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19・グレートダギャーソード


 魔法少女になった。

 姉が活躍していたのは10年前のことだ。いまや、少女とはいえない年齢になっている。

 けれど、これこそが本当の姉の姿なのだろう。ドレスのようなコスチュームに、年齢的な無理さを感じるものの、しっくりとしている。

 よくよく見れば、真っ赤となった髪の毛以外に、肌に刺青のような模様が付いている。蜘蛛の足のような角張った線が、横顎から目元に向けて数本引いていて、中々シャレていると思った。

「うわあ、お姉ちゃんかっこええなあ」

 変身した姉を見るのは初めてのようで、澄佳は感嘆と手を叩いていた。

「あんがと」

 そっけなく礼を言って、右手をクイっと上へと動かした。

 長さ三十センチほどの短剣が、手品のようにパッと現れる。

 アラビアで使われていたジャンビーヤのような湾曲した形をしていた。見る角度によって、銀、金、緑、黄、赤など、輝きが変わった。俺たちの世界に存在する金属ではなさそうだ。

 姉はその短剣を、俺の前のテーブルに突き刺した。

「あげるわ。日本刀じゃ、長くて重いし、接近戦で不利になるでしょ」

「いいのか?」

「かまわない。最初のころはこれを使っていたけど、戦うにつれ、魔法と肉弾戦がメインになっていったんだ。鏡明のことだから、戦うなって言ったって無駄でしょ。だったら、強力な武器を与えたほうが安心できるもの。これね、ナホカソードっていうの。世界で唯一のものだから、大切にしなさいよね」

「名前は変えさせてくれ」

「勝手にしな」

 手に取ってみる。驚くほどに軽かった。ボールペンを振っているかのように重みがない。

「切れ味すごいから気をつけて。あたしがこれ初めて手に入れたとき、学校の机やら壁やらスパッと切っちゃって、大変だったんだから」

「赤沢先生はほんと、頭が回らないわね」

「なによ、文句あるってゆーの?」

「姉弟愛に文句はないわ。武器をプレゼントするのはいいけど、丸裸な状態で持ち歩くのはぶっそうじゃない。鞘なんてないんでしょ? 銃のようにベルトにはさんでたら、体を切ってしまう恐れがあるわ」

 だから貸しなさいと手を出した。

 渡すと、美桜は短剣に向かって、「アレス、ハルズ、クトゥーク……」とブツブツと意味不明な言葉をかけていく。

「彼の剣の主となりし赤沢鏡明。この剣の名前を口にし、契約を交わしなさい」

「名前?」

「剣の名よ。さっさと決めなさい」

「えっと、そうだな……」

「グレートダギャーソード!」

 迷っていると、澄佳が言った。

「グレートダギャーソード」

「はぁっ!」

 美桜は腕を延ばし、上向けた短剣を俺の胸に当てた。

 まばゆい光が起きた。

 光に吸い込まれるように短剣が消えていった。

「契約は成立したわ」

 手を引っ込めて、美桜は言った。

「剣はどこにいったんだ?」

 きょろきょろ見回すが、どこにもなかった。

「あなたの利き手はどっち?」

「右だ」

「その手で剣を持っているイメージをしながら、剣の名を心の中で言いなさい」

 右手を意識する。グレートダギャーソード。

 握る感触。さきほどの剣が出てきた。

「これはすごいな」

「便利でしょ。不要になったら、手放せば消えるわ」

 手を放してみると、短剣は地面に落ちるところで、ふっと消えた。再び手を意識すると、短剣が現れた。手を放すと、同じように消えていった。

「この魔法は回数や時間制限はあるのか?」

「無限よ。嫌になったら、解除してあげるわ」

 ないようだ。ありがたい。

「ナホカソードのほうがよかったんじゃない?」

「グレートダギャーソードっ!」

 姉貴に同意だ。ナホカソードの姉以上にネーミングセンスのない澄佳は、かっこいいと思っているようだが、反芻したことに後悔した。

「さーてと」

 姉貴は、足を伸ばしたり、上体を左右に回したり、両手を地面に付けたりと、ストレッチをしていく。さすがは体育教師。柔らかい体だった。

「犬はどうなってる?」

「悪戦苦闘中」響歌さんはスマートフォンで指示を出し、報告を聞いていた。「被害者四名。倒した犬は三匹。残りの十二匹を、戦車や盾で、取り囲んでいるところ」

「第二、第三陣がきたら、あっさり壊滅ね」

「カラスなんか来そうだな」

「ゾンビが空を飛べるかしらね」

 空飛ぶゾンビが攻めてくる、という心配は無用のようだ。

「鳥だろうが、怪獣だろうが、あたしにまっかせなさい。さっさかやっつけてやるわよ。小麦、ゾンビに気をつけることはない?」

「噛まれたら、ほんの小さな傷でも、即アウトだけど、あなたならいくら噛まれようとも平気でしょうね。ゾンビはアンデット系よ。光に弱い。特に回復魔法には」

「なーるほど、最高の手じゃないの。回復魔法なら、人間を巻き込む心配もないし、最初からやっとけって話よね。つーか、それを早く教えなさい」

「あなた、使えるの?」

「エリーゼ様じゃないから使えませーん。回復系が得意な子はいたけど、いなくなっちゃったし……」僅かに哀惜の顔を覗かせた。死んだか、消えたかしたのだろう。「響歌はサポート系だけど、ちょっとは使えたよね。あたしと手を取り合えばさ、その力を倍増できるでしょ。懐かしいな。響歌、一緒にやろ」

「嫌よ」

 響歌さんはきっぱりと断った。

「へ? 響歌さん、いまなんて言いました?」

「嫌です」

「は?」きょとんとしている。

「私は車で後から行くわ。響歌は先に倒しておいて」

「変身して空飛んでいったほうが早いじゃない。それに、回復魔法は、響歌しか使えないんだよ。空から一気にパンっ!てやっつけたほうが早いっしょ」

「私は、菜穂香のように恥知らずじゃないから、この年で魔法少女なんかになれません」

「いやいやいや、んなこといっている場合じゃないでしょっ!」

「大丈夫。菜穂香だけで倒せるわ」

「でも、だって、響歌と一緒じゃなきゃやだよっ!」

「三十近い年で、あの格好になるなんて、とてもじゃないけどできないわ」

「まだ二十代じゃん! 近くもないよ、三年あんだし! 若いってばっ! 似合うよっ! 響歌美人だから、どんな服を着ても輝いているし! あたし、いまの響歌の魔法少女、見てみたい!」

「私も、ひびねぇの魔法少女、みたい。とっても、美人なんやろなあ」

「光の国は封印されている。以前のように、みんなの記憶を消すことができないの。私たちの存在を世間に知られてしまうわ。そうなるとどうなるか分かってる?」

「えっと、いっぱいの人に見られちゃう?」

「その通り! ものすごく恥ずかしいことじゃない!」

 響歌さんの最大の敵は世間の目だった。

「あ、あたしだって見られるんだし、お互いさまだよっ! それに、恥ずかしくないし、響歌、ものすごく似合っていて、この美人は誰だって、世界中の話題になるよ!」

「菜穂香はいいのよ。菜穂香だもん」

「なんだよそれっ!」

 いくら説得しようが無駄のようだ。頑として変身したがらない。

「響歌」

 姉が諦めて、大きなため息をついたとき、美桜が声をかけた。

「何を言おうとも、私は変身しませんからね」

「菜穂香との赤ちゃんほしくない?」

「え?」

「方法、教えるわ」

「いくわよ菜穂香!」

「え? え? えええええっ!」

 腕を取ると、窓をあけて、ベランダから飛び降りた。姉の悲鳴とともに、地面に落ちていく。

 光があがった。

 変身したのだろう。落ちたところから、姉と響歌さんが手を取り合って空高く飛んでいった。

 見えなくなった。あっという間で、よく確認できなかったが、魔法少女姿の響歌さんは、青い髪を頭部に束ね、フリルスカートの白を強調したドレス姿だった。露出は姉よりも少ない。

「本当に可能なのか?」

「なにが?」

「響歌さんが姉の子を生むという、男の存在価値を失う魔法だ」

 ポンと、美桜は俺の肩に手をおいた。

「がんばりなさい」

「なにが?」

「血は同じでしょ。あなたが赤沢先生に変身して、子作りを励めばいいわ」

「すばらしい方法だが、行為の前に姉貴に殺されるわ」

 騙したということか。響歌さんを動かすには有効な手だが、後が怖そうだ。

 空の向こうが光った。一瞬だったが、天界から女神が舞い降りたような光の柱が見えた。

「倒したようね」

 青ずんだ空に戻ってから、美桜は言った。

「さっさとやっつけにいけば良かったな」

「響歌が指示を出して、犬のゾンビたちを盾で包囲させたからできたことよ。フランジェルカの力は絶大よ。無計画に攻撃したら、人間を巻き込んでいた可能性がある。彼女は準備ができるまで待っていたってわけ」

「元から変身する気だったんじゃないか」

「赤沢先生がね。響歌はそのつもりなかったわ」

 それを美桜が焚きつけたってわけか。

「問題は、ここまではイッヤーソンの思惑通りということよ」

「そうなのか?」

「あんな目立つ場所に犬のゾンビを襲わせたのよ。魔法少女さん来てくださいと、アピールしているようなものじゃない」

 美桜は、ベランダから外を見下ろした。

「ねらいは私たちなのかしら」

 マンション付近の道路。何人かの男が不器用な動きでうろうろしていた。ノーミソという声が聞こえる。人間じゃなくてゾンビだ。

 いつから徘徊していたのだろうか。姉貴と響歌さんを遠くにやった隙に、俺たちを襲おうとする魂胆なのか。

 被害が増えるから、ほったらかしにはできない。

「倒してくる。二人はここにいろ」

 玄関の傘立てに、数本の傘と一緒に入っている日本刀を取った。

「私たちも行くわ」

「危険だ。ここにいろ」

「バカね。空から襲ってきたらどうするつもり? あなたの後ろで守られていたほうが安全なのよ」

 確かにそうだ。外で戦っている間に、八階のマンションにいる澄佳が襲われたとしたら、助けに戻ろうにも時間がかかって、間に合わないだろう。

 二人を守りながら戦ったほうが、安全とはいえないが、安心だ。

「ならば付いてこい。武器になるものはないか?」

「ヤクザという武器ならあるわ」

「俺は物じゃない」

「澄佳は、体がバラバラになろうと脳を破壊されない限り再生可能。私は逃げることにかけては得意だから心配いらない」

「たまには倒すという仕事をしてくれ」

「虫も殺せない可愛くて心優しい女の子に、無茶な注文しないで」

「よくいうぜ。なら、俺から離れるなよ」

 一階のエントランスホールにくる。セキュリティー完備された高価なマンションだ。オートロック式のガラス張りドアが厳重に閉まっていて、ゾンビは入れずにいる。

「何かあったら大声をかけろよ」

 美桜に、ホールで待機するよう命じた。

「ここで、あなたがやられる姿を見物しているわ」

「お兄ちゃん、がんばれー」

「ああ」

 皮肉のない澄佳の純粋なエールが嬉しかった。

 日本刀を手にし、自動ドアの前に立つ。開いた。何歩か歩いた。後ろのドアが閉まるのを確認してから、ゾンビのところへと静かに歩いていった。

 ゾンビは三人だった。舗装された道路を、うろうろと行き来している。

 相変わらず、足は遅い。ロボットのような、カクカクとした動きだ。周囲を確認すると、黒のセダンが一台止まっていた。中は無人。エンジンはかかってなかった。ほかに目につくものはない。犬のゾンビが隠れている様子もない。

 近づいても、大丈夫そうだ。

 慎重に歩いていった。5メートルほどの距離に来るが、俺に気付いた様子はない。思考を失っているのだろうか、「のーみそ、のーみそ」とブツブツうなっているだけだ。

 両手で日本刀を強く握る。狙いをさだめ、ゾンビの脳みそを斬ろうとした。

 そのときだった。

「ヤクザ! こいつらはゾンビじゃない! 人間よ!」

 美桜の叫びが聞えた。

 その途端、ゾンビが動いた。素早かった。俺の懐に飛び込んでくると、拳骨をボディーにぶつけてきた。

 よける暇はなかった。内蔵に衝撃をくらい、数センチ飛んだ。

「げほっ!」

 前屈みになり、唾液を吐き出す。何度もむせる。足がガクガクとした。ガクンと立てなくなり、膝が崩れる。

 その瞬間、何かが顔を襲い、視界を失った。真っ暗だ。なにも見えない。黒いビニールのようなものをかぶせられたのだと気づいた。

 引きはがせない。抵抗するも、絞殺するように首を絞められている。

 急に力が弱まった。背中を押され、体を倒される。地面にうずくまった俺を、数人がかりで蹴りつける。

 俺は自分の身を守るため、体を丸めた。

「ヤクザっ! 放しなさい! なんなのよあんたたちはっ!」

「お兄ちゃん!」

 澄佳と美桜の悲鳴がした。二人とも捕まったようだ。

「キサマ! 二人になにかしたらただじゃおかなっ!」

「うるせえっ!」

 澄佳たちを助けるべく、上体を起こそうとすると、頭に衝撃を食らい、俺は意識を失った。



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