24・私が言えるのはこれだけ。生き残りなさい
銃声。
巨大水槽の中にいる島が、壁に向かって射撃をしている。至る所に薬莢が落ちていた。廃墟の水族館は、狼谷会の格好な射撃練習場となっているようだ。
「これでいこう」
腰に装着したホルスターに仕舞った。爆発音。イルカショーだった場所で、手榴弾のテストをしている。
「全部、使っちまうんじゃねぇぞ!」
島が怒鳴ると、奥から、ヘイ!と返ってきた。
「よーし、ジャンジャンもってこい。ありったけだ! 使えるのは、全部持っていくからな!」
どっから調達してきたのか、ドス、拳銃、手榴弾だけでなく、スティンガーミサイルなどの物騒な武器を次々と持ってくる。
さすがはヤクザと言うべきか。
狼谷会の生き残りは、組長のパフォーマンスに絶望するどころか、自分たちの戦場を見付けたと意気軒昂としている。
「あれは挑発のように見えて、実のところ怯えているのよ」
戦準備をする狼谷会を眺めながら美桜が言った。
「イッヤーソンは、魔法少女にあれほどの力があると、思ってもいなかったのでしょうね。世界征服が実現不可能であると悟っても、闇の世界に戻ることもできず、追いつめられて、最後の悪あがきをしている、というところね」
「姉貴は見たのだろうか」
当然でしょとバカにした目線をくれる。
「あれはフランジェルカに向けたメッセージよ。人質を確保し、ゾンビの兵士をたくさん集めたから、こっち来るんじゃねえ、と立てこもったのよ」
「なら、変身した姉貴がいけば解決だな」
俺や狼谷会が行く前に、全てが終わりそうだ。
「あなた、この映画をバタリアンオチにしたいわけ?」
「なんだそりゃ?」
「核弾頭でドッカーン」
「犠牲者が多くでるってことか?」
「人質どころの騒ぎじゃないでしょうね。あの二人は強いの。強すぎるの。一回の破壊力がとてつもないわ。力をセーブしなければ、町どころか、世界を吹き飛ばせるほどよ。あの二人だけじゃない。他の魔法少女だって、町を破壊するほど、激しい戦いをしてきたの。結界という存在がなければ、世界は何度も崩壊していたことでしょうね」
「イッヤーソンは結界を張らない」
「お父様がそのルールを守らせていたんだけどね。まさか、いなくなった影響がこんな形で現れるとは思ってもいなかったわ。それに、あいつは今回の騒ぎによって、闇の世界でも犯罪者となっている。戻れば即捕まって死刑よ。八方ふさがりになっていて、ルールなんてクソ食らえとなっているんでしょ」
「お姫様がクソなんて言うな」
「おうんちを召し上がれ」
笑った。俺一人だけだ。
良子は瞑想するように、目を瞑り静かにしている。
澄佳はトイレで踏ん張るような顔をしていた。俺たちに声をかけるタイミングを計っているようだった。
「以前にも、結界を張らない奴がいたんじゃないか?」
「結界は元々、光の世界のモノ、つまり女神や精霊たちがやってくれていたの。結界を張れる魔法少女もいたわ。でも、それは光の力による結界。闇世界のモノにとって、不利な戦場になってしまう。だから、闇世界の魔物は、自分たちが先に張って優位に立つようにした、というのもあるわね。光の世界が封印された今、女神たちの助けは来ない。平和な時はそれでよかったけど、このような事件が起きたら、ひとたまりもないわね」
「それを阻止するため、闇管理組織があった」
「しっかり管理してれば良かったんだけど、理解のない新政権で残念だったわね」
「まったくだ」
俺は村雨を鞘に収めると、肩の上に置いた。
「いくんだろ?」
「ピクニックにね」
瞑ったまま良子は答えた。手にはドスが握られている。
「楽しそうだ。連れてってくれ」
良子は、面白がった笑みを浮かべる。
「来るなと言っても、ついてくるんだろ?」
「行き先は同じなんでね」
「勝手にしな。ただね、あんたは敵対する組のモンだ。助けたりはしないよ」
「それでいいさ。俺がゾンビに噛まれたなら、遠慮なく脳味噌をぶっばなしてくれ」
「こちらもお願いするよ」
「お兄ちゃん」澄佳は、自分に勇気をふるうべく叫んだ。「うちもいく!」
「危険だ。響歌さんの所に戻ってろ」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんの妹じゃもん。言うこと聞けんの、よぅ、分かっとるやろ」
分かっている。
それは嫌というほどに。
そういう正義感と頑固なところは、似ないで欲しかった。
「お兄ちゃん、お願いや」澄佳は続ける。「私は、ただの人間やない。死ぬことないし、こんな体やもん、やれること、あるはずや」
「澄佳は、樋村陽介を助けたいのね」
こくんと頷いた。
樋村陽介。手紙で、好きな人がいるとあった。名は伏せられていたが、その男なのだろう。
「先輩だけやない。人質んなかに、友達がいっぱいおる。わたしは、みんなを助けたい!」
「来たきゃ、くればいいさ」俺が反対するまえに、良子が言った。「うちの目的は、狼谷会の恥さらしを始末することさ。人質なんて興味ないからね。見殺しにするよ。そっちは、お嬢ちゃんが助けるといいさ」
「うん!」
真剣な顔で、大きく頷いた。
「……ということだけど、どうかしら?」
美桜はスマートフォンを手にしていた。電話の主に、俺たちの会話をこっそり聞かせていたようだ。
「それ、どうしたんだ?」
「響歌が、澄佳に渡してたのよ」
美桜は画面をタッチし、ハンズフリーモードにする。スピーカーから、かけ声や、銃声が聞こえてきた。
「ヤクザは反対みたい。保護者のあなたはどうしたい?」
『美桜も行くのよね?』
響歌さんの声だ。銃の音がひっきりなしに鳴っている。『ゾンビがいたぞ、早く撃て!』とのかけ声がする。
戦場のまっただ中にいるようだ。
「澄佳が行くなら」
『守ってくれる?』
「あなたに言われなくても」
暫しの間があってから、『鏡明くん』と俺の名を呼んだ。
「なんですか?」
『無事を祈っているわ』
「反対しないんですね」
俺も、澄佳のことも。
『気持ちとしてはそうしたい。でも、菜穂香の弟じゃない。止めたほうが返って無茶なことをするって分かっているもの。だから、私が言えるのはこれだけ。生き残りなさい』
敵を倒せではない。生き残れだった。
「戻ってこれたら、サービスしてください」
『考えとくわ』
ふふっと、響歌さんは笑った。
『私ね、魔法少女になってさっさと倒してしまいたいって気持ちでウズウズしていたの。でも、それじゃあ駄目なのよね。私たちの時代は終わっている。魔法少女に頼るんじゃなくて、人間たちの力で、平和を守っていくべきなんだって』
寂しそうに語ってから、
『菜穂香は、別の考えかたのようだけどね』
独り言のように付け加えて、司令官の仕事があるからと、電話を切った。
「バカじゃないの」美桜は、スマートフォンを冷たく睨み付ける。「世代交代なんて、やりたくても、出来るものじゃないのよ。お父様の代わりがおらず、現在闇世界が混沌しているように、フランジェルカにも代わりになるものはいないのよ」
「だからこそ、みんなで協力してやっつけろということだろ」
魔法少女に世界の平和を託していた時代は終わった、ということだ。
何かが起きようと、自分たちで、なんとかしていかなければならない。
「木村。外はどうなっているんだい?」
スマートフォンから聞こえてきた戦闘音が気になったようだ。
パソコンで情報収集をしている木村は、イヤホンの片方を外した。
「至る所に、ゾンビが、うろうろ」
「ここら辺りをうろついてるんかい?」
「へぇ」とぺこっと頭を下げ、顔にかかったロングの髪を後ろにやる。「あっちこっちいるらしいっす。家から出るな、見かけたら直ぐに逃げろ、家族がなっても助けるな、高いところに避難しろ、と騒がしいです。なんか、若い奴らがゾンビをからかってたら自分もゾンビになっちゃったとか、豚小屋が襲われてブタゾンビ誕生とか、ああ、三丁目の団地にゾンビが来たようです。なんか、屋上まで上がっているようで、避難していた人たちが襲われているとか、助けてくれえと、騒がしいな。今、そっち向かいますと、さっきの女の人の声がしました」
ラジオを聞いたり、政府の無線を盗聴したりて、情報収集しているようだ。
「町中がパニックかい。こりゃ、ダンナに逢い行くのにも一苦労しそうだねぇ。木村。出発までに、邪魔がなさそうなルートを調べといてくれ」
「へぇ」
「返事ははい!だろうが! 何度言えば直すじゃ、おのれは!」
丁度こちらにやってきた島に怒鳴られた。
「あ、は、はひ! すみません、すみません、すいま……」
背中を曲げたまま、パソコンのディスプレイに額をぶつけて、ペコペコと謝る。案の定、「シャンとしろ!」と脳天に拳骨を食らっていた。
「イッヤーソンは、ありったけのゾンビを放出したようね」
「そんなにゾンビを確保してたのか?」
「数自体はそんなにいないんじゃないかしら。ヤクザへのプレゼントと同じよ。ゾンビを一匹、人が沢山いるところに捨ててご覧なさい」
「ドッとゾンビが増殖するということか」
駅前でイッヤーソンと戦った時を思い出した。あのときも、巻き込まれた人たちが次々とゾンビになっていった。
「隠蔽するつもりだったのか、パニックを起こさないための配慮なのか、そんなこと起こるわけがないと事実を受け入れられなかったのか、ニュースではゾンビについての情報がなかったでしょ? 情報をしっかりと伝えてあったなら、少しは被害を減らせたかもしれないわね」
「本日はゾンビ警報、なんて言われても、なんだそりゃ、だろ。誰も信じないさ」
実際に目の当たりにしなければ、俺だって信じなかっただろう。
「地上界の住民が、魔法少女についてなにも知らないのは、間違いだったのかもしれないわね」
美桜は鼻で吐息をついた。
「当時はそれで良かったんだろ。今は違う。知るべき時がきたんだ。時代の変わり目に入ったんだよ」
俺もそうだ。
知るべきなんだ。失った記憶に、なにがあったのかを……。
「変わり目ねぇ」
美桜は、澄佳をみる。目線が合うと、澄佳はニコっとスマイルを作った。
「そんなの、起こらないほうがよかったわよ」




