25・世界を救った。それだけで満足していんだ
狼谷会が確保する移動手段はスクールバスだった。幼稚園児を送迎する用の。お手々を繋いだ男の子と女の子に、動物たちがニコニコと笑っているイラストで装飾された車体を、十人近くもの本物のヤクザが乗っている絵図は、滑稽でしかなかった。
「トロいねぇ、もっと飛ばせないのかい!」
「これ以上は無理でっせ!」
「木村。このルートで本当にいいんだろうね?」
「たぶん」
「多分だって?」
「いえ、あ、はい、正しいです。まっすぐ突っ切ってください」
制限速度を無視し、ありったけにスピードを出して走行する。
町は廃墟のように、人っ子ひとり見あたらない。あっても人間、ゾンビの死体が転がっているぐらいだ。
放置自動車が通行の邪魔をしている。ドアが開けっ放しになってたり、ひっくり返っているのもある。それを避けるため、アクセルを踏んだまま、右、左と、力一杯にハンドルを切るので、スクールバスが、倒れそうなほどに傾いていく。
至るところから警報音が鳴り響いている。銃声も聞こえてくる。
「危険です。外を出歩かないでください。ゾンビを発見したなら、絶対に近寄らないで、直ぐに逃げてください」
とのスピーカーの音声が繰り返し流れていた。
「姐さん、道がふさがれています!」
大型トラックが転倒して、前に進めなくなっていた。
「隣の公園はなんだい? つっこみな」
「了解!」
歩道の段差を乗り越えた。茂みの中に突入する。梢のバリケードを、枝を折りながら突き進んでいく。窓ガラスにヒビが入った。割れるところまではいかなかった。スピードは落ちたが、前に進んでいる。光のあるほうへ、一気に向かっていく。
抜けた。
前にあったベンチがバンパーにぶつかり、十数メートル先にある池の中に落ちていった。このままではバスも落ちてしまう。急ブレーキを掛けて、ハンドルを大きく右に回す。後部のフェンダーが木の柵に当たったが、スレスレの所でスクールバスは止まってくれた。
ふぅと、安堵の息があがった。
「間一髪だったねぇ。池に沿って進むんだよ」
サイクリング用の石畳を走行する。
バス一台分、余裕に通れる広々とした道だ。公園の森の向こうに、野乃原市立中学校の校舎が見える。山の麓に位置する学校は、町を一望できる絶景な景色を楽しめるが、通う立場でいえば、坂道の連続で、たまったもんじゃない。
「ゾンビがいました!」
群からはぐれて放浪しているゾンビだ。数は多くない。
「撃ちな」
「へいっ!」
組員の一人が、窓から胴体を出した。ライフル銃で、ゾンビを撃った。当たらない。もう一度撃つ。三発目で仕留めた。バスは、そのゾンビの頭をつぶす。ガタン!と車体が傾いた。
「弾の無駄遣いするんじゃないよ。一発でしとめな」
「無茶いわないでくださいよ」
遠くのゾンビを撃とうとすると、良子が止めた。
「撃っていいのは、通路の邪魔をする奴だけだよ。片っ端からやっつける義理なんてないさ」
「あそこ、人が襲われています」
池の中。近づいてくるゾンビに、手を合わせて、命乞いをしている男がいた。
「一発でしとめな」
銃声が一発、響いた。直ぐに通り過ぎたので、どうなったのかは確認できない。
「姐さん、階段です!」
公園の出入り口。下り階段になっていた。段差は狭いが、かなりの長さだ。
「行きな。舌を噛むんじゃないよ!」
後部座席に腰掛けている俺は、シートベルトをつけた。
「俺にしっかりと捕まっていろ」
両側にいる澄佳と美桜に言った。
澄佳は怖いのだろう、言うまえからヒシっと抱きついていた。
階段を下った。俺は歯を食いしばる。巨大地震のように、ガタガタと激しく揺れていく。
「気をつけな! 真ん中に石像があるよ!」
ぶつからずに、階段を下り終えた。大通りに入った。車体の揺れがスムーズになる。シートベルトを外していると、美桜のホッとした息が聞こえた。
「なんなのよ、この非常識な連中は。交通ルールぐらい守ってほしいわ」
「ルールを守るヤクザなんていねぇよ」
「無事なのが奇跡よ、まったく。ジェットコースターよりもスリリングじゃない、あー、楽し」
怖かったようで、今も俺にしがみついている。
「両手に花だな」
澄佳は目をギュッとつぶって、ぶるぶると震えている。頭をなでた。いい匂いがする。俺にとって大切な、尤も守りたい匂いだ。ゾンビになっても、変わってないことに安心する。
「ヤクザ」
「なんだ?」
「せっかくだし、サービスしてあげるわ」
美桜は、俺のスーツを開くと、ワイシャツのボタンを外していく。
「なにをする気だ?」
「無防備ね。防弾チョッキぐらいつけなさい」
シャツの下は素肌だった。
「それは、そこのユニクロで売ってるものなのか?」
上部のシャツを広げた。胸をあらわにさせる。
「あら、いい体してるじゃない」
「初めてなの、優しくしてね」
「気が進まないんだから、バカなこと言わないで」
美桜は「オン、カタラ、マーク、クエスク……」とまじないの言葉を唱えながら、舌を出して、俺の胸部に顔を近づける。
「ん」
胸部にキス。マークを描くように、舌を動かしていく。生ぬるい感触がくすぐったい。
「ふぅ、これでいいわ」
五秒ほどで顔を放した。俺から距離を取るように、背中をまっすぐにする。
「俺の息子も元気にしてくれ」
「玉をつぶすわよ」
美桜が舐めた心臓の部分に、ハンコを押したような丸い模様がうっすらと出来ていた。そこが、じわりと熱くなった感じがする。
「何をしたんだ?」
「再生の術。魔法の防弾チョッキといったところね。効果が続いている間は、ゾンビにやられても、多少の傷ならウィルスに感染することはないわ」
「それはいいな、サンキュー」
シャツのボタンを締め、曲がったネクタイをまっすぐにする。
「ただし絶対じゃないから、無謀なことはしちゃダメよ。かすり傷ぐらいなら守ってくれるって程度だし、傷が増えれば再生が追いつかずに、直ぐに効果が切れる。致命傷となるダメージは、守ることができないわ。それと…まあ、これは万が一だし別にいっか、とりあえずの保険ってところね」
「わかった」
途中、何を言おうとしたか気になったが頷いた。
「美桜ちゃん、私にもしてくれーな」
「ごめんなさい。生命力のない澄佳は、ほとんどの魔法に効果はでないし、回復系の魔法をかけたら、逆に体を悪化させちゃうのよ」
「そっか、残念や」
「そうそう、響歌が、回復魔法でゾンビを倒してるけど、あれを浴びちゃうと澄佳も同じように昇天しちゃうから、気をつけてね」
「了解したで」
澄んだ青空を、瞬きの速さで光が広がった。直ぐに元の青空に戻る。外に出てから、何回も今のような現象が起こっていた。
「といっても、一瞬でダーンだから気をつけようがないか。響歌に、伝えていたほうがいいかもしれないわ」
「あれは響歌さんか?」
「でしょうね。学校に来るなとは言われていても、町のゾンビを倒すなとは言われてないもの。方々を飛び回って、ゾンビの掃除をしているんでしょ」
報告を受ければ、あっち、こっちと、忙しくしているようだ。
「才能の無駄遣いよ。あの二人は世界を二度救った。逆を言えば、世界を征服をするだけの力を持っているということ。なのに、そういうことをせずに、魔法少女なんてなかったように、ごく普通の生活を送っている。本人たちもそれを望んでいた。なにを考えているんだか。私が地上界にやってきたとき、一番驚かされたのは、あの二人の質素な生活よ」
美桜にとって、信じられないことのようだ。
「その理由は簡単だ」
「お姉ちゃんたちは、そんなモンに興味ないんや」
「世界を救った。それだけで満足しているんだ」
俺たち兄妹の言葉に、目をパチクリとする。
「理解できないわ」
美桜は、そっぽを向いた。




