ばした。良子はその手を掴んで、引っ張られながら上がっていった。

「俺の背中から離れるんじゃないぞ」

「了解したで」

 バスの上に行く。

 足場は悪い。険しい峡谷にかかった吊り橋の上を歩くようなものだ。美桜は、両手を付けていた。

 ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。

 百に近いゾンビが、スクールバスを囲っていた。圧巻だ。バスから落ちれば、確実にゾンビの仲間入りとなってしまう。

 ゾンビは、仲間のゾンビを踏み台にして、上がってこようとする。組員が、脳みそを撃った。別のところから、ゾンビの顔が覗いた。別の組員が撃つ。さらにゾンビが現れ、それもまた撃った。一人残らず撃っていく。

 いくら落としても、次がやってくる。先に進めない。

 際限がないし、弾を消耗させる一方だ。

「こっからどうするんですかっ!」

「らちがあきませんぜ!」

 狼谷会の連中は、背中を向け合い、輪を作っていた。中央には、良子と木村の姿がある。良子は大事なボスだ。命がけで守ろうとしている。木村は、銃器ではなく、別の方法で戦うつもりなのだろう。しゃがみ込んで、工作作りをしていた。

「木村」

「いつでも、用意、できてます」

 木村は、長方形の小さな箱を置いた。

 ボール紙で出来た白い無地の箱。底面にタイヤが付けられていて、転がっていきそうなのを、慌てて押さえている。

「さっさとやっておくれ。おまえは火事が起きても、アタシが逃げろと言うまでそこに留まっているのかい? 組の為ならば、命令されなくとも、己の判断で動いておくれ」

「わかり、ました。それで、どちらにやれば、ええと、いいです?」

「だからねぇ、あんたは……」途中まで言い掛けて、時間の無駄だと思ったのか、フッと笑いながら「森だよ」と指をさした。「その真ん中でドカンとやりな」

「へぃ……はい!」

 へこっと頭を下げてから、思い直して、威勢よく返事をする。パソコンのキーボードを叩く。「よし」と呟いて、エンターキーを人差し指で力強く押した。

 四角形の箱は、少しずつ動いていった。ゾンビは脳みそ以外は興味がないようで、見向きもしない。リモコン式の箱は、壊されることなく、難なく地面に落ちていった。

「動いているかい?」

「問題ない、ですね」

 パソコンでコントロール可能のようで、ディスプレイを凝視している。覗いてみると、ここら辺りの地図に、赤い点がいくつもあった。

 数は十近く。俺たちがいる位置だ。

「誰がどこにいるか、分かるようにしてあるのか?」

「そう、で。携帯に、取り付けて」

 一人一人の現在地を把握できるようにしてあるようだ。数が多いのは、箱の中にもセットしてあるからだろう。

 美桜は、自分にもあるのではと、スマートフォンを取り出し、発信器を探している。

「あんたたちは逃げてどうこうってこともないからね。うちだけだよ」と良子は笑った。「木村が作ったんだ。家族の位置を確認できるから、遠くからでも命令することができる。これのおかげで随分と助かったよ。欲しいかい?」

「いらないわ。もしかして、組長も?」

「よく分かったね」と良子は頷いた。「ネクタイのピンにつけてあるのさ。ネットの放送のとき、それがあったからね。アクセサリーとしか思ってないから、本人は気づいてないはずだよ」

 ダンナの監視用として、普段から使っているようだ。

「浮気も全部バレバレか」

「そうしなきゃ、狂犬を手懐けられないからね」

 万が一のために、全ての行動を把握する必要があったのだろう。

「今も、学校にいるかしら?」

「どうだい?」と木村に聞いた。

「えーと、いますね。体育館のところにマークあるし」

 行ってみたら、もぬけの殻、ということはなさそうだ。

「それで、ジャストな、位置にきましたけど」

「ドッカーン、やっちゃいな」

「どっかーん」

 タッチパットでカーソルを移動させて、エンターキーを押した。

「ご、よん、さん、にぃ……」

「伏せなっ!」

 組員たちは攻撃をやめ、一斉に伏せた。俺は、澄佳と美桜を抱き寄せて、体を下げる。

 ゼロと心の中で叫ぶと同時に、巨大な爆風、爆発音が起こった。

 衝撃波が襲う。背中から火傷しそうなほどの熱を感じた。

 熱が薄らいできてから、顔をあげる。

 爆発が起こったところは、草原が燃えて、もくもくと黒い煙があがっている。焦げたゾンビが何体も落ちていた。

 その周囲。ゾンビの姿はない。

「今だ、いくよっ!」

 一番手は島だ。バスから飛び降りる。着地するなり、付近にいるゾンビを、ピストルで撃った。射撃は正確だ。ドスッと、三体倒れた。

 後方にいるゾンビの口があがった。食らいつこうとする。

 島が銃口を向ける前に、脳が弾けて、横に倒れていった。続いて降りてきた組員の銃弾だ。彼は、近寄ってくるゾンビたちを、弾が切れるまで撃ち続けていく。

「無駄撃ちするな。正確にやれ。動きが鈍いんだ。的を狙えば必ず当たる」

「分かりました」

 弾倉を装填。スライドを引いて、構え、撃つ。構え、撃つ。と、言われた通り、一発、一発、正確に狙っていく。

「よーし、その調子だ。おまえらも応戦しろ!」

「はい!」

 狼谷会の連中は次々と降りて、ゾンビ退治に加勢する。

 俺も一緒になって飛び降りた。澄佳には、手を貸してやった。

 最後は木村だ。腰を低くし、ノートパソコンを両手で抱えながら、狼谷会の円陣の中に入っていく。

 狼谷会は、良子を中央に置いて、背中を向き合って、三百六十度、どの方向からも攻撃できる布陣を取っている。

 銃を使って、全方向から近寄ってくるゾンビを倒しては、森の方へと少しずつ進んでいった。スピードはない。ゾンビの歩行と同じぐらいだ。急ぎたくても、ゾンビの多さに対処しきれないでいる。

 木村が手榴弾のピンをはずした。投げる。数秒して、爆発。さらに投げる。爆発。

 ゾンビだろうと、危険だと察知する脳みそは持っているようだ。木村が投げた所は、近寄らなくなった。

 そうやって道を作っていく。徐々にスピードが出てきた。

 家族意識が強いだけある。言葉でやりとりせずとも、互いの動きを把握し、サポートしあっている。チームワークは抜群だ。俺の組なら、こうも結託できなかった。

 だから滅びてしまった。

「ぐあぁっ!」

 組員の一人が、仰向きに倒れたゾンビに足首を掴まれた。死んでいると思い、警戒しなかったのだろう。気を緩んだミスだ。

「秋本っ!」

 組員たちの意識がそっちに向かった。一瞬の隙。だが、それは砦を崩壊する大きなダメージになる。

「しまった!」

 チャンスとばかりに、秋本に狙いを定めて、ゾンビが襲いかかる。

「防御はまかせろーな」

 澄佳が、響歌さんから貰ったシールドを作って、ゾンビの動きを止める。

 一、二、三。

 俺は数をかぞる。シールドが消えた瞬間を狙って、日本刀を振り上げた。一人、二人、三人、四人、周辺にいるゾンビたちを片っ端から斬っていく。

 斬れ味は、相変わらず最悪だ。

「ふんっ!」

 良子が、ドスで秋本の足を掴んでいたゾンビの脳みそを突き刺した。引っこ抜くと、ドロっと濁った血が吹き出て、動きが停止した。

「申し訳ありません」

「いいんだよ。それより、アンタ、大丈夫かい?」

 うずくまり、足を押さえている。

「駄目です。食われちまいました」

 足首に噛まれた跡があった。

「そいつは残念だねぇ。分かっているね?」

「はい、姐さん。今までお世話になりました。このご恩を忘れずに、家族のところに行ってきます。木村。アレを貸せ」

「え? でも……」

「いいから、貸せってんだっ!」

 おずおずと、白い箱を渡した。秋本は、大事そうに胸に持ってくる。

「いいな、木村。遠慮はいらんぜ」

「それは、アタシがやるよ。それがせめてもの……になるかねぇ」

「なります。姐さん、なにからなにまで、感謝します」

 礼をする。びっこを引き、ゾンビが数多くいる所へと走っていく。

 ゾンビの顔が一同にそちらを向いた。「ノーミソだぁぁぁ」「ノーミソがくるぞ」「近づいてくるぅぅぅ」「ノーミソたべたぁぁぁい」と大喜びとなり、走るように、足をくねらせて近づいていった。

「澄佳。見るな」

 俺は、澄佳の目と耳をふさいだ。

「ぎあぁぁぁぁぁぁーーっ!」

 飛び込んできた秋本に食らいついた。「脳みそだ」「脳みそくわせろー」「オレが食うんだ」「邪魔すんなぁー」と取り合い、奪い合いながら、生きた肉を食いちぎっていく。

 寄ってたかるゾンビで、秋本の体は隠されていった。耳を覆いたくなる激しい悲鳴だけが聞こえてくる。

「狼谷ばんざぁぁぁーーいっ!」

 爆発。

 強烈な熱が広がり、地面が震えていく。真っ赤なキノコ雲が立ちあがった。

 ゾンビと共に、秋本の死体は跡形もなくなった。

「お前は男だよ」

 メラメラと燃える炎を眺めながら、良子は呟いた。

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