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18・丁度、赤沢先生が魔法少女になって世界を救っていた年よ


「やられたわ」

 美桜は、冷静に呟いた。

 なにが?と聞くまでもなかった。美桜の目線の先に、俺たちは言葉を失った。

 50インチのテレビ画面。隔離状態の駅付近を映していた。

 バリケードの前に、数人の自衛隊員が89式のライフルを装備して見張りをしており、その光景をバックに、女性アナウンサーがリポートをしていた。音を消しているので、なにを喋っているかは分からないが、カメラ目線で、緊迫した表情を作って、マイクを握りながら口をパクパクと動かしている。

 問題なのは、その後ろだ。

 犬の姿があった。左側にある細い路地からやってきたのだろう。前足を怪我していて、びっこを引きながら、のろりと見張りの自衛隊員に近づいてくる。

 カメラマンは違和感を覚えたのだろう、レポーターを無視して、犬に向かってカメラをズームさせる。

 片方の目玉が飛び出して、ぷらぷらとさせていた。鋭い牙の隙間から、涎を大量に垂らしている。

 尋常ならざる犬の姿に、自衛隊員が警戒してライフルを向けた。それは追い払うための威嚇でしかなかった。引き金を引くという機転ができれば、彼の運命は大きく変わっていたはずだ。

 銃口を向けられたのが、犬にとっての合図となった。後ろ足を蹴って飛び上がり、自衛隊員の顔を襲った。彼は、よろめき倒れた。その拍子に、ライフルが飛んでいく。両手をばたつかせて、身を守ろうとするも、犬の力のほうが圧倒的だ。あっさりヘルメットを外され、脳みそを目掛けて食らいついた。

 血が飛んだ。激しく、たくさん。音が消えているのに、頭の中で彼の悲鳴が聞こえてくる。

 もがいていた手がだらりと下がった。なにも反応がない。むしゃむしゃと犬は死体に食らいついているようだが、カメラはその光景を、何百万という視聴者に晒す愚行はしなかった。

 見張りの一人が、食事中の犬にライフルを向けるものの、恐ろしさのあまり足がすくみ、体をガタガタと震わせてしまい、標準を定めることができずにいる。

「撃ちなさい! 早くっ!」

 響歌さんが叫んだ。

 同時にスマートフォンが鳴り、響歌さんは素早く取った。

「撃てと命令して! 早く! 遠慮すれば自分が死ぬわ! 急いで! 周りにいる一般人を急いで避難させて!」と命令をする。

 手遅れだった。

 犬は一匹ではなかった。三匹、新たに現れた。恐怖心で、撃つことも、逃げることもできずにいる自衛隊員を襲った。

 彼は抵抗できないまま、食われていった。

 巨大地震を踏ん張るようにカメラが震えた。ブレが酷くて、状況がつかめない。上下左右に激しく揺れ動く映像から、リポートしていた女性も、犬に襲われているのが確認できた。

 十、二十と、犬はさらに増えていく。

 チワワのような小型犬や、雑種の大型犬のやら、種類は様々だ。犬だけじゃない、中には猫もいた。

 殺された後なのか、どの犬も傷だらけだ。

 カメラマンは後ろに下がった。ゆっくりと、気付かれないように。だが、足の震えで、尻餅をついてしまった。音。そして、新たな人間の匂いをかぎつけたのだろう。

 犬たちは一斉にカメラのほうを向いた。

 のろりと歩いてくる。

 カメラは少しずつ後ろに下がっていく。プロ意識からなのか、カメラを手放そうとしない。尻餅を付いた状態で、引きずるように下がっていくカメラマンの足が見えている。

 一定の距離まで縮まって、犬は獲物であることに気付いた。犬たちは走った。先頭の犬が足に食らいついた。足をバタバタとさせる間に、別の犬が二の腕に噛みつき、さらなる犬がカメラに突進してきたところで、画面が真っ暗になった。

 スタジオに切り替わった。

 司会者たち全員、静止画像のように唖然としていた。

「どういうことなのか、説明してちょうだい」

 響歌さんが、美桜に聞いた。

「見ての通りといったところね」

「犬をゾンビにしたのは分かるわ。あなたがやられたといった意味を、私は知りたいの」

「人間をゾンビにしたところで、力は何倍になるとはいえ、その遅さはご覧の通り。ヤクザが日本刀でバッサバッサ斬りまくって、チャンバラアトラクションを楽しめるほどよ」

「斬り味は最悪だけどな」

「ゾンビ集団が襲ってきたところで、脳みそをババババーンと一斉射撃したら、あっさり全滅できちゃうじゃない。けれど、犬などの四足動物を、ゾンビにした場合はどうかしら?」

「速くなるってことか?」と俺は言った。

「もちろん生きていた時より遅いわ」美桜は頷いた。「それでも、三割減といったところ。人間が走る程度のスピードは出ているんじゃない?」

「でも、犬の特徴である嗅覚、聴覚は人間以上に悪化しているようね」

「腐っても、というか腐ってるんだけど、ゾンビだからね。さきほどの映像からの情報だと、ろくに機能していないようだし、視力だってほとんど見えていないんじゃない? 頭がいいはずもないし、イッヤーソンの命令を聞くはずもない。ほぼ百パーセント、ノーミソを食わせろっていう本能しか持ってないはずよ」

「デメリットは大きい」

「けれどメリットも大きい。さっきのように、犬を大量にゾンビ化させて、巨大な貨物トラックの中にでも閉じこめておいて、必要な所に連れて行ってから、リアドアを開けて解放させたら、脳みそを求めて勝手に襲ってくれるもの。人間以上の速いスピードでね」

「聞いてたわよね? 近くに犬を入れてあったトラックがあるはずよ。すぐに探して」

 三田村さんに、美桜の解説を聞かせていたようだ。俺が腰掛けている三人掛けソファーの後ろで、じれったそうに、行ったり来たりしながら命令している。

「ちょっと待って」と姉貴が手を挙げた。「ということはさ。運転した人間がいるってことだよね?」

「無人で運転できるトラックがあるかしら?」

「ちゃかさないで。協力している人間がいるってわけ?」

「あんな奴の仲間になる酔狂な人間がいると思う? いたとしてもろくに頭の回らない役立たずでしょうね。命令されたゾンビが、運転している可能性のほうが高いわ」

「ゾンビが運転するのか?」

「ゾンビも免許証が必要なのかしら?」

「だからちゃかさないで、こっちは真剣なのよ!」

 すぐにでも現場に駆けつけたいのだろう。気持ちを押さえきれず、いらだっていた。

「私だって真剣よ。向こう見ずに戦場に特攻して、人間たちを助けたいなら助ければいいわ。でもそれは、相手の罠にかかる可能性だってあるということ。状況を把握し、作戦を練る大切さは、お父様との戦いで嫌というほど知っているんじゃない?」

「それは……」口ごもった。

「私は、あなたのように無鉄砲に行動するバカじゃないから」

「バカで悪うござんした。それで世界を救ったわけなんだから、別にいいでしょ」

「響歌の頭脳がなければ、なにも出来なかったでしょうに」

 痛いところを突かれたようで、姉はだんまりになった。

「あまり、からかわないであげて。私だって菜穂香のパワーがなければ何もできなかったもの」と響歌さんはフォローする。「教えて。私はイッヤーソンがどういう敵か把握できてないし、魔法少女の時とは状況が違っているの。悔しいけど、今回の事件は美桜の知恵が必要なのよ」

「そうね、それが最善でしょうね」と美桜は横目で響歌さんを見てから、「犬ゾンビの運び屋は、イッヤーソンが直接、闇の力を使って蘇生させたゾンビの可能性が高い。澄佳のようにするのは不可能でも、ママの言うことを良く聞くお子様ぐらいの頭脳なら保つことができる。イッヤーソンはそもそも、そういう兵士を作るために、蘇りの奇跡を欲しがっていたのだもの。作ってないほうがおかしい」

「大量生産はしないのか?」

「RPGでいうところの、『イッヤーソンは蘇りの奇跡を使った。しかしマジックポイントが足りない』……といったところよ」

「つまり、魔法力をかなり消費するんだな?」

「ええ。使える回数は限られてる。ゾンビからゾンビのほうが、闇の力を消費することなく、ゾンビをわらわら増殖できるわ。その代わり『ノーミソ、ノーミソ』のバカにしかならないけど。もう一つの可能性として、あいつの本来の能力、イッヤーソンが人間に取り憑いている場合もあるにはあるけど……」

 響歌さんに目を向けた。

「運転していたゾンビは発見した?」

「ええ。役目を終えて、ノーミソ、ノーミソと、うろうろしているのを発見したわ」

「射殺した?」

「尋問できる?」

「不可能よ」

「でしょうね。オッケー、撃っていいわよ」

 響歌さんはスマートフォンを耳から離した。銃声が何発か聞こえてきた。音が止んでから、再び耳に当てた。

「射殺したわ」

「役目を終えて、なにしていいかわからなくて、うろついていたのね。ありえないと思っていたけど、イッヤーソンでなくて残念だわ」

「人間の中に入っているのは確かなのか?」

 美桜は小馬鹿するようにこっちを見た。

「それ以外に考えようがないわ。逃げ足が速いとはいえ、一メートル以上もある空飛ぶ昆虫よ。そんな気味悪いものが、うろうろしていたなら、誰かの目につくし、とっくに報告が入っているはず。一般人に紛れた方が、自由がきくから、見つかる心配はない。このあたりをうろついて、なにかたくらんでいるわよ」

「見分ける方法は?」

「ない」と断言する。「イッヤーソンは取り付いた人間の脳みその中の情報を手に入れることができるの。本人すら忘れていた記憶まで引き出してしまうぐらいよ。親しい人と一緒にいたところで、違和感を覚えることはないでしょうね。響歌の中にイッヤーソンが入っても、赤沢先生は気づくことなく、ハグして、キスして、ベッドインしちゃうんじゃない」

「あ、あたしは、気づく自信あるわよ! ハ、ハグとかベッドとか、そんなこと言わないで!」

 姉は顔を真っ赤にして叫んだ。

「たとえよ。永遠の愛を誓った恋人でも、気づけないほどだと言ってるの。私だって、澄佳の中にイッヤーソンが入っていたとしても……」

 そこで言葉を止めた。口を開けたまま、澄佳を見ながら、考えている。

「可能性はあるわね」

 響歌さんは、美桜がなにを思ったのかわかったようだ。

「私に、なにか、あるんか?」

 正座していた澄佳は首を傾げる。

「なにもないわ。なにも起こさせない」

 美桜が澄佳を抱え込もうと手をのばす。

 姉がそれに気づいて、澄佳の体を持ち上げ、自分の膝に座らせた。ベルトのように両腕を回して、「澄佳はやらないわよ」とジト目を向ける。

「ねらいは澄佳なのか?」

「わからない」かぶりを振った。「でも、可能性は高い。復活の奇跡でよみがえった澄佳を、イッヤーソンが興味を持たないわけないもの。それに、澄佳は赤沢菜穂香の実の妹。十三歳。もう少しで十四歳だったわね」

「まだ三か月あるけどなー」

 澄佳の誕生日は十月だ。

「丁度、赤沢先生が魔法少女になって世界を救っていた年よ」

「素質ありよね」と響歌さんは言った。

「もしも、精霊たちが地上界にいて、闇の勢力に支配されている状況であったなら、真っ先に澄佳に魔法少女になってほしいと頼んだでしょうね」

「自分、運動オンチだし、蚊も殺せない女やで。お姉ちゃん、ひびねぇ、のようには無理や」

「澄佳は素質あるわ」と美桜は言った。「あなたの優しさは、正義の源になってくれるはず。フランジェルカに負けない、優秀な魔法少女になれるわ」

「させないわよ」姉は、澄佳を守るようにギュッと抱きしめる。「澄佳に、危険な目に合わせない。この事件は、あたしたちが解決する」

「すでに危険な目にあって、しかも死んじまったけどな」

「鏡明」目線で殺すかのように睨みつける。「あなたも責任はあるのよ」

「わかっている。責任をもって、澄佳を守り、イッヤーソンを倒してやる」

「あんたもダメ。ここにいなさい」

「いやだね」きっぱりと断った。「俺はヤクザだ。いつまでも、姉の背中でピィピィ泣いているガキじゃない」

「鏡明はいつまでも私の弟よ。姉の言うことを聞いてりゃそれでいいの」

「縁を切ったんだろ」

「切りたいわよ。でもね、血は切ろうとしても切れないものなの」

「そうだな。俺の体には、姉貴と同じ血が流れている。世界を救ったあんたと同じものだ」目と目があった。「姉貴が俺の立場ならどうしていた? 言うことを聞くような奴じゃないのは、一番よく分かっているだろ?」

「足手まといなのよ」

 姉貴は目をそらし、小声で言った。

「かもしれん。俺はただの人間だ。姉貴や響歌さんのように魔法は使えない。あんたたちと比べたら、小さなガキでしかない。それでもな、やらなゃならないことがある。組の仲間が殺されているんだ。仇を取らなきゃならない。それがけじめってものだ」

「なによ、いっちょまえにカッコつけちゃってさ、あー、やだやだ」

 姉貴は窓側の物のない空間に来ると、体をくるっと回転させた。

 白い光を放出し、全身を輝かせた。




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