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21・形勢逆転だな


 堅いものに座らされた。椅子だろう。金属部でできた脚が擦れて、ギィと嫌な音がした。

 両手を後ろで縛られ、胴体をロープで身動きできないようにすると、頭部を隠していたビニールを引っ張られた。

 視界が明るくなった。薄暗い場所だが、長いこと視界を塞がれていたから、俺には眩しかった。

 廃館となった水族館。解体工事もされず、長年放置されていたのだろう。水槽のガラスは割れて、中にあった土が床に散らばっている。辺りは薄暗い。お手製らしき、天井にぶら下がった照明が寂しく光っていた。

 がたいのいい男が三人、俺の前で佇んでいる。ゾンビの真似をしていた奴らだ。一言もしゃべらず、ただじっと、俺を見下ろしている。

 同業者だ。眼光の威圧感からピンときた。

「ゾンビ似合っていたぜ。すばらしい演技力じゃないか、アカデミー主演ゾンビ賞をプレゼントするぜ」

 命令を受けているのだろう。茶化しても、眉をかすかに動かすだけで、反応しなかった。

「そいつかい?」

 女の声が響いた。かつては水族館の名物だったのだろう。サメが泳いでいた巨大水槽の前に、真っ黒なシルエットが現れた。

 近づいてくる。真っ赤な着物姿。年は四十近く。線のように細い眉毛、細い目、ツンと出た鼻、細長い顎。狐のような顔立ちをしていて、浮世絵の美人画から出てきたような色気があった。

「お見合いをさせるのにつれてきたのか。年上の女性は好みなんだが、あんたはちょっとババアすぎるだろ」

「ちょうしこいてんじゃねぇぞワレっ!」

 顔を殴られた。折り畳み式のパイプ椅子が揺れる。倒れそうになるのを、後ろの男が押さえた。

「きっくー」笑いを浮かべながら、ヒリヒリする顔をあげた。「男の趣味はないんでね。そっちのおばちゃんにぶたれたいぜ」

「んだとおらっ!」

「いいんだよ」

 殴りかかったところを、女が手を出して制止させる。

「アンタのような無謀なやつ、嫌いじゃないよ。うちのモンの若い頃を思いだすね。でもね、余計なこと言うもんじゃない。あんたの可愛い子が、どうなってもいいというんかい?」

 女は後ろを向いて「こっち、つれてきな」と命令する。

 イルカショーの広場のある通路から、二人の男に連れられて、美桜と澄佳が歩いてくる。怖いのだろう。震える澄佳を安心させるように、美桜は力強く手を握っていた。

「無事だったんだな」

 ひどい目にあわされてなさそうだ。子供だと甘く見ているのだろう。俺のように、束縛されていなかった。

「イルカショーでなく、ヤクザショーを見せられてるわよ。ヤクザなんて、あなた一人で十分だというのに」

 予想通り、こいつらは全員、ヤクザの組員のようだ。数は、ボスらしき女を入れて七人。それほど多くはない。

 イッヤーソンと関係あるのか、ないのかは分からないが、肌は青くないし、頭脳も回っている。ゾンビでないのは確かだ。

 澄佳たちを連れてきた組員の一人が、村雨を手にしている。俺の目が刀に向いているのに気づくと、鞘に収めたままチャンバラの真似をする。ポーズを決めるとニヤッと笑う。相当お気に召したようだ。

「上玉じゃないか。特に、長髪のお嬢ちゃんは、いい女になるよ」

「私はすでにいい女よ」

 さすがは魔王の娘。ヤクザに囲まれていようが平然としている。

「アタシがあんたぐらいのときは、そんな度胸はなかったねぇ」

 愉快そうに笑いながら、俺のことを見る。

「今は丁重に扱っているけど、あんた次第で、お嬢ちゃんたちを、女にしてやってもいいんだよ」

「バージンは俺にくれ」

「ボケてんじゃねぇよ!」

 さっきとは逆方向を殴られた。本気と加減の中間ほどのパンチだ。気絶させないための配慮だろうが、それでも痛いものは痛い。

「きっついツッコミだな。もっと優しくしてくれよ」

「てめぇがふざけたこと言ってるからだろ!」

 さらに殴られる。俺が笑うと、「何がおかしいんだ!」と、二度、三度、四度と連続で殴られた。

「やめとき。舌をかまれたら、しゃべれなくなっちまう」

 口に溜まった唾を吐き出した。どっかを切ったのだろう。血が交じっていた。

「あんた、このおばさんの言いなりなんだな。惚れてるのか?」

「てめぇ!」

「だからやめとき。思うつぼだよ」

 男は、不満げに拳を引っ込める。

「村浪組の赤沢鏡明だね?」

「そういうあんたは誰だい?」

「質問を質問で返してんじゃねぇよ!」

 殴られた。一発が大きい。さっき止められた分、力を込めてくれたようだ。頭がクラクラしてくる。

 痛めつけられる愛しの兄に、見てられなくなって、澄佳が目をつぶっている。

「もっと殴ってくれ。エムに目覚めそうだ」 俺は笑った。

「優しいねぇ、あんたって妹思いなんだね」見抜いていた。大した玉だ。「でもね、ふざけたことばかり言ってると、大事なモン、壊してもいいんだよ」

 冗談を言っている様子はなかった。笑みの奥にある眼差しから、それが分かった。

 この女は本気でやる。

「さきほどの質問は正解だ。俺は村浪組の赤沢鏡明。下っ端の組のさらに下っ端のただのチンピラだ。親兄弟は全滅した。生き残ったのは俺だけだ。その復讐をはたそうとしている。これでいいか?」

「まぁいいさ、アタシは狼谷良子かみや りょうこというんだ。あんたを殴っている奴は、島正しまただし、うちの若頭だけどね、別に覚えとかなくてもいいよ」

「狼谷? 狼谷会の女か?」

 俺が所属する組織ではなかった。

 狼谷会は、うちのような構成員が五千人以上いる所とは違い、百五十ほどの規模でしかない。巨大組織の傘下に入ったり、友好関係を築くことのない、アウトローの中のアウトローという、ちょっとかっこ悪いフレーズを持つ集団だ。荒っぽいことで有名で、以前にトラブルをおこし、ひどいドンパチをやらかしたことがある。うちの組も、狼谷会の縄張りで面倒を起こすなと、命令を受けているほどだ。

「なるほど、聞いたことがあるな。狼谷会のドンはやり手の女房がいると。あんたがそれかい? お目にかかれて光栄だぜ」

「なにが光栄だ、礼儀ってもんを知らんのかっ!」

 殴られすぎて、痛みが麻痺してきた。

「知らんねぇ」パラッとロープが切れる音がした。短剣だ。手を放して直ぐに消した。「教えてくれるとありがてぇぜ」

「きさま!」島も後ろの奴も、俺の体が自由になったのに気づいていない。「たっぷりと教えてやるよ!」

 パンチが飛んだ。反撃を予想してない、隙のあるパンチだ。頭を後ろにやって、それを避けた。腰に体重をかけて、蹴りを入れる。島の体がよろけた。

 後ろの男が、両手で俺につかみかかった。パンチを出した。顔面ヒット。気持ちよく倒れてくれた。

「お返しだ」

 体を回して、ジャブをとばした。当たらない。島は、手でキャッチする。

「どうやってロープを切った?」

 すごい力だ。拳が砕けそうになる。力勝負では太刀打ちできそうにない。

「こうやってだよ」

 心の中で、グレートダギャーソードと唱えた。掴んだ手から、短剣が飛び出した。

「くっ!」

 突然現れた刃物に、島は手を放した。手のひらに、血の線ができあがる。

「生命線が大きくなったんじゃないかい?」

「ふざけんな!」

 良子をねらおうとするが、組員たちの動きは敏速だ。すでに二人の男が、姐さんの前に出て、拳銃をこちらに向けていた。

「赤沢といったね、その勇気は買ってやるよ。勇気だけはね」良子は言った。「だけど、無謀すぎるようだねぇ。早死にするよ」

「死後の世界を見てみたいのさ」

 口元だけで良子は笑った。

「うちの組に欲しいねぇ、鉄砲玉としてさ」皮肉を言ってから、折り畳み式パイプ椅子を、くいと顎で示した。「今なら許してやるから、椅子に戻りな。そうでなきゃ、大好きなお嬢ちゃんたちをどうにかしちゃうよ」

 目線を合図に、組員の一人が村雨の刃を、澄佳の首に突きつける。

 美桜も、もう片方の男に、ギロチンにかけられるように、後ろから首を押さえつけられている。

 顔はこっちを向いている。目線が合うと、俺の思考を読んだように、小さくコクンとうなづいた。

「好きにしろ」

「なんだって?」

「好きにしろといったんだ。やんねぇなら、こっちがやってやるぜ」

 短剣を出した。投げる。男に当たる途中で、剣が消えた。こういう欠点があるのかと、そのときになって気付いた。だが、不意をうつ効果があった。二人とも、猫騙しを食らったようになっている。

 駆けた。パルプ椅子の座面に足を乗せて、澄佳に向かってジャンプする。

 村雨に手を掛けた。両手でつかみ、強引に引っ張る。刀を持つ組員は抵抗する。澄佳の頚部スレスレで、刃が上下に動いていく。何度か澄佳の首に当たり、傷が出来上がっていたが、血は出てこない。

 遠慮はしなかった。俺は村雨を振り上げて、澄佳の首をはねた。骨を感じない、ステーキを切るような感触だった。

「ギャアっ!」

 悲鳴をあげたのは澄佳ではない。組員の方だ。村雨の柄頭でちょっと小突いただけで、腰が抜けたのか、へなへなと尻餅をついた。

「き、ききき、きさま、じ、自分のい、いも、な、なななな、なっ!」

 イカレたとでも思ったのだろう。男は美桜を盾にしながら、しゃっくりを繰り返すように発音できなくなっていた。

 俺は上から落ちてくる澄佳の頭をキャッチする。

「大丈夫か?」

「目が回るー」

 澄佳が声を発すると、「ひぃっ!」と情けない悲鳴を発した。

「澄佳、すまん!」

 俺は、澄佳の頭を男に向かって投げた。顔面にぶつかった。男は美桜から手を離すと、よろよろと何歩か後ろに下がっていき、水槽に後頭部をぶつけていった。

 美桜は、澄佳の頭を両手でキャッチする。

「あなたね、澄佳になんてことするのよ」

「投げやすかったんでね」

「澄佳、痛くなかった?」

 美桜は、ふらふらとしている澄佳の胴体に頭を乗せた。跡も残らず、接着剤のように、ちゃんとくっついた。

「目ー、ぐるぐるするけど、大丈夫や」澄佳は顔をまっすぐになるよう調整する。「歯医者で麻酔うたれてキュイーンされるような痛みや」

「最悪な痛みじゃないか。申し訳ないことをした」

「ほんとよ。実の妹にこんなことするなんて、なんて外道なお兄さまなの」

「おまえがそう指示したんだろ」

「首をはねて、それを投げろ、なんて言ってないわよ」

「姫さんにお兄さまと呼ばれるのは最高だぜ。今後も続けてくれ」

「お兄さま。澄佳をください」

「やらんから、お兄さま言うな」

 良子の方を見る。彼女の顔に変化はない。時間が止まったように、じっと俺たちを見ている。

「形勢逆転だな」

「そいつはどうかねぇ、状況は変わってないよ」

 良子の前にいる二人の男は、拳銃を向けたままだ。

 美桜が前に来る。ブツブツと呟いてから、アンダースローのように、手を前に出した。花粉のような、粉っぽいものが男たちに飛んだ。

 手にした拳銃が、ストンと地面に落ちた。

 組員は銃を持ち上げようとする。上がらない。磁石で地面にくっついたかのようだ。四股を踏むように両足を開き、両手を使って上げていくが、手がガクガクと震えていた。

 耐えきれなくなって、再び銃を落とした。

「これで形勢逆転」

 形勢逆転の言葉を使いたかったようだ。珍しいことに、ほくそ笑んでいる。


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