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26・守りはまかせーな


 野乃原中学が近づいてきた。見えるのは校舎裏の三階から上だけで、下の部分は山の森で隠れている。

 徒歩で15分といった距離だろうか。

 狼谷会は裏から回るルートを選んでいた。両脇に畑が続いた、ゆるい坂道をバスで登っていく。前輪のタイヤがパンクしてしまい、スピードはなく、ガタガタとしていて、最悪な乗り心地になっている。

 尻が痛くなったようで、美桜は両手でさすっていた。

 警笛が鳴った。

 激しく、何度も。鼓膜が破けそうな大きな音だ。

「姐さん、サツが通せんぼしてまっせ」

 警棒を振った警官がいた。片側の車線にパトカー、大型の輸送車が停止しており、その前に、三角コーン、A型バリケードを設置し、通行を阻止していた。

 その奥には、機動隊が防壁を作っていた。二十人近くいるだろうか。中学校方面を向いて、青い芽が出た畑を遠慮なく踏み、武装状態で待機している。

「銃を撃ちな」

「そりゃ、やばいですよ。向こうも武器持ってるし」

「空に撃つんだよ。向こうは、ゾンビで手一杯だ、うちらとやりあうことはないはずだ。死にたいならどうぞと、勝手にどいてくれるはずさ」

 言われた通り、窓から顔を出して、マシンガンを空へ向けてぶっばなした。

「どけどけどけえええええーーっ!」

「ひき殺すぞ、さっさとどきやがれっ!」

 他の組員たちも、叫びながら銃を撃っていく。

 ヤクザの脅し。反撃はなかった。警官は慌てて、警報を鳴らしながら、横に逃げていく。

「バスが突っ込んでくるぞ!」

「危ないぞ! どけどけっ!」

 スクールバスは対向車線に移動する。バーをかけた三角コーンを倒し、機動隊を運んでいた輸送車のバスの横を通り過ぎる。

 機動隊も俺たちを阻止せず、勝手にしろとばかりに、バス一台分の隙間を作っていた。

 俺たちを哀れむような、冷たい目線で見送ってくれる。

「へっ、ざまーみろ」

 組員の一人が、中指をたてる。

「たわいもないね。うまくいっただろ?」

 いい気味と思ったのだろう。百メートルほど離れると、狼谷会の連中は、ハイタッチをする。

「姐さん!」

「なんだい?」

「ゾンビがいます。大量です!」

 学校へ続く森の周辺。

 真夏の盆踊り会場のように、ゾンビの姿がわらわらとあった。数え切れないほどの数だが、一帯に留まっているだけだ。人間たちに襲いかかってくる気配はなかった。

 籠城と化した中学を守る軍勢といったところだろう。

 肉の破片、死体、武器やヘルメットが転がっている。畑、草原の周辺は、血の池がぽつぽつと出来ていた。自衛隊、警察の制服を着ているゾンビも数多い。

 ゾンビの防壁を突破すべく、攻撃をしかけたのはいいが、被害の大きさに撤退したのだろう。

 後ろの機動隊は、攻めるのを諦め、ゾンビの監視をやっているというわけだ。

「ふん、そんなことだと思ったよ」

 動じなかったのは、良子と島だけだ。運転手は目の前の光景にビビって、ブレーキをかけていた。他の組員たちも「姐さん、どうしましょう!」「逃げましょうぜ!」と、パニック寸前になっている。

「キンタマ縮ませている場合じゃないよ。極道だろ。シャキっとしな。後ろの子どもたちのほうがよっぽと腰が据わっているじゃないか」

 俺たちのことだ。こちらを見て、愉快そうに笑いかける。

「姐さん、どうします?」と島は聞いた。

「窓を閉めな。全部だ」

「そういうことだ。おまえら早くしろ。鍵も忘れるんじゃないぞ!」

「はいっ!」

 組員たちは、威勢よく返事をする。窓を閉め、一つ一つ、鍵のチェックをいれていく。

「確認終わりました!」

 緊張や恐怖を和らげるためだろう。いつも以上に大声だ。

「覚悟はいいね。このまま宴会会場に飛び入り参加するよ」

 ゾンビのところへ、スクールバスを突っ込ませ、行けるところまで行くつもりのようだ。戦略といえるものではないが、それ以外に方法はなさそうだ。

「木村。今までご苦労だったねぇ。あんたはうちと心中することはない。家にお帰り」

 木村は、通路スペースで、三角座りで丸まっている。

「さっさといきな。今なら間に合うよ」

「いえ、俺も、狼谷のモンですから」

 伏せていた顔があがった。ノートパソコンを、リュックを前でかけるようにベルトを使って胸元に装着する。手にはタイヤのついた四角い箱を持っている。お手製のリモコン式爆弾のようだ。

「死ぬよ」

「覚悟してます」

「守ってやれないよ」

「俺が、守ります。俺、体力ないけど、頭はあるから。さっき学校の図面、インプットしてあるし。姐さんの役に立つはずです」

「そうかい。分かった、好きにしな」

 本音は、逃げてほしかったのだろう。息子の成長に複雑な思いを馳せる母親のように微笑んだ。

「澄佳。逃げるなら今の内だ。姉貴の家に戻ってろ」

 こちらも似たような心境だ。だからこそあえて言った。

「いやや。友達を助けるんや」

「死ぬかもしれないんだ」

「すでに死んでいるで」

 それを言われると胸が痛い。

「だから大丈夫という訳でもないだろ。二度死ぬことだってある。俺たちは遊びにいくんじゃない。分かっているな?」

「大丈夫や。覚悟はできてるで」

 力強く頷いた。

 澄佳は頑固だ。怖じ気付いて、自分の意思を曲げる奴じゃない。分かっていたことだ。だが、この確認は、覚悟を与えるためにも必要なことだ。

「俺の後ろにいろ。姫さんは、ほっといて大丈夫だな」

「ちゃんと守りなさい」

「身を守れるものは持ってるか?」

「美貌」

 美桜は無視する。

「あるでー。お兄ちゃんの背中はまかせとけーな」

 ここぞと、澄佳は右手をあげた。

「スミカオーラルリングやけん!」

 叫ぶと、澄佳の右手に、直径十五センチほどの輪っかが現れた。手首の周りを浮いている。蛍光灯のように白く光っていた。

「それはなんだ?」

 美桜を横目で見ると、自分じゃないとかぶりを振った。

「ヤクザが、愛しの暴力お姉さまから短剣をもらったように、澄佳も、変態レズババアから魔法少女時代のアイテムを貰っていたの」

 知らなかった。俺が爆睡していたときに、万が一のために与えていたのだろう。

「どありゃー」

 パンチをする。子供用傘を広げたような半円の透明の光が現れた。俺にぶつかってきたが、痛くはない。クッションのような柔らかいものに体を押されたようなものだった。

「三秒ほどだけど、敵の攻撃をガードできるわ。どんなものでもね」

「ドスコーイって、押し出せるで」

 どすこい、どすこいと、俺に当ててくる。押し返そうとしても、ぷにっと弾かれる。こちらの抵抗は通用しない。試しに、姉貴から貰った短剣を当ててみたが、傷はできなかった。

 体がよろめいた。

 バスが動きだした。ゆっくりと。少しずつ速度を上げて。

 組員たちは、シートや手すりにしがみついて、衝撃に備えている。

「守りはまかせーな」

「頼んだぞ」

「うんっ」

 役に立てるのが嬉しかったのだろう。笑顔を見せて、前の座席にしがみついた。


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